このブログでも時々触れておりますが、私の趣味というか勉強の対象のひとつが整体なんです。
整体といっても、いまでは実にいろいろな流派がありますが、元祖は野口晴哉という人です。
昭和18年から19年ころですが、当時の多くの療術と呼ばれる民間療法の人たちが集まって、整体操法制定委員会というのをつくりました。
このまとめ役が野口晴哉で、のちの社団法人整体協会の創始者です。また、「整体」という言葉はこのころ造られた言葉です。ですから整体という言葉自体は意外に新しい浅いのです。
だいたい療術使いというのは一子相伝といいまして、他派に術を漏らしたりしない。門外不出なのだそうです。それぞれがお山の大将で、「何とかの技」をもっていると喧伝していたわけです。
このあたりは、武術の世界と似ていますね。
ところが、戦争で若手がどんどん徴集されたものだから、各派とも後継者がいなくなってきたのです。
それで、技術の伝承が途絶えることを恐れた療術家たちが、仕方なくまとまったということのようです。
整体操法制定委員会では、各派の技術を集めてテストしました。それで、誰が行っても効果がある技術だけを選んで整体操法として組み立てたわけです。
野口晴哉著『整体入門』(ちくま文庫)によると、野中豪策という人は「皮膚病一切奇妙」と命名した術をもっていて、それを整体操法の中に取り入れろとしきりに言っていたのだそうです。
名前自体が妙なものですよね。しかも、あらゆる皮膚病にきくと野中さんは主張するわけです。ニキビでもソバカスでもチョウでも瘍(よう)でも、水虫でも回虫でも治るという。
この術というのは恥骨をある方法で押えるのです。野口晴哉先生もさすがに、信じられなかったようです。しかし、豪策先生があまりにしつこくいうので、それならテストしてみようということになりました。
すると、各地で「効いた」という声が続々と寄せられてくるわけです。水虫なんかには特によいようです。
そこで、晴哉先生も仕方なく「効かない方がよい」と思いながらやってみると、実によく効くのだそうです。それで「残念ながら」特殊操法として取り入れたのだそうです。
あえてこのことやその方法を「整体入門」に書いているところを見ると、よほど効果があるのでしょう。しかし、いまではやっている人は少ないかもしれません。恥骨に触れるので、セクハラとか厄介なことになることを整体師が恐れているのかもしれません。
親しい人に水虫の人がいたら、やってみようかな。どうせなら女性の方がいいか。しかし、水虫美人とあまり親しくしたいとも思いませんが。
さて、この「整体入門」で、野口晴哉は「人間には体のなかに生きたい『要求』がある」といっています。この場合の要求とは、意識的な要求とか大脳的な欲求ではないそうです。
その根本にあるのは、「種族保存の要求、成長の要求、自由行動の要求」であるといいます。そして、このことは人間だけでなく、すべての動物はこの要求を果たすべく、その運動系を駆使して活発に働きづづける、としています。
ただ、人間の場合、二足歩行をすることで直立するようになりました。すると、腰に非常に負担がかかるようになるわけです。腰が姿勢の要になったわけです。これは犬や猫などの四足動物との大きな違いです。
しかも、人間の場合、腰骨の重心のかかり方が違うというのです。腰骨、正確には腰椎といいますが、これは5つあります。
どの腰椎に重心がかかるか、人によって多様だというのです。このあたりは、人間が生物として、二足歩行を完成させていないためかもしれません。
ともかく、人によってどの腰椎にかかるかかなり違うのが観察できます。しかも、重心のかかり方の違いが、単に行動の特性(速さとか)だけでなく、性格にもかかわってくると野口晴哉は発見したわけです。
たとえば、腰椎の1番上の骨――これを腰椎1番と読んでいます――に重心がかかりやすい人は、頭を常に働かせやすいタイプです。将棋棋士のチャンピオン羽生さんは、明らかにこのタイプでしょうね。将棋棋士にはわりと多いようです。
そういう人を類型化して分析していくと、行動の癖や、性格の特徴がこと細かに分かってくるわけです。しかも、どんな病気に罹りやすいかもわかってきたのです。
野口晴哉については、世間ではまだあまり知られておりませんが、おそらく今世紀中には大思想家として評価されると私は思っています。
このような思想や発見をリーダーは使わない手はないと思いますね。単に人を使うためのツールとしてではなく、人間の理解としてです。
先ほど述べた動物としての「種族保存の要求、成長の要求、自由行動の要求」あたりは、部下の指導においては特に大事でしょう。
組織のなかで、どのような仲間意識をつくるか、成長の機会を与えるか、行動の自由度を与えるか」といったことです。
これらのことをよく考えて、いろいろな制度や仕組みを設計しないといけないと思います。
こじつけと思われるかもしれませんが、私が道州制に賛成するのもそういうことと関係しています。特に行動の自由ですね。中央が金を集めてそれを地方に分配する。これは自由行動の要求を大きく阻害し、やる気を失わせます。
