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延長。。。。日々雑感



分厚く垂れ込めた雲から時折雨が落ちる。風が冷たい。しかし天気予報図に来週辺りから気温が上がる様子が見える。

4月18日までロックダウン延長。今まで余裕で構えていた隣人Bもだんだん大きく溜息をつきながら泣き言を吐く。 遊び盛りの若者のエネルギーのやり場が無いのは気の毒だし、不安定な状況の中で行く先の不安を抱えている人もたくさんあるのはわかっている。アジア人に向けたヘイトクライムも増え始めたようだ。幸い私の住む周辺では少なくとも表立ってそういう話は無い。

私は明日という日が当然の如く、来る、明日も生きている、と信じている。だけどどこにそんな保証があるだろうか? 私たちの時間は一つの終点に向かって粛々と流れている。私たちの持ち時間は火のともったろうそくの様に少しずつ溶けてゆく、それを憎しみで満たしたりするなど、なんて勿体ない無い事だろう。

明日は晴れる。
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紫蘇の種を蒔く。





窓の外でパラパラと賑やかな音がするので見に行くと、直径5ミリほどの霰が降っていた。あっという間に小さな金平糖様の氷粒がテラスの床に積もって行くのを見て、美味しそうだなと思ってしまったのは、喉が渇いていたのか、お腹が減っていたのか。
滅茶苦茶な天気のお陰で、気分も磨り減ったり、弾んだり忙しい。
昨日も今日も霰が降ったり、
雨が降ったり、
晴れたり、
曇ったり。

ところで、種を蒔く夢を見た。
種は空から降って来た。霰の様にバラバラと降って来た。それを掻き集めて、袋に詰めた。
種は土に埋めるまえに、発酵させなければいけないので、干し草で編んだ籠の中に種を入れて土を被せ、発酵を促すのだという事だった。残念ながら夢の記憶はそのあたりで切れてしまったので、その種の行く末が確認できない。残念だ。一体どんな植物なのだろうか?出来れば続きを見たい。
(発酵食品作りの実験を続けていたから、夢の中でも発酵が課題になっていたのだろう、降る種も霰が降る景色の残像に違いない。すこぶる単純なのだ)

今朝、青じその種の入った新しい袋を開けた。上手く発芽してくれるだろうか?
最近では園芸店でも、紫蘇の苗を売っているが、私の希望する青じそではない。だからなんとしてでも発芽して欲しい。
紫蘇は日本の代表的ハーブ、と思っていたら中国原産だった。
「紫蘇」という字が示す通り紫色の葉で死の淵から蘇みがえったという言い伝えがあるらしい。青じそより赤じその薬効が強いのかどうか、いずれにせよ防腐・細菌の増殖抑制・殺虫効果があるそうだ。縄文時代には既に日本に存在していたらしいので、日本古来のハーブと言っても良いのかもしれない。

日本といえば、現在日本からドイツへの渡航は感染危険情報レベル3。(渡航はやめてください、渡航中止勧告)
ドイツから日本に渡航する場合、出国前72時間以内にコロナ検査を受け(当然自己負担)、陰性証明と誓約書を提出できなければならない。入国後の3日間は,検疫所の確保する宿泊施設等で隔離、その後二週間の自主隔離(宿泊施設あるいは自宅)、公共交通機関の使用禁止。二週間のホテル代は大きい。かなりの出費になる事と時間を失う事がはっきりしている今、里帰りは無理だ。
気楽に日本へ飛ぶことができる様になるのは、いつのことだろうか?

