限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【座右之銘・128】『賦斂軽而丘園可恋』

2021-04-04 17:30:44 | 日記
中国の歴史書は、たいていは儒者が編纂した。それで、いくら公平に扱うのが伝統であるといっても、記事の取捨選択に偏りがみられる。つまり、編纂者の観点から正当・妥当と思われる内容が取り上げられ、そうでない項目は削除されるのだ。

残念ながら、名著の誉が高い司馬光の『資治通鑑』にしても、この欠陥からは免れていない。私は資治通鑑の内容を高く評価していて、これまで 3冊もの部分翻訳本を出版した。もっともその中には、タイトルに資治通鑑という名称が見られず、私の意図に反し、出版社の意向でことさら嫌中論的なタイトルがつけられた『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』(小学館新書)という本もある。ただ、誤解の無いように言っておきたいのは、編集者(岡本八重子さん)から適切なアドバイスを数多く頂いたおかげで、内容的には充実した本に仕上がったと、感謝している。

さて、その小学館新書のP.168からP.176にかけて、五代末の政治家・馮道の事績を中国および日本の歴代の儒者は非常にネガティブに評価している、ことを紹介した。私が見るところ、馮道は人道愛(ヒューマニティ)あふれる政治姿勢であったが、それは中国の伝統的な儒教の枠組みを越えていた。そのため、非難を受けのだが、戦国時代の墨子も同様だった。



このような悪しき非難の伝統は、この2人に止まらない。五代の建国者の朱全忠も極悪人との評価が定まっているが、良い面もあったと、宋の洪邁が『容斎三筆』で弁護の筆を執った。

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容斎三筆(中華書局):巻10(P.529)

【朱梁軽賦】

朱梁之悪、最為欧陽公五代史記所斥詈。然軽賦一事、旧史取之、而新書不為拈出。
其語云:「梁祖之開国也、属黄巣大乱之余、以夷門一鎮、外厳烽候、内辟汚莱、厲以耕桑、薄其租賦、士雖苦戦、民則楽輸、二紀之間、俄成霸業。

及末帝与荘宗対塁於河上、河南之民、雖困於輦運、亦未至流亡。其義無他、蓋賦斂軽而丘園可恋故也。及荘宗平定梁室、任吏人孔謙為租庸使、峻法以剥下、厚斂以奉上、民産雖竭、軍食尚虧、加之以兵革、因之以饑饉、不四三年、以致顛隕。其義無他、蓋賦役重而寰区失望故也。」

予以事考之、此論誠然、有国有家者之亀鑑也。資治通鑑亦不載此一節。

【意訳】五代の後梁を建てた朱全忠は、欧陽脩の『新五代史』ではさんざんけなされているが、租賦(税)が軽かったことは『旧五代史』には書かれているが、『新五代史』では書かれていない。『旧五代史』には次のような文が見える:「後梁の建国当時は唐末の黄巣の乱の後なので、治安を良くし、農業を奨励し、税を軽くした。それで、兵士は戦いに苦しむも、民は喜んで兵站のために運輸を助けた。それで、20年も経ずに立派な国になった。

後梁の末期、末帝と後唐の李存勗(荘宗)の黄河での戦いでは河南の民は運搬に苦しんだが、それでも流亡しなかった。それは、賦斂(税)が軽く、平安であったからだ。しかるに後梁が滅び、後唐になると孔謙が収税吏となり、民から重税を取り立て、中央に送った。それで、民は貧困に陥るも、それでも軍の兵士には食糧が十分行き渡らなかった。加えて、戦乱と基金で、数年の内に世の中がめちゃくちゃになってしまったこれは他でもない、重税に天下の民が失望したからだ。」

私(洪邁)が思うに、この意見はもっともだ。国政を預かる政治家が見習うべき点だが、司馬光の『資治通鑑』にはこの一節は載せられていない(のは惜しむべきだ)。
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冒頭の朱全忠に関する文章はもともとは『旧五代史』の巻146・《食貨志》に見えるが、洪邁も指摘しているように『新五代史』には見えない。

朱全忠は儒者からは、唐朝に仕える家臣でありながら、恩義に背いて王朝を奪ったため、極悪人の烙印を押されている。しかし、洪邁はそのような常識的な意見には与みせず、乱世の後であるから税金を軽くしたことで民心が落ち着いた、と朱全忠を高く評価している。

朱全忠が民衆から支持された点は
「賦斂軽而丘園可恋」(賦斂(ふれん)軽くして丘園、恋すべし)
にあると断言する。これは税金が軽ければ土地に安住していられる、という意味だ。その逆のケースは
「賦役重而寰区失望」(賦役、重くして寰区(かんく)失望す)
である。税金が重いと天下こぞって生きる望みを失うということだ。

よく知られているように『礼記』の《檀弓下》には「苛政猛於虎」(苛政は虎よりも猛し)という孔子の意見が述べられている。この点において孔子は民にとっては税の軽いことが重要であると述べ、為政者の貪欲を戒めている。ただ、孔子の言うことがいつもいつも正解であったかというと、必ずしもそうはない。例えば、『論語』《顔淵編》に「兵、食、信」のどれが一番大事かという子貢の問いに対して、孔子は「信」だと答えた。民が飢死しても、為政者は信を守るべきだ主張する。しかし、王朝が倒れ、乱世に移った時には平時の論理・倫理が通用するとは考えられない。民衆にとって何が一番大切かは変化する。それが「権」という概念だ。孔子の「信」は平時に通用する倫理であり、固定観念に縛られていては判断を誤るということだ。乱世にあっても朱全忠は実務的に正しい判断を下したおかげで、数多くの民は生き延びることができた。
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翠滴残照:(第6回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その5)』

2021-03-28 19:58:02 | 日記
前回

〇「プラトンとセネカに魅了される」(『教養を極める読書術』 P.22)

プラトンの対話篇を読むことの重要性については前回のブログだけでなくすでに何度も取り上げているが、再度(懲りもせず)なぜそれほどまでプラトンに魅了されたかについて述べよう。

よく「学生時代によむ100冊」「古典的名著」など、名著を紹介した特集でプラトンが言及されるときは、決まって『ソクラテスの弁明』『パイドン』『饗宴』『国家』が挙がる。確かに最初の2作、『ソクラテスの弁明』『パイドン』にはソクラテスの高い倫理観が凝縮されているのでヨーロッパの徳の理想を知るには最適の書といえよう。次に『饗宴』はシェークスピアの喜劇『十二夜』『お気に召すまま』のようなエンターテイメント・ドラマとして楽しめる傑作であるといえる。最後の『国家』はギリシャの教育や行政のあり方(現実と理想)がよくわかる、充実した内容だ。



