限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第62回目)『古代中国の自動演奏ロボット』

2010-06-30 07:27:40 | 日記
古代ギリシャではヘロンが蒸気の力を利用して神殿のドアを自動開閉して人々を驚かしたと記録に残っている。

一方、中国では、お伽噺ではあるが、ウィンクをする美女のロボットが、紀元前3世紀にあった(?)ことは以前述べた。【座右之銘・9】『大道以多岐亡羊,学者以多方喪生』

しかし、時代が隋まで下ると、技巧的にも凝ったものが作れるようになった。そしてそういったからくり(gadget)が大好きな帝王がスポンサーとなり宮廷にロボットを置いたり、また機械仕掛けの部屋を作り上げた、という。これは、れっきとした歴史書である資治通鑑に書かれていることだが、隋の煬帝はかなりの新しいもの好きで、ロボット以外にも、巨大な楼閣や船を建造している。

資治通鑑によると、AD616年の春3月に煬帝が酒宴を催したという。その記事には次のような記述がある。

『3月、煬帝は群臣たちと宮廷の西苑で舟遊びを計画した。そして杜宝に命じて、《水飾図経》という本の中から古代の水遊びの方法を72件、ピックアップさせた。その一方で、黄袞に命じて木工で妓女を作り、酒船に載せ、船の間を回遊させた。木作りのロボットの妓女達が琴や鐘を演奏する姿はまるで本物のようだった。』
(三月,上巳,帝与群臣飲於西苑水上,命学士杜宝撰《水飾図経》,采古水事七十二,使朝散大夫黄袞以木為之,間以妓航、酒船,人物自動如生,鐘磬箏瑟,能成音曲。)



一方、南ドイツのバイエルンにあるノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)にある自動ドアのような仕掛けもすでにあった。

『宮廷にある観文殿の続きには14個もの部屋があった。窓や扉、ベッド、カーテンなど、これ以上ないほど豪華に作られていた。その内3つの部屋は開くとドアにはカーテンが自動的に下りてきて、上には仙女が舞う。庭には、地中に機械じかけが埋め込まれていた。煬帝が読書室に入ると、ロボットの宮女が香炉を捧げもち、敷居を踏んで外に出ると、仙女が降りてきて、カーテンを取り込んで引き上げる。ドアやくぐり戸は全て自動開閉し、煬帝が部屋を出ると、閉まってしまい、元通りになった。』
(於観文殿前為書室十四間,窓戸床褥厨幔,咸極珍麗,毎三間開方,戸垂錦幔,上有二飛仙,戸外地中施機発。帝幸書室,有宮人執香炉,前行践機,則飛仙下,収幔而上,戸扉及厨扉皆自啓,帝出,則垂閉復故。)

この様子は、かつてのつくば科学万博でみられたようにロボットが活躍していた様子を彷彿とさせる。
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想溢筆翔:(第49回目)『不可能を可能に!英語の短期習得術』

2010-06-29 22:11:16 | 日記
トロヤ遺跡発掘者のシュリーマンは情熱的な古代ギリシャ文明心酔者であると同時に語学の天才です。その自叙伝、『古代への情熱』を読むとその外国語の天才ぶりがよく分かります。実に十数カ国語もの言語をマスターしています。それもいづれも2~3ヶ月ほどの短期間にです!難解を以って知られている古典ギリシャ語にしてもイリアス、オデッセイなどの長文も暗記し、文法も完全にこなしているのには驚嘆してしまいます。



私は子供のころから外国に行ってみたいと思っていたので外国語学習にはずっと興味を持っていました。それで今回は皆さんが日常困っていると思われる語学学習についてのヒントを私の経験をベースに書きます。

私は、まず中学校へ入学した時は毎日朝布団の中でラジオの基礎英語を聞き外人講師のしゃべった英語を真似していました。当時はまだテープレコーダーが普及していなかったので、朝六時台の放送を聞き逃すと、昼の再放送しかなく、学校の授業の関係で聞けなかったので、毎朝一生懸命に起きて聞いていたものでした。

ニ年生になってからは『続基礎英語』を聞いていました。この時の勉強が40年立った今でも非常に役立っています。それは、ある基本文の一部分だけを変えて直ぐその場でしゃべることです。考える間がほとんどありませんので、いわば条件反射的にしゃべらないといけないのです。外人講師のしゃべるスピードが大体ネイティブに近いスピードだったのが話す、聞く、の両面でよかったと思います。

