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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

石牟礼道子の俳句から 3回目

2023年03月29日 22時58分06秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 現在雨は上がっているが、広くなった雨の区域が相模湾より北上しており、再び降りそうである。強い雨の区域は無くなっている。

 本日の書き写し終了。石牟礼道子の句集「天」の最後の9句と「水村紀行」抄出59句のうち7句を書き写した。
 3回連続で16句であるが、これは偶然。とはいえゆっくりと書き写すにはちょうどいい量といえるかもしれない。

 「天」から、
★紅葉嵐天の奥処(おくが)もいま昏るる
★霧の中に日輪やどる虚空悲母
★ひとつ目の月のぼり尾花ヶ原ふぶき
★いかならむ命の色や花狂い

 「水村紀行」から、
★いず方やらん鐘ひびく湖(うみ)あぶら照り
★花びらの湖面や空に何か満つ
★青い罌粟(けし)まなうらにふるえ睡(ねむ)りけり


夜の書き写し

2023年03月28日 22時12分11秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 本日も書き写しは石牟礼道子の句集「天」から16句。

★にんげんはもういやふくろうと居る
★ふくろうのための彼岸花夜さり摘む
★前の世のわれかもしれず薄野にて
★闇の中のものら華やぐ萩の風
★月明のひがん花森に似て地下の宴
★人間になりそこね 神も朝帰る

 水俣・天草周辺の森の夜と朝の境目の情景を思い浮かべながら、読み進めた。森は確かに、太古の昔から今に至るまで、怖れと共に救いの場、身を寄せて再生を願う場である。
 これらの俳句の書き写しは、夜が似合う。


書き写し再開

2023年03月28日 11時26分59秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 昨晩から降り始めた雨がまだ降りやまない。1ミリ程度の雨である。風は北風なのだが、雨の区域は南から北へとてもゆっくりと移動している。
 近くの郵便局だったけれども、小さなビニール傘では投函する郵便物が濡れてしまった。

 昨晩は石牟礼道子の俳句を味わいながらゆっくりと写した。まずは句集「天」(1986年)の全41句を初めから16句ほど。

★角裂けしけもの歩みくるみぞおちを
★死におくれ死におくれして彼岸花
★祈るべき天とおもえど天の病む
★繊月のひかり地上は秋の虫
★落ち衣(ぎぬ)は銀杏のなかへ谷の暮れ
★天崖の藤ひらきおり微妙音(みみょうおん)
★天日(てんじつ)のふるえや衣のみ舞い落ちぬ

 


菜種梅雨

2023年03月22日 22時58分01秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 ようやく追悼誌の本日の追加作業を終了。あと一つの原稿が来ないことには最終的な割付は確定しない。やきもきしながら作業をするのは、ストレスが溜まるものである。先月から今月にかけて、このストレスに晒される自体が3回もあり、少々草臥れてしまっている。あとひと踏ん張りでこの作業から解放される。

 明日からは5日続けて天気がぐずつく予報になっていた。菜種梅雨といわれるもので長雨が続く天気を指している。しかし、こんなにも雨の日が続くのは記憶にはない。
 菜種梅雨というと時期的には、寒さが戻ること多い。

★寺の炉に酒をたまふや菜種梅雨   細見綾子
★小店それなりの売上菜種梅雨    鈴木真砂女 
★どろんこの野球いつまで菜種梅雨  飴山實
★海の音纏ひて菜種梅雨の死者    佐藤鬼房

 


読了「現代秀歌」

2023年01月30日 21時59分05秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 いつものように覚書として何か所か引用。

普段考えることもなく見ていた普通の風景が、改めて指摘されてはじめて、なるほどそんな見かたもあったのかと驚く。歌を読む楽しみのひとつは、確かにそのような他の人の〈感性の方程式〉とでもいったものに触れる喜びでもあるのである。」(第3章)

渡辺松男の歌は、一首だけ取り出して解説しても、そのおもしろさが十分には伝わらないもどかしさが残る。しかし歌集として読んでいくと、自然との不思議な親和性、かつ意表を衝く作者の精神の段差とでもいったものに、こちらの精神がくらくらしてくる。ある種の酩酊状態に読者を落とし込む作品がならぶ。‥理屈と文体の乖離と破綻によって、破綻の全体像が作者の内部に抱え込まれたまま、それがそのまま読者の胸になだれ込んでくる‥。」(第3章)