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そろそろ種まきの季節がやって来た


その昔、大変日当たりの良い部屋に住んでいた。勾配天井で長いベランダ側に大きなガラスの引き戸があった。南向だったので暑い夏はかなり辛い部屋だった。もっともそこに住んでいた頃は猛暑なんて稀で、鉛色の雲が何層も重なって頭上に覆いかぶさってくる様な空がドイツの空なんだと了解していた。そこには8年間住んでいたけれど、暑くてヘトヘトになった夏が一度だけあった。スイカを食べるだけが暑さ凌ぎで、スイカは一瞬体を冷やしてくれる。映画館に行けばクーラーがあるだろうと勝手に思い込み街に出かけ、涼しさを期待して映画館に飛び込んだ。
しかし、進めど進めど暑さは外と変わらず、むしろ息苦く、大きなコーラを抱えて汗を滲ませながら映画を観ることになった。
昔の話だ。(今ではドイツの映画館もクーラーが入っている)
日当たりの良いその部屋で毎年二月下旬になると種を蒔いた。
トマトの鉢を十鉢程作って、それぞれが二メートル程に育ち程よい緑のカーテンになった。溜息で吹き飛ぶ様に細かなペチュニアの種なども播いて育てたし、苗を作るのは楽しかった。
土の湿り気に触れて発動する種、吹けば飛ぶ小さな粒の中で細胞増殖が始まる。そんな事を想像しながら苗の世話をするのは楽しかった。
今年は種蒔きよりも土作りに励みたい。
実験中。






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街の顔





久しぶりに晴天が続いている。街を歩く。スーパーマーケットは賑わっているし、パン屋や肉屋の前には幾人もが並んでいる。だけれど、よく見れば店の中はガランとして4人しかいない、ドアの外は人々の間にある空間が行列をのばしているだけだ。
一方小さなブティックのショーウィンドウが空っぽになっていた、いや、荷物がはみ出た段ボール箱が一つ、空になった棚が一つ置かれている。そこには使い古しの棚の値段を書いたメモが貼られていた。レストランや小さなホテルの窓はまるで死んでしまったように火の消えている。積み上げられた椅子にチリが積もり始めているのが見えた。小さな黒板に「テイクアウトしています。電話番号XXXXXX」という文字も消えかかっている。
職種によって打撃幅が大きく変わるのが、なんとも悩ましい。
3月半ばにロックダウンは解除される予定だったが、多少の緩和はあるものの3月末まで延期になる。ワクチンという武器はなかなかいきわたらないばかりか、新コロナウィルスの変異種に効果がどれだけあるのかがわからないのが現実。
ヤドカリの様に部屋に籠って、時々ドアを開けてはちょろちょろと動く様な毎日はいつまで続くのだろうか?
臨機応変に動いていくしか無い。今年末には少し落ち着いて来るだろうという意見も聞こえているがその頃、街の顔はどうなっているのだろう?

(もう、美しいスミレが其処此処に咲いている)
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ミラベルの花一輪、咲く



窓辺にポツリと白い点が見えた。

ここ数日気温が上がって暖かな陽射しが空気を温めたので、植物の動きは眼を見張る程の激しさだ。針金細工の様な細い枝のミラベルは先日まで雪をかぶって凍りついていたが、太陽がスイッチを入れたらしく、粒の様な芽が膨らみ緑の葉がほどけた。
そして今朝、白い小さな花が一つ咲いていた。
このミラベルは実生で6年目だ。6年前と言えば母と甥が遊びに来た年だ。その年はミラベルの実が豊作で、散歩道で拾い集めた。帰宅して木皿に盛り上げられた黄色くてみずみずしいミラベルの山は絵の様に美しかったけれど、それは彼らの口には合わなかったらしい。「ふうん」と言ってその後手が伸びることはなかった。其のまま鍋に放り込んでコンフィチュールになったが、それも売れず。ともあれ、残った種をいくつか蒔いてみたらどの種も発芽して、鉢の中で小さな林になった。
どうせ、花を咲かせるのは気の遠くなるほど遠い未来なのだろうと、伸びる枝をバシバシ切り戻して盆栽もどきに仕立てた。
そのミラベルの花が咲いたのだった。
もう一度ドイツに遊びに来るつもりだと言っていた母の願いは叶う事がなかった。
こうして色々な物が記憶と結びついている。
よく見れば記憶の糸口はあちらこちらにゆらゆら揺れている。
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春が来た




