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伊東良徳の超乱読読書日記

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交渉は創造である ハーバードビジネススクール特別講義

2016-02-27 09:27:27 | 実用書・ビジネス書
 ビジネスの世界に「ウィン・ウィン交渉」という新たな視点を提示した30年前の交渉術の教科書「ハーバード流交渉術」以後の交渉術の研究成果について、「その基本的枠組は、双方の利害、選択肢、置かれた状況、関係は不変であるという暗黙の前提に依拠している」(22~24ページ)とし、現実の交渉ではそれらの要素は流動的ではっきりしないことを指摘し、交渉で成果を出すためには、カオスを受け入れ、臨機応変に、学ぶ、変わる、変えるのサイクルを速いペースで回して行くことが重要だと指摘する本。
 交渉の場面では、交渉の進展によって、あるいはそれと関係なく時間の経過によって、前提となる条件や双方の利害、感情、判断が変わっていくということは、現実に交渉をしている者にとっては(私たちのような仕事をしている者にとっては)、経験上当然のことで、それ自体は目新しい指摘ではありません。そういうことを新発見のように言うことは、実務を知らない「学者さん」ならでは、とさえ思えます。そうは言っても、実務側では、経験知として持つものを学者の手で言語化・理論化して整理して論述してもらえることは、もやもやとした慣習や本能的な行動を意識化してより論理的に考え準備することにつながり、有益です。その意味で、この本の眼目は、動的・流動的な要素を論述し整理する第二部以降(第4講以降、111ページ以降)にあるはずなのですが、今ひとつきちんと整理されていないというか、具体例の体系的な記述にならずに、抽象的な指摘と一部具体例の無秩序な列挙にとどまっている感じがします。
 私には、むしろ従来の交渉術の整理段階の第一部、特に第2講あたりでの、交渉のベースラインの設定のための「基準となる合意内容」を考える段階でのBATNA(交渉が決裂した場合にとれるベストな行動: best alternative to a negotiated agreement )の検討に加え、基準となる合意内容に比べてある面では優れある面では劣るが総合的には同等だという代替案を検討する、それらについてどのような修正が必要になりそうかを検討するという準備の必要性(65~70ページ)、それを相手方についても予測し検討する、それ以外に外部的な制約要素とその変化の可能性を検討するという「交渉の三角形」という議論が有益に思えました。「三角形」という比喩が適切か、また外部的な制約として挙げられている例が適切かについては疑問はありますが、検討すべき事項の視野を拡げるために意識しておきたいところです。「敵を知り、己を知り、それだけじゃなくてさらに戦場も知れば、百戦危うからず」と言われている感じですが。
 弁護士の立場からは、視野が狭くて状況を自己に有利に誤認(妄想)して無謀な条件提示に固執したり決断力に欠け優柔不断だったりする依頼者という足枷を、交渉の制約要素として研究し、その対策を示してくれるとさらに有益な本になると思うのですが。


原題:The Art of Negotiation : How to Improvise Agreement in a Chaotic World
マイケル・ウィーラー 訳:土方奈美
文藝春秋 2014年11月15日発行 (原書は2013年)
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