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6月24日

今日のメモ




麦畑の中に群がって咲いているカミツレの花。もう麦の穂は大分色づいて、茎に灰色が買った青緑が残っている。その茎の隙間に見え隠れしている小さな白いカミツレの花たちが可憐で美しい。空気の動くとカミツレの甘い香りが鼻先をかすめた。
そして、麦の穂の美しさ。。。。


友人のアトリエを訪ねた。彼女のスタジオはとても広く、ギャラリーとして十分なスペースがあるので彼女自身の作品とゲストの作品を組み合わせて定期的に展示会を開いている。
今回はオランダ人作家のブックアートと陶板の小品だった。日常の出来事、、さまざまなマテリアル、小さなもの達への、自然に向けられた作家の眼差しが、そこはかとないユーモアの隠し味を展開されていた。


最近CRISPRという遺伝子編集技術の話を聞いた。
これからこの分野は日進月歩で変化してゆくのだろうけれど、私にとっては異質な未来像を勝手に描いてしまう。程遠くない未来に遺伝子編集された食物が知らない間に出回るのかもしれない。医療の世界では歓迎されることもあると思うが、複雑な気持ちが残る。遺伝子編集された人間とそれを拒んだ人間の分断はサイエンスフィクションの中だけの話。。から現実味を帯びてきたらしい。


友人の息子の嫁の父親の話。
彼は地球平面説信者だそうだ。地球がその名のとおり球状であるという説は陰謀説なのだそうだ。どうやらそういう信者は結構いるらしいことに驚く。

● 
サッカ-・ワールドカップだけはサッカーファンでなくとも見ている人は多いらしい。日本のチームが勝つと「おめでとう」と言って電話がかかってきたり、昨日も試合前に電話がかかってきたりするものだからサッカーに興味のない私もなんとなく気になってしまう。




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ビタミン12



もう長いことメモ以外の文章を書くことがなくなっていて、もともと乏しい文章を組み立てる力がごっそり抜け落ちた感じがある。
本を読むことも怠けていた。
この辺でまた起動修正して軋む頭の錆びを落とし、せめて現状維持に努力を注ごう。
。。。。。と思う。

。。。。と思ったのは数ヶ月前の事。努力は続かない。記憶力の低下目覚しく、悩ましい。
そんな話を88歳の友人に話すと、「ビタミン12よ」と言う。
ビタミン12を多く含む食品と言えば魚介類が多く、私の住むあたりでは断然不利だ。
ということで、ドラッグストアで目に入ったビタミン12銀杏エキス入りを買った。
もともとサプリメントと言うものをあまり信用していない私だったが、おまじないに飲んでみた。
でも、おまじないは信じないことには効き目はない。。。。のかもしれない。

そのうちに飲むのを忘れて、忘れたことも忘れるのか。。。。?
それならそれでも良いような気もしてくる。



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黒い羊







「あなたはいつもの日本の人?」と見えない瞳をこちらに向けて答えを待っている。灰水色の目はとても大きい。
「そうですよ。今日は何の絵を描きたいですか?」と訊ねる。
「今日はアイディアがない」と言いながらもモティーフは何でも良い訳ではない。
「ここにひまわりがあるのだけれど。。。」と言うと「ひまわりは前に描いたから。。。森を描くわ」と決めた。
どんな森ですか?森には何がいる?花は咲いている?と聞くと、しばらくの沈黙の後に「黒い羊」という。
「イエス様と羊の絵を白い羊に描くけれど、あれは間違っているのよ。本当は黒い羊なのよ」というのだ。
私の記憶の中にはイエス様のそばにたむろすのは白い羊だ。
黒い羊と言ったら「厄介者」的存在だと言うことになっている。確かにイエスキリストは厄介者で弾き飛ばされる存在を救い上げるのかもしれないなあ、と思いながら森の絵の中に黒い羊を二匹描き込んだ。



