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new forest




街で迷っていた。人に道を尋ねると彼は人差し指で地面を指した。。。と言う夢を見た。
多分地下鉄に乗れと言うことのように思えた。

下に何かがあるのだろうか?


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大晦日の晩餐記録

数年前からの大晦日の食事を振り返ってみた。
写真を撮らない年もあったし、全く記録に残していない年もあったが、こんなもの作っていたんだな、と思ったり、当時の事をうっすら思い出して家人と盛り上がった。
やはり記録して置くのは楽しい、と言う事で先日大晦日のメニューを書き記して置くことにする。写真は無し。



⭕️クッキーとスプマンテ: ローズマリー、マジョラム、チリ、カルダモン、生姜を入れて、ココナツオイルでこねたクッキー(甘味も少し入れたが塩味) + スノーボール
⭕️胡桃入りパンとツナのリエット:黒オリーブとレモン塩、チリで味付け
⭕️和牛のカルパッチョ:友人の調達品。肉屋でオリジナル和牛ですか?それともオーストリアの和牛ですか?と聞かれ、オリジナル和牛の値段を聞いてよろめき、オーストリアの和牛を買ったという事だった。それでもいい値段であるにもかかわらず、あまり旨味を感じなかったのが残念。
⭕️チーズ各種
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⭕️生牡蠣 :
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⭕️トピナンブールのクリームスープ: 大晦日にドタバタしたくなかったので前日に作っておいたのだが、生クリームを入れてしまったからか傷んでしまい廃棄処分、美味しかったのに残念。
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⭕️ホタテ貝、エビのグリル、スモークサーモン、ビーツのムース、人参グラッセ:ホタテ貝は美味しいし簡単なので利用する事多し。冬は良い野菜が少ないせいかビーツも登場頻度多し。
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⭕️オックステールの煮込み、マッシュポテト:オックステールは実に久しぶりだ。マッシュポテトはまず20分低温調理(70度)それから普通に茹でる事でクリーミーな美味しいマッシュポテトに仕上がる
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⭕️マンゴームース:マンゴーが美味しくなかったので、少々寝ぼけたあじになった。
⭕️果物





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錆落とし





錆び付いたハサミを手入れした。切れ味は今ひとつだけれども、手入れをすると愛着がわく。
台所がかなり傷んでいて、去年は吊り棚を外して磨き扉には色を塗って絵を描いた。あちこち修理をして足りない部分は継ぎ接いだ。すると壊れた戸棚にも愛着が湧く。今年は水回りを修復したい。

最近頭も体も錆び付いてしまったので少しづつでも錆を落としていきたいと思っている。さて、如何にして錆を落とすかという事が問題だけれど何しろ錆び付いた頭が働かない。
そういえば昔日本に「サビトール」という商品があったっけ。 まだあるのだろうか?とネット検索をしたら、まだちゃんと存在している。この手の命名に「ナメトールlや「メクール」というのがあったなあと思い出したので検索すると、やはり健在だった。
サビトールで頭の中をゴシゴシ磨けるものならそうしたいものだ。
錆を落とせば我が身にも愛着が湧くだろうか?

そういえば最近は夢の扉も錆び付いて開かなくなった。
















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お正月といえば。。。




年末に搗き立ての餅をいただいた。なんでも友人の友人が餅つき機を持っていて、年末行事の餅作りに誘われたという事だった。有り難く私はそのおこぼれにあずかったのだ。
昨晩、鶏のスープを作ってあった。以前中国人の友人が鶏スープにハモンセラーノを一塊入れてとても美味しいスープを作ったの思い出して(本当は美味しい金華ハムを使いたいところだったらしい)真似してみたところ、美しいスープが出来上がったので、それをベースにお雑煮をこしらえることにした。

実は子供の頃お雑煮が嫌いだった。餅が好きではなかった。(餅は大福餅の様な形になっていると好きだ。多分餅の塊が好きではないらしい)
祖母は元旦に一切れ、二日目はふた切れ、三日目は三切れとお雑煮の餅を増やした。私はそれが嫌でたまらなかったのを覚えている。お餅は焼いてから椀に入れて膨らんだところをお箸でそっと押さえ、そこに他の具を並べてから鰹出汁をかけ入れるという具合で、付け合わせる具はシンプルであっさりしていた。
祖母が亡くなり、そんな我が家の風習は消えたが、毎年正月にはお雑煮が食卓に現れる事に変わりはなかった。正月の食事が苦痛とまでは言わないまでも「今日はお雑煮が出ません様に」と内心祈っていたのを思い出す。

