限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

惑鴻醸危:(第20回目)『悪徳英会話学校「駅後留学」校長放談(その2)』

2010-01-19 23:16:14 | 日記
『駅後留学』の会社に到着してみると、報道陣の人だかりでごったがえしていた。本鱈未無明蒙校長(以下、まぬけ校長)は4億円を不正に入手し、また教師陣に支払うべき給料を止めている、という容疑で、警察が近々逮捕に踏み切るのではないか、というのが専らの噂だ。

そういったなか、ダメもとで取材をもうしこんだが、さすが田中角栄氏を見習って善悪を問わずでかいことをやりたいというだけあり、肝が据わっている。まぬけ校長は今日も出勤して悪徳業に精進しているのだ。入り口をふさぐように詰め掛けている報道陣を押しのけて会社に入ると、途端に怒鳴るような声が奥の方から聞こえてきた。給料の支払いが停止されている外人講師がまぬけ校長と交渉しているのだ。どうやら、まぬけ校長の堪忍袋の緒が切れたらしく、盛んに外人講師の無理解を非難している。まぬけ校長は英語で直接彼らに話しているようだ。聞いてみるとその英語は発音も上手であるし、文法もしっかりしている。なかなかどうして、そのダサい名前からは想像できない立派な英語だ。

暫くして、戸が開いて外人講師が数人、顔をひきつらせて出てきた。戸の隙間からのぞいてみると、まぬけ校長が仁王立ちして彼らの背中をにらみつけていた。そして記者に気が付くと、横柄な態度で入れというしぐさをした。恐る恐る入って、戸をしめると、まだ先ほどの交渉の興奮がさめやらぬ調子で話はじめた。(以下の会話で、(ま)はまぬけ校長、(記)は記者)

(ま)『どうもやつらはなっとらん。わしの方針が全く分かっていないばかもんだらけだ。』

(記)『どうかしたんですか?』

(ま)『君、我々は営利団体だよ。利益を追求して何が悪いって言うのかね。』

(記)『ごもっともで。外人講師にしても「駅後留学」の利益が増えて彼らの給料が上がることは喜ばしいことではないのでしょうか?』

(ま)『それは、流石にやつらだって分かっとるのじゃ。ところが、わしのやりかた、理念が気に食わないというのだな。』

(記)『その理念とやらをお聞かせ願いませんか?』

(ま)『わしの理念はだな、日本人をみんな英語大好きにし、英語力を向上させてやろう、ということだ。』

(記)『すばらしい理念ですね。それで、一体そのすばらしい理念のどこが彼らの気にいらないのですか?』

(ま)『わしの理念を実現するには、まず日本人を英語中毒にして、英語を一日でも聞かなかったら、気が狂ってしまう、という状態にすることだ。その次に、英語をある程度以上には絶対に上達させないことだ。しかし、同時に、上達の途上にあるという錯覚を植え付けることだ。つまりだ、永遠にわが「駅後留学」の生徒に留まっているのだ。これだと一旦、我が社の生徒になったヤツからは永久に授業料をむしりとることができるというわけじゃ。どうじゃ、この理念はすばらしいじゃろ?』

(記)『た、た、たしかにすばらしいですね!しかし、本当にそんなうまい話があるんでしょうか?』



(ま)『な~に、話は簡単じゃ。先ほど、お前さんも廊下で聞いておったじゃろ、わしの英語はこれでもかなりのもんなのじゃ。わしも苦労してここまで上達したのじゃが、わしの周りの日本人どもはまったく上達しおらん。それで、どうしてヤツらが上達しないのかを調べたところ、簡単な法則が分かったのじゃ。それを逆手にとってこの「駅後留学」の教育方式として確立したんじゃ。

ここだけの話じゃがな、この企業秘密を教えてしんぜよう。
1.恥ずかしがらずブロークン・イングリッシュで話そう。
2.キザな発音ではなく、堂々と日本語なまりの発音で話そう。
3.ナチュラルスピードではなく、ゆっくりとしたスピードで耳をならそう。
4.難しい単語は覚えずに簡単な単語だけですまそう。
5.難しい文章は、もっともっと上達してからにしよう。
6.とにかく、日本語も混ぜながら楽しく英会話をたのしもう。
7.Wow!! や Oh, God!、Cool、Oh, come on!、や You know などを濫発して、会話をもりあげよう。
8.英語の読み書きは疲れるだけだし、英語が嫌いになるので、会話を楽しみながら英語力を磨こう。