19度。寒暖計がいきなり19度を指している。
黒鶴が南から帰ってきたらしく、暫く前から度々彼らの鳴き声が頭上を通り過ぎてゆく。あの独特の鳴き声は妙にわたしの気をひく。
スノードロップやクロッカスが陽だまりに咲き乱れ、春の歌を歌いながら飛ぶ雲雀が賑やかに飛び回る。何故あんなに雲雀は忙しく歌うのだろう?
犬を連れた紳士が畑道の真ん中で佇んで、じっと遠くを見ている。見やる先を辿ると四頭の鹿が遊んでいた。挨拶をすると「ほら、鹿ですよ」と言うので「数年前はもっとたくさんいましたね」と返すと、「犬がね。。。犬がいかんのですよ」と言う。他にも理由があるかもしれないけれど、猟犬が子鹿を追い回して殺してしまう事もないわけではない。
のどかな春景色の中に、4頭の若い鹿たちはのんびり草を食んでいるけれど、今のところその平和は乱されていない。


2月に入ってから発酵食品に没頭していて、制作をしていない。今年前半は展覧会のアポイントが消えたので、思い切って今まで気になりつつも手を付けずにいた分野に飛び込んで、暫くどっぷり浸かってみようと思ったのだけれど、なかなか手強い。発酵食品プロジェクトの奥の深さは限りなく、開けてはいけない扉を開けてしまったような気がしている。思わず道具を作るべきかなどと新しい脇道が突然現れて行ったり来たり足踏みしたりしている。
頭の中で作品のアイディアも発酵させるべく仕込みは始めているので、味噌や、どぶろくと共にうまく発酵してくれることを期待しつつ、まだこのプロジェクトは暫く続く。

友人がもうラムソンの芽が出て来たと知らせてくれた。再来週くらいにはラムソン摘みに出かけたい。



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米麹を作る、そしてどぶろく。



買い物から帰ってドアを開けると麹の甘い香りが部屋じゅうに広がっていて、つくづくこれはたいした奴だなと思う。
これが他のカビなら大変不愉快な匂いに閉口して部屋から追い出されるに違いない。
乾燥米麹を買って塩麹だの作っていたときには気がつかなかった香りだ。
ご飯粒が段々に不透明な白さに変わって、次第に白い毛に覆われて行く。
菌類はもともと興味深く眺めていたものだけれど、こんなに良い香りを出したり、ふわふわと美しい毛を生やしてみせる麹菌には参ってしまう。
今回は半分をどぶろく製造に、残りは味噌に使用する事にした。

どぶろくの絞りかす、即ち酒粕も欲しい。日本に居たなら多分簡単に入手できる物なのだろうけれど、そう言うわけにはいかないところに住んでいるわけで、自分で作る事になる。納豆も、米麹も、味噌も、和菓子も作る事になる。
それに楽しい。
醤油を去年から作り始めた友人Bが醤油を仕込む甕を4個も揃えて準備万端である旨のメールを送りつけてきた。残念ながら我が家には大きな甕を並べる場所はないので、こじんまりと製造中だ。
それほど興味がなさそうだった家人もどぶろくの一声で俄然興味の種が発芽したのを確認。

















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ロックダウン。それでも春は近づく



3月7日ロックダウン解除の一週間前3月1日から美容院とフットケアの店は開店許可される。 解除にあたって清潔感と尊厳を守る事は不可欠であるとされたが、賛否両論。皮肉で冗談めかしたコメントが飛び交う。
新型コロナウィルス変異種が食い止められない現在、クラスターはあちこちで起こっている。3月7日にロックダウン解除は危険だと言う意見も多いが、経済的限界が見えてきた事や人々の精神的負担も大きく、悩ましい状況だ。 去年の11月から締め切っている店の中には解除になっても開けられない扉が益々増えるのだろう。色々なものの流れが滞っている。

それでもちゃんと春はやってくる。
現在12時14度晴天。 先日まで雪に氷に覆われていたことが嘘の様だ。

先日木箱に山盛りのオレンジがやってきた。見ているだけでも元気になる美しいオレンジ色。
友人を通してイタリアから直送の一箱だ。無農薬栽培なので皮を心配なく使うことができるのが嬉しい。オレンジピール砂糖煮とマーマレードを速攻で作った。

