サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

ルッドラムで大艱難が小艱難に

2017-03-07 16:00:13 | 日記
 皆さんはやがて太古よりの永遠の法、すなわち、世界のすべての人々のためにヴェーダに定められているダルマ(正義)が、正当で本来の地位に着くという事を目にするでしょう。人々を私の方に引き寄せ、私の神聖な力と能力を顕示することによって人々を惹きつけるだけでなく、ヴェーダのダルマを復興することもサイが決意したことなのです。
それはマーヤ迷いでも何でもではありません。
それは真理を護り、非真理を根こそぎにしてやっつけるので、その勝利を見たあなた方すべてが、我を忘れて大喜びする事でしょう。
これはサイの神聖な意志なのです。1968/5/17

ポニョ:この前、シヴァラトリの特集を三回ほど連載した時に、サイババさんの御言葉を探していたら上記のような言葉を見つけたぜよ。とても驚くような事を言われているので、びっくらこいたぜよ。

ヨシオ:この御言葉は以前紹介しなかったか?

ポニョ:おいらの忘れっぽい記憶ではしていないぜよ。

ヨシオ:良い御言葉は何度紹介しても良いけれど、確かにとても大事な事を言っておられるな。ダルマを復興する為に人々を私の方に引き寄せ、私の神聖な力と能力を顕示することによって人々を惹きつけると言っておられるけれど、これはまさに俺たちがこのブログで発信して来ているように、サイババさんが世界中の空に現れて世界中の人々が「神様って本当にいたんや。ああ驚いた!今からサイババさんに会いに行こうぜ」と言って世界中の人々がサイババさんに殺到するんやろな。

ポニョ:本当に空に現れたら誰でもびっくらこくぜよ。それだけではなく、一人ひとりの心の中に直接話しかけられるって言っておられたぜよ。おいらはそっちの方がもっと大きな奇跡やなって思っているんや。だってサイババさんの御言葉ってその人の良心の囁きと同じやろ。そのいつも無視している良心の囁きを、獣から生まれ変わったばかりで、良心の囁きなんて聞けないような獣性を多く持っている人でも、しっかりと聞く事が出来るって大きな奇跡やぜよ。

ヨシオ:確かにそうやな。その後、サイババさんは、それはマーヤではありませんよ。本当に起こっているのですよ。私が空に現れて、あなたに直接話しかけていますが、これは夢でも何でもありませんよ。と言っておられるんや。

ポニョ:大空に、死んだはずだよお富さんであるサイババさんが現れて自分に直接話しかけて来たら誰でも「これは夢か幻か、それとも寝ぼけているのか、いや、マリファナや麻薬のせいか?」なんて思っちゃうぜよ。

ヨシオ:ドラッグをやっている人は、絶対にこれは幻覚やと思い込んでしまうやろな。その後、「真理を護り、非真理を根こそぎに引き抜いてやっつけるので、その勝利を見たあなた方すべてが、我を忘れて大喜びする事でしょう。」と言っておられるけれど、ここまではっきりと御講話で将来に起こる事を予言された事って少ないよな。

ポニョ:サイババさんが大空に現れれば、支配層の連中の悪巧みなんてぶっ飛んでしまうぜよ。嬉しカルカル。でもその前に大艱難がやって来るんや。でないと人々は神さんを求めないぜよ。昔、まだサイババさんの事を知らなかった時に、池田から亀岡街道を抜けて亀岡によく通ったんや。

ヨシオ:保津峡でカヌーで川下りをしたんやろ。

ポニョ:週末になるとしょっちゅう下りに行ったぜよ。また川下りをした後に行った亀岡のうどん屋さんが言葉に出来ないくらい美味しいんやぜよ。亀岡に行くのはカヌーよりもそっちの方がメインになったぐらいなんや。そして夏は暑くて冬は寒い亀岡と言えば、あの有名な霊能力者、出口王三郎の大本教の本部があるやろ。大本教については本で読んだりして知っているだけやったから、一度寄ってみようかなと思って大本教の本殿にバイクで乗りつけたんや。すると本殿でバジャンのような事をやっておられたな。とても静かで平安で立派な本殿やったぜよ。

ヨシオ:静かで平安なバジャンをやっている本殿にバイクで乗りつけたら、エンジンの音がうるさくて迷惑やないか。ところで大本教の話やうどん屋の話と、サイババさんが再び降臨される話と何の関係があるんや。

ポニョ:それそれ、その大本教の出口王三郎も

一切万事知らぬ事なき人こそは弥勒の神の化身なりけり

小弥勒次々名乗り上げにつつ綾の高天(たかま)に集まり来たらむ

ありとある国のことごと小弥勒現れ地上を新たに守らむ

青山は枯れ山なして蒼生(たみくさ)の悩まむ時ぞ現る弥勒よ


(出口王仁三郎全集第二巻p507から引用)

と予言しているんや。つまり小弥勒ってサイババさんのような大元の神の前に現れて露払いや、神の化身のお仕事のお手伝いをされる聖者や悟った霊能力者の事やけれど、重要なメッセージはこの小弥勒の事ではなく、

