故郷の幕末史

ふるさとの讃岐に誇りを。
気づいたことや、発見したことを幕末史に限らず書いていこうとおもいます

今日はどんど焼き

2013年01月15日 15時52分51秒 | 日記

昨日からの強風は5時にはすっかり治まっていた。だから6時ごろから歩きに、今日は丸亀の蓮池公園に、暗くても数人がすでに歩いていた。中には若い人も、仕事前の歩きだろうか?7時20分頃には帰宅して、朝食後は近くの氏神様へどんど焼きのために正月のしめ縄なんぞを持って行った。いつもはほとんど人影もないのだが今日は賑やか、久しぶりの同級生にもあった。

で、これは神社入り口の橋。寄進者は久留島修平である。この久留島修平は江戸時代からの庄屋に生まれ村上水軍の末裔だとか?香川県が愛媛県時代の明治12年から14年まで愛媛県議会議員も務め、明治30年発行の「日本博覧図」に掲載され屋敷は『讃岐国那珂郡郡家村字三条 久留島修平邸宅図』として豪邸が紹介されている。また、修平は郡家町大林の円山派の絵師大西雪渓の筆塚を寄贈している。三条町には日吉神社という氏神様があり、そこには数基の燈籠や石碑には久留島の文字が数多くみられる。しかし、明治末期には家継が途絶え久留島家は廃絶となった。丸亀市三条町黒島の地名は久留島家からのだろうか?

 

今日の相田みつをは、親は子供を見ているつもりでも、子供だって親を見ている。綺麗な真白い心で、だから・・・。

 

って事で、今日はこの辺で、じゃ~またネ