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Mayumiの日々綴る暮らしと歴史の話

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崑崙奴  「ものがたり唐代伝奇 陳舜臣」

2019-04-16 04:28:28 | Weblog



唐代、上流家庭では、東南アジア出身の、小柄で色の黒い奴隷を召し使うことが流行った。
それが崑崙奴(こんろんど)である。
みやこ長安の崔家にも、磨勒(まろく)と云う名の若い崑崙奴がいた。 よく気がつき、他人の表情や態度から、その心を読み取る術も心得ていた様である。その磨勒が、この頃若旦那の様子がおかしいのに気づいた。 「若旦那は心中何事かおありでしょう。この私めに何故打ち明けて下さらないのですか?」と尋ねると、若旦那は、 「お前たちにわしの胸の内が分るものか。それを何故聞くのか?」 「とにかく仰って御覧なさい。どんなに遠い所でも、若旦那のお役に立ってみせます」 崑崙奴があまりにも自信たっぷりだったので、若旦那も話してみる気になった。或いは崑崙奴がそんな風に人を誘い込む技巧を持っていたのかも知れない。 「この間、一品のお邸に、父上の言いつけで参上した」と崔家の若旦那は話を始めた。 日本では正一位、従三位などと称していたが、中国では歴代「品」を位階のランクに用いていた。だから、一品と云えば、最高位の人である。 各省大臣に相当する尚書でさえ正三位に過ぎない。 崔家の当主は、宮殿の侍衛と儀仗を司る「千牛衛」の将軍で、位階は従三品であった。 いつも世話になり、昇進の推薦もしてくれる一品の老人がちょっとした病気になったので、千牛衛将軍は我が子を見舞いに行かせた。むろん、「いずれ息子もご推薦願います」と云う意味も含めた。お目見え的見舞いであった。一品老人の側には、三人の妓女がいた。 唐代では色町のほか、個人の家にも家妓がいた。白楽天にも二人の家妓が居たことは、その詩に登場するので分る。役所専属のホステスもいて、これは官妓と呼ばれる。 一品の世話をしていたのが、家妓であったのは言うまでもない。 彼女たちは金の瓶の桜桃の皮をむき甘酪(ミルク)をかけては、それを一品に食べさせていた。 「この若者にも食べさせよ」と、一品は紅い薄絹を来た妓女に命じた。 「い、いえ・・・そ、それは・・・」若い崔はモジモジした。 三人とも大変な美人であったが、取り分けその紅い薄絹の女は目も覚める程の美貌の持ち主だった。彼が恥ずかしがっているのを見て、一品老人は面白がって、「そら、匙で食べさせるのじゃよ」と言った。 女は匙に桜桃を乗せて、崔の口まで運んだ。その時彼女は、身を乗り出したのだが、何とも言えない香りが、崔の心に忍び込んだ。 彼は桜桃を口に入れたが、その時、すでに恋の虜になったのである。 女は微笑んでいた。 崔が一品邸を辞す時、紅薄絹の女が命じられて戸口まで送った。 崔が振り返って見ると、彼女は三本の指を立て、掌を三度返し、それから胸にかけた鏡を指して、「よく覚えてね」と言ったのである。 そこまで話をして、若旦那は溜息をつき、「いったい、あれは何の意味だろう?」「簡単で御座いますよ」と磨勒は即座に答えた」 「一品さまのお邸には家妓の部屋が十ありまして、その人の部屋は三番目と云うことです。掌を三度返したのは、指で数えると十五、胸の丸い鏡は十五夜のことで、その晩に、若旦那に来ていただきたいと云うので御座いますよ。・・・おや、十五夜とは、今夜ではありませんか」 「何とかならぬか。・・・・・」 若旦那はこうなれば、女のかけた謎を簡単に解いた磨勒に、すがりたい気になったのである。 「濃い青絹二匹いただきましょう。それで若旦那に身動きし易い服を作ります。一品さまの所には猛犬が女たちの住居の番をしております。普通の人が入れば、きっと噛み殺されるのです。曹州孟海産の名犬で、賢いこと神の様で、獰猛なこと虎の様で御座います。コイツを殺せるのは、私めの他居ないでしょう。これから、ちょっと出かけて、片付けて来ます」 若旦那は酒と肉で、崑崙奴を労う宴を開いた。 磨勒は深夜に鉄椎を持って出かけたが、暫くすると戻って来て、「犬は片付けました。後は大したことは御座いません」と言い、若旦那に青絹の服を着せ、自分はそれを背負って十重の垣を乗り越えて、一品邸の妓院に入り、第三門の前まで来た。 艶めかしい飾り戸は、閉ざされていない。 金の燭台の灯りはほのかで、妓が何かを持っているのか、溜息をつくのが聞こえた。 崔は簾をかかげて入った。彼は金瓶を取り上げた。 磨勒も交えて、酒を汲み交わしながら、妓は身の上話をした。