また、この二年生の時もう一つよかったのは、夏休みの終わりに英語の暗唱大会に出るために、英語担任の(日本人の)英語の先生から英語の発音の仕方を教わったことでした。その先生自身の発音は格別上手ではなかったのですが、教え方や発音のポイントはしっかりしていました。日本人が不得手な R と L の区別、thの正しい発音、紛らわしい s と sh の発音など、約40日間毎日風呂に入っても練習していました。これ以降私は発音で困ることはなく、後年アメリカに留学していた時も発音ではアメリカ人からは誉められていました。

一般的に言って日本の英語学習では、概して発音やイントネーション(あるいはプロソディ・Prosodyとも言うそうです)がおろそかになっていますが、本質的には、日本人が全体的にシャイなためネイティブ的な発音の仕方をするのがカッコよすぎて逆に恥ずかしいと思う生徒の心理的圧迫感が災いしていると思います。そのため、いくら英会話学校などネイティブな先生から教わっても、一向に上手にならないのはこの心理的圧迫感が原因だと私は思います。

発音とイントネーションは語学の実力からみれば、メインではなく、単なるスパイス的な意味しか持たないのは私も異論はありません。ただスパイスがおいしいと自然と食がすすむのと同様、これらの点が優れているといわば心の中に密かに自分自身の拠り所・自信ができて語学学習が自然と進むものです。

さて、私は大学に入ってからは、こんどはドイツ語を一生懸命にすることになりました。しかしながらドイツ語学習のきっかけは屈折したものでした。それは、大学一年の夏休み前の授業中に当てられた変化形(ein rotes Haus = a red house)が全く言えなかった事が原因でした。単数、複数合わせて八変化のほとんど全てを間違えて、『鬼の高木』と陰で呼ばれていたドイツ語教師に教室じゅうに響き渡る声で半時間近くも説教されるはめとなりました。それで、一念発奮して夏休み中に徹底して文法を覚えることを決意しました。大学に入って初めての夏休みは結局これで丸々つぶれましたがドイツ語ではその後苦労することはありませんでした。この時の経験から人間はとことん自分で心底やろうという気にならないと、ものにならないことを身をもって知った次第でした。

さて、そのドイツ語ですが三年の夏休み前に大きな転機が訪れました。ある時冷やかし半分に出席したドイツ語会話クラスの学生と先生の楽しそうな会話風景から、突然衝動的にどうしてもドイツに行きたいという熱い願望が湧き起こりました。それでさっそく夏休みにドイツ語4000単語を覚えることにしました。毎日80単語ぐらいを機械的に覚えていくのです。当初は前日のし残し分が加算されて100や140単語ぐらいを覚えていかなければいけなかったのですが、その内知らない単語でもだいたいの見当がつくようになってきました。つまり、ドイツ語単語の構造が身についた、と思えたと同時に人間の能力が指数関数で増加することを自ら発見した次第です。また、会話能力の向上のためにアメリカ国務省の外交官養成用のカセットテープ『Basic Spoken German』十数巻で徹底的に聞き、話す練習をしました。その甲斐あって、留学試験に合格し、ともかくも憧れのドイツへ行けることとなったのでした。

さて、前にも書きましたように10年ほど前に、長年の憧れであった古典ギリシャ語とラテン語を自分流儀で学び始めましたが、その過程で以下に述べるような、私流の外国語習得術を再確認しました。

その方法の要点とは:『耳、80点、5000単語、5000ページ、臨界点、執念』

 【耳】
先ず、単語でも、文章でも耳から覚えることです。これにはiPodに吹き込んで繰り返し聞くことです。私の場合は自分の声でギリシャ語やラテン語の単語を録音し、それを通勤電車の中で聞いていました。よく電車の中で英語を勉強している人を見かけますが、目で文章を追っかけているだけです。この方法は、内容(コンテンツ)を理解するには充分ですが、英語力自体の進歩にはつながらないと思います。語学はなによりも先ず『音的要素』から入っていくのが一番早道です。また聞くだけでなく、上にも書きましたように続基礎英語やBasic Spoken Germanのやり方のように(本当に味気ないですが)一つの形式の文の一部だけを置き換えて何回も声を出してしゃべる事が肝要です。

