http://bccks.jp/bcck/121362/info
Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」五部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
http://bccks.jp/store/114521
ヨシオ:人の心の中に、その人の良心として、純粋な愛としておられる無相の神さんが、俺たちのように肉体をとってこの世に降臨されているのが神の化身サイババさんや。
だから、サイババさんをダルシャンで見ることって、自分の良心、つまり本当の自分自身を見ている事なんや。
ポニョ:そうか。普段、欲望やエゴなどで心を汚していて、自分の良心の声なんか聞こえない人もサイババさんの御姿を見て、サイババさんと話し、その講話を読むってことは本当の真理そのものである自分自身、良心の声に向き合うって事なんやな。
ヨシオ:だから、この世にいろんな人がいて、サイババさんについていろんなことを言っているけれど、それはその人が普段どれくらい自分の良心に向かい合って生きているかが反映してるんや。
ポニョ:ということはサイババさんの事を正しく知るって事は、本当の自分自身に向き合う事やからとても大事なんや。
ヨシオ:こんな事をサイババさんが言ってられた。
“君は自分の時間も私自身の時間も無駄にしている。自分の父を尊敬せず、父に乱暴な口をきくと、君がここに来ても二人の(私との)時間を無駄にするという問題が起こるのだ。”
ヨシオ:この世に何も偶然はないんや。サイババさんが本当に神の化身で、しかも自分自身の良心であるって事を確信を持って生きている人は、サイババさんのテストを受けても決してその帰依の心はぶれないんや。たとえババからインタビューを呼ばれなかっても無視されても全然影響はされないんや。
だってサイババさんが自分を無視するのは、自分の為に良かれと愛の心でババがしておられるのを知っているから。
例えば、そういう悟った人は、肉体のババではなく、遍在のババをあなたの内に見つけなさい。という事を自分に分からす為にサイババさんが自分を無視されているって知っているんや。
ポニョ:おいらの知り合いも、いつも肉体のババからいろいろと指示をもらわないと動かない帰依者やったけど、ババにいつまであんたは小学生のレベルに留まっているんやって言われていたな。
ヨシオ:ババが帰依者の人たちに課されるテストである、その人の手紙を取らなかったり、無視したり、インタビューに呼ばれなかったりする事は、今ポニョが言ったみたいに、無視する事によってメッセージを伝えておられるんや。もちろん人によって違うけど、いろんなメッセージがあるな。
でも、その人が自分の良心の声を普段からどれぐらい無視したり、軽視したりしているかという事を知らしめるというメッセージが多いな。
ポニョ:つまり、自分がどれくらい自分自身の良心の声に向き合って行きているかによって、ダルシャンでのサイババさんのその人に対する態度の違いが出てくるんやな。それって面白いぜよ。
ヨシオ:ひどい場合には、六回以上もババに会いにインドに通っている方がいるけれど、いつ行ってもちょうどその時に、ババがアシュラムにいなくて一回もサイババさんに会えないという人を知ってるで。
ポニョ:それはちょっと酷いな。そういや、以前、若かりし頃のババが、昔の事やから遠いところ苦労してアシュラムまでやって来た人に対して、ずっと首を垂れたまま話されず、見向きもされず、その人が帰るまで無視されていた話があったな。
ヨシオ:その頃は、多くても五十人程しか人がいなかったから、そういう自分の良心を無視して自己中な人が来れば、ババも大変やろな。その人が如何に、普段の生活で自分自身の良心の声を無視した生活をされているかを、その人を無視することによって教示されてたんやろ。