しかし、私がプラトンに魅了されたのは別の観点だ。

プラトンから大いなる刺激を受けたのは話し方、学術的にいうと、レトリックである。レトリックはたいていは修辞学と訳されるが、ここでは「弁論術・雄弁術」という意味だ。人は訓練を受けなくともしゃべることはできるが、それは単なる「だべり」に過ぎない。あるいは、歩くことは誰でもできるが、競歩のように「速く、長く」歩けるには訓練が必要だ。それと同じく「だべり」ではなく、「聞かせる話し方」ができるようになるには訓練が必要だ。話し方の訓練といえば、アナウンサーや落語家のような特殊な職業に就く人だけに必要だと考えるかもしれないが、一般の社会人・ビジネスパーソンにも必要だ。

西洋では伝統的に「弁論術・雄弁術」のカリキュラムが用意されているが、その基本部分を教えてくれるのがプラトンの初期対話篇である。具体的には『イオン』『メノン』『ラケス』だ。これらを読むといわゆる「ソクラテス・メソッド」のからくりがよく分かる。ソクラテス・メソッドの要点(キモ)は「一文で話すことは一つのこと」に絞ることである。文章でいうと「、」(句点)で話しを続けずに、「。」(読点)で文を完結することだ。つまり、述べる内容をレゴのようなかっちりとしたブロックを積むように構築することだ。それができるには、頭のなかでいうべきことの全体図が見えていないといけない。

この点に関しては、以前のブログ
『外国語会話上達にもつながる弁論術のポイント』
で頭の中の整理法を述べたのでそれを参照して頂きたい。要は、だべり会話をしている限り、頭のなかを整理して話すことはできない。その状況を生き生きと示してくれるのが、上に挙げたプラトンの初期対話篇の数々である。もっとも、これらの対話篇は哲学的観点から言えば、当初設定された問題を解決できず、aporia に陥った失敗作とみなされている。しかし、弁論術の観点からいえば、これら失敗作こそに価値があるのだ。その理由は「論理のからくり」を見せてくれるからである。例えば、手品師が手品をしているところを見ても、そのからくりが分からない。ところが、失敗して道具をポトンと落としてしまったりすると、カラクリが一遍に分かる。または、前から見ていると分からなくても、手品師の背後から見ると、カラクリが簡単に分かる。プラトンの失敗作といわれる『イオン』『メノン』『ラケス』は、舞台裏やカラクリがよく分かる作品である。論理的に話していても、最終的には間違った結論に達することもあるという好例だ。これから逆に、正しい結論に至るにはどうすればいいのかということも見えてくる。

一方、プラトンの初期の力作『プロタゴラス』『ゴルギアス』からは、本格的な弁論の仕方を学ぶことができる。この2つの作品には当時の超一流のソフィストである、プロタゴラスとゴルギアスがそれぞれ登場する。どの程度、本物の弁論かという歴史的詮索はさておき、この作品はあたかも録音の書き起こしのように当時のディベートのライブの興奮をじかに感じることができる。

これらの対話篇にあって、ソクラテスはいつものごとく論理をワンステップ、ワンステップをきちんとチェックしながら話を進める(ソクラテス・メソッド)。それに対して、ソフィストは多少の論理矛盾はあっても滔々とした弁舌で相手を言葉で酔わせてしまう。しかし、その場の雰囲気の中では納得できても、後で冷静になって振り返って見ると納得できないことが多々見つかる。これから、本当の意味の論理(ロジカル・シンキング)とは、必ずソクラテスのように、短答式の問いを重ねる方法しかないことが分かる。

このように私はプラトンから話し方、つまり弁論術の学ぶという観点で勧めるのだが、そのような意見は今まであまり言った人はいないだろう。なぜ、今までこういうことをが言われなかったのかといえば、プラトンを哲学的観点、つまり倫理、政治、形而上学、認識論の観点からしか見なかったからだ。哲学的観点からは、上に挙げた『イオン』『メノン』『ラケス』などの失敗作はほとんど評価されず、もっぱら重厚感のある『国家』やソクラテスの倫理観の結晶である『ソクラテスの弁明』を畏敬して取り上げる、という姿勢であった。

私は、活き活きとした弁論術の実例を、それも人類の歴史上で最高傑作ともいえる実例を知ることのできる書としてプラトンの対話篇を読むことを強く勧める。

【参照ブログ】
想溢筆翔:(第21回目)『粘土言語とレンガ言語』
想溢筆翔:(第14回目)『外国語会話上達にもつながる弁論術のポイント』

続く。。。
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沂風詠録:(第335回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その40)』

2021-03-21 15:02:24 | 日記
前回

F-1.フランス語辞書

F-1-3 Jean Girodet, "LOGOS -- Grand Dictionnaire de la langue française"

フランス語の仏仏辞書では、前々回に紹介した"Le Petit Robert"がほぼ寡占状態と言っていいだろう。調査した訳ではないので、私の個人的な感覚からしかいうことができないが、寡占状態は日本だけでなくフランスも含め世界全体でもそうではないだろうか。確かに"Le Petit Robert"は素晴らしいとは思うものの、競争がないと向上しないものだ。その意味で、今回とりあげる LOGOSの仏仏辞書は、"Le Petit Robert"の強力なライバルとなり得る存在だと思う。



元来は、Bordasという会社から3冊本で出版されたが、 1984年に駿河台出版社が『ロゴス仏仏大辞典』という1冊本で出版した。3000ページを超える大冊で、厚さは20cm 近くあり、重量も3.3Kgもある。流石に、Unabridged Webster の6Kgには及ばないものの、一冊本としては、最重量級の辞書の一つと言える。

この辞書(以下、LOGOS)は隅々にまで気配りが見られる。その中には他の辞書には見られないような特徴的な項目もある。それらを網羅的に挙げることはできないが、気づいた点を挙げてみよう。

1.語源欄

すでに述べたように、フランス語の辞書には語源欄はないか、あるいはあっても非常に簡単なものが多い。LOGOSも例外ではなく、語源欄は英語のものより簡素である。それでも "Le Petit Robert"よりは充実していると言える。ただ、わずかに不満なのは ― 現代の辞書に共通ではあるが ― ギリシャ語をローマ字で書いていることだ。ギリシャ文字はわずか20数文字であるが、それでも読めない西洋人が多いので、ローマ字表記にしているのだ。ローマ字で書かれた日本語を読むほどの違和感は感じられないが、それでもローマ字で書かれたギリシャ語は読みにくい。

2.分野の指示

同じ単語でも使われる分野でニュアンスが異なる場合がある。
例えば、connaissance では9項目に分けて意味が説明されているが、そのいくつかには分野を示す指示語がついている。具体的には、1. (philosophie)、 2. (dans le langage courant)、 3. (souvent au pluriel) 、 5. (droit) など。単語の意味の説明の前に、少しでもこのように分野が分かると、理解度合いがぐ~んと高まる。