 【80点】
80点でよしとする。つまり、読み、書きでも当初から完全を目指さないようにしましょう。日本人はシャイであると同時に完璧症という言わば語学学習に関しては『二重苦』を背負っています。間違いはいわばオナラのようなもの、本人ほどには、まわりは気にしていませんから。

 【5000単語】
語学力は第一に単語力です。一人前になるには5000単語をとにかくマスターしてくましょう。しかし5000語というのは全体数です。(もっとも、正直なところ一万単語ほど必要ですが。)前に書きましたように単語は因数分解できますので、基本部分をしっかりと覚えることで実質数はもっと減ってきます。

 【5000ページ】
会話のための語学力は実は読解力で決まると私は思っています。つまり読解力は読書量に正比例します。皆さんのために実際的手段をこっそり教えましょう。英語のページは見ず、まず日本語訳を一パラグラフ分だけしっかり読んでから内容を理解します。そしてその該当部分の原文をおもむろに『眺め』ます。原文が大体わかれば、とりあえずは次にすすみ、読むページ数を稼ぎます。ページ数が増えるに従って読解力がつき、次第に分かるようになるものです。要は語学は学問というよりむしろ、球技と同じと考えることです。練習に次ぐ練習で勘を養います。また水泳をマスターするのに誰も先に流体力学を学ぶ事が必要だとは考えないのと同様、文法的解釈は分からなくてもよいのです。その内に文を耳にするだけでなぜかしら不思議と意味が分かるようになるのです!

 【臨界点】
語学はある一定レベル以上に習熟しないと、結局は『無』になる、と言う事は皆さんの周りを見渡しても事実だとわかるでしょう。つまり、語学は中途半端なレベルでは登り坂で荷車を止めておくようなもので、時と共に下にずり落ちてしまい結局もとの木阿弥です。語学に限らず知識、情報というはある水準以上、つまり臨界点に達しないと本当の能力として成熟しない、と私は確信しています。

 【執念】
執念は車で喩えればガソリンです。いくらお膳立てが良くてもガソリンがなければ、進まないのは分かりきったことです。大げさに考えず、まず目先に具体的な達成目標を設定し、ともかくそれを克服することに執念をもやすことです。TOEICでいうと800点に到達しましょう。それを超えた人は交換留学でも構いません、ともかく短期留学を目標として頑張りましょう。
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百論簇出:(第69回目)『日本型リーダーシップの真髄』

2010-06-28 21:48:37 | 日記
以前このブログで『日本流と西洋流のりんごのむき方』という記事を掲載した。要点は、『西洋では、複雑な問題は部分分割し、各自がその部分だけを集中して克服する。一方日本では、複雑性を減らす努力を充分にしないまま、複雑なまま取り組む。』という方法論の差が東西で存在する、ということであった。

さて、現在日本では、欧米からの直輸入の『リーダーシップ教育』が盛んであるが、『日本流と西洋流のりんごのむき方』の議論を援用すると、その方針が間違っていることが分かる。

りんごの例で示したように、西洋流では指揮官(リーダー)は非常に重要な役割を負っていて、成果のよしあしに大きな意味を持っている。つまり、能力のレベルの異なる部下の一人ひとりに対して、それぞれが遂行可能なレベルの課題を設定しないといけない。その為には複雑な問題を適切な大きさの課題に切り分けていく点にリーダーは知恵を絞る。そして一旦その割り当てが決まれば、次は担当者が与えられた課題を正しく遂行しているかどうかをチェックするマネジメントチームを作り上げる。これらがリーダーの仕事である。


出典】『リーダーシップ・トレーニング』

一方日本流では、仕事の分担に対してはリーダーは細かい点は注意をしない。大体この程度であろう、とのヤマ勘で仕事を担当者に振り分ける。個々人は担当は決まってはいるものの、その責任分担範囲を状況に応じて適宜広くしたり、狭くしたり、あるいは他人と部分的にその職務を交換したりして、とにかく業務の遂行に支障がでないように現場サイドで調整するのだ。このように現場の適合能力が高いが故に、最初に仕事分担を割り当てる時に、多少のミスマッチがあっても最終的にそれが、問題とならない。それは仕事が問題なく完遂されるという点では善くとも、リーダーの割り当てミスが是正されない、という点では、リーダーが間違いを克服して成長する機会がない、という欠点がある。