「あたしの家は北方の富豪で御座いましたが、この家の主が将軍の時、あたしを無理に妾にしてしまったのです。自殺もせずに、おめおめとこうして生き延びて参りました。顔を化粧で飾っても、心は暗く、玉の箸で御馳走を取り、金の香炉に香を焚きしめ、雲母の屏風に囲まれて綺羅を飾り、絹の布団に珠玉や翡翠の枕で眠っても、それはあたしの望みでは御座いませぬ。かせ」を嵌められた囚人の様で御座います。今、お伺いしたところでは、この磨勒さんは神術を心得ておられるとしか思えませぬ。この牢獄から脱走するぐらい、何でもないでしょう。願い事は申し上げました、死んでも悔いは御座いませぬ。どうぞあたしを、としてお使い下さいませ。・・・・・ねえ、あなたのお気持ちは?」

崔は答えることができない。 神術を心得ているのは彼ではなく、磨勒であった。それに一品老人は、父の親しい人である。崔はさすがに躊躇いがあった。 「あなたのそのお気持ちがそれほど堅ければ、ここから脱けるなど何でもありません」磨勒が代わって答えた。 妓は喜色を浮かべた。 磨勒は先に妓の荷物を運ぼうと言って、それを背負って三往復した後、 「グズグズしていると夜が明けます」と言って、崔と妓を背負い、再び十余重の垣を飛び越えて出た。 この間、一品邸の人たちは、一人としてそれに気づかなかった。

翌朝になって、一品邸では初めて妓の脱走を知った。あの猛犬も死んでいるではないか。一品は大いに驚いて、「我が家はこれほど厳重に門や垣をめぐらし、戸締りも厳しくしているのに、これはどうじゃ、空へでも飛び失せおったか。これは恐ろしい侠士が連れ去ったのであろう。噂が立って、余計な災難が降りかかってはマズイぞ」と、家の者に口止めしたのである。

妓は崔の家に、二年間隠れていたが、牡丹見物の頃、花に浮かれて、つい小さな車に乗って曲江へ遊びに出かけた。 それを一品の邸の者に見られてしまったのである。 一品老人は、脱走した家妓が、崔家の車に乗っていたと云う報告を聞いて、崔の息子を呼んで詰問した。 一品官の威風と云うのは、現代人にはほとんど想像もできない程だった。 若い崔はブルブル震えながら、「恐れ入りました。実は・・・」と、事の次第を詳しく述べた。 「あの女もけしからぬが、磨勒とやらも普通の人間ではあるまい。お前さんは長い間召し使っておるので処罰も遣り難かろう。とは云え、妖異の者であるから、わしが天下の為に成敗してくれよう」 一品は武装兵五十名を、崔家に派遣して邸を包囲した。磨勒を擒にする為である。 磨勒は匕首を持って、高い垣の上に飛び上がった。それから、まるで羽根があるかの様に、鷹や隼さながら、大空高く舞い上がった。 一品配下の武装兵は、空飛ぶ崑崙奴めがけて、雨の如く矢を射そそいだ。 一本も当たらない。 崑崙奴の黒い影は、青空に次第に小さくなって、やがて視界から消えた。 それを見ていた崔家の人々は、あれよあれよと驚くばかりであった。 長い間一緒に働いていた召使いや女中たちも、誰一人、磨勒のこの神変不思議の技を知らなかったのである。 一品老人が驚いたのは言うまでもない。 ううん・・・エライことになったわい。・・・あんな事をしなければ良かった」磨勒がいつ仕返しに来るか分らない。 一品は後悔して、それから毎晩、家童に武器を持たせて守らせた。

そんな警戒が一年ほど続いた。 磨勒は遂に一品邸には現れなかった。
十余年後、崔家の人が、洛陽の市場で磨勒が薬を売っているのを見た。
十数年も経ったのに、顔は昔のままだったと云う。

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