3.歴史的背景の説明

言葉の辞書というのは、百科事典的な説明は極力簡単にしか載せないものだが、LOGOSでは、かなり詳細に説明する。例えば、croisade(十字軍)では200語程度のかなり詳しい説明が見られる。これによって、ちょっとした知識を得たいのであれば、わざわざ百科事典を見なくてもよい。

4.語句の豊富な説明

上で述べたような百科事典的な説明だけでなく、単語に関する説明も詳しい。例えば、chèque(小切手)の説明では、800語ほどを費やして、フランスにおけるchèque使われかたが英国と異なっている、などについて述べる。

それだけでなく、例えば、N.B. という項目をつけた説明があり、そこでは通常の辞書では見ることのできない事項を見いだせる。例えば、horloge(時計)の項では、「この単語は現在は、女性名詞であるが、元来は語源であるラテン語やギリシャ語での性(中性名詞)を考慮して男性名詞であった」と述べる。私の推測では、現在、女性名詞として horloge が用いられているのは、単にフランス語としてのつづり字が女性名詞に多い -e の形式であるからだというのではないだろうか。


5.意味の多い語の一覧表

英語では、have、set など意味が非常に多い。そのような時、説明を一つ一つ見ていくのは、非常に根気がいる。LOGOSでは、そのような単語には一覧表を掲げ、その単語の意味の全体像を一目でつかめるようになっている。



6.同じ語根の単語

同じ語根から出て、品詞や綴りが少しことなる単語を一ヶ所にまとめている。そうすると、厳密なアルファベット順にはならないが、互いの関連が明確になる。例えば、 cuisine(料理)では cuisiné(形容詞)、 cuisiner(動詞)、cuisinier(料理人)、cuisinière(レンジ)、 cuistance(料理)、cuistot(軍の炊事当番)、などがまとめられている。

このように様々な長所を持つLOGOSであるが、残念ながら本国のフランスのみならず日本でも絶版である。日本の古本市場で、ときたま 1冊本のものを見ることができるが、人気は至って低調だ。しかし、世間の人気はともかくも、内容は素晴らしい。私は数年前にLOGOSを入手してから、ずっと使っているが、非常に気に入っている。たまに、饒舌ともいえる説明にうんざりすることはあるが、説明文を物足りなく思ったことは一度もない。非常に満足しているが、語彙が多少くないかな、と思うこともある。しかし、たいていはそのような難解語彙は英語と共通なことが多いので、OEDなり Webster を引くことで解決することが多い。もっと、世に知られてよい辞書だと思う。ただ、発刊後半世紀を経過しているので、望むらくは改定して頂ければと思う。

【参照ブログ】
沂風詠録:(第280回目)『弘法に非ざれば、筆を選ぶべし』

続く。。。
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翠滴残照:(第5回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その4)』

2021-03-14 14:27:55 | 日記
前回

〇「ギリシャ・ローマの哲学にたどりつく」(『教養を極める読書術』 P.20)

私のリベラルアーツ道は、人生に対する認識の甘さを痛感させられた衝撃的な「徹夜マージャンの果てに」から始まった。普通であれば、そのような時には、先生や先輩など、いわば人生の先達に教えを受けようという殊勝なことを考えるであろうが、私は子供のころから自己流的に解決する性分であるので、この時も、まずは手探りで「人生の意義とは何か」という課題に取り組もうと考えた。

このテーマについては全く知識がなかったわけではなかった。ある程度目星を付けて読んだ本からギリシャ・ローマの哲学に向かう道を示された。しかしこれは幸運だったと思う。下手な鉄砲を何発か撃ったら、思いがけず金賞を射止めたようなものだ。それと同時に、私にとってラッキーだったのは、この時にドイツ語に熱中していたことだ。というのは、ドイツに留学したことで、ドイツ語をかなり正しく読むことができるようになったので、プラトン、アリストテレス、キケロ、セネカなどのギリシャ・ローマの哲学をドイツ語で十分理解することができたことだ。当然のことながら、原文は古典ギリシャ語やラテン語で書かれているが、どれも英語、ドイツ語、フランス語などの翻訳が数多く存在するので、専門家でなければ、普通は英語で読むだろうが、私の場合はドイツ語で読んだのが幸運であった。

なぜドイツ語で読んだのが幸運だったか、その理由を説明しよう。

ドイツから帰国してから数年後、今度はアメリカ留学中に、同じ書(プラトン、セネカなど)を英語で読んだ。英語は本来のヨーロッパ語(インド・ヨーロッパ語族)が持っていた格変化をほとんど喪失しているため、古典ギリシャ語やラテン語の原文のニュアンスを活かす訳文は原理的に作れない。喩えて言えば、クラシック音楽のバイオリン音楽を三味線、あるいは胡弓で演奏しているような、ぎこちなさを感じる文章があちこちに見られる。それに反し、今だに格変化(と冠飾語)を残しているドイツ語では、原文にかなり忠実に訳すことが可能である。この「忠実に訳された」ドイツ文は思わぬ恩恵を私にもたらした。

プラトンの対話篇をシュライヤーマハーが訳したドイツ語で読んでいると、ときどき非常に奇妙な(大阪弁でいう「けったいな」)文章に出会った。当時、古典ギリシャ語を全く知らなかった私は、「これは、シュライヤーマハーが原文を理解せずに訳したか、あるいは、元来プラトンがこのように書いたのかをシュライヤーマハーがプラトンの文章を構文通りに律儀に訳した、かのどちらかだ」と思ったが、どちらであるかを決めることができなかった。それまでに、ドイツ語の文章はかなり読み込んでいたので、ドイツ語の読解力にはかなり自信がついていたので、理解できないようなドイツ文には出会って非常にショックであった。後に、アメリカ留学中では英語でプラトン全集を読んだが、どこにも「けったいな」文章に出会うことはなかった。つまり、格変化を喪失した英語ではギリシャ語の構文を律儀に訳すことは、原理的に不可能なので、意訳せざるを得ないので、ごつごつした文章も「すらり」とした普通の文章になってしまうのである。結局、この時の衝撃が 20年後に古典ギリシャ語を真剣に学び始める端緒となり、シュライヤーマハーがプラトンの原文を律儀に訳したためにごつごつとしたドイツ文になったと突き止めることができた。



さて、西洋哲学を学ぶのに、近代の哲学者や思想家ではなく、最初からプラトンに取り組んだことは、ヨーロッパ精神の本質をつかむ上では非常に幸運だったと感じる。よくプロの料理家は「素材を味わう」料理がよいというが、プラトン、つまりソクラテス、が取り上げたテーマこそが西洋哲学の素材であり、近代哲学者の思想はどちらかといえば、ソースで勝負していることに該当する。料理も同じだが、素材の味を知らずに料理を味わっても、味が素材から来ているのか、ソースなのからか理解できない。まずは、素材をきっちりと知る必要がある。プラトンの描くソクラテスは西洋哲学だけでなく、人間ならだれでも疑問に思うテーマについて対話している。そこには、小難しい単語や概念は一切なく、むき出しの真剣な議論を見ることができる。結局、加工されていない素材を上手に使い切ったのがプラトンであるということだ。

