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カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

アディショナルタイムはない人生

2016-07-02 09:44:36 | 日常あれこれ
 今年は7月1日が半夏生だったらしい。

 72候の一つで、夏至から数えて11日目、カタシログサの葉っぱが半分白くなる頃。

 梅雨明けが迫りどんなに遅くともこの日までには田んぼの田植えを終えるという習わしがあるという。

 地震の影響が大きかった益城町では、堤防の決壊した木山川の南側で90%程度、北側では40%程度が田植えをしてあった。

 半夏生以降は田植えをしない習わしなどこっちに置いておいて、遅ればせながらでも田植えが行われれば良いなと思う。

 我が家の庭には震災後に植えたアサガオの蔓が伸びて花が咲き始めた。

 
 (アサガオ)

 地震に慌てふためいて忘れていたのだが、もう何処の店にも苗がなくなった頃、野菜の買い出して出かけた田舎の物産館で咲き始めていた鉢植えのアサガオを買い求めてスイートピーを撤収した後のネットの脇に移植していたものだ。

 百日草は去年終わった花を乾燥させて、同じ場所に種をばらまいていたら芽を出し花を咲かせ始めた。

 
 (百日草)

 その他「モントブレチア」とか「ネジバナ」など放っておいても毎年今の時期に咲くお馴染みの花も咲き始めた・

 
 (モントブレチア)
 
 (ネジバナ)

 考えてみれば一年草の花にとっては、咲くという行為は最盛期であると同時に次世代に託する死を意味する。

 種の落ちた地面が発芽条件を備えたまま来年を迎えられるかなどまったく頓着もしない。

 花の命も人間の命も、一生は同じだ。

 「いのちとは使える時間なんですね」という句が「ふんえん」という同人誌に掲載された。

 使える時間と捉えれば、残された時間はそんなに多くはない。

 「人生のあまりに長いロスタイム」

 サッカーと違ってアディショナルタイムはない。

 
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