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京成電鉄、明治42年設立 上野公園から成田へ 

2019-12-28 | 季節だより
「京成電鉄」は、100年以上の歴史ある私鉄である。
明治維新以降、我が国は西欧化と近代化が急速に進展し、そうした時代の中で、発起人の「飯村丈三郎ほか19名」は、
東京から成田までの電気軌道敷設特許願を提出。
1907年の明治40年、念願の特許状を取得し、2年後の明治42年、京成電気軌道株式会社が設立された。
戦後の混乱が落ち着き、人々の関心は次第に余暇に向けられ、そんな時代背景の中、特急「開運号」の運行を開始。
上野公園~京成成田間を約88分で結び、毎日1往復・大型の2枚窓、ヘッドマーク、車内売店などを備え、私鉄で初めてのリクライニングシートを採用が「開運号」。
昭和29、日本で初めてテレビを搭載し、利用者の増加に伴って中間車が増備され、3両編成となった。

京成本線は、上野ー日暮里ー青砥ー国府台~本八幡~臼井ー京成佐倉ー京成酒々井ー宗吾参道ー公津の杜ー京成成田ー成田空港(空港第2ビル)。を結んでいる。
「佐倉駅」は、国立歴史民俗博物館 資料約9000点展示・佐倉城址公園・武家屋敷・重文の旧堀田邸などがある。
「宗吾参道駅」は、1645年頃の「佐倉宗吾」堀田領主を改易に追い込んだ義民の生誕地である。4代将軍徳川家綱に上野寛永寺東照宮ひ直訴し、4人の子供と共に
磔の処されたと伝わる。今でも多くの参拝者が訪れると云う。(駅は無人駅)









































「宗吾霊堂」酒〃井町 坂上田村麻呂が東征の際、創建した云う「東勝寺境内にある」1752年佐倉藩主堀田氏が祀ったと云う。記念館もある。
















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