オレンジピールをカップに放り込んでお湯を注ぎ甘く爽やかな香りが立ち上るのを楽しむ。
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味噌を仕込む。



2月13日 乾燥玄米麹500gがずっと棚の上で眠っていたのを暫く睨んでいた。睨んでいるばかりでは何も生まれてこないので、常備している大豆もある事だし、味噌作りをしようということになった。
塩は海塩を使うつもりでいたけれど、生憎近所では入手できず、ヒマラヤの岩塩を使うことにした。
ドイツの大豆は香りが少ないからどうかな、と思っていたが、今の所割合いい感じにできている。。。気がする。

子供の頃東京の巣鴨という所に住んでいた事があり、昔ながらの商店街があった。当時は山のような形に盛り上げた味噌樽が並ぶ味噌屋が近所にあって、山は少しづつ低くなるがいつも綺麗に形を整えられていく様が面白かった。

同じ様に味噌を作っても、場所によって、作り手の持つ常在菌によって味が変わるというのだから、とても興味深い。どんな働きをしているのだろうか? 目に見えないので残念だ。
手洗いや消毒を度々行う必要のある現在、美味しさを作り上げる菌が減ってしまっているのかもしれないけれど、美味しくなってくれる様に毎日味噌に話しかけている。
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醤油とロックダウン



友人のBは醤油に取り憑かれ始めている。
彼女と電話をすると大抵長電話になる。最近ではその8割が醤油についてで、私としても興味の範疇であるから仕方ない。去年のロックダウン中に始めた醤油作りがツボにはまってしまった。何事も研究熱心な彼女は現在醤油プロジェクトのロケットに乗って気分は猛スピードで上昇中なのだ。怖いもの無しである。己の醤油が世界で一番美味しいと言うほどの勢いなので、時々受話器を耳から遠く離して耳元をクールダウンする事になる。「我が子」は特別だ。彼女にとって世界で一番であって良い。


私は数年前に米麹を日本から持ち帰り、塩麹を作ったりした挙句、甜麺醤もどきを作る実験をしてみたことがある。
名前の示す通り、麺(小麦粉)から出来た甘い味噌という事。小麦粉に米麹と塩を入れて一年間発酵させてみると、なかなか美味しい調味料が出来上がった。米麹から引き出された品良い甘みが気に入っていた。
もう一度作ってみたい。
味噌も大豆を使うばかりではなく、カボチャの種、食用ルピナスの種で作った味噌を販売しているベルリンにある店を見つけた。面白そうだ。
私もカボチャの種で実験しようと思うが、取り敢えず今手元にある玄米麹とドイツ産の大豆で初めてみる事にしよう。


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現在朝7時半マイナス9度。











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ロックダウン、マイナス10度、発酵あんこ



去年はコロナロックダウンの間も調子良く制作していたのに、今年に入ってからパチンとスイッチが切れてしまった。3度目のロックダウンはじわじわと気力を侵食して来ていて、背中には子泣き爺の様に取り憑いている凝りがどんどん重くなる。冬眠期である事も影響しているのかもしれない。
この停滞は冬になると胃を壊す事にも関係している。


それならば体に優しいものを作って食べようと言う事で、始めて「発酵あんこ」を仕掛けた。胃がつらくとも少しは甘い物を食べたいので、発酵あんこの登場となった。最近日本食材スーパーマーケットに行くと、乾燥麹も売っているので取り敢えず一つ買って来ておいたのだった。
小豆は近所のオーガニックスーパーマーケットで売っている。日本の小豆の様に良い香りがしないのが残念だけれど仕方ない。



インターネットでバタートーストの上にたっぷりと発酵餡を乗せた、とても魅力的な写真を見てしまったので、パンも焼き、(ここには日本の食パンのようなパンはない)トーストし、発酵あんこを乗せ、そして美味しくいただいた。プロジェクト完了。

今朝はマイナス10度。ダイヤモンドのようにキラキラと舞う粉雪に見惚れていたら、すっかり身体が冷えてしまった。雪の下に氷が張ってツルツル滑るので、5キロも歩くと身体中が緊張で倍くたびれてしまう。それでも雪景色の中を歩くのは楽しい。帰宅してトーストに発酵あんこ乗せを頬張る幸せに感謝する。