(三枝昂之の歌は)敵とか味方とか、はっきりしていればまだいいのである。しかし、「終の敵」も「終なる味方」もとうとう自分には居なかったという苦い思い。まことに中途半端な仲間でしかないという忸怩たる思い。そんな内部と鬱屈とは関りがないように「あかるさの雪」が流れよる。明るさがいっそう内部の昏さを浮き立たせたのであろう。」(第4章)

(前登志夫について)村は変えるべきところであるとともに、ついに己れの違和として存在する場所でもあった。吉野はいつも温かく自らを包んでくれる母郷なのではなく、常に拭いがたい違和感とともにある存在でもあったのであろう。」(第8章)

大和には、長い、そして深い歴史の襞が刻まれ、深い闇を抱えている。普段見ている大和の景は、そんな襞や闇から濾されてきた上澄みにしか過ぎないのではないか。とっとどろどろと深い闇にこそ大和の本質はあるはずなのだ、作者(前川佐美雄)は気づくのである。」(第8章)

そんな卑怯は、実は自らの裡にこそ根を張っているのではないかと、深く思っている作者(伊藤一彦)がいる‥。そんな見苦しい卑怯が、確かに自らのなかにあると気づくとき、人は、他人のを非を一方的に攻撃する傲慢さから少し距離を置くことができるのである。それが〈自己相対化〉ということに他ならず、自己相対化を通して、人間は謙虚になり‥。」(第9章)

 歌の世界だけでなく、人は他者との関係の中で、このように変わっていくものである。

 私の注目している渡辺松男、三枝昂之についての言及は新鮮であった。
                                        


「奥の細道」の書き写し

2023年01月18日 18時01分45秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 昨日から本日にかけては、「奥の細道」の第13段「あさか山」、第14段「しのぶの里」、第15段「佐藤庄司が旧跡」、第16段「飯塚」までを書き写した。
 次の第17段「笠島」をひとつの頂点とする前半の台地上の山場、見せ場であると私は思っている。「佐藤庄司が旧跡」で義経・弁慶の故事は、平泉の高館の段への布石でもあるはずだ。読み物としての「奥の細道」にはさまざまな細工と工夫が込められていることを再認識。
 「笈も太刀も五月に飾れ帋幟(かみのぼり)」という句を読むと、芭蕉が確かに武士の出、武士という身分の矜持を持ち続けたのかとあらめて認識する。この矜持は私などにはもはや理解できないものである。


梅の俳句

2023年01月15日 19時59分22秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 珍しくどこにも出かけず、親の家に食事を3度運び、家の近くのドラッグストアでの買い物にに出向いただけで1日が終わった。
 家ではゴロゴロと「シュルレアリスムとは何か」を抱えながら、寝室とリビングルームを往ったり来たり。
 時折り雨がバラつき、朝とは違って午後は寒々しい外の気配となってきた。本日の今最高気温も明け方6時の12.8℃であるから、昼から午後にかけて気温は下がってきていることになる。現時点の最低気温が深夜1時過ぎの10.2℃の表示なので、10℃は下回っていないようだ。

★梅固し女工米研ぐ夜更けては       飴山 實
★ぬかるみに梅が香低う流れけり      小津安二郎
★辞すべしや即ち軒の梅を見る       深見けん二
★梅ひとつ咲かせて雨の去りていく     庄司 猛

 第1句、作者名からは明治・大正期の女工哀史の世界ではなく、戦後の高度成長を支えた中学卒を中心とした集団就職の女性の日常を捉えた句と考えている。団塊の世代かその直前の世代に相当するのだろうか。そんな想像力はもう時代の遠い記憶の彼方に消えかかっている時代に突入してしまった。私の学生時代の1972年に東北本線の集団就職列車の最後が運行された。
 思えば、女工哀史の世界も、世界各地への開拓団、少年兵や勤労動員、戦後の混乱期の「浮浪児」達も、そして集団就職の過酷な労働も、近代・現代の日本を支えたといえば聞こえはいいが、犠牲もまた押し付けられたのは10代の多感な少年・少女たちである。
 彼らの極く一部の成功譚ばかりが喧伝される中で、声なき声・無念の声は膨大である。


冬の星・冬銀河

2022年12月12日 22時43分59秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 明日は午前中は雨、最高気温は10℃で弱い北風。今冬一番の冷え込みらしい。午後には雨は上がり太陽が顔を出すみたいだが、気温は上がらない。昼前に出かける予定。それまでに雨は止んでもらいたい。と思ってもテルテル坊主を作るわけでなく、手をこまねいているばかり。