さらにプラトンの対話篇には哲学の初心者(だけでなく、哲学を真剣に学ぼうとするすべての人)にとって道しるべとなることがある。

普通、哲学書には、哲学者のたどり着いた結論だけが説明されている。絵画で言えば、完成された絵のようなものだ。完成図ではデッサンの時に書かれていた線は消されているので、画家が当初どういった構想を抱いていたのかは分からない。ところが、デッサンから完成画に至るまでの全工程が録画されていれば、どのようなイメージを抱いていたかが分かる。絵画を学ぼうとする者にとっては、その動画をみることで、絵とはどのように描けばよいかが理解できる。ちょうどそのような動画と同じく、プラトンの描くソクラテスの対話篇では、「哲学の道」をソクラテスが付き添いで導いてくれている。もっとも中には、終わりに至らず議論が途中でぽきっと折れてしまったようなものもいくつかあるが、それでも、本当の意味で哲学をするというプロセスを得心することができる。

いずれにせよ、私は初めにプラトンをシュライヤーマハーのドイツ文で読んだことに偶然とはいえ、二重の幸運を感じる。

【参照ブログ】
 【座右之銘・120】『Nusquam est, qui ubique est』


続く。。。
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想溢筆翔:(第441回目)『書は4次元芸術』

2021-03-07 10:41:23 | 日記
確か有名な音楽家だったと思うが「音楽を聴くと色が浮かんでくる」という。音という聴覚で感じる次元(時間軸)にプラスして、別の視覚次元をその音楽家は感じるのだ。私も音楽は好きだがそのような感覚を味わったことはない。しかし、別の芸術で表現されている次元以上のものを感じることはある。具体的には書(書道)だ。書は、紙という2次元(つまり平面)に表現する芸術でありながら、それに加えて2次元、合計で4次元の芸術として私には感じられる。その話をしよう。

昭和30年生まれの私たちは小学校で書道の時間があった。手本を見ながら筆を運んでもなかなか、手本通りにはいかず、いつも自分の字を見るたびに嫌気がさしていたものだ。それで、高校を卒業するまで、私は自分の字には劣等感を抱いていた。それで大学の教養部の図書館で中央公論の『書道全集』を見て習字ではなく、本物の「書の美」に惹かれた。それまで、書とは手本通りに丁寧に書くことだという観念に縛られていたのだが、本物の書は自由にのびのびと書かれていた。「このような自由に書いてもいいなら、自分でも試してみたい」と思い、独学ではあるが随分と練習した。残念ながら、いまだに満足するレベルではないが、墨をすり、筆を持ち、自分の腕で書いたおかげで、書を鑑賞する力はついた。

鑑賞と言っても刊本が主流であるが、上野の国立博物館はじめ、世界各地(イギリス、アメリカ、台北)で数多くの本物の名品を目にすることができた。立派な書を 鑑賞していると、無意識の内に自分の腕に筆があり、筆跡をなぞって動くような感じになる。つまり、書を鑑賞するというのは、私には「見る・see」のではなく、筆の動きがバーチャル(仮想的)ではあるが実感できる。そのような感覚から「書は4次元芸術」であると考えるようになった。

言うまでもなく、彫刻は3次元の芸術であるが、絵画は2次元の芸術である。それは、彫刻は立体的であるが、絵画は平面のキャンパスに描くからだ。書も紙に書くので一見、2次元の芸術のように見えるが、実際に筆で書くとわかるが、実は4次元の動きをする。紙という2次元に、さらに筆の高さ方向と筆運時間という2つの次元が加わるのである。

先ほど、書を鑑賞すると自分の腕が動くような錯覚を感じると言ったが、それは2次元の画像から、墨の濃さやかすれで筆の縦方向の動き(深さ方向)と筆運びの速度が逆算できるのである。工学的にはこれを逆問題という。例えば、車の塗装ロボットを考えてみよう。時々刻々の腕の動きを xyz の3次元で指定して塗装するのは順問題という。これは誰でもプログラミングすることができる簡単な問題だ。しかし、これだと曲部や隅部に腕が滞留しすぎて、塗装が厚くなりすぎたり、逆に、大きなカーブでは塗装がかすれてしまったりする。それで、塗装厚さを一定にする、という結果を指定して、腕をどう動かせばよいのかを計算するのが逆問題だ。書道にある程度上達すると、出来上がった書から筆の動きを逆に推測する ― つまり逆問題を解く ― ことができる。博物館で名人の本物の書を見ると、私は無意識の内にこの逆問題を解いて、腕が動くように感じるのである。

それから分かったのが、中国の書と日本の書の大きな差は、形というより、筆運びの「ボラティリティ」の差だ。ボラティリティとは、金融の世界で使われている単語で、ざっくり言えば変化分のことだ。例えば、株価は朝から晩まで刻々と変動するが、一日の終わりで振れ幅を見て、高値と安値の幅の大きい時は「ボラティリティが大きい」といい、小さい時は「ボラティリティが小さい」と言う。

中国の書というのは、概してボラティリティが大きく、日本の書は逆にボラティリティが小さい。つまり、中国の書は一字の中でも、あるいは書全体においても、線の太さ、運筆の緩急、の差が激しいということだ。さらに、特に草書や行書において甚だしいのは、字の形の歪みだ。歪みというとネガティブイメージを与えるが、「創造的な形」と言えばいいだろう。楷書の形からかなり外れていることが、躍動感のあふれる字形をしている。

このような例をいくつか挙げてみよう。(黄庭堅、米芾、毛沢東)


黄庭堅「花氣薰人帖」,2012年獲文化部指定為國寶。 圖/故宮提供


『呉江舟中詩巻』(部分)米芾書(メトロポリタン美術館蔵)


毛沢東の書

ボラティリティの大きさは、草書や行書に顕著であるが、一般的にはボラティリティが小さいと思われている楷書にもみることができる。唐の名手、欧陽詢の「九成宮醴泉銘」に見られる冠という字などは、その一例と思える。


欧陽詢 九成宮醴泉銘

ボラティリティの大きいこれら中国の書は、日本人には至って馴染みにくいだろう。実際、初めてこれらの書を目にしたとき、私にはとても立派な書だとは思えなかった。つまり、あまりにも筆の大きな動きに、仮想的に動くはずの私の腕が追随できなかったのである。というのは、日本人にはひらがなは言うまでもなく、日本流の漢字の穏やかな流れが書だという感覚があるからであろう。とりわけ、江戸時代には官庁の文書がすべてお家流に統一されたため、庶民が目にするものまですべてがお家流となった。その元祖というべき書が藤原行成の書だ。


