Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

読書覚書

2010年11月02日 07時51分47秒 | 読書
「日時計の影」(中井久夫、みすず書房)

・「今や‥医師は、ただ一人で強大な資本力を持つ医療産業に対さなければならず、また職人としてすぐに「結果を出す」ことが要求されるだろう。それは市場原理主義では当たり前かもしれないが、それでは一部富裕層のための高額医療のためにしかなるまい。ジャーナリズムも庶民の医療に尽くす「赤ひげ」をあるべき医師の姿と讃えるのは辞めてもらいたい。‥あれは政治の欠如を個人の犠牲で補えということである。」

・「「精緻に書かれた絵とたどたどしい一本の線は哲学的に同等である」と私は書いた。患者への最高の賛辞は「できましたね」と感情を込めて達成を支持することであった。‥達成自体を肯定すること自体がもっとも大きな教育的メッセージであるのは、少年少女でも同じだろう。格差が支配するところには真のコミュニケーションはないのである。」

・「宗教原理主義が流行である。宗教の自然な盛り上がりか。むしろ、宗教が世俗的目的に奉仕するのが原理主義ではないのか。わが国でも、千年穏やかだった神道があっという間に強制的な国家神道に変わった。原理主義の多くは外圧か内圧によって生まれ、過度に言語面を強調する。言語と儀礼の些細な違いほど惨烈な闘争の火種になる。」

・「日本は無名の人‥のおかげで何とかやれてきた。外国人が日本を見直すのは無名の人に出会ったときである。格差はどうしても生じるが「等しからざるを憂うる」政治によって辛うじて釣り合いがとれる。これを政治が真っ先に忘れてどうするのか。ヒトの歴史をいちばんおおもとから辿ってみて、「格差社会」がヒトがヒトになるいちばん古い時代の問題と似ていることに気づいた。これを補うたるにヒトが発達させてきた良きものの多くが危うくなっていないか。」