今もお雑煮はそれ程好きではないけれど、それでも一度は作りたくなる。勿論餅は小さめに切る。

茹でたブロッコリーと人参としめじと入れて、今年実ったカラモンディンの実の皮を細く刻み、柚子の代わりとした。これが割に美味しくて気に入った私は、興に乗ってハモンセラーノやパンチェッタを加えてたり、自家製の香辛料で辛味を加えてみたりして、だんだんお餅のことは忘れてスープ作りに没頭してしまったのだけれど、これはこれで楽しい。

さて、明日のお雑煮はどんな仕立てにしようかな?




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元旦


12月31日:朝四時に目が覚めてしまった。何しろ夜明けまで飲み食いする事になる大晦日だからもう少し寝ておこうと試みたけれど目が覚めてしまったものは仕方ないので諦めた。
結局飲んで食べて喋ってあっという間に年が明け、夜中の2時頃に散会となった。
六人分の皿やグラスの山を気合を入れて台所を片付け、3時頃にベットに潜り込んだ新年の始まり。。。

今年はどんな年になるのだろうか?

良い年になります様に。
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そら









クリスマスはいつものように友人宅で料理の事ばかり考えて、作っては食べて一日が終了。
一年の経つのがなんと早いことか、もう直ぐ今年も終わりを迎える。


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今日の写真










どうも最近頭の中がグズだらけのいっぱいで言葉を書く事ができない。
だから写真だけでも残しておこう。

今日は老人ホームで絵の時間。今年はこれでお終い。
もう良いクリスマスをね、だの良い新年を!という挨拶が始まった。
時の流れが早すぎて、目が回って溺れてしまいそうだ。




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遠くに道を歩く人の後ろ姿が見えたのに、カメラを下ろすと人影は見当たらない。







そんな気になる事がある。



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メモ書き

バラバラバラといきなり騒がしくなったので、窓の外を眺めると雨が降っている。
今年の冬はいつもより暖かい。まだ、暖かい。雨も少なく、ライン河の水位が下がりっぱなしで、貨物船の運航にも影響甚だしい様子。
私の草臥れた背中だか首だかはどうも私の重たい頭を支えるのに疲れたらしく不具合が出てきた。
とぼやいていたら、亀のジロは私よりも具合が悪そうで、クッタリしている。暫く前から気になっていた。昨日は生き餌をガツガツと食べて元気になるかと思われたが今朝は矢張り具合が悪そうなので医者に連れて行く。
結局抗生物質とビタミン剤の注射をされ、2日おきに抗生物質を与えるようにと注射三本を渡さた。
自分が注射をされるのも当然嫌ではあるけれど、注射をする側に回るのも気持ちがよくない。

きっと暫くのあいだ、亀のジロは私を恨むに違いないな。



先日友人とリチャード ロングの展覧会を観に行った。
場所は隣街のノイス市郊外でトーマス シュッテ 財団の彫刻ホールだ。流木がギッチリと並べられた作品、柱状の石の組み合わせはホールの空間の中でロングの景色として気持ち良く展示されていた。
だけれど私は、ロングの写真が一番好きだ。
彼の歩いた時間と空間が見えてくる。

ロング展の後はトーマスシュッテ氏の展覧会らしく、その準備が始まっていて大きな運搬車が到着した。シュッテ氏もその準備の為か現れてあたりをウロウロしていた。友人と私がホールの入り口でまごついていると、彼は「こちらが入り口ですよ」とドアを開けてくれたので、私たちはロングの景色の中へと向かいながら、やけに恐縮したのであった。




数日前の朝の散歩道

毎日の早朝散歩ではたまに美しい一瞬のご褒美をもらう事がある。








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メモ

10月19日―11月6日


スイス経由で日本帰国。
もともと飛行機に乗るのはあまり好きではない。それがますます億劫になってきたのを感じる。
成田に着くと、寝不足の脳味噌はすぐさま本日休業の看板を掲げ、心はどこか遠くに置き忘れてきてしまったようで、無感覚になっている。