藤原行成 お家流の源流


絵入文章 日本往来 御家流

中国と日本の書を比べてみると、明確な差が感じられる。中国の書の動きの激しさに対して、日本の書は穏やかだ。敷衍すれば、この差は何も書だけに見られるのではなく、社会全般に見られる両国の庶民の気質の差でもある。私は、以前からリベラルアーツとは、「各文化圏のコアをつかみ、そこから最終的に、自分なりの世界観、人生観をつくることである」と主張している。その一つの良い方法が「物(ブツ)から文化のコアをつかむ」ことだと述べているが、その一端が日中の書道の差にも歴然と現れている。

【参照ブログ】
想溢筆翔:(第20回目)『その時歴史が、ズッコケた』
百論簇出:(第201回目)『物(ブツ)からつかむ文化のコア』
百論簇出:(第207回目)『物(ブツ)と比較から修得するリベラルアーツ』
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翠滴残照:(第4回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その3)』

2021-02-28 14:27:20 | 日記
前回

〇「自らの体験から語る、哲学、宗教、歴史」(『教養を極める読書術』 P.17)

私は従来から、哲学、宗教、歴史の書物は多く読んできた。年代とともに読み方が変わった。その経緯を説明しよう。

まだ20代のころは、高校や大学の授業の延長のように、書かれていることをまず理解しなければいけない、理解するのは良いことだ、と考えていた。そして、理解できないのは、自分の知識や見識が足りないためだと考えていた。師に教わるような態度を堅持して何十年か読書をしているうちに、次第に知識が蓄積され、自分自身の知恵が出てくると、疑問を感じる本もでてきた。思想面だけでなく、書き方に関しても「もう少し、筆者の思い入れを書いて欲しい」とも感じるようになった。教科書的に「何年にどういう事件が起こった」とか、「この人はこのような思想をもっていた」という記述を退屈と感じてきたのだ。

このような観点から本書『教養を極める読書術』では、かつての自分が不満に感じた点を解消すべく、極めて主観的立場から哲学、宗教、歴史、および人物伝について私の考えを述べて見ようと試みた。

日本の残念な点は、このような主観的な意見表明は歓迎されないということだ。お家流に代表されるような、権威主義が好まれ、主観的意見は「偏っている」とけなされる傾向にある。しかし、世界の大思想をよくよく眺めてみると、どれもこれもかなり偏っている。例えば、ヨーロッパ哲学の祖ともいうべきソクラテスなどは、プラトンの対話篇『ゴルギアス』では「不正を働くより、不正をされることの方が望ましい」と主張する。平たく言えば、「悪人を殴るのはいやだ。悪人を殴るより、悪人に殴られる方がずっとましだ」ということだ。当時のアテネだけでなく、現在においてもこの意見は到底承服しがたいだろう。ついでに言えば、イエス・キリストは、あたかもこの意見を敷衍したかのように「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」(マタイ、5-39)の名言(迷言?)を残している。

近代に至って、大社会変革をもたらしたマルクスにしても「資本主義が行き詰れば、必ず社会主義に行きつく」との唯物史観なるものを打ち出した。『資本論』では、当時の社会情勢の詳細な分析がされているため、科学的真理のような装いはとってはいるものの「偏った、大いなる迷い」に過ぎないことが延々 70年かけて証明された。



思想統制が強いと思われている中国でも反権威的意見を堂々と主張した人がいた。その昔、墨子は「非攻」を唱え、「儒者は、口を開けば『仁』を唱えるが、他国を攻めるのは『義戦』と持ち上げる」と孟子を非難して次のような喩え話をした。「ここに一人の人がいたとしよう。少しの黒を見て黒と言っても、多くの黒を見たら白というなら、その人は白黒の判別のできない人と言っていいだろう。少しの苦みを舐めたら苦いと言っても、多くの苦みを舐めたら甘いというのであれば、その人は苦みと甘味の判別のできない人と言っていいだろう」(今有人於此、少見黒曰黒、多見黒曰白、則必以此人不知白黒之弁矣;少嘗苦曰苦、多嘗苦曰甘、則必以此人為不知甘苦之弁矣。)「義戦」とは、イスラム過激派が唱える「ジハード」に近いような意味の言葉だが、墨子は儒者(孟子)の説く義戦の本質的な論理矛盾を鋭く衝いたのだ。

中国はさておき、我が日本でも世間では称えられていることがらの中に、論理矛盾のあるものがある。聖徳太子の「十七条憲法」がそうだ。第一条の「和を以て貴しと為す」は、日本人の「和」を尊ぶ心情の例として一般的には理解されているが、これは本来の意図を完全に誤解している。

というのは虚心坦懐に「十七条憲法」を読み返すと、当時の官僚・役人の堕落・あくどさが見事に浮かび上がってくる。飛鳥時代の官僚・役人どもは「いつも喧嘩ばかりし、礼を無視し、朝は遅く着て、夕は早く退出する、ことあるごとに同僚に嫉妬し、民をあごでこき使う」。言い方こそ穏やかであるが、行間からは、聖徳太子も堪忍袋の緒が切れて、怒鳴りまくっている情景が浮かんでくる。現在、NHKの朝ドラの「おちょやん」流の河内弁で言うと「こらーっ、お前ら、いつまで喧嘩ばっかりしとるんじゃ!ええかげんに、仲ようせんかい! 孔子さんも『礼は和を以て貴しと為す』と言うとんで~。」となる。つまり十七条憲法に書かれていることの逆が実態であったということだ。

以前、このような事態を説明する理論を作り(品のない言葉で恐縮だが)『立小便理論』と名付けた。

『立小便厳禁』という看板があれば、そこは人目につかず立小便をするのに願ってもない場所であり、『わき見運転注意』とあれば、そのあたりの景色は運転をしてようが、していまいが、一見の価値がある場所なのである、とは古今東西を貫く真理というものだ。つまり、何かを事ごとしく書き残す、というのは、とりも直さずそういった行為が目に余ったという状況証拠なのだ。

いづれにしろ、思想や宗教など、科学的・実証的な検証のできない学問分野でもてはやされる大思想とは、常に「偏った」意見に過ぎないのだ。「大きな偏った」意見なら正しくて、「小さな偏った」意見なら間違っていると考えることはおかしなことだ。

本当の意味で言論の自由という概念が定着していない日本では、個人が思ったことを自由に述べることを良しとしない風潮は現代でも色濃く存在している。最近の事例でいえば、東京オリンピックの組織委員会会長の森喜朗氏が、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」との発言で辞任したが、世間では森氏の女性蔑視ととらえて非難しているが私はこれを「言論否定」と考える。



とりわけ霞が関ではこの傾向が強いようだ。 30年近く前に出版された宮本政於(みやもと・まさお)の『お役所の掟』には厚生省の言論・思想統制がこっぴどく批判されている。たしかに宮本氏自身の行動にも非難すべき点が絶無とは言えないものの、大筋において私は宮本氏の非難は肯綮を衝いていると考える。外国から分りにくいと非難されている一昔前の(現在でも通用する?)日本人の組織論理が丸裸にされている。この本は英語やドイツ語にも翻訳されている。日本の恥部を世界にさらすようではあるが、日本人の考え方を世界の人に理解してもらうには良書である。
"Straitjacket Society" (An Insider's Irreverent View of Bureaucratic Japan) [ISBN-13 : 978-4770018489]