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笑顔


「もういい加減にやめて頂戴!そんな悪口や嫌なこと言わないで!」と私たちには見えない相手にB婦人は怒っていた。
彼女は軽度の認知症を患って居り、ほとんど視力が無いので思うように絵を描くことは出来ないのだが、絵の時間を楽しみにしているらしい。いつも無表情で無口なのだけれど、今回は少し違っていて、口調も表情も怒りの感情があふれていた。彼女の頭の中で何が起こっていたのかは見えなかったけれども、何か嫌な気持ちでいっぱいになっていることはあきらかだった。
散々苦情を訴えるので、ここには今楽しい絵を描きたい人ばかりが集まっていて、悪口を言う人はもう居ないのだから一緒に絵を描きましょうと言うと、一息おいて後、強張った表情が溶けていった。
どんなものが描きたいかと問うと「青空と川。川には魚が泳いでるのよ。今朝そんな景色が思い浮かんだのよ」という。彼女は手も不自由なので指で絵を描くのが気に入っている。
彼女の頭の中にある景色を聞き取りながら、画面をなぞって行くのを手伝う。魚は何色?何匹?空にはホイップクリームのように白いおいしそうな雲はどうでしょう?
素敵な景色が現れて来ましたね、と言うとぱあっと笑顔が咲いた。
この笑顔を見るのは私たちにとって贈り物だ。

実は私の頭の中にも五月の蠅のごとくわずらわしい思いがあった。その蠅を彼女の笑顔が追い払ってくれた事に感謝する。



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雪兎






この冬はちょくちょく雪が降った。多くは無いが度々降った。
そして数日前にも雪が積もった。
友人から小さな雪だるまの写真がとどいたので、早速私も作って見たくなって、素手で雪に手を差し込むとあっという間にかじかんで、白い雪の中に赤く染まった私の手は赤裸になった兎のようだ。
手早く小さな玉を二つ作って重ねて見たがなんだか雪だるまのプロポーションでは無い。
脇にあった葉っぱを二枚を耳に見立てて差し込むと雪兎となった。
午後、雪雲を押しのけた太陽の光が空気を温め始めると雪兎は耳を落とし、首は傾き、両手は落ちた。
気がつくと地面にグニャリと倒れていたスノードロップが、すっくりと葉が茎が花が立ち上がっている。
陽だまりはもう暖かい。

追記)
今日は昨日とは違う栗鼠がクルミを探しにやって来た。昨日の美しい赤みがかった栗毛ではなく、少し黒っぽい茶色で小柄な栗鼠だった。近所に棲む栗鼠の間で我が家のテラスに置かれるクルミが話題になっている。。。としたら楽しい。





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黒いビーズ



(写真:先日始まった展覧会)


春の種蒔きをしたと、受話器の向こうの友人の声を聞いていた時の事だった。
窓枠で切り取られた私の視界の中に二つの小さな真っ黒いガラスビーズが浮かんでいた。
それはテラコッタの鉢の上に佇む一匹の栗鼠で、真っ黒な表情のない目でこちらを窺っていた。
たびたび走り回っているのを見かけていたので、胡桃をテラスのあちこちに仕掛けておいた。
極寒の数日間は胡桃は手付かずだったから、心配していたのだけれど元気だったようだ。
早速頬袋に胡桃を詰めたリスは美しいつややかな栗毛の衣をひるがえして走り去った。

そろそろ鳥のさえずりも春めいてきている。





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冬模様 II























昨日の展覧会の展示作業。荷物の移動と梯子段の登り降りのおかげで身体中が筋肉痛になっている。
頭の中も筋肉痛的余韻。
今週は寒いが晴れ続きで幸い。
今日もこれから展示作業の続きが残っている、展示中画廊の中で歩き回るだけでもほぼ一万歩なり。
出がけ前の中途半端な隙間時間に先日道端の凍った水たまりの写真をここに記録しておくことにする。

最近テラスにあらわれる栗鼠がいるのでクルミを置いが、なぜか来なくなった。いったいどうしているのか?

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冬模様

朝、
ちくちくと頬を刺す風を避けて、俯きあるけば、
あぜ道の美しい冬模様に
寒さがとけた。





























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伝言ゲーム





Kutscherhaus Recklinghausen
Willy-Brandt-Park 5 | 45657 Recklinghausen
20.August - 3. September 2017 | freitag 15 - 18 Uhr | Samstag - Sonntag 13 - 17 Uhr


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絵の時間




紫陽花の花を一輪、小さな花瓶に差した。
老人ホームでの"絵の時間"に使うモチーフとして持って行く為だった。出向いてみると今回私が担当する事になった婦人は殆ど目が見えなかった。残念ながら見て描くという作業は無理なので、アジサイは机の上にポツンと取り残された。
結局、ひまわりの咲く景色を描くということになった。どんな景色であるか話し合い、私がその景色を言葉で描くことから始めた。
夏の青空でふわふわな白い雲が浮かんでいます。
ひまわりが見渡す限り咲いていて、金色の様な花が眩しいようです。ミツバチが賑やかに集っています。
そんな風にお喋りをしながら彼女の手を取り、色を指につけてキャンバスに描いていった。
時々、私は今何を描いているの?と聞いてくるので、夏の爽やかな空ですよ、これは太陽の様なひまわりです。。と返事をすると、ああ、素敵ねえと笑顔を見せる。
そして、彼女の手も、私の手も、空の、雲の、ひまわりの色に染まっていった。