結局このような日本流では、個々人の資質が成果に大きな影響をもっていて、指揮官(リーダー)の資質は本来的には結果に大きな影響を与えていなかったのではないかと私は考える。

最近、欧米流のマネジメントスタイルとか市場主義とか言ってリーダーシップを高めるためのプログラムや書籍が世の中に溢れている。しかし、私の考えでは、欧米流のリーダーシップというのは、日本人が本来持っている『りんごを丸ごとむく』メンタリティとは元来適合しない。

この意味で私は日本におけるリーダーシップとは、上から指令するタイプではなく、下から押し上げるタイプにおいて、上で述べたようなリーダーの判断間違いがリーダーまで確実に届き、それをリーダーが虚心坦懐に耳を傾けることが重要である。

つまり、日本の従来型である『文句を言わずに黙って、俺についてこい』というのではなく、部下の一人一人が納得し、そして自主的に考えて伸び伸びと行動できるような環境づくりこそが日本流のリーダーシップの真髄であると考える。
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希羅聚銘:(第38回目)『Fabius(ファビウス)一家の全滅と一人の生き残り』

2010-06-27 13:27:44 | 日記
Livy, History of Rome (Livius, Ab urbe condita)
(英訳: "Everyman's Library", Translator: Canon Roberts, 1905)

Noblesse Oblige という言葉はヨーロッパ精神の一つの基柱であると私は思っている。貴族というのは、単に平民から税金をむしりとり安逸な生活を営むのではなく、いざと言うときには先頭に立って公共体の為に犠牲を支払うという気高い意識を把持している。近年の有名な事例では、第一次世界大戦において戦死者の中では、イギリス貴族の子弟の割合が高かったということが知られている。

ローマの歴史を読むと、Noblesse Oblige の精神はローマ建国当時から存在していたことが分かる。そして、貴族が自負しているのみならず、平民も彼ら貴族のその気宇に賞賛をおくっていたことがわかる。

さて、時は、BC479年、ローマはまたもやウェイイ族との戦争状態に突入せざるを得なくなった。しかし、当時、他の幾つもの部族と同時に戦いをしていたので、ローマ兵をウェイイ族との戦いに振り向ける余裕はなかった。亡国の危機を聞いたファビウス家のコンスル、カエソ・ファビウス(Caeso Fabius)は、一族挙げてウェイイ族と戦争することをローマ市民に宣言した。

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Book2, Section 49

そのニュースは瞬く間にローマ市全土に広がった。市民のファビウス家を絶賛する声は天まで届くほどだった。『ローマの代わりにファビウス家が自らの費用と責任でウェイイ族との戦争を遂行することになった』と讃えられた。
。。。
ファビウス家のコンスル、カエソ・ファビウスは司令官の軍服を着て、自宅の玄関に姿を現した。そして、一家全員が集まったのを見ると、進軍の指令を下した。これ以上少数で、しかもその全員が輝かしい偉勲につつまれた兵士の進軍はいまだかつてローマでは見たことがなかった。 306人全員が貴族で、それも皆同じ氏族の出で、誰一人として元老院に相応しくない人が見当たらなかった。その一団が氏族の心を一つにしてウェイイ族を殲滅せんと、意気軒昂として出かけていった。

Manat tota urbe rumor; Fabios ad caelum laudibus ferunt: familiam unam subisse civitatis onus; Veiens bellum in privatam curam, in privata arma versum.
...
Consul paludatus egrediens in vestibulo gentem omnem suam instructo agmine videt; acceptus in medium signa ferri iubet. Nunquam exercitus neque minor numero neque clarior fama et admiratione hominum per urbem incessit. Sex et trecenti milites, omnes patricii, omnes unius gentis, quorum neminem ducem sperneres, egregius quibuslibet temporibus senatus, ibant, unius familiae viribus Veienti populo pestem minitantes.

