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武南の10番を背負う意義

2009-02-28 11:43:49 | 高校・ユースサッカー
 

どんな弱小チームであっても、エースナンバー10を背負う意義はそれなりに大きい。
ましてや全国的にも知名度の高い武南のこと、いやがうえにも注目度も高まる。
当然、相手チームのマークは厳しく、周囲からは常にゴールを求められる。
内外の重責を一身に背負うのだから本人のプレッシャーは計り知れないと思う。
しかし、内容ではなく「結果」が重要なのだ。
そしてチームを牽引する精神的支柱でもなければいけない存在。

過去4年間における歴代のエースストライカーを振り返ってみた。





<2006年度 苗代>


苗代泰地(駒澤大学)

武南史上1位2位を争うであろうチームのエース。
サッカーセンスに長け、キープ力、突破力もあるレフティモンスター。
何と言ってもボールが足から離れないドリブルでフェントも上手い。
プリンスリーグ昇格、選手権出場へと武南の夢を叶えた立役者でもある。
最後には日本高校選抜にも選ばれ高校生活の締め括りに花を添えた。






<2007年度 吉田>


吉田怜平(東京経済大学)

何と言っても力強いドリブルが魅力。
ゴールが見えたら迷わずシュートを選択するストライカー。
強引だが、もちろんテクニックもある。
2007プリンスリーグ、横浜Fマリノス戦でのドリブル突破が忘れられない。






<2008年度 甲田>


甲田真生(武南高校3年)

小柄ながらも左サイドを切り裂いていくドリブルには目を見張るものがある。
相手DFの狭い所を、足に吸い付くドリブルで突破していく。
武南の10番としては珍しくフォワードではなく左サイド。
武南史上最弱と言われながらも、3年生としてチームを引っ張っていった。
最後の大会、選手権のベスト8は立派だったと思う。






<2009年度 岡部>


岡部佑允(武南高校2年)

久々に出現した大型ストライカー。
1年の頃から見ているが、なんとも成長著しい。
体が大きいので空中戦にも強く、相手DFにもあたり負けしない。
シュートの力強さと小憎いばかりのテクニックで相手を翻弄する。






今回は、特別に10番にスポットを当ててみたが、もちろんその他にも優秀な選手が数多くいる事も忘れないでいただきたい。





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16 コメント

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私の意見 ()
2009-03-02 13:46:53
私の記憶で知ってる10番は、平成元年準優勝時の坊主頭で一年生MFの上野選手です。選手権63回大会の3位時のMF前原選手も10番でした。まさに武南の代名詞の中盤からの 柔らかいドリブルと華麗なテクニックと攻撃の起点を作る長短のパスワークとセンスの良いスルーパスそして上野選手は、決定力もあり 当時バルセロナオリンピック代表候補に選ばれた逸材でした。(すごかったんだから) まあひと昔の例外で梅原選手は、スィパーで10番をつけていました。という事で、その年のチームのなかで最も華があって輝きが有り期待される選手がつけるという事では、ないでしょうか。大山監督は、MF出身なのでMFが多いかも?最近は、FWが多いですよね
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私見 (おやじ)
2009-03-07 02:08:34
苗代クンの武南史上1位2位を争うであろうチームのエースは言い過ぎ。センスあるから頑張ってもらいたいけど。黎明期の山崎さんなんか1位2位を争うでしょう。
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ベストメンバーは? (武南ファン)
2009-03-07 12:51:50
おやじ様は、どの辺の年代の方でしょうか?
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実は・・・ (追っかけタイ!)
2009-03-13 07:09:15
大変遅くなり申し訳ありません。
上野選手はよく名前を耳にしますが、実際見た事はありません。
私は、ここ4年間くらいの武南しか知らないのです。
ごめんなさいね。
私の知らない色々な事を教えて頂いてありがとうございます。

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そうですね。 (追っかけタイ!)
2009-03-13 07:13:32
おやじさん

>苗代クンの武南史上1位2位を争うであろうチームのエースは言い過ぎ。

私も書いた後に少しオーバーかなとは思いました。
でも、サッカー雑誌には当時のチームは武南でも上位に位置すると書いていたので。。。
山崎選手、申し訳ありません、存じてないです。
私は武南を語る資格がありませんね。

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みんなの観る目 ()
2009-03-13 21:35:16
たしかに2006年の苗代君や松永君メンバーもここ数年の中でも全国でベスト4を狙える武南らしいメンバーでした が 武南は、選手権で過去 優勝1回 準優勝1回 3位 3回 ベスト8、3回の伝統ある名門校ですからOIDファンからしたら、いままでの武南の中であのチームは、5番目か6番目あたりでは、ないでしょうか? まあ結果は、運とかツキもありますが 自分も2006チームを観た時は、昔懐かしく期待が持てた事は、たしかです。 最後に最近は、武南スタイルのサッカーが出来るメンバーが集まらないですね。
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この記事は失敗でしたね。 (追っかけタイ!)
2009-03-13 22:52:11
剛さん

私はここ最近4年間に限って書いたことです。
だって、それより以前、私はわからないことですから。

「今」を見つめていたいと思います。

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だまって応援? ()
2009-03-13 23:46:11
問題は、同じ高校生なんだから対策を、昔は一級線の選手が集まり、自然に武南スタイルが出来た けど今は、横一線もしくわ、それ以下?だから今までのスタイル+何か他の高校にない戦術や練習を積極的に取り入れていって欲しい、常に上を目指してる学校は、自分達のやり方やポリシーをもってるから、それとコーチやアドバィザーの方も積極的に指導して欲しい。神様大山監督は、どう思ってるのでしょう
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遅くなってすみません (おやじ)
2009-03-19 04:57:04
そうでしたか。
こちらこそすみませんでした。
高校生と中学生の娘を持つ親父です。
山崎さんはアントラーズのユース監督から
今はアントラーズの強化部にいると思います。住金時代からジーコとプレイしていました。
本太中時代のプレーは圧巻でしたよ。帝京の誘いを蹴って、まだ強くなり始めた武南に入ったんです。浦和南の水沼さんは一緒にプレイした先輩ですね。エースと言うなら古い順に、山崎、榎本、前原、上野ですかね。全員今のさいたま市出身ですね。個人的に4人とも中学時代の全中でのプレーの凄さが目に焼きついているので、、、。それと揃って武南で1年生から坊主頭で活躍していました。
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これからも武南の伝統を見守りましょう。 ()
2009-03-19 19:31:04
私が中学の頃、高校選手権で武南高校が全国初優勝し当時の埼玉県では、爆発的的な人気を誇り、そして埼玉サッカーは、全国でトップクラスという事と(埼玉を制するものは)という教訓もあり、武南高校と聞いただけで憧れの存在でした。実は、私もその影響で、ある埼玉の高校で高校からサッカーを始めました。自分の年代は、全国3位チームの前原選手や郷森選手が1つ先輩で木野選手と同年代で、国立での帝京戦もTVで観てました。 その頃の残像やその5年後 あたりのイメージが強すぎてついものたりなく辛口な事投稿してすいません 昔を言っても戻ってこないので今の事を受けとめて 素直に現在がんばってる メンバーを応援していきたいと思います。 伝統に負けるな若き紫風 イレブン。
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