さて、日本を離れてグローバルな視点でみれば、自分独自の思想を持つのは、ギリシャやローマをはじめとした西洋諸国では当たり前だし、隣国の中国でも古代から連綿と続く伝統である。この面から見れば、まだ日本には本当の意味で自由は根付いていない、との思いは一層つのる。以前のブログに次のように書いた。
 ===================
 率直なところ、今の日本には本当の意味での自由( eleutheria )と、思想・表現の自由( parrhesia )がまだ充分に根づいていないと私は思っています。今後の日本の発展には是非ともこれら二つの自由を獲得する必要を感じます。
 ===================

ことほど左様に、日本では自由な意見を述べることはまだまだ難しく、その分、危なげのない、常識的な意見が好まれるのだ。

しかし、そのような観点から哲学、宗教を語る意味があるのだろうか?

現代のAI技術では、音楽の作詞や小説なども書けてしまう。ということは、既存の哲学や宗教関連の書物をビッグデータ的にAIで解析すれば新たな本にまとめることもさほど困難ではない。つまり、常識的な意見ならわざわざ新たに長い時間をかけて書くまでもないことなのだ。人間にできて AIにできないのは、個人的な体験や思い入れだ。(もっとも、体験や思い入れも将来的にはAIはできるようになるかもしれないが。。。)

このような観点から、本書『教養を極める読書術』では私の個人的体験をなぞりつつ、読者にも役立つ普遍性のある内容の書にすることを著述方針とした。

【参照ブログ】
想溢筆翔:(第45回目)『日本に民主主義はない』
【座右之銘・6】『古之學者爲己』

続く。。。
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沂風詠録:(第334回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その39)』

2021-02-21 16:52:13 | 日記
前回

F-1.フランス語辞書

F-1-2 Paul Robert, "Le Grand Robert"

前回紹介した Petit Robert は「小ロベール」であるからには、当然「大ロベール」があるということは容易に想像できるであろう。そのとおり、大ロベール "Le Grand Robert" という辞書が存在する。正式には "Dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française "(フランス語のアルファベット式に分析された辞書)という長い名前を持った辞書である。



初版は1964年であるが、私は、1976年版の6巻+別巻の計7巻を所有している。版が大きい分、フォントが大きく、非常に見やすい。現時点での最新のバージョン(2001年版)は総ページ数、13,420ページもあり、1976年版のものより、型は小ぶりではあるが、ページ数は約2倍になっている。



さて、Paul Robert(1910 - 1980) がこのような膨大な辞書を作るに至った経緯は、次のサイトにかなり詳細に記述されている。
Dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française [Le Grand Robert]

Au cours de la rédaction de sa thèse, il est amené à consulter en permanence des dictionnaires, mais regrette qu’ils ne correspondent que rarement à ses attentes : “Les dictionnaires, toujours placés à portée de ma main,…m’étaient, trop souvent, d’un piètre recours. Ils m’aidaient bien à lever quelques hésitations sur l’emploi correct d’un mot ou d’une locution, mais quant à fournir le terme précis qui échappait à ma mémoire ou à ma connaissance, il ne fallait guère y compter, quelle que fût ma patience à le découvrir”.
【要約】学生時代、ロベールが論文を書くときに、いつも辞書を手元において頻繁に引いたが常に期待はずれであったと不満を持っていたといいう。「確かに、辞書を引くと、単語のだいたいの意味はわかるものの、もっと正確な意味を知ろうとしても、いつも徒労に終わった。」

フランス語の辞書に不満を募らせた Robert は、この時に自分の気に入る辞書を作ろうと決心したのだという。 1948年から項目の執筆をはじめ、16年かけてようやく完成した。これが、現在 Grand Robert と呼ばれている版である。1967年に一巻に編纂しなおした Petit Robert を出版した。

分野は異なるが、スティーブ・ジョブスのアップル社は、1983年に革新的なパーソナルコンピュータ、リサ(Lisa)を販売したがあまり売れなかった。しかし、翌年(1984年)に発売された小型版のマッキントッシュ(Macintosh)はバカ売れした。LisaとMacintoshの対比がちょうど、Grand Robert と Petit Robert に相当する。Petit Robert の方は頻繁に改定されているが、Grand Robert の方はあまり改定されていないようだ。

その両者を比べてみよう。

Fistule 、痔の瘻孔という単語がある。英語では、fistula という。容易に想像がつくように、どちらもラテン語語源の単語 fistula に由来する。元来は「パイプ、管」という意味であるが、病理語に特化し瘻孔という意味となった。

Petit Robert の Fistule 説明は次の通り。


Grand Robert の Fistule 説明は次の通り。


この2つを比べると、単語の意味の説明には大差はないが、Grand Robert には、出典が明示された長い引用文がある。更には、関連語に関する説明も豊富にあることがわかる。ただ、この程度しか情報が増えていないのであれば、通常の用途には Petit で十分であるといえる。本当の意味で Grand と言えるようになるには、せめてOED ( Oxford English Dictionary ) の1/4か半分程度にまで用例を集める必要はあるのではないだろうか。

続く。。。
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翠滴残照:(第3回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その2)』

2021-02-14 09:57:27 | 日記
前回

〇「実は私、 カミングアウトしたんです!」(『教養を極める読書術』P.16)

序章は、このような衝撃的な見出しで始まる。カミングアウトとは現在では、性転換したという意味で使われるが、本来は come out とは "to become known"(知られる)という意味だったが、最近になって特別な意味が追加され、それが第一義的に使われるようになった。このような路線でいくと、"Me Too" もその内に「わたしも性的暴力をうけたんです」(性的暴力被害者)という意味が第一義になる時代もくるかも?