どうじゃ、こういった方針で、美男美女の白人の外人講師をつけると、バカな日本人どもは、最初の10分で、ころっと英語中毒になるって訳だ。』

(記)『す、す、すごすぎますね!』

(ま)『種明かしをすれば簡単じゃろ。麻薬と一緒で、いったんこの英語中毒になったヤツらは、英語を一日でも聞かないと、むずむずし、一週間も経つと、もう目つきから変わってくるんじゃ。わしのところの、この教育方式でやると、絶対にあるレベル以上には上達しないのは、証明ずみなんじゃ。つまり、初めにとっつきやすい、日本語なまりで、ブロークンイングリッシュで始めてしまうと、どこまで行ってもそれが抜けないんだな。

その上、使う単語も、ちょっとでも難しくなると、敬遠するので、単語力も伸びない。それに、英会話のとちゅうで、なまじっか日本語が混ざるものだから、耳が英語に慣れかけていたのを日本語の音域に強制的に引き戻すのじゃ。つまり、コンロにかけて暖めていた水をコンロから離してさますので、いつまで経っても水は沸かないという仕掛けじゃ。』

(記)『しかし、受講者もバカではありませんから、上達しないのに気がつきませんかね?』

(ま)『よくぞ聞いてくれた。わしの教育プログラムで一番苦労したのがその点なのじゃ。一向に上達していないのに、あたかも上達の途上にあるような錯覚をどうしたら与えることができるか、という点が知恵の見せ所なんじゃ。これは、英会話のテーマを身近な話題に限って何回も同じテーマでしゃべらせるのじゃ。たとえば、家族のこと、趣味のこと、好きな食べ物のこと、ふるさとのこと、友達のこと、をしゃべらせるのだ。初めはとつとつと話していたが、何回も繰り返すと、そりゃいくらバカでもその内には慣れてくるわな。講師を2週間単位で替えてすこしづつ質問のポイントを変えて話させると、めでたいことに本人は自分がぺらぺらとしゃべっている、という錯覚に陥るのじゃな。自分が同じレベルの所をぐるぐると回っているだけ、ということも気づかずにじゃな。わっはっは。

それに、講師陣には、易しい単語だけ使わせて、決してナチュラルスピードで話させないから、いくらヒアリング能力がない、と言っても聞いていると、分かるわな。しかしじゃな、わざとゆっくりしたスピードの発音をいくらしっかり聞けるようになったところで、ヒアリング能力は向上したことにはならんがのぉ。』

(記)『しかし、映画やニュースを分かるようになりたいという生徒はいないのでしょうか?』

(ま)『まあそういう奇特なやつもたまにはいるな。じゃが、そいつらにはまずは基礎を固めよう、といって話をそらしてしまうんじゃ。

もっとも、本当は、そういうヤツらは、本格的に発音を矯正し、繰り返し練習をさせ、単語力を一万語まで増強すると、あっと言う間にネイティブレベルになるな。わしの英語がその証拠じゃ。要は、まずはきっちりとした発音を身につけ、正しい文法で話し、ブロークンな英語はしゃべらない、と決心することだな。そうでない限り英語の上達はありえないというのがわしの結論じゃ。

じゃが、上達させる方法で教えてしまうと、こちらの商売が上がったりだわさ。それで、その反対のやりかたを押し付け、永遠に儲かり続ける教育方式を編み出したというに、ここにいる外人講師のやつらは、どうもわしのこの素晴らしいやりかたに反対しているんじゃ。度しがたきバカとはこのことだ。』

本鱈未無明蒙(あほんだら・まぬけ)校長の怒りは留まるところをしらない。突然、部屋の外が騒がしくなったと思ったら、戸が開いてどたどたと数人の男が侵入してきた。そして、両脇から本鱈未無明蒙校長を抱え、引きずるように出ていった。その間カメラのシャッターがたかれっぱなしであった。どうやら、脱税の容疑で逮捕状がでて、強制逮捕に御用となったようだ。

一陣の風とともに、人がいなくなり「駅後留学」に、久しぶりの静けさがもどってきた。

(おわり)
コメント
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