★亡きものはなし冬の星鎖をなせど     飯田龍太
★大腸の如き路地あり冬銀河        長谷邦夫

 第1句、戦争で兄3人を亡くした痛切な思い。第2句、酔って見上げる夜の星は美しい。


二十四節気「大雪」

2022年12月08日 22時53分13秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 昨日の7日は「大雪」であった。大雪とは「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也(暦便覧)。朝夕には池や川に氷を見るようになる。大地の霜柱を踏むのもこの頃から。山々は雪の衣を纏って冬の姿となる頃」という。この時分になると関東地方南部ではようやく冬になった気分である。

 「大雪」の候にちなんで雪の句を3句ほど。

★地の深雪宙の二階の白根澄む      飯田蛇笏
★鳥落ちず深雪がかくす飛騨の国     前田普羅
★門をゆくひと物いはぬ深雪かな     会津八一

 関東地方ではこれらの句のような大雪(おおゆき)は、山沿いをのぞいて体験することはない。私のすんだことのある北海道の渡島半島の南端の函館や仙台でもそのような雪の体験はほとんどない。根雪となったのは函館であった。
 だが、多くの人はその苦労を知ったうえで、どこかでこのような雪に埋もれる生活に心惹かれるものらしい。私もそうである。しかし、この腰や膝の痛みを抱えていては、雪かきなど難しい。


冬満月

2022年12月06日 22時44分42秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 本日は夕方までには太陽が顔を出す予報であったが、結局は厚い雲が空を覆い、青空も太陽も見ることは出来なかった。そして寒々とした気温が続いた。15時過ぎの9℃が最高気温となった。横浜ではもっとも寒い時期を下回る気温であった。最低気温は明け方の5℃と今季最低気温。
 気温も、木々の様相も、ようやく冬の様相である。そして8日は十五夜で満月。

★寒満月急に遠吠えしたくなる      大坪和子
★冬満月歩幅ひろげてゆく一人      幡野千恵子
★立ちしものに光りを注ぎ冬満月     碇 英一

 第一句、冬の夜は音が遠くに響く。空気が乾燥して伝播しやすいこと、そして放射冷却で気温の低い空気の上に温かい空気がかぶさって音を地表のほうへ反射するため、と教わった。私が生まれたころには、野犬や、放し飼いの犬や、庭で飼う犬が多く、遠くで吠えているのが耳に入ってきて怖かった。そんな昔を思い出しながら、冬の満月に向かって遠吠えをしたくなる気持ちがわかるような気がした。
 第二句、普通ならば寒いこの季節、満月が空にかかる夜に外を歩くと、寒さで小幅な動きなる。にもかかわらず悠々と大股でゆっくりと胸を張って歩く人、眼がおのずと吸いよせられる。さて、どんな人なのであろうか。自信に満ちた人となりをうらやましくも思う。
 第三句、冬の満月の光が街中を照らす。夏とは違い、木々の葉に遮られることもない。葉を落とした木々の黒々とした姿が目立つ光景が目に飛び込んでくる。蕪村の「月天心貧しき町を通りけり」を思い浮かべた。

 


冬の雨

2022年12月06日 11時24分30秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 昨晩は雨が強まり、外に出ている風呂釜にあたり大きな音が続いた。家の北側のプラタナスは樹上の枯葉はほぼ落ちてしまい、芝生や道路上に溜まった葉も片づけられたため、落葉にあたる雨の音もはとんど聞き取れなかった。いよいよ冬本番の様相である。
 乾燥した冬の日ならば際立って聞こえるはずだが、雨がひどいと救急車や消防車、パトカーなどのサイレンの音も少し和らいで聞こえた。

 本日の明け方には雨が上がる予想になっていたが、まだ0.1ミリ未満のレーダー雨量計には表示されない弱い雨が降っている。

★永遠の待合室や冬の雨         高野ムツオ
★傘ささぬ子の現れし冬の雨       波多野爽波

 第1句、「永遠の待合室」とはどこか。たぶん斎場というのが、一般的な解釈。火葬を待つ間の寒々とした待合室なのだろう。普段交際のない親族などの間で無口に時間を過ごすことが多い。さまざまな思いが去来する。故人を介して成り立つ場である。寒々しい冬の雨が生きている。一方で、廃線あとに残された駅舎の待合室だと、寒々しい待合室でも、少し温かみを感じる。この待合室を利用した親族でも近所付き合いのない人も入るかもしれないが、椅子や壁に刻まれた痕跡はなつかしみがある。斎場の寒々しい雰囲気とはおおいにちがう寒さである。少し救いすら感じないだろうか。
  第2句、窓越しに眼で見る冬の雨である。雨が上がったのを子どもと傘の視覚、そして子どものいきおいのある息遣いで認知する。


