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散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

歩く木

2005-07-21 17:38:07 | 読書感想
真夏の午後は怪談。。。という事で、ひとつ。
1910年代に多数のドイツ恐怖幻想小説を書いたハンス・ハインツ・エーヴェルスの「カディスのカーニヴァル」という小品がある。
舞台はカーニヴァルで賑わうスペインのカディスという街。
この日ばかりはあでやかに装う人々で、広場は楽しげな笑いさざめきにあふれている。
その中央広場で大きな"木”がのろのろとすべるようにで動いていることに人々は突然気づくのだ。
誰か中に入っているんだ、仕掛けがあるんだろう。。と人々はその現象の理屈づけに躍起になる。そして彼らの笑いは次第に引きつり、こわばり、次第に消えていった。
黙々と道を往復し続ける"木”は回りからの注目を全く無視している。
次第に人々の恐怖感はフツフツと怒りに変わり、やがて襲い掛かって"木”を切り倒してしまうのだ。ただそれだけの話。
ちょっとばかげた話だ。"木”はただそこに突然いて、動いていただけであり、誰にも”物理的”な被害を与えてはいない。"精神的”な不快感だけだ。
我々は未知の物、理解不能、不条理な物に出会うとまず驚き、恐れる。
自衛手段だから仕方ない(?)。
時に理解を超えてしまうと怒りが頭をもたげるか、またはそれを認識する事をやめる。

しかしこのばかげた話には何の裏も隠れてはいないような気がする。ただ、こんな事があったら怖いよね。という舞台をイメージして見せただけのような気がするのだ。

特に面白い話とは思わなかったのにもかかわらず、歩く木のイメージはしっかり根をはやし、
そこはかとなくユーモラスな話の中にちゃんと”怖さ”が底に潜んでいたのに気がついた。

ところでHanns Heinz Ewers(1871-1943)はポーやワイルドの後継者と自負していたらしい。一時流行したが、彼のテーマ性は多々非難を受け、後ナチ時代にあってユダヤ人迫害に反対した為、葬り去られた作家らしい。とはいえ”木をなぎ倒す”に”ユダヤ人排斥”を透かすのはうがった見方かもしれない。
しかしフランスやアメリカ幻想文学には影響を与えているという事だから面白い。"アルラウネ”"吸血鬼”が代表作。

私の住む町にHanns Heinz Ewers愛好会が存在するのをつい最近インターネットで見つけた。
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話は脇にそれるが、
この話の中で人々は"ナルド”という名前の花と赤いカーネーションを身につけている。
そして"ナルド”は"月下香”だと説明している。
"月下香”-Plianthes tuberosa-夕闇によい香を放つ白い花だ。
ここで"ナルドの香油”というものが聖書に出てきたのを思い出した。
この植物の香油ならばさぞよい香だろう、と思って調べてみたら違う植物だった。
それはNordostachys jatamasiでネパール、ヒマラヤ原産の薬草で、鎮静剤として使われるという。
アーモンドのような香らしい。
怪談から脇にそれた話は"ナルド”という言葉の持つ魅力に導かれてスペインのカディスからネパール、ヒマラヤ方面に飛んでいってしまった。
ただいまヒマラヤ上空飛行中。