ポニョ:そういや昔、ババがある地方都市で講演された際に、「将来この同じ場所で、私はある人を皆さんの前で正すのを見る事でしょう。」と言われたことがあったぜよ。それから、何年も経って、以前よりも、もっともっと多くの人達が集まっている大きな集会で、ババは、その集会に来ていた来賓の人が演説し終えてから、「今、皆さんに対して理想的な生活をしなさいと立派な事を言って演説された人は、その人自身、自分が言った事から全く程遠い生活をしています。」と言って懲らしめられた事があったな。
ヨシオ:怖いよなそれって。その人のメンツ丸潰れやな。
俺たちがこの世に生まれ変わって来たのは、前世で自分の良心の声に逆らって生きて、正しい行為をせず、過ちを犯して神様の試験に落っこちたからなんや。
だから、この世に生まれ変わって生きている人は、誰一人例外なく、何か欠点や悪い性癖を持っていて当たり前なんや。だから、ババがこの世に来て、いつも遊んでおられるけれど、少し淋しさも感じておられるのは、この世にいる全ての人がエゴや、欲望などによって程度の違いがあるとはいえ、自分の良心である神さんを無視している事なんや。
ポニョ:そうか、それでいつも寂しそうなんや。そういや、ババが若い頃に、いつも一緒に遊び、結婚する相手まで見つけて世話をされ、その上結婚式でババがコンサートまでされたヴィジャヤクマーリさんに、「君は結婚したら僕の事を忘れてしまうやろね。」と寂しそうに言われた事があったな。
ヨシオ:ババは、「君たちが神を求めてここに来ているけれど、実は神が本当の帰依者を探しているんだよ。」と言われたことがある。この世に降臨されている限り、ババにとっても、エゴや欲望などが無い帰依者なんていないから、アヴァターが本当の帰依者を捜すって蜃気楼を追っているようなものなんかもしれんな。この世のどこにも、神が求めているような真の帰依者何ていないのかもしれん。もしいたら、その人は神様と一緒のレベルに達してるから、この世に来られないやろ。
ポニョ:それに帰依者側から見ても、神と合一するには、世俗的なものへの欲望を無くし、自分という自我意識を無くしていけないから、終着点に着くまで常に苦しい旅が待っているんや。
ヨシオ:神様も、帰依者がいなかったら存在しない二元論の片割れを演じておられるから、帰依者も神様も、この世がある限り、そのもう一つの片割れと一緒になって創造主ブラフマン、つまり全ては唯一つの「私」であると悟るまで、帰依者は神さんを求めて、涙を流し、神様も叶わぬ夢である真の帰依者を見つけようとして、寂しい思いをする振りをされるんやろな。
僕の子供よ。あなたがくれた手紙は、僕を幸せの海へ突き落として溺れさせたんだよ。
そして、その幸せの海の上を僕はこうしてまだ浮かんだままなんだ。
でも僕のハートは、僕自身の涙の中に沈んでしまったままで、ペンを動かすことも出来ず手は便箋の上で止まったままなんだ。
特に、チルマルラオさん達がここに来た頃のことが懐かしくって…。
だって、みんな僕一人をおいて帰ってしまうんだもの…それが、寂しくて僕はとても傷ついてるんだよ。
ヨシオ:今さっき、ポニョが言ったヴィジャヤクマーリさんの結婚式での話やけど、そのあとこんな展開になったんやで。
サイババさんは、花嫁さんを祝福するために手をその花嫁の頭の上に置かれたんや。
そして、花嫁を送り出す時に両親が泣くように、声を震わしてすすり泣きをされたんや。
ババのそういう、心から本当の両親のように帰依者を愛しているシーンを目の当たりにして、そばにいた花嫁のお母さんを始め、親戚一同、友人たちも含めて、みんな感激して泣き崩れたんや。
そして皆が大声で泣き崩れるのを確認してから、ババは、花嫁さんのお母さんに、「あなたが嫁に行くのでは無いのに、どうしてそんなに泣いてるの?」と笑いながらふざけるようにして聞かれたんや。
ポニョ:なんや、あの寂しそうな手紙やそぶりはやっぱり演技やったんか。
めちゃパーフェクトな役者やな。びっくりこくぜよ。
ジーンと来て損した気分や。こんな話を聞いたら、なんか人生を真剣に悩むのがアホらしく思えてきたな。もう何があってもくよくよしないで楽しく生きよっと。