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ミラクルブレッドとロックダウン

噛み応えのあるパンを焼いて、これでもかとロックダウンの気鬱毎噛みしだく。そういうパンのレシピを検索していたら、Wunderbrotというレシピにぶつかった。ナッツや種、オートミールを水でふやかして型に入れて焼くというだけのもので、小麦粉やイーストも無し、つまりオートミールでつないであるという感じのパンだけれど、なかなかおいしい。

ラインシード、Plantago Indicaの種子の皮、チアシード、南瓜の種、ヒマワリの種、ゴマ、オートミール、オリーブオイル、はちみつ、塩、水をこねて寝かし、型に入れて上下しっかりと焼く。ヘーゼルナッツやアーモンドなど入れるとさらに良い。これを薄切りにして軽くトーストすると香ばしさが増す。

昔は日本の食パンを常に懐かしく思ったものだが、今では黒い重たいパンが食べたくなる。
とは言えふかふかの食パンをきつね色にトーストしてバターたっぷり乗せは素敵だ。

私の住むNRWは幾つかの緩和事項が2月下旬からあり、ロックダウンは取り敢えず3月7日まで延長になった。その後の事は状況次第だ。
伸び放題の髪をスッキリさせてからロックダウン開けを迎るためなのか、3月1日から美容院は開くらしい。

まだまだ先は長い。
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納豆と。。。洪水

子供の頃納豆が嫌いだった。母は毎日曜日の朝飯には納豆を食卓のせた。嫌いでもご飯を残す事は許さない両親だったから、涙目になりながらも無理矢理詰め込んで飲み込んだものだが、その納豆をいきなり美味しいと思う日が来た。
日本を離れて、日本の食べ物が懐かしくなった頃、当時一軒しかなかった日本食材店に出かけた。ある日何故突然納豆を買う気になったのか覚えていない。そして思いがけなく納豆は美味しかった。しかし日本食材は日本での定価3倍程だし、電車に乗って納豆買い出しと言うほどに執着する事も無かった。自分で作ることができるのを知ってからは手作り納豆で賄うようになった。
最初は買ってきた納豆を入れて嵩増しする方法で、その後は日本の納豆菌を入手して納豆を作っている。たまに自然に存在する枯葉菌を利用して納豆を作る実験もする。テラスに生えているローズマリーの枝や、月桂樹の葉、ギボウシの葉などでも割合うまく出来た。充分糸を引く美味しい納豆が出来る。空中にも枯葉菌はたくさん浮遊しているだろうし、何も無くても蒸した大豆はうまくすると納豆になってしまうのかもしれない。しかし、成功率が高いので大量に作るときは納豆菌を使っている。数年前からマイナーではあるもののドイツでも大豆が作られる様になった。気候にあった品種改良がなされたらしい。

嫌いな食べ物蘭から好きな食べ物欄に移行する食べ物は他にもあった。好物が増えると言うことは幸せな事。


数日前からライン川が増水している。最近の降雨と雪解けが原因だ。

今朝は昨日は天辺が辛うじて見えていた標識が水の下に沈んでいた。土手に上がるといつもとは違う景色に、眼を見開いた。まだ大きな被害が出た話は聞こえてこないが、被害を被っている人もあるかも知れず、単純に面白がるのは不謹慎だろうけれど、見慣れた景色の変化は興味深い。
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日記1月18日から28日

2021/01/18 22:46

畦道に出来た大きな水溜りに
細かく砕いた陶器を投入し、
水溜りを埋ようと努力をする人がいて、
ある時は茶色い壺らしき陶器の欠片が、
あるときは塩釉をかけた陶器の欠片が、
安っぽい模様の花柄タイルらしき欠片が、
泥水の向こうに見え隠れしている。
水溜りの底はじりじりと陶器破片を飲み込んでいるが
しかしなぜか窪みは小さくなる気配が無い。
飲み込まれた陶器の破片が
地面下に
モザイクの柱になっている

