限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第53回目)『心臓に毛が生えている男』

2010-04-23 00:01:53 | 日記
『心頭滅却すれば、火もまた凉し』とは、真偽はともかくとして、織田信長に火攻めにされた恵林寺の快川和尚の辞世の句として人口に膾炙している。しかし元来この句は、晩唐の詩人、杜荀鶴の『夏日題悟空上人院』という詩が出所であるらしい。
『安禪不必須山水,滅卻心頭火自涼』(安禅、必ずしも山水を須いず。心頭滅却すれば火も自ずから涼し。)

以前『左手の勇者、スカエヴォラ』で書いたようにムキウス(別名:スカエヴォラ)も熱火をもものともしない行為で歴史にその名を残した。

探すと、類似の話がいくつか見つかったので、紹介してみたい。

まずは、唐の名文家、柳宗元の『童区寄伝』には、幼い子供が泥棒に拐われて行ったにも関わらず、度胸の据わった対応で、無事生還した話が載っている。

中国の南、所謂、越の地方というのは人さらいが多く官憲も手を焼いていた。治安が悪いので人口も段々と減少していった。そういった中、わずか11歳の童区寄が二人組みの人さらいに遭った。猿轡をはまされて、放っておかれた。一人が市場に行っている隙に、酔っ払って寝ているもう一人の人さらいを刀で刺して殺して逃げた。ところが運悪く、そこへもう一人が戻ってきた。首根っこを捕まえられ、殺されそうになったが、とっさにこう話しかけた。『私を殺すより、売る方が金になりませんか?そして二人より一人の方が取り分が多くはありませんか?』それを聞いた人さらいは、考え直して生かして置く事にした。しかし、寝ている間に殺されてはたまらないので、手首を紐で固く縛ってころがしておいた。夜半に童区寄は炉の近くににじりより、手の焦げるのもかまわず縛った部分に火を当てて、紐を焼き切った。そうして火傷の手で、刀を握り、その人さらいをまたもや刀で突き殺した。そうして大声を出したので、近所の人たちがやってきて、ようやく助かった。

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童区寄者,林(+邑へん)州蕘牧児也。行牧且蕘,二豪賊劫持反接,布嚢其口,去逾四十裏之虚所売之。寄偽児啼,恐栗為児恒状。賊易之,対飲酒酔。一人去為市,一人臥,植刃道上。童微伺其睡,以縛背刃,力下上,得絶,因取刃殺之。逃未及遠,市者還,得童大駭。将殺之,童遽曰:「為両郎僮,孰若為一郎僮耶?彼不我恩也。郎誠見完与恩,無所不可。」市者良久計曰:「与其殺是童,孰若売之;与其売而分,孰若吾得専焉。幸而殺彼,甚善。」即蔵其屍,持童抵主人所,愈束縛牢甚。夜半,童自転以縛即炉火,焼絶之,雖瘡手勿憚,複取刃殺市者。因大号,一虚皆驚。童曰:「我区氏児也,不当為僮。賊二人得我,我幸皆殺之矣,願以聞於官。」
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こういう行為を日本では『心臓に毛が生えている』というのだが、プリニウスには、実際に心臓に毛が生えていた、文字通り大胆不敵なアリストメネス(Aristomenes)という人がいた話が載っている。

その話というのは、日本同様、豪胆な人は古代ギリシャ・ローマでも心臓が毛に覆われているという説がある、という書き出しで始まっている。

メッセニア人(Messenian)のアリストメネス(Aristomenes)という戦士はかの勇猛でしられるスパルタ人を一人でなんと300人をも打ち倒したという。2度捕まったが、うまく逃げた。2度目などは、手足とも頑丈な皮ひもで縛られていたのだが、夜中に見張りが居眠りをしているすきに、火の近くまで転がっていって、手足の焼けるのもかまわず焼き切って逃走した。流石に3度目に捕まったときは、本当に心臓に毛が生えているのかを見届けようとして、スパルタ人は彼を生きたまま心臓の部分を切り裂いた。

勇者にしてはなんとも凄惨な最期だ。

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Plinius, Natural History Vol 11, Section185 ( Translated by John Bostock)

hirto corde gigni quosdam homines proditur neque alios fortioris esse industriae, sicut Aristomenen Messenium, qui trecentos occidit Lacedaemonios. ipse convolneratus captus semel per cavernam lautumiarum evasit angustias, volpium aditus secutus. iterum captus sopitis custodibus somno ad ignem advolutus lora cum corpore exussit. tertium capto Lacedaemonii pectus dissecuere viventi, hirsutumque cor repertum est.

【英訳】It is said that men have been born with the heart covered with hair, and that such persons are excelled by none in valour and energy; such, for instance, as Aristomenes, the Messenian, who slew three hundred Lacedemonians. Being covered with wounds, and taken prisoner, he, on one occasion, made his escape by a narrow hole which he discovered in the stone quarry where he was imprisoned, while in pursuit of a fox which had found that mode of exit. Being again taken prisoner, while his guards were fast asleep he rolled himself towards a fire close by, and, at the expense of his body, burnt off the cords by which he was bound. On being taken a third time, the Lacedemonians opened his breast while he was still alive, and his heart was found covered with hair.
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