それでも携帯電話に入れたマップを頼りに移動開始。神田の小さなホテルに向かった。
(10月はじめに仕事でミュンヘンに出かけたときもGマップをお供に移動したがバッテリーが勢い良く食われて心細く、夜道で冷や汗をかく経験をしたので、外付けバッテリーを携帯することを今回は忘れなかった)

まず今回の帰国理由の一つである父母の法事だった。勤めを果たした後は連れ合いの家族を訪ねたり友人を訪ねた。もう一つ帰国理由は3人展で、そのために京都に向かった。

東京駅で駅弁を買う。日本中の駅弁が所狭しと並んだ店内はまるで万華鏡の中に放り込まれたようで、加えてあふれかえる客にもまれ、私は
人の渦の中で途方にくれつつも一つを選び、「選ばなかった駅弁」に後ろ髪を引かれつつ暖かいお茶も手に入れて新幹線に乗り込んだ。



京都に到着して、直ぐその足で念願の広隆寺の弥勒菩薩半跏像に会い、仁和寺では運良くも初めて一般公開された五大明王の壁画を見る機会を得た。
すっかり満ちたりて宿に向かったが、その後宿を探すのに手間取ったり、配送センター止めで東京から送ってあった荷物を引き取ったり、冷や汗をかいたりの後、無地に友人との再会し、第一日目が終わった。

翌日は展覧会場である法然院の講堂へ向かった。三人の作品を広げ、話し合いながらスリリングでありながらも楽しく、良い展示が出来上がった。

そして新しい出会いあり、懐かしい友人との再会もあり、特別な思い出深い京都滞在となった。

京都から大阪に向かい、そしてドイツへ。
(この経過にも あっと驚く事態が起こりぎりぎりまで出来事満載の旅だった。その所為かどうかは知らないが帰宅後一週間たってなお、時差ぼけに悩んでいる)



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広隆寺
仁和寺
神護寺
高山寺
東山慈照寺
法然院
安楽寺
南禅寺
禅林寺
三十三間堂
六波羅蜜時
六道珍皇寺
平安神宮
御辰稲荷神社
八坂神社

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6月24日

今日のメモ




麦畑の中に群がって咲いているカミツレの花。もう麦の穂は大分色づいて、茎に灰色が買った青緑が残っている。その茎の隙間に見え隠れしている小さな白いカミツレの花たちが可憐で美しい。空気の動くとカミツレの甘い香りが鼻先をかすめた。
そして、麦の穂の美しさ。。。。


友人のアトリエを訪ねた。彼女のスタジオはとても広く、ギャラリーとして十分なスペースがあるので彼女自身の作品とゲストの作品を組み合わせて定期的に展示会を開いている。
今回はオランダ人作家のブックアートと陶板の小品だった。日常の出来事、、さまざまなマテリアル、小さなもの達への、自然に向けられた作家の眼差しが、そこはかとないユーモアの隠し味を展開されていた。


最近CRISPRという遺伝子編集技術の話を聞いた。
これからこの分野は日進月歩で変化してゆくのだろうけれど、私にとっては異質な未来像を勝手に描いてしまう。程遠くない未来に遺伝子編集された食物が知らない間に出回るのかもしれない。医療の世界では歓迎されることもあると思うが、複雑な気持ちが残る。遺伝子編集された人間とそれを拒んだ人間の分断はサイエンスフィクションの中だけの話。。から現実味を帯びてきたらしい。


友人の息子の嫁の父親の話。
彼は地球平面説信者だそうだ。地球がその名のとおり球状であるという説は陰謀説なのだそうだ。どうやらそういう信者は結構いるらしいことに驚く。

● 
サッカ-・ワールドカップだけはサッカーファンでなくとも見ている人は多いらしい。日本のチームが勝つと「おめでとう」と言って電話がかかってきたり、昨日も試合前に電話がかかってきたりするものだからサッカーに興味のない私もなんとなく気になってしまう。




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ビタミン12



もう長いことメモ以外の文章を書くことがなくなっていて、もともと乏しい文章を組み立てる力がごっそり抜け落ちた感じがある。
本を読むことも怠けていた。
この辺でまた起動修正して軋む頭の錆びを落とし、せめて現状維持に努力を注ごう。
。。。。。と思う。

