ここ何回か私のリーダー育成論について、簡単に述べてまいりました。
要は、相手のよいところを引き出せればよいわけですが、それには「褒めて育てる」といったやり方がもっとも効果があると思っています。
このあたりの詳細は拙著『リーダー感覚』をお読みください。
ただ、相手のよいところを見るといっても、自分の行動原理と異なる人を理解するのはなかなか難しいことだと思います。
しかも、自分が好かない行動原理をとる相手だと、話をしていていやになることもあるでしょう。
そういうときは、相手の行動理解の一助として『行動分析の手引』をお読みいただければと思います。
この人はこういう行動の癖があるのかと、眼から鱗が落ちた気がするかもしれませんよ。
『行動分析の手引』はL研ブックストアにて販売しております。なお、こちらはe-bookです。
さて、話はかわりますが、最近民主党の小沢さんがピンチです。まあ、小沢さんがとうなろうと、私はファンでもなんでもないのでどうでもいいのですが、民主党の支持者はたいへんでしょう。
ところで、この話題をだしたのは、戦況というのはエラーによって変わるということを言いたかったからです。
もう十年近く前に出した本ですが、『先見力訓練法』の「第二章 対立の構図 第1節 対立の形勢を判断する」の中で、私は「エラー」という項を書いています。
「予期せぬエラーも攪乱要因となる。十分持久力があり、負けるはずのないときでも、人間はエラーする。それによって状況ががらっと変わってしまうことがある。
というよりも、現実はエラーだらけといってよいかもしれない。
エラーによって、状況は二転、三転、コロコロ動く。エラーをいかに抑えるかというのは大事なことだ」
このエラーについて、最近、元横浜ベイスターズ監督の権藤博さんがおもしろいことを日経新聞に書いています。
権藤さんによると、エラーで点をとられると、どうもいけないのだそうです。
「点をとられたら取り返してやろうと思うが、エラーで失点するとなかなか反発する気がでない。この仮説は経験的にかなり妥当だと思っている」
その感じ、なんとなくわかりますね。
自分が失敗したら、あのときはこうすれば良かったなどと思って、うじうじ考え込み、心がなかなか前向きにならない。
また、仲間がエラーすると、「なんで、こんなことをやるんだ」とつい思い、攻撃心にブレーキがかかる。そんな感じではないでしょうか。
組織でも内輪もめしていると、エネルギーが内部抗争に吸い取られて、外に向かっていかないものです。
ですから、エラーというのはなかなか厄介です。民主党も、ご多分に漏れず、最近はさっぱり意気があがりませんから。
しかし、先見力訓練法でも書いたように、冷静になればエラーはお互い犯すものだとわかります。検察だって、エラーするかもしれません。
完璧なんてことは実社会ではありえない。どうせ、今度は相手がエラーする。そのときまで我慢して頑張るぞと思えばいいのです。
これ、民主党に対して言っているのではありません。エラーをしているかもしれない、読者のかたに言っているのです。
まあ、めげないことです。心を外に向けることですね。
それにしても、マスコミというのはおかしいと思いますよ。
あの「政府筋」ってなんですかねえ。「政府筋が何々と言った」という記事。
オフレコだから記事に名前を出せないらしいのですが、名前を出せないようなら言うな。また、そんなのは軽々に記事にするなと言いたい。書くなら、はっきり誰が言ったと書け。
大新聞やテレビ局はそうは思わないんでしょうか。
私だって、資料を引用したときは、出所何々と書きますよ。それがなかったら信憑性、信頼性がないではないか。ただの風説だと言われたってしかたない。
そういうことを天下の大新聞や放送局が平気でやっているのには首をかしげます。
オフレコが悪いのは、名前を出さないで記事を書かせて、都合の悪いことがあっても知らんぷりをすること。ですから、世論操作するには最高の手段となるわけです。
先進国の新聞や放送局で、こんなへんな記事の書きかたや放映をするところってあるんでしょうかねえ。
要は、相手のよいところを引き出せればよいわけですが、それには「褒めて育てる」といったやり方がもっとも効果があると思っています。