さて、本書のこの部分で、私はピュア―な理科系人間だと紹介したが、小中学校の時に全く小説を読まなかった訳ではなかった。小学館が発行していた「小学X年生」という月刊誌はよく読んでいたし、推理小説の虜になり、小学校の図書室からシャーロックホームズやルパンは全て借り出してストーリーを暗記できるほど何度も読み返した。それ以外には、「世界の偉人」のような偉人伝はよく読んだ。記憶に残っているところでは、イエス・キリスト、ナポレオン、源為朝などがある。ナポレオンがセント・ヘレナ島で最後を迎えた時に、母の名を呼ぶところにくると、いつも決まって涙に誘われたものだった。

高校になってからも、現代国語には全く興味は持てなかったものの、新しく習い始めた古文には流麗な文章に惹かれて興味をもった。その後、古文を何度も読んで感じるのは、現代文より古文の方が日本語として「美しい語感」に満ちているということだ。確かに語彙や文章構成(Syntax)の点では古文は現代文とは比較にならない位、粗末ではあるが音韻的観点からは逆転する。中国では、現代でも詩と言えば、唐詩が最高峰であるように、音韻は昔の人の方が鋭敏であったと感じる。

さて、古文の文法などはその内全く問題なく分かるようになった。それで、大学受験もあって枕草子や徒然草、方丈記などを読んだが、とりわけ、徒然草はウィットの効いた軽妙さな文章に魅せられた。日本人は概して(西洋人からは)堅苦しいと言われるが、吉田兼好などの洒落た人がかなりいたはず、と考えるが文章としては残されていないのが残念に思えた。



西洋文学作品としては、スタンダールの『赤と黒』や『パルムの僧院』を読んだ。ジュリアン・ソレルの出世欲は、私にはあまりにもむき出しで、作りもののように映り、感情移入はできなかった。ただ、英語の勉強のためにPenguin Books や研究社の対訳本ででていた小説はかなり読んだ。思いだすのは、サマセット・モーム(Somerset Maugham)、トーマス・ハーディ(Thomas Hardy)、キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)などだ。あと、名前は思い出せないが「見事なストーリーテラー」と評されていた人の作品もいくつか読んだ。この中でも、とりわけモームは大学入試ではよく出題されるというのでかなり幅広く読み、すっかり虜になってしまった。後年、ドイツ留学の際にイギリスにわたって、モームの短編小説の全集(4冊)を買い、イギリスでの電車の中ではずっと読んでいた。日本文学では、月並みではあるが漱石はいくつか読んだが、登場人物はだれも私の周りには居そうもない人たちばかりであったので、これまた感情移入できずにいた。

読書より工作に夢中になっていたが、小学校の高学年になって将棋を覚えたがこれは一時期、かなり熱心にやった。将棋は、正式に習ったことはなかったが、高校や大学の将棋部員とは、対等に戦えるレベルにまで昇った。その当時、盤面を見て「手を読む」ことができた。「手を読む」とは、妄想患者のように、頭の中で将棋の駒が勝手に動くことをいう。「駒が勝手に動く」ことがポイントだ。当然、方向性は自分が決めるのだが、その後はあたかも将棋の駒が意志を持っているかの如く、勝手に動く。人間は駒が動かなくなった場面で、「良し/悪し」の判断を下すだけなのだ。五手程度なら瞬時に分かったし、ちょっと難しい十数手の詰めの場面でも調子のよい時は、時間をかければ読むことができた。そういう時は、目をつぶっても、将棋盤が頭に中に浮かび、駒が勝手に動く。テレビで棋士がしばらく天井を見ていることあるが、あの時も頭の中では駒が狂ったように動いているのだ。

将棋に比べると、囲碁は時間がかかる上に勝負が最後まであまりはっきりしないので、ずっとつまらないと思っていた。大学の後半になってからちょっとは囲碁もできるようになりたいと思うようになり、始めてみて、ようやくその戦略的な面白味みに目覚めた。その後、かなり熱心に囲碁をしたものの、現在に至るまで一度たりとも頭のなかで石が勝手に動くことはなかった。常に、自分で石を意識的に動かさないといけなかった。この意味で、将棋や囲碁を通して、幼い年代の脳というのと大人になってからの脳の機能(可塑性、flexibility)の差を如実に感じることができた。

さて、中高校では歴史を習ったが、授業はどれもこれも暗記事項ばかりで全く面白くなかった。あたかも全く食欲がないにも拘わらず、無理やりに口に食物を押し込まれているような感じであった。それよりも、「小学X年生」の付録の小冊子の歴史的エピソードの方がはるかに面白く、記憶に残った。今でいえば、あたかもNHKの「その時歴史は動いた」のような書きぶりで、好奇心がそそられた。しかし結局は大学に入学するまでは、文科系の科目(国語、社会)はずうっと苦手であった。

このような私が20歳の時の「ささいな大事件」でリベラルアーツ道に邁進することになったのは、本書『教養を極める読書術』に書いた通りである。「リベラルアーツとは、文化のコアをつかむことだ」という確信を最終的に得たが、それを本書に書かなかったのは、祥伝社から上梓した『社会人のリベラルアーツ』に私のリベラルアーツ論を展開したので、重複するのを避けたためである。いづれにせよ、20歳になってリベラルアーツ道に目覚めてから、歴史、哲学、宗教、文学関連の本を積極的に読書し、ようやく、自分の考えに自信がもてたのが、50歳過ぎてからであった。それで、勢いよくカミングアウト宣言をしたのであった。

続く。。。
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沂風詠録:(第333回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その38)』

2021-02-07 16:04:27 | 日記
前回

F-1.フランス語辞書

F-1-1 Paul Robert, "Le Petit Robert"

フランス語は、19世紀まで長らくヨーロッパはじめ世界の外交用語であり、日本でもオランダ語に加え、1800年代の初めからフランス語は学ばれていた。(このあたりの事情に関しては『フランス語事始』NHKブックス、富田仁 に詳しい。)今から40年前、私の学生時代、第二外国語が必修の大学が多かったが、フランス語の人気は極めて高かった。例えば、京大の文学部では、フランス語が常に人気ナンバーワンであったようだが、他の大学でも似たようなものであったと想像される。



私は、工学部ということで第二外国語は無意識的にドイツ語を選択したが、定番の木村・相良の独和辞典に比べると、大修館の「佛和辞典」の橙色の表紙はいかにも垢ぬけていた。学内で、それを片手に持ちながら歩いている学生がなんとなくまぶしく見えたものだ。フランス語に対する私のあこがれはフランス文化というより、橙色の「佛和辞典」であった。それで、教養部から学部に進学した年にフランス語を第三外国語として文法とリーダーの両方を履修した。確かに皮相的な理解ではあったが、この時に培われたフランス語の基礎が、数十年経つうちにいつか知らず上昇し、今ではフランス語の本をなんとか読めるまでに至った。その意味で、学生時代、遅くとも20代には英語以外にも多くの外国語をかじっておくことは今後のグローバル社会を生きる上で必要だと痛感する。


さて、本論のフランス語の辞書といえば、この『プチ・ロベール』(Le Petit Robert)が定番である。この辞書には思い出がある。それは、学生時代にサンケイスカラシップにドイツに留学した時、同じく京都大学から合格し、フランスに留学した友人から、この本を贈られたからだ。当時の私の語学力ではこの辞書は、仏和辞典の助けを借りれば、なんとか理解できるものの、正直、少々難しかった。ただ何度か、この辞書を引いている内に、語源欄に年代が載っていることに気がついた。単語の使われた時代の情報といえばOED(Oxford English Dictionary)には過剰なほど載っているので、別段目新しいことではないが、当時の私はまだそういったことに興味がなかったので、この "Petit Robert" から単語の年代変化について好奇心が芽生えた。その後、 30数年経ってようやくこの念願がかない、フランス語の単語の年代変化について納得する結果を得ることができた(この経緯については下記のブログ参照)。