【英訳】 News of what had happened spread through the whole City, the Fabii were praised up to the skies; people said, "One family had taken up the burden of the State, the Veientine war had become a private concern, a private quarrel..."
...
The consul, wearing his "paludamentum," went out into the vestibule and saw the whole of his house drawn up in order of march. Taking his place in the centre, he gave the word of advance. Never has an army marched through the City smaller in numbers or with a more brilliant reputation or more universally admired. Three hundred and six soldiers, all patricians, all members of one house, not a single man of whom the senate even in its palmiest days would deem unfitted for high command, went forth, threatening ruin to the Veientines through the strength of a single family.
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このように当初は、まばゆいばかりの姿であったが、緒戦からの勝利の連続に心が緩んだ瞬間、その油断をつかれてしまった。



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Book2, Section 50

ファビウスの男達は全員殺され、要塞も占領されてしまった。

306人のほぼ全員が討ち死にしてしまった。しかし、後年ローマが戦争や内部抗争で危機に陥った時に、救い主となるべき人物を後世に残すためわずか一人の幼い男の子だけが幸運にもこの修羅場を生き延びたのであった。

Fabii caesi ad unum omnes praesidiumque expugnatum. Trecentos sex perisse satis convenit, unum prope puberem aetate relictum, stirpem genti Fabiae dubiisque rebus populi Romani saepe domi bellique vel maximum futurum auxilium.

【英訳】 The Fabii were all cut down to a man, and their fort taken. It is generally agreed that three hundred and six men perished, and that one only, an immature youth, was left as a stock for the Fabian house to be Rome's greatest helper in her hour of danger both at home and in the field.
*********************

かつて、ペルシャ戦争の時、スパルタの王、レオニダスという勇士がいた。その数、百万とも言われる兵士を率いて攻めてくる雲霞のようなペルシャの大軍に対してスパルタの重装歩兵、わずか300名を率いて、テルモピュライで敵を迎え撃った。このテルモピュライは天険といわれた函谷関のような狭谷であった。函谷関は、『一夫、戟をふるえば、万人、進むを得ず』(一夫揮戟、万人不得進)と言われた程、少人数で堅固に守ることができた地形であった。レオニダスもこのテルモピュライの地形を利用し、長らくペルシャ軍をせき止めてはいたが、敵のペルシャ軍に内通するギリシャ人の道案内で、ペルシャ軍に背後を衝かれ、レオニダスも含めスパルタの勇者300人が全員討ち死にしてしまった。

ここにも、Noblesse Oblige の痛ましい実例を見ることができる。
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沂風詠録:(第61回目)『ベンチャー魂溢れる「思考軸」の作り方』

2010-06-26 21:07:49 | 日記
私の京大での授業『国際人のグローバル・リテラシー』で昨年と今年の2回にわたり、ライフネット生命保険株式会社の代表取締役社長、出口治明さんにご講義をして頂いた。(ブログ記事:2009/06/262010/06/012010/06/02

その出口さんが最近『「思考軸」をつくれ-あの人が「瞬時の判断」を誤らない理由』を英治出版から出版された。その本を献呈して頂いたので、早速拝読した。読後感想というより、書かれている中でキーポイントと感じた点について私の考えを述べてみようと思う。



まず、総括として、いくつかの観点に関して、出口さんの考えと私が前から考えていたことが似ていることを発見しうれしく思った。しかし、出口さんのように還暦を迎えてから1時間足らずでベンチャーを起こす、それも前例のないインターネット保険業を起こす、というチャレンジングな気概には全く私など足元にも及ばない。また、小学校の時から読書家で、小学校、中学校の図書館の本はもれなく読破したという点では、小学校の時にはルパンやシャーロックホームズものなどしか読まなかった私などとは比較を絶している。

しかし、過去は過去として、現時点での問題意識として共通している点がいくつか挙げられる。(以下、P. は原著のページ、「==>」は私の考えを示す。)

【まず量だ】
P.82:インプットの絶対量をふやす。
P.85:「最初は自分で選ばず、とにかく大量に取り込む。」
==>これに関しては、全く同感である。出口さんのような天才ですら量が第一であるなら、私達(いや失礼、私)のような凡人などはそれを更に上回る量が必要だと前から考えている。この点に関して、以前、このブログに書いた。
【麻生川語録・2】量が質を凌駕する