。。。。と思ったのは数ヶ月前の事。努力は続かない。記憶力の低下目覚しく、悩ましい。
そんな話を88歳の友人に話すと、「ビタミン12よ」と言う。
ビタミン12を多く含む食品と言えば魚介類が多く、私の住むあたりでは断然不利だ。
ということで、ドラッグストアで目に入ったビタミン12銀杏エキス入りを買った。
もともとサプリメントと言うものをあまり信用していない私だったが、おまじないに飲んでみた。
でも、おまじないは信じないことには効き目はない。。。。のかもしれない。

そのうちに飲むのを忘れて、忘れたことも忘れるのか。。。。?
それならそれでも良いような気もしてくる。



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黒い羊







「あなたはいつもの日本の人?」と見えない瞳をこちらに向けて答えを待っている。灰水色の目はとても大きい。
「そうですよ。今日は何の絵を描きたいですか?」と訊ねる。
「今日はアイディアがない」と言いながらもモティーフは何でも良い訳ではない。
「ここにひまわりがあるのだけれど。。。」と言うと「ひまわりは前に描いたから。。。森を描くわ」と決めた。
どんな森ですか?森には何がいる?花は咲いている?と聞くと、しばらくの沈黙の後に「黒い羊」という。
「イエス様と羊の絵を白い羊に描くけれど、あれは間違っているのよ。本当は黒い羊なのよ」というのだ。
私の記憶の中にはイエス様のそばにたむろすのは白い羊だ。
黒い羊と言ったら「厄介者」的存在だと言うことになっている。確かにイエスキリストは厄介者で弾き飛ばされる存在を救い上げるのかもしれないなあ、と思いながら森の絵の中に黒い羊を二匹描き込んだ。



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笑顔


「もういい加減にやめて頂戴!そんな悪口や嫌なこと言わないで!」と私たちには見えない相手にB婦人は怒っていた。
彼女は軽度の認知症を患って居り、ほとんど視力が無いので思うように絵を描くことは出来ないのだが、絵の時間を楽しみにしているらしい。いつも無表情で無口なのだけれど、今回は少し違っていて、口調も表情も怒りの感情があふれていた。彼女の頭の中で何が起こっていたのかは見えなかったけれども、何か嫌な気持ちでいっぱいになっていることはあきらかだった。
散々苦情を訴えるので、ここには今楽しい絵を描きたい人ばかりが集まっていて、悪口を言う人はもう居ないのだから一緒に絵を描きましょうと言うと、一息おいて後、強張った表情が溶けていった。
どんなものが描きたいかと問うと「青空と川。川には魚が泳いでるのよ。今朝そんな景色が思い浮かんだのよ」という。彼女は手も不自由なので指で絵を描くのが気に入っている。
彼女の頭の中にある景色を聞き取りながら、画面をなぞって行くのを手伝う。魚は何色?何匹?空にはホイップクリームのように白いおいしそうな雲はどうでしょう?
素敵な景色が現れて来ましたね、と言うとぱあっと笑顔が咲いた。
この笑顔を見るのは私たちにとって贈り物だ。

実は私の頭の中にも五月の蠅のごとくわずらわしい思いがあった。その蠅を彼女の笑顔が追い払ってくれた事に感謝する。



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雪兎






この冬はちょくちょく雪が降った。多くは無いが度々降った。
そして数日前にも雪が積もった。
友人から小さな雪だるまの写真がとどいたので、早速私も作って見たくなって、素手で雪に手を差し込むとあっという間にかじかんで、白い雪の中に赤く染まった私の手は赤裸になった兎のようだ。
手早く小さな玉を二つ作って重ねて見たがなんだか雪だるまのプロポーションでは無い。
脇にあった葉っぱを二枚を耳に見立てて差し込むと雪兎となった。
午後、雪雲を押しのけた太陽の光が空気を温め始めると雪兎は耳を落とし、首は傾き、両手は落ちた。
気がつくと地面にグニャリと倒れていたスノードロップが、すっくりと葉が茎が花が立ち上がっている。
陽だまりはもう暖かい。

追記)
今日は昨日とは違う栗鼠がクルミを探しにやって来た。昨日の美しい赤みがかった栗毛ではなく、少し黒っぽい茶色で小柄な栗鼠だった。近所に棲む栗鼠の間で我が家のテラスに置かれるクルミが話題になっている。。。としたら楽しい。





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