つわぶきの花

2022年12月04日 20時06分36秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 団地の中でもつわぶきが見頃を迎えている。この時期、黄色の艶やかな花は余りないので余計に目立つ。つわぶきの花は少し黒ずんで見えることもあり、輝いているという言葉は似合わない。しかし濃く丸い葉との対比が好まれるようだ。
  また茎がスッと立つ姿は姿勢がいい。

★石蕗咲けりいつも泥靴と並びたる    加藤楸邨
★石蕗咲いていよいよ海の紺たしか    鈴木真砂女
★つはぶきはだんまりの花嫌ひな花    三橋鷹女
★石蕗の花色濃く在るは死児のため    佐藤鬼房

 俳句では「石蕗」と書いて「つわ」と読ませることが多い。


桜紅葉

2022年11月15日 22時45分57秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 明日は3℃ほど気温は高く、そして晴れるらしい。明日は休養日としたいが、そうもいかない。明日・明後日の二日間で21日の退職者会の幹事会に提出する資料作り、送付する資料をいくつか作らなければならない。
 やらなくてはいけないことは分かっていたが、それとなく先延ばしにしてきた。

 久しぶりに寒さを感じたので、ゆっくりと湯船で温まりたい。いつもより少し熱めにしたほうがよさそうである。

★桜紅葉しばらく照りて海暮れぬ      角川源義
★汝なき桜紅葉に還りける         加藤楸邨

 第一句、桜の葉の紅葉は一枚一枚見ると決して美しくはないが、夕日に照らされて明るく輝く。その映える時間は短いが印象深い。桜の二度目の輝きは春よりも短い。
 第二句、中国大陸から戻ると、旅行中に知人が病没していたことを聞いての作。敗戦の前年1944年10月の句。出征兵士の死、空襲による死など死の色の濃い句が並ぶ1944年である。「桜散る」などという称揚とはかけ離れた「死」が日常の時代。

 友人がツィッターに桜紅葉の美しい写真を掲載していた。たった1枚の葉であるが、印象的であった。


欅落葉

2022年11月13日 17時35分41秒 | 俳句・短歌・詩等関連



 雨が降る前に、雑草刈りの時に目に付いた場所を撮影してみた。その後、「キリスト教美術史」の読書タイム。

 午前中の作業の影響はさいわいにも出ていない。痛み止めも服用していない。



 本日の風で、欅の葉もかなり落ちた。曇り空であるが、下から見上げると空が広く見える。明日までにさらに枯葉が散り、太陽が出て来るとさらに隙間が目立つかもしれない。植物はいよいよ冬の様相であるが、気温はなかなか冬らしくならない。

★英語より鳥語に親し欅散る        藤田湘子
★静かなり潔癖なりき欅落葉        金子兜太

 第1句、写真の欅にはときどきオナガがやってきてけたたましく啼く。人との対話を求めているかのようだ。
 第2句、プラタナスのバサバサという大きな音の横で控えめな欅落葉である。あとには潔癖な空を演出。 


立冬

2022年11月07日 22時23分41秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 本日は立冬。二十四節気で冬の始まり。本日より立春(来年の2月4日)の前日までが冬。日は短くなり時雨が降る季節。

★立冬の病みて眩しきものばかり      荒谷利夫
★冬が来る隙間だらけの深山より      飯田龍太
★武蔵野はもの枯れ冬に入るひかり     加藤秋邨

 第1句、病んだ身から見れば、枯葉が舞い、木々の枝の間から明るい空が見えるようになると、世の中がいっそう明るく見える。しかも日が低くなり、眩しさがきわだつ。人は冬になると気分的にはうつむき加減になるが、病を持つ身だからこそそんな冬も眩しさが身に染むように感じることもある。ひょっとしたら作者は入院中か、病床から外を眺めて季節の移り変わりを感じているのかもしれない。それだけではなくとも、私のように杖を突きながらゆっくり歩く身にとっても同様の感慨を持つ機会がある。病の身こそ、自然や時の移り具合に敏感になる。
 第2句、第3句、冬だからこそ、木々の間からの日のひかりにこだわった句を探してみた。そのひかりが冬をもたらす。そんな自然把握は俳句の醍醐味なのだろうと思う。

 5回目の新型コロナワクチン接種をしてきた。換気をよくするため病院の待合室は、微弱だが冷たい風が入ってきて寒かった。立冬であることを実感。これまでの副反応は私の場合は強い倦怠感・脱力感。体を動かしたり、何事かをしようとする気力が湧いてこなかった。そのこともあり明日の予定は何もなく、スケジュール帳は空白にしておいた。