青山は枯れ山なして蒼生(たみくさ)の悩まむ時ぞ現る弥勒よ

という部分なんや。つまり聖者や覚者、霊能力者が現れるけれど、本物の大元の神が神の化身つまり、弥勒が現れるのは、「青山は枯れ山なして蒼生(たみくさ)の悩まむ時ぞ」つまり、全ての人々が山々が燃え尽きてしまうくらいの大艱難を体験した時だと言っているんや。つまりおいら達がいつも言っている事と同じ事を出口王三郎も予言しているんやぜよ。

ヨシオ:以前イスラム教創始者のモハメッド、正しくはムハンマドさんが、サイババさんが再降臨されるという衝撃的な予言を紹介したけれど、確かに皆、同じ様な事を予言されているな。

ポニョ:サイババさんが再降臨されるまでに大艱難がやって来るからと言って、それをただ座して待つのではなく、毎日ルッドラムを唱えれば、サイババさんが言っておられるように世界平和に貢献出来るんやぜよ。

ヨシオ:つまり、大艱難が小艱難になるんやな。本当にしょうかんなん?

ポニョ:人が真剣な話をしているのに、出来損ないのダジャレなんて言わないでくれますか?ルッドラムは確かにヴェーダの中で一番強力な波動を持っているから、世界の邪悪な波動を正すのにピッタシカンカンなんやぜよ。サイババさんはエーカーダシャ ルッドラ パーラーヤナをやる事は「これこそまさに、世界の平和と調和にとって必要とされていることです」っておっしゃったって、この前言ってたやないか。

ヨシオ:俺たち夫婦もサイババさんがルッドラムを唱えなさいと言われて以来、一日も欠かさずにルッドラムを朝晩唱えているけれど、それまで雑やったバイブレーションがスーッと波が引くように静かになって行く事を感じれるんや。

ポニョ:でも言葉の意味を知った上でルッドラムを唱えると更に効果が大きいぜよ。先日、ヴェーダやマントラの日本語訳を公開している人のブログを紹介したよな。あれから時間があれば詳しく日本語訳を見ているけれど、訳された人は本当に時間をかけて努力されているのが分かるぜよ。

ヨシオ:サイババさんは、世界平和の為にルッドラムを世界中に広めて行くのを意思されたんや。その為には先ず、サンスクリット語の基礎的な知識を知らなければいけないと言われたんや。だから俺はインドに行って分厚いサンスクリット語の辞書を買ったり、サンスクリット語を自習出来る本を買ったりしているんや。

ポニョ:でもサンスクリット語の特徴である、上に横線が入ったインドの字はサンスクリット語よりずっと後になって作られた字やから、サンスクリット語の学習って自習本からよりも、先ずあんたがいつも言っているように、耳から入った方がええのんと違うんか。

ヨシオ:ポニョさんは良いところに気がつきましたね。確かにその通りで、いくらサンスクリット語の自習本で学んでもサンスクリット語の知識は深くなるかもしれないけれど、サンスクリット語の持っている神聖な波動を感じる事は出来ないんや。だって昔はサンスクリット語を文字から学ぶ人なんて誰もいなかったんや。全員耳から耳へ伝わって来たのがサンスクリット語なんや。だから本から学ぶよりもヴェーダをしっかり聞いて、その神聖な霊的波動を感じる方がええんやろな。文法などはゆっくりと学んで行けば良いけれど、サイババさんが言われたように、サンスクリット語の基礎的な知識を知る為に、先ず一つひとつの単語の意味を知るって事はとても大事なんや。だからポニョが紹介してくれたヴェーダで使われている言葉を一つひとつ日本語に訳されているサイトは本当に役に立つよな。

ポニョ:日本に生まれて、これだけ深くインド文化のエッセンスであるヴェーダを紹介するって、やはり何度考えてもこの人は前世はインド人やったんやぜよ。

ヨシオ:前世がインド人であった日本生まれの人って俺の周りには結構いるけどな。星やんや俺、そして俺のお袋も妹も、みんな前世はインド人やったけどな。

ポニョ:元インド人家族ですか。確かあんたの嫁さんも元インド人やったって言ってたよな。どおりで寒さに弱いはずやぜよ。そういや青やんも前世はシルディの帰依者でシルディババの伝記を書こうとしていたって言ってたぜよ。

ヨシオ:星やんも次の生はマイソールで生まれ変わって、プレマサイババの仕事をするらしいしな。

ポニョ:星やんがまたマイソールで生まれ変わったら、どんなインド人になって生まれ変わるか見たいよな。楽しみ、楽しみ。そういや今生の星やんって、出口王三郎に顔が似てなかったか?

音声は、ヴェーダの核心そのものです。
音声は調和とメロディーに関連しています。
ですからヴェーダは聞かなければなりません。
それは、分析したり、判断したり、評論をしたりすべきものではありません。
ヴェーダに耳を傾ければ法悦が得られます。
そのため、ヴェーダはシュルティ(聴かれたもの)と呼ばれています。
ですから、単にヴェーダの詠唱に耳を傾けるだけでも、神意識が生まれ、聞くものに至福がもたらされます。
こうして得られた至福は、その人の言葉や行為となって表れて、周囲に至福が広がります。


















































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