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煮る干す漬ける。。。













#
アトリエの近くにブラックベリーがわさわさと茂っている。
散歩中、近所のブラックベリーをつんでいる人を何人か見かけたので、もうそんな季節なのだと気がついた。アトリエの茂みに行くとやはり真っ黒でつややかな実がたわわに実っていた。
ぎっしりと枝に生えている棘はなかなか手強く、少々摘みにくい場所でもあり、思うようには手が届かないものの苦労の甲斐があって、ジャムが壜に五つほど出来た。
数年前の今頃、今は亡き母と甥が我が家にしばらく滞在した事があった。アトリエのブラックベリーを楽しそうに、そして一生懸命摘んでいた母は作ったジャムなぞどうでも良くて"摘む"のが楽しいと言った。完熟の潰れたベリーの色で手を染めてニコニコしていた母を思い出す。
#
ドイツには梅の木はない。だから梅干を作ることは出来ない。しかし梅の代用に杏を使う事もあって、かなり梅干に近い杏干を食べたことがある。
ひと月ほど前、あなたは肝臓が草臥れているようだから杏を食べると良いといわれて素直に杏を一箱買った。それを食べながらふと塩漬け杏に挑戦したくなって急遽仕込んでみたら、上出来とは言えないまでも、なんだか少しずつそれらしくなってきている。残念ながら赤紫蘇が無いので色白のままだが、来年は赤紫蘇の種も蒔かねばならない。種を入手しなければならない。来年の杏干の作りは紫蘇の種蒔きからはじまる。
#
ドイツのキャベツは日本の柔らかなキャベツと違って葉がしっかりとしている上、巻きが固い。頭の上に落とされたら。。。まあ、命は無い。武器に出来るほど固い。ざくざく切ってソースをかけて食べるような柔なキャベツとは違うのだ。しかしザウアークラウト(キャベツの漬物)にはこの石頭なキャベツが良いのだ。これが発酵すると煮ても焼いても具合良いしっかりした歯応えの漬物に変化する。
ドイツに来てしばらくたってからやわらかいサラダ用のキャベツが出回るようになった。(それでも日本のキャベツより葉がしっかりしているように思う)そのサラダ用のキャベツでザウアークラウトを作ってもみたが何か物足りない気がする。大きな専用甕で作ると場所の確保も量も大変なので、500ml入るガラス壜を使う簡易的方法を選んだ。醗酵キャベツはしばらくすると壜の中で泡が動き始め、かすかにプチプチと囁き始める。その時の野菜によって醗酵の具合も変わるのが面白いのだ。今も何か囁いているのが聞こえる。
#
テラスのローズマリーや月桂樹、ヘメロカリスの葉で納豆も作ってみたが、これもなかなかそれらしく出来た。
納豆菌はどこにでも存在する。売られている納豆の菌と葉っぱに付いている菌は厳密に言ったら違いがあるのだろうか。。その点気になるところではあるけれど大豆は納豆にしっかり変身し、美味しい。
大豆をしっかり蒸して瓶の中に入れ植物を乗せる。どの植物でも出来るのかどうかわからないが、上手く行く葉とそうでない葉があるかもしれない。
思い出せば子供の頃納豆が大嫌いだった。ついでに味噌、蕎麦、饂飩が嫌いだったが、今ではどれも好きな食べ物リストに並んでいる。