ヨシオ:実はこの世は、神さんが自分が遊ぶために創られたお遊び場なんや。人生にどんな苦しいことや辛いことがあっても、それは元はと言えば、過去生で自分が蒔いたタネが芽を出し、それが大きく育って今生で刈り取っているだけなんや。
全てはなるべくしてなっているだけなんや。
だからいつも何があっても、あたふたせず、楽しく人生を送りましょう。
それに、この世に偶然なんて無いんや。
人は死ぬことを恐れるけど、実は死んで魂が帰って行くあちらの世界が本当の自分の故郷で、こちらの世界は、ちょっと旅に出てウロウロと物見遊山がてらに過去生のカルマを支払いに来ているようなものなんや。
だから、この生で何が人生に起ころうと、いつも幸せに生きて、ニコニコ顔が似合う人になりましょう。
サイババさんの事を人は大元の神さんと呼ぶ人がいるけれど、この世界を創造される前に、至福に満ちた「私」しかいなかった時に自分で自分を二つに分けて、神さんとそれを慕う帰依者を創造し、神さんを追い求める帰依者と、それを探し出している神さんの二つの役を担って遊んでおられるのがサイババさんなんや。
だから、サイババさんの事を大元の神さんって言うんや。
でも、俺がこんな風にサイババさんの秘密をスノーデンみたいに世の中にバラし過ぎると、「お前はわしの事をペラペラ喋りすぎや。こっちにもうええから早く帰って来い。」と言って以前、宇宙の創造の秘密を暴露した、ベントフさんみたいに命を吸い取られかねないので、ボスの秘密を暴露するのはこの程度にしとくわ。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/1ed8a170fbfb92b0da889fcebc0ca7ae
http://tkajimura.blogspot.jp/2014/06/blog-post_19.html
ポニョ:あんたも、あんまり神さんの秘密をバラしたら、地球に住めるパスポートを剥奪されるで。でも神さんってホンマにパーフェクトな俳優やな。人を騙して喜んでいるやんちゃ坊主みたいや。
演技ばっかりして、この世にいる全ての人を騙してばかりしてたらあかんデミー賞をあげるわ。
“神は宇宙の舞台監督であり、脚本家であり、俳優です。
神はあなたの姿をとって演じてさえいるのです。
神は批判する者であり、批判される者です。神は泣く者であり、泣かせる者でもあるのです。
それらが神の本質ならば、一体誰が神について何か断言できるような事を言えるのでしょうか。23/11/87
この世という舞台には、様々な登場人物がいます。
人々は、それぞれの役割をきちんと演じることを学ばねばなりません。
監督である神の指示通りに従った時にのみ、その、演技を完成させることが出来ます。
人生という劇において、登場人物が神の指示に背いてなす行為は何であれ、その人を価値のないものにし、孤独にさせます。
エゴと執着という二つの要因が、人が監督の指示に背かすのです。PD32”
“朝、目を覚ました時、至高の神によってあなたに割り当てられた役割りを演じる舞台劇に登場した、と思いなさい。
その役を上手く演じて神に褒められるように祈りなさい。
夜、眠りに着く時は、舞台を降りて自分の演ずる役割の衣装を着たまま楽屋に居ると思いなさい。なぜなら、おそらくあなたの役は未だ終わっていないので、衣装を脱ぐことを許されていないからです。
おそらく、あなたはまた翌朝舞台に立たねばならないでしょう。
何も心配はありません。彼の意思に従いなさい。
彼はすべてを知っています。
彼が劇を書いたのです。
そして、彼は劇がどのように終わるのか、どのように続いて行くのかを知っています。
あなたはただ、与えられた役割を演じて退出すれば良いのです。OCSp12”
Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」五部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