ところで、日本の仏和辞典の中で横綱級の大辞典といえば、小学館の『小学館ロベール仏和大辞典』白水社の『仏和大辞典』をあげるのに、異存のある人はいないだろう。皮肉なことに日本で大辞典呼ばれている白水社『仏和大辞典』は、この "Petit Robert"(小ロベール)の和訳バージョンである。この2ツの辞典は、日本人にとってはフランス語の大明神のように最後の砦的な存在であるものの、残念なことに出版年月がいづれも 1988年、1981年と、30年以上も古い、語彙から言えば、40年前の段階で止まっていると言えるだろう。その後、仏和ではこれら大辞典の改定が全く行われていないだけでなく、新たな大辞典も出ていない。

英語ではいうまでもなく、ドイツ語でも小学館の『独和大辞典』が 1999年に改定版(第2版)が出版されている。残念ながら、フランス語の社会的地位が落ちているのではないかと感じる。ただ、『小学館ロベール仏和大辞典』は電子化され、iPhone などで使うことができるのはありがたい。もっとも、本家の "Petit Robert" は引き続き、新版が出ているので最新語彙はそれでチェックするのが良いだろう。さらに、本家では "Grand Robert" (大ロベール)も2009年に最新版が出版されている。

【参照ブログ】
沂風詠録:(第251回目)『真夏のリベラルアーツ3回連続講演(その39)』
沂風詠録:(第252回目)『真夏のリベラルアーツ3回連続講演(その40)』

続く。。。
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翠滴残照:(第2回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その1)』

2021-01-31 22:19:08 | 日記
『教養を極める読書術』は、昨年の11月に出版された私の本である。自分で書いた本を読書レビューするのは、いささか自己撞着的ではあるが、読み返してみると、いくつかの場所で説明不足や、書き足りなかった点が見つかった。ドイツの文豪・ゲーテはドイツ文学の傑作といわれる畢生の作『ファウスト』を書き上げたが、死ぬまでに何度も書き直したと言われる。ゲーテの顰に倣う訳ではないが、私も自分の本に対して、第三者のつもりで足りない点を指摘したい。



〇 人はいかに生くべきか?(P.3)

本書では、冒頭に「人類4000年の特等席からの見晴らし」という文句を掲げた。この文句は本ブログの副題ともなっている。私は文化や文明は必ずしも時代と共に発展するとは考えない。例えば、ギリシャ彫刻や中国書道を見てもわかるが、2000年や1500年前に作られたものがいまだに世界の最高傑作と目されているものがたくさんある。現代が掛け値なしで古代より優れているものと言えば物質と情報の面であろう。確かに食い物は古代、中世より質・量ともけた違いに優れている。料理法も格段に進歩している。しかるに文化面でいえば、彫刻や書道だけでなく、進化どころか随分と退化している物が多くある。

例えば、自分の頭でしっかりと考えることができなくなっている日本人の若者が増えているようだ(下記記事参照)。偏差値教育やゆとり教育の弊害だと言えるが、本質的には、戦後日本が経済的に豊かになり、何も真剣に考えなくてもそこそこ生きていくことが可能になったのが、主原因であろうと私には思える。現在との比較で言えば、幕末明治の大変革時に、圧倒的に少ない情報や知識でありながら、30歳そこそこの若者たちが自分の頭で考えて、国を誤まらずに舵とっていったことを思えば、現在の政治家の不甲斐なさが一層際立ってくる。

【参照記事】
学力の低下現象と新「学問のススメ」 ― 加藤尚武(京都大学) 1999年4月8日

現在の日本では、人生論や哲学・宗教に関して「口角泡を飛ば」して議論する、というような熱き魂の触れ合いが敬遠される。その点、欧米各国では生活水準は日本より高いものの、いまだに青臭い人生論や日本では滅多に見られない宗教論争などに熱心に参加する人が多い。これらの議論の様子は、次のYouTubeの動画で確認することができる。

〇Debate Islam is a Religion of Peace
https://www.youtube.com/watch?v=kGxxbqPSLR8


〇Dawkins on religion: Is religion good or evil? | Head to Head
https://www.youtube.com/watch?v=U0Xn60Zw03A

〇The God Debate: Hitchens vs. D'Souza
https://www.youtube.com/watch?v=9V85OykSDT8


〇Islam and the Future of Tolerance (Fixed Sound)
https://www.youtube.com/watch?v=sWclm4Bi4UM


このような雰囲気に囲まれて育つ人間とそうでない人間とは随分と思考の深味が異なる。もっとも、日本国内に住み、日本人とだけ付き合う人々には、このような白熱議論と無縁であったとしても、何ら実生活に困まることはないだろう。しかし、日本を出て海外で生活をする、あるいは日本に居たとしても常に外国人とビジネスをしたり、会話をしないといけないと間違いなく、彼我の思考の差に愕然とする事態に遭遇するはずだ。その時になれば何とかうまく切り抜けられるはず、と考えるのは、事態を甘く見くびっている。それなら、思考を深める即効薬はと探しても、思考の深さというのは一朝一夕につくものではない。十年単位で始めて可能なものだ。それも、与えられたドリルを間違わずにこなせば、得られるというような代物でもない。

「すき腹にまずいものなし」との諺にあるように、いくら美味い料理でも、食べたいという欲求がないのならうまくは感じない。それと同様、自分の心の奥底から湧いてくる探究心・向上心がなければ、どのような本を読んでも自分の血肉にはならない。思考を深めようとしても、興味や関心が本物でないと読書は長くは続かないだろう。推理小説やサスペンスドラマが人気なのは、続きを読みたい、観たいという刺激が途切れずに湧いてくるからだ。読書も、この境地に至れば自然と読む分量が増えてくる。

本書は、私の読書遍歴をかなりつっこんで書いたが、振り返れば、20歳の時の「徹夜マージャンの果てに」からすでに 40数年経過しているものの、まだまだ知らないことが日々数多く出てくる。富士山の麓には、どんな日照りでも尽きることなく、滾々と清水が湧く湧水池がいくつもあるそうだが、私の疑問も尽きることなく湧いてくる。それら疑問の根底に通奏低音のように流れているメインテーマは、ずばり「人はいかに生くべきか」という難問だ。本書は突き詰めれば、このテーマに私がどう立ち向かったのか、という供述書、あるいは告白書のようなものだ。

ところで、私は知識欲というのは愛欲や金銭欲同様煩悩の一形態であると思っている。つまり世間的に見れば結構な性質かも知れないがつまるところ、仏(ほとけ)から見れば知識欲旺盛の人間というのは(情報を)飲んでも飲んでも喉の渇きが癒されない哀しい業(ごう)を背負っているとも考えている。

続く。。。
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