箱庭で作っているハーブや小さな野菜を摘んでママゴトのような事をしているひとときは至福。




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擬似蜂巣





ブーンブーンブーンと驚くほど大きな羽音がする。
テラス側の窓辺にヴェスパがふらふらと飛んできて部屋の中に入ろうとしている。一匹が二匹、二匹が三匹と増えているので巣でも作られたらたまらないと、対策を探し始めた。
こういうときはインターネットで検索できる便利さを享受する。
ヴェスパよけに茶色の紙袋を膨らませてしかるべき場所に設置するという記事を見つけた。その"物体”を他のコロニーが作った鉢の巣と見間違えて逃げてゆくという説だった。
眉唾ものかと思いながらも、手間のかかることでも無し、持っていた茶色紙袋を膨らませて吊るしてみると、確かにすうっと逃げていったきり戻ってこない。ここ数日うるさいほどの羽音がひっきりなしに聞こえていたのに、シーンとしているのだ。これは偶然なのか、それとも本当に茶色紙袋擬似蜂巣作戦が功を成したのか、はっきりとした事は判らないものの、今日はまだ一匹も飛んでこない。
これはミツバチには関係ないらしく、彼等はトマトの花を静かに訪問している。
 ミツバチといえば先日、寝室の床に動かなくなっているのを見つけた。よく見ればまだ生きているので、喉が渇いたか、空腹かのどちらかだろうと、ちり紙をぬらし蜜を少し落としてミツバチを乗せてみると、早速ごくごくと飲んでいるらしい様子が見えた。そして5分ほどして、回復したのか動き始め、飛び去った。 
このところ気温が高く雨が少なかった所為で水溜りが足りなかったのかもしれない。ミツバチも喉が渇いているらしい。
 蜜といえば去年わさわさと茂ってたくさん花をつけていた小さな赤い花のサルビアが半分枯れてしまった。その蜜を求めてホシホウジャクがたびたびたずねてくるのが楽しいのだが、今年は花が少ないのでホシホウジャクの訪問も少ない。彼らのために来年はサルビアの挿し木をたくさん作っておこうか。。。
 サルビアといえば。。。
 ホシホウジャクといえば。。。
 赤い花といえば。。。
 挿し木といえば。。。
 どんどん枝葉がのびてゆく。。。








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ドクメンタ14





一昨日の水曜日、ドクメンタを見るためにカッセルに出かけた。デュッセルドルフからの往復バスに席を予約していた為、早朝大粒の雨の音にくじけそうだったが、幸い連れ立つ友人もあり、励ましあいながら(!?)出かけたのだった。数日前から天気予報を睨んでいたがサイコロを転がすようにコロコロと変わっていっているものの、水曜だけはまるで呪われているかの様に雨、雷、風のマークが居座っていた。
しかし、空は気まぐれではあったが思いの外それほど悪くはならず、時として思い切りな雨が降ったが、濡れ鼠になることはほとんど無かったのは幸いだった。
今回のドクメンタはLearning from Athens。経済危機、難民問題、紛争と政治色の濃い作品がいつにも増して多く、それらの作品は作家の出身国の歴史、政情、文化的背景についての前知識がなければ、読み解くのは難しい。歩きながら聞こえてきた会話に「やれやれ、なんだかわからないわ。随分昔の作品ばっかりね」「これって芸術なの?」という呟きが聞こえた。普通の(何を持って普通と言うのか。。。なのだが)美術展覧会を期待しては肩透かしを食らう。作品はキュレーターが見せたいテーマを説明するための道具のように見えた。「さて、お前にわかるかな?」と言われている気がしてその度居心地が悪い様な思いがあったが、それも意図されていたことなのか?
街中に点在する展示会場全てを一日で見ることは出来ない。その上いちいち出くわす長蛇の列が時間も体力も食いつぶす。
ドクメンタの紹介でたびたび見かけた禁断の書で作られたというMarta Minujínのパルテノン(。。。私はこれにあまり魅力を感じなかった)の近くにある教会のドアが開いていたので入ると、ドクメンタとは関係のない展示で、そのシンプルで美しいインスタレーションは心地よく、美術を見せると言う事についてあれこれ考えさせられた。

車中消化の悪そうなサンドウィッチを食べながら夜中に帰宅。

私の中でドクメンタ14の消化はまだ出来ていない。



見た作品の中で気に入った作品の一部


George Hadjimichalis

Amar Kanwar

Bill Viola







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マインツ




















用事を済ませてから街散策。
マインツは活版印刷の発明者ヨハネス・グーテンベルクの出身地だ。
ぶどう棚の木漏れ日が美しい店で腹ごしらえを(昔風の感じの良い店だったが食事については特記するべきことは無かった)した後、聖ステファン教会に向かった。
シャガールのステンドグラスが自慢の教会で街並みを見下ろす高みに建っている。
教会に入ると青が基調のステンドグラスを通り抜けて差し込む光が青に染まっているのが美しかった。
マインツまで来るとワイン畑が広がる高低のある景色のせいか、見渡す限り平坦な私の住むあたりとは随分と様子が違って、ちょっとした旅行気分が味わえた。

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27度
晴れ
週末に向けて30度、28度、31度と夏らしく、来週はぐっと21度に下がるという予報。





















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