http://bccks.jp/store/114521
ヨシオ:人の心の中に、その人の良心として、純粋な愛としておられる無相の神さんが、俺たちのように肉体をとってこの世に降臨されているのが神の化身サイババさんや。
だから、サイババさんをダルシャンで見ることって、自分の良心、つまり本当の自分自身を見ている事なんや。
ポニョ:そうか。普段、欲望やエゴなどで心を汚していて、自分の良心の声なんか聞こえない人もサイババさんの御姿を見て、サイババさんと話し、その講話を読むってことは本当の真理そのものである自分自身、良心の声に向き合うって事なんやな。
ヨシオ:だから、この世にいろんな人がいて、サイババさんについていろんなことを言っているけれど、それはその人が普段どれくらい自分の良心に向かい合って生きているかが反映してるんや。
ポニョ:ということはサイババさんの事を正しく知るって事は、本当の自分自身に向き合う事やからとても大事なんや。
ヨシオ:こんな事をサイババさんが言ってられた。
“君は自分の時間も私自身の時間も無駄にしている。自分の父を尊敬せず、父に乱暴な口をきくと、君がここに来ても二人の(私との)時間を無駄にするという問題が起こるのだ。”
ヨシオ:この世に何も偶然はないんや。サイババさんが本当に神の化身で、しかも自分自身の良心であるって事を確信を持って生きている人は、サイババさんのテストを受けても決してその帰依の心はぶれないんや。たとえババからインタビューを呼ばれなかっても無視されても全然影響はされないんや。
だってサイババさんが自分を無視するのは、自分の為に良かれと愛の心でババがしておられるのを知っているから。
例えば、そういう悟った人は、肉体のババではなく、遍在のババをあなたの内に見つけなさい。という事を自分に分からす為にサイババさんが自分を無視されているって知っているんや。
ポニョ:おいらの知り合いも、いつも肉体のババからいろいろと指示をもらわないと動かない帰依者やったけど、ババにいつまであんたは小学生のレベルに留まっているんやって言われていたな。
ヨシオ:ババが帰依者の人たちに課されるテストである、その人の手紙を取らなかったり、無視したり、インタビューに呼ばれなかったりする事は、今ポニョが言ったみたいに、無視する事によってメッセージを伝えておられるんや。もちろん人によって違うけど、いろんなメッセージがあるな。
でも、その人が自分の良心の声を普段からどれぐらい無視したり、軽視したりしているかという事を知らしめるというメッセージが多いな。
ポニョ:つまり、自分がどれくらい自分自身の良心の声に向き合って行きているかによって、ダルシャンでのサイババさんのその人に対する態度の違いが出てくるんやな。それって面白いぜよ。
ヨシオ:ひどい場合には、六回以上もババに会いにインドに通っている方がいるけれど、いつ行ってもちょうどその時に、ババがアシュラムにいなくて一回もサイババさんに会えないという人を知ってるで。
ポニョ:それはちょっと酷いな。そういや、以前、若かりし頃のババが、昔の事やから遠いところ苦労してアシュラムまでやって来た人に対して、ずっと首を垂れたまま話されず、見向きもされず、その人が帰るまで無視されていた話があったな。
ヨシオ:その頃は、多くても五十人程しか人がいなかったから、そういう自分の良心を無視して自己中な人が来れば、ババも大変やろな。その人が如何に、普段の生活で自分自身の良心の声を無視した生活をされているかを、その人を無視することによって教示されてたんやろ。
ポニョ:そういや昔、ババがある地方都市で講演された際に、「将来この同じ場所で、私はある人を皆さんの前で正すのを見る事でしょう。」と言われたことがあったぜよ。それから、何年も経って、以前よりも、もっともっと多くの人達が集まっている大きな集会で、ババは、その集会に来ていた来賓の人が演説し終えてから、「今、皆さんに対して理想的な生活をしなさいと立派な事を言って演説された人は、その人自身、自分が言った事から全く程遠い生活をしています。」と言って懲らしめられた事があったな。