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整体といっても、いまでは実にいろいろな流派がありますが、元祖は野口晴哉という人です。
昭和18年から19年ころですが、当時の多くの療術と呼ばれる民間療法の人たちが集まって、整体操法制定委員会というのをつくりました。
このまとめ役が野口晴哉で、のちの社団法人整体協会の創始者です。また、「整体」という言葉はこのころ造られた言葉です。ですから整体という言葉自体は意外に新しい浅いのです。
だいたい療術使いというのは一子相伝といいまして、他派に術を漏らしたりしない。門外不出なのだそうです。それぞれがお山の大将で、「何とかの技」をもっていると喧伝していたわけです。
このあたりは、武術の世界と似ていますね。
ところが、戦争で若手がどんどん徴集されたものだから、各派とも後継者がいなくなってきたのです。
それで、技術の伝承が途絶えることを恐れた療術家たちが、仕方なくまとまったということのようです。
整体操法制定委員会では、各派の技術を集めてテストしました。それで、誰が行っても効果がある技術だけを選んで整体操法として組み立てたわけです。
野口晴哉著『整体入門』(ちくま文庫)によると、野中豪策という人は「皮膚病一切奇妙」と命名した術をもっていて、それを整体操法の中に取り入れろとしきりに言っていたのだそうです。
名前自体が妙なものですよね。しかも、あらゆる皮膚病にきくと野中さんは主張するわけです。ニキビでもソバカスでもチョウでも瘍(よう)でも、水虫でも回虫でも治るという。
この術というのは恥骨をある方法で押えるのです。野口晴哉先生もさすがに、信じられなかったようです。しかし、豪策先生があまりにしつこくいうので、それならテストしてみようということになりました。
すると、各地で「効いた」という声が続々と寄せられてくるわけです。水虫なんかには特によいようです。
そこで、晴哉先生も仕方なく「効かない方がよい」と思いながらやってみると、実によく効くのだそうです。それで「残念ながら」特殊操法として取り入れたのだそうです。
あえてこのことやその方法を「整体入門」に書いているところを見ると、よほど効果があるのでしょう。しかし、いまではやっている人は少ないかもしれません。恥骨に触れるので、セクハラとか厄介なことになることを整体師が恐れているのかもしれません。
親しい人に水虫の人がいたら、やってみようかな。どうせなら女性の方がいいか。しかし、水虫美人とあまり親しくしたいとも思いませんが。
さて、この「整体入門」で、野口晴哉は「人間には体のなかに生きたい『要求』がある」といっています。この場合の要求とは、意識的な要求とか大脳的な欲求ではないそうです。
その根本にあるのは、「種族保存の要求、成長の要求、自由行動の要求」であるといいます。そして、このことは人間だけでなく、すべての動物はこの要求を果たすべく、その運動系を駆使して活発に働きづづける、としています。
ただ、人間の場合、二足歩行をすることで直立するようになりました。すると、腰に非常に負担がかかるようになるわけです。腰が姿勢の要になったわけです。これは犬や猫などの四足動物との大きな違いです。
しかも、人間の場合、腰骨の重心のかかり方が違うというのです。腰骨、正確には腰椎といいますが、これは5つあります。
どの腰椎に重心がかかるか、人によって多様だというのです。このあたりは、人間が生物として、二足歩行を完成させていないためかもしれません。
ともかく、人によってどの腰椎にかかるかかなり違うのが観察できます。しかも、重心のかかり方の違いが、単に行動の特性(速さとか)だけでなく、性格にもかかわってくると野口晴哉は発見したわけです。
たとえば、腰椎の1番上の骨――これを腰椎1番と読んでいます――に重心がかかりやすい人は、頭を常に働かせやすいタイプです。将棋棋士のチャンピオン羽生さんは、明らかにこのタイプでしょうね。将棋棋士にはわりと多いようです。
そういう人を類型化して分析していくと、行動の癖や、性格の特徴がこと細かに分かってくるわけです。しかも、どんな病気に罹りやすいかもわかってきたのです。
野口晴哉については、世間ではまだあまり知られておりませんが、おそらく今世紀中には大思想家として評価されると私は思っています。
このような思想や発見をリーダーは使わない手はないと思いますね。単に人を使うためのツールとしてではなく、人間の理解としてです。
先ほど述べた動物としての「種族保存の要求、成長の要求、自由行動の要求」あたりは、部下の指導においては特に大事でしょう。
組織のなかで、どのような仲間意識をつくるか、成長の機会を与えるか、行動の自由度を与えるか」といったことです。
これらのことをよく考えて、いろいろな制度や仕組みを設計しないといけないと思います。
こじつけと思われるかもしれませんが、私が道州制に賛成するのもそういうことと関係しています。特に行動の自由ですね。中央が金を集めてそれを地方に分配する。これは自由行動の要求を大きく阻害し、やる気を失わせます。
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