このあたりの詳細は拙著『リーダー感覚』をお読みください。
ただ、相手のよいところを見るといっても、自分の行動原理と異なる人を理解するのはなかなか難しいことだと思います。
しかも、自分が好かない行動原理をとる相手だと、話をしていていやになることもあるでしょう。
そういうときは、相手の行動理解の一助として『行動分析の手引』をお読みいただければと思います。
この人はこういう行動の癖があるのかと、眼から鱗が落ちた気がするかもしれませんよ。
『行動分析の手引』はL研ブックストアにて販売しております。なお、こちらはe-bookです。
さて、話はかわりますが、最近民主党の小沢さんがピンチです。まあ、小沢さんがとうなろうと、私はファンでもなんでもないのでどうでもいいのですが、民主党の支持者はたいへんでしょう。
ところで、この話題をだしたのは、戦況というのはエラーによって変わるということを言いたかったからです。
もう十年近く前に出した本ですが、『先見力訓練法』の「第二章 対立の構図 第1節 対立の形勢を判断する」の中で、私は「エラー」という項を書いています。
「予期せぬエラーも攪乱要因となる。十分持久力があり、負けるはずのないときでも、人間はエラーする。それによって状況ががらっと変わってしまうことがある。
というよりも、現実はエラーだらけといってよいかもしれない。
エラーによって、状況は二転、三転、コロコロ動く。エラーをいかに抑えるかというのは大事なことだ」
このエラーについて、最近、元横浜ベイスターズ監督の権藤博さんがおもしろいことを日経新聞に書いています。
権藤さんによると、エラーで点をとられると、どうもいけないのだそうです。
「点をとられたら取り返してやろうと思うが、エラーで失点するとなかなか反発する気がでない。この仮説は経験的にかなり妥当だと思っている」
その感じ、なんとなくわかりますね。
自分が失敗したら、あのときはこうすれば良かったなどと思って、うじうじ考え込み、心がなかなか前向きにならない。
また、仲間がエラーすると、「なんで、こんなことをやるんだ」とつい思い、攻撃心にブレーキがかかる。そんな感じではないでしょうか。
組織でも内輪もめしていると、エネルギーが内部抗争に吸い取られて、外に向かっていかないものです。
ですから、エラーというのはなかなか厄介です。民主党も、ご多分に漏れず、最近はさっぱり意気があがりませんから。
しかし、先見力訓練法でも書いたように、冷静になればエラーはお互い犯すものだとわかります。検察だって、エラーするかもしれません。
完璧なんてことは実社会ではありえない。どうせ、今度は相手がエラーする。そのときまで我慢して頑張るぞと思えばいいのです。
これ、民主党に対して言っているのではありません。エラーをしているかもしれない、読者のかたに言っているのです。
まあ、めげないことです。心を外に向けることですね。
それにしても、マスコミというのはおかしいと思いますよ。
あの「政府筋」ってなんですかねえ。「政府筋が何々と言った」という記事。
オフレコだから記事に名前を出せないらしいのですが、名前を出せないようなら言うな。また、そんなのは軽々に記事にするなと言いたい。書くなら、はっきり誰が言ったと書け。
大新聞やテレビ局はそうは思わないんでしょうか。
私だって、資料を引用したときは、出所何々と書きますよ。それがなかったら信憑性、信頼性がないではないか。ただの風説だと言われたってしかたない。
そういうことを天下の大新聞や放送局が平気でやっているのには首をかしげます。
オフレコが悪いのは、名前を出さないで記事を書かせて、都合の悪いことがあっても知らんぷりをすること。ですから、世論操作するには最高の手段となるわけです。
先進国の新聞や放送局で、こんなへんな記事の書きかたや放映をするところってあるんでしょうかねえ。
全く変ですよね~、名前を出さないために「政府筋」と言っているのに
暗に大体誰が発言した分かってしまう点も変です
こういう習慣があるから、海外と対等に交渉できないんですよ。
そうですよ。誰か分からなくして、でもあとで分かっちゃうというのも、へんですよ~。
まったく、この国の仕組みときたら旧態依然でわけがわかりません。
記者クラブという制度とも関係するのでしょうか?