ヨシオ:怖いよなそれって。その人のメンツ丸潰れやな。
俺たちがこの世に生まれ変わって来たのは、前世で自分の良心の声に逆らって生きて、正しい行為をせず、過ちを犯して神様の試験に落っこちたからなんや。
だから、この世に生まれ変わって生きている人は、誰一人例外なく、何か欠点や悪い性癖を持っていて当たり前なんや。だから、ババがこの世に来て、いつも遊んでおられるけれど、少し淋しさも感じておられるのは、この世にいる全ての人がエゴや、欲望などによって程度の違いがあるとはいえ、自分の良心である神さんを無視している事なんや。
ポニョ:そうか、それでいつも寂しそうなんや。そういや、ババが若い頃に、いつも一緒に遊び、結婚する相手まで見つけて世話をされ、その上結婚式でババがコンサートまでされたヴィジャヤクマーリさんに、「君は結婚したら僕の事を忘れてしまうやろね。」と寂しそうに言われた事があったな。
ヨシオ:ババは、「君たちが神を求めてここに来ているけれど、実は神が本当の帰依者を探しているんだよ。」と言われたことがある。この世に降臨されている限り、ババにとっても、エゴや欲望などが無い帰依者なんていないから、アヴァターが本当の帰依者を捜すって蜃気楼を追っているようなものなんかもしれんな。この世のどこにも、神が求めているような真の帰依者何ていないのかもしれん。もしいたら、その人は神様と一緒のレベルに達してるから、この世に来られないやろ。
ポニョ:それに帰依者側から見ても、神と合一するには、世俗的なものへの欲望を無くし、自分という自我意識を無くしていけないから、終着点に着くまで常に苦しい旅が待っているんや。
ヨシオ:神様も、帰依者がいなかったら存在しない二元論の片割れを演じておられるから、帰依者も神様も、この世がある限り、そのもう一つの片割れと一緒になって創造主ブラフマン、つまり全ては唯一つの「私」であると悟るまで、帰依者は神さんを求めて、涙を流し、神様も叶わぬ夢である真の帰依者を見つけようとして、寂しい思いをする振りをされるんやろな。
僕の子供よ。あなたがくれた手紙は、僕を幸せの海へ突き落として溺れさせたんだよ。
そして、その幸せの海の上を僕はこうしてまだ浮かんだままなんだ。
でも僕のハートは、僕自身の涙の中に沈んでしまったままで、ペンを動かすことも出来ず手は便箋の上で止まったままなんだ。
特に、チルマルラオさん達がここに来た頃のことが懐かしくって…。
だって、みんな僕一人をおいて帰ってしまうんだもの…それが、寂しくて僕はとても傷ついてるんだよ。
ヨシオ:今さっき、ポニョが言ったヴィジャヤクマーリさんの結婚式での話やけど、そのあとこんな展開になったんやで。
サイババさんは、花嫁さんを祝福するために手をその花嫁の頭の上に置かれたんや。
そして、花嫁を送り出す時に両親が泣くように、声を震わしてすすり泣きをされたんや。
ババのそういう、心から本当の両親のように帰依者を愛しているシーンを目の当たりにして、そばにいた花嫁のお母さんを始め、親戚一同、友人たちも含めて、みんな感激して泣き崩れたんや。
そして皆が大声で泣き崩れるのを確認してから、ババは、花嫁さんのお母さんに、「あなたが嫁に行くのでは無いのに、どうしてそんなに泣いてるの?」と笑いながらふざけるようにして聞かれたんや。
ポニョ:なんや、あの寂しそうな手紙やそぶりはやっぱり演技やったんか。
めちゃパーフェクトな役者やな。びっくりこくぜよ。
ジーンと来て損した気分や。こんな話を聞いたら、なんか人生を真剣に悩むのがアホらしく思えてきたな。もう何があってもくよくよしないで楽しく生きよっと。
ヨシオ:実はこの世は、神さんが自分が遊ぶために創られたお遊び場なんや。人生にどんな苦しいことや辛いことがあっても、それは元はと言えば、過去生で自分が蒔いたタネが芽を出し、それが大きく育