のを想像してみる。


1月19日

昨日のこと
搬出の為、画廊に出かけた。「今日は煙突掃除人が来るからね」とギャラリストが言っていた。建物には煙突があって、多分暖炉のある部屋もあるのだろうけれど、画廊の中には暖炉は無い。しかし古いガス暖房機の点検があるのだ。
時間通りに現れた煙突掃除人は昔ながらのスタイルでは無いものの黒い上下で真っ白なマスクが清々しい若者だった。
年末年始に煙突掃除人に出会うと、良い事があると言われる。幸運の象徴である。年末には煙突掃除人の飾り物が店に並んでいる。
昔なら握手してもらったりする所だけれど、今はそういうわけにはいかない。コロナ禍は色々な行為をタブー化してしまう。

ようやく展覧会を終えた。展示を外してがらんと何も無い真っ白な部屋が眩しい。


2021/01/20 15:32

3度目のロックダウン延長、取り敢えずは2月14日まで継続。
加えて規制が強化されている。
公共交通機関利用時及び日用品調達の買い物時には医療用マスク装着義務となった。つまり電車やバスに乗る際、食料品を買いに行く際の手形の様なものでもある。何しろ医療用マスクでもウィルスを防ぐ効果は僅かで、しっかりした布マスクでも大差無いと想像する。マスクの装着の仕方にもよるわけで、高いマスクを顎にかけている意味のない使用状況も時に見かける。私はコロナ対策を陰謀論とともに論じる考えはないし、少しでも役に立つなら協力したいとは思う。それでも、今回のマスクの件については、色々疑問がある。まあ、あまりにも多様なので指定する方が手っ取り早いのかもしれない。
しかし現在売られているFFP2マスクの中には疑わしい商品も混ざり合っているという噂もあった。インターネットでマスクばかり見ていたら息が詰まって来た。
このウィルスの素早い変異を見ていると、厄介極まりない。ワクチンが行き渡って後もマスクとフィジカル・ディスタンスや指先消毒は当分必要らしい。
わたしたち人間の体内には色々な細菌や真菌、ウィルスも棲息しているらしいから、いつかは弱毒化したコロナウィルスも体内に取り込んで平和的共生ができる日が来ないものか?
などと妄想しつつ「マスク手形」の注文票をクリックする。

1月23日 夜中に何度か目が覚めた。2時、3時半、4時半。。。6時半に起床。
朝窓の外は相変わらずまだ暗闇で、ひょっとしてまだ夢を見ているのか?
雨だれの音がするので外を見るとどうやら夜中に降っていたらしい雪が景色を変えていた。   
雨が雪化粧を崩している。

1月24日 味噌を作ろうと思う。麹と豆は用意があるので後は、始めるばかりなのだが、容器が決まらない。

1月25日 作業をしながらミヒャエルエンデのオーディオブックを聴く。
きっかっけがあって思い出し、昔買ったCDを掘り出して久し振りに聴いた。自分の持っている時間をどう使うかと言う事は、コロナ禍において大きなテーマだ。
此の地に来る事など考えてもみなかった頃、その後間も無く渡独したのだけれど、エンデの「はてしない物語」は気に入りの本だった。勿論今でも気に入っている。想像の花開く「種」の様で読み返すと前回とは別の形に枝葉を伸ばす素敵な物語だ。ドイツで始めて買った本の一冊目は「Die unendliche Geschichte =はてしない物語 」だった。今でも本棚に並んでいる。

1月26日 久しぶりに友人に会って、暫く雑談をした。もともとひっそり生活している方だけれど、流石にメールコンタクトだけでは気分の低迷を感じる。日用品の店しか開いていない今、急に運動靴を買いたいとか、絵の具を買いたいとか、カフェで朝ごはん食べたいとか、今かなわない希望がふつふつと湧いてくる。インターネットで買い物をすれば良いという話ではないのだ。今まで滅多に買い物にも出ないし、外食も少ないし、旅に出る事も少なかったくせに、出来ないとなるとその全てをしたくなる。 勝手なものだ。