【閾値をこえると楽(ラク)になる】
P.86:あるところを境にして楽(ラク)にアウトプットできるようになる。
P.87:アウトプットの機会を強制的に設ける。
==>これも全く同感。私もこのブログは1年ほど前に始めた。基本的には、日記の如く毎日書くようにしていると、以前より多少は楽にアウトプットできるように感じる。しかし、まだ残念ながら出口さんが述べられているような『ラクになる境地』には達していない。それでも、強制アプトプットの効果は実感としてよく分かる。

【本に書き込み】
P.93:本に線を引いたり、書き込みをしない
P.93:同じ著者の本をまとめて全部よむ。
==>出口さんは、書き込みなどは不要というがこの点は、私には到底、真似ができない。記憶容量と記憶の保持力において出口さんとは比較にならない。しかし、この差を縮める方法は存在する。私の場合、本の後ろに白紙数ページわざわざ貼り付けて、書き込みをするのだ。これを『外部記憶』と称している。この方法でようやく本が自分のものになる。人はそれぞれ自分の能力において本の読み方を工夫すべきであって、必ずしも人まねをする必要はないと私は思っている。

第二の点は私も同感である。同じ著者や同じ分野を10冊以上読むと大体輪郭がつかめてきて、自分なりの考えもまとまる。この方式がよいと思うので、先日ブログで書いたように(『国際人のグローバル・リテラシーの図書リスト』)授業では一分野につき大体10冊程度の参考図書をリストアップしている。
  沂風詠録:(第57回目)『国際人のグローバル・リテラシーの図書リスト(1)』
  沂風詠録:(第58回目)『国際人のグローバル・リテラシーの図書リスト(2)』
  沂風詠録:(第59回目)『国際人のグローバル・リテラシーの図書リスト(3)』

【大道より小路】
P.100:迷ったら細い道を選ぶ
==>私も基本的に、このような趣旨で道や店を選んでいる。特に海外旅行では、大通りはどの国も似たりよったりだが、露地に入るとその都市の雰囲気がよく分かる。論語の雍也篇には、澹台滅明は公正明大な人だとして『行不由径』(行くに、こみちに由らず)と書いてある。つまり君子たるものは露地を歩くなと言うことらしい。

ただ、細い道を選ぶという行動様式で、何回か、危ない目にあったことがあった。

その話をしよう。これは海外ではなく日本での話し。
ある時、山口県の海岸沿いを歩いていたとき、砂浜が次第に岩肌になり、そのうち、全くの崖の岩だけになった。 1時間以上も歩いたので引き返すのもしゃくなので、その崖を登ることにした。最初の 10メーターぐらいは何とか岩や木の根などの手がかりがあって登れたものの、そこから先には、もう全くの手がかりのない岩と砂だけの崖になった。すべり落ちれば命はなし、かといって、降りる方法もなし。幸いに数本の草の根が生えていたのでそれにしがみつきながら、かれこれ2時間ばかり格闘してようやく崖の上に立つことができたときは、日もとっぷりと暮れ、もう完全にへとへとだった。文字通り『地獄からの生還』の気分であった。

【長所と短所】
P.153:長所と短所は同じもの
==>これも以前から私も考えていたことだった。出口さんの意見も加味して先日次のブログ記事を書いた。
麻生川語録・17】『長所と短所はコインの裏表』

【若者、女性、外人の活用】
P.156:若者と女性のリーダーを作れば日本はうまくいく。
P.175:外人と女性の力を使っていない
==>これも全く同感。ついでに言うと、同業他社に比べて女性の多い会社はなぜかしら、うまくいっているように私には思える。外人を受け入れることの出来る会社は価値観の多様性の大切さを認識していると思う。

【日本人よ海外へ出よ】
P.180:日本人は世界に出て行くのがよい
==>私もこのように考えている。最近ダライラマが来日し、講演した中に、『日本の若者は英語をマスターして海外、とくにアフリカ、アジア、南米、に出て貢献せよ』という趣旨の発言があった。

ところで、出口さんの本が英治出版社から刊行されると聞いて、ちょっと驚いた。というのは、私のこのブログの左側のブックマークとリンクが張ってあるがその一つに、『Kage(カゲ) Caricature Japan 代表アーティスト』のブックマークがある。以前カゲさんと話をした時に英治出版社とカゲさんは関連がある旨の話を伺ったことがある。一方、ライフネット生命保険社はリンクに貼ってある。なにか不思議な縁を感じる。
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