1月27日 今日友人のBから電話があった。彼女は去年第一ロックダウン 時に醤油を作る決心をした。
中国人である彼女が作るので中国の醤油を作るのかと思えば、日本の醤油なのだと言う。材料はネット注文で入手し、度々現況報告が届いた。初めてのことだから、これなった、ああなったと大騒ぎしながらも、何事も丁寧な仕事を遂行する彼女の醤油は無事熟成していった。晩夏ロックダウンが緩くなっていたある日、久しぶりに尋ねると、醤油を絞ろうということになった。二つある器のうち一つを絞ることになった。インターネットで確認したり、試行錯誤の末、初めての醤油第一号が出来上がった。そして美味しい。
その後も醤油談義が止まらない。

1月28日 朝方雨の音で目が覚めた。
ここ数日雪というより雨がちな空模様、今日は一日雨の予報だ。
こんな日は部屋を明るくして本を読む事。美味しいものを食べる事。
朝目が覚めてから台所でお茶を飲みながら、白花豆を煮ている。半分は甘くしてお茶受けに、半分は豆と野菜とパスタのスープを作る。
鍋の番をしながら本を読むと言うのは、良い時間だと思う。
お供の本はボルヘスの「砂の本」

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日記



12月15日

最近夢を見ない。
いや、覚えていられなくなったというべきなのかもしれない。
そんな最近人ごみの渦中に立ち止まる夢を見て、ふとマスクをしていないことに気が付き慌てる夢を見た。
マスクを探す夢が現状を投影するそのままの意味なのか? 
何かの象徴なのかはわからないが、同じ様な夢を何度か見た。
夢の中ではその上、私の携帯電話の画面がどうしても理解できないものに変化していて、使用不能に陥っていた。
昔、私は公衆電話にコインが入らないとか、壊れているとか、知らない人にしかつながらないとかで冷や汗をかく夢を見たものだったが、流石に私の頭も小道具に付いてアップデートが行われたらしい。こういう夢を見るとき私は草臥れている。
今朝は新開発マスクが現れた夢を見ていた。某魚肉(!)が織り込んである布を使ったのが斬新である。その魚肉が乾燥され砕かれると繊維状になり、それを織り込むとプロテクト効果が抜群の素材が出来上がるのだ。使用される魚の半身と刺身で食べられそうな切り身がマスクと一緒にテーブルの上に展示されている。魚臭さも無い。なかなか具合よさそうなので一つ入手しようと値段をたずねるあたりで目が覚めてしまった。残念。しかし、なんで魚肉なんだろう?
マスクと言えばドイツは昨日から60歳以上と基礎疾患のある人にFFP2マスクを3枚ずつ配布している。近所の薬局で入手することができる。来年からは健康保険からクーポンが送付されてそれを持って薬局に行くことになる。
Covid19から身を守るのにマスクと手先消毒、そして社会的距離しか無いのは歯痒い。


12月15日33.825人、感染者数が落ちない。


1月17日

大した寒さでは無いのに今年はやけに寒さが身に染みて来て、体の芯まで冷えている。
今年はもう既に二件の展覧会が延期になったので、ゆっくり制作をする事にしよう。。。と思った途端、無風の空で糸が切れた凧がストンと地面に落ちた。起きあがるのが難しい。だけど、暫くの間落ちた所に横たわって本を枕に冬が通り抜けてゆくのを待つのも良いかもしれない。
読みたい本は沢山あるのに、このところ何故か心が落ち着かなくて読む作業に集中出来なかった。視力の衰えが文字を追う事を億劫にしている。脳味噌が古びてきて言葉を受け付けなくなっているのかもしれない。そして感染症について日々押しつぶされそうなくらいに情報を詰め込んで消化不良を起こしている。ウィルスは知らず知らずのうちに心の中にも感染症を引き起こす。
今日はもうコンピューターの前を離れて、好きな本を読もう。
本棚の前に立つとフェルナンド・ぺソアの本が少しだけ飛び出ていた。読めと言っている。この本は時々雲隠れしてしまい、探しても探しても見つからない事がある。


心に響く文章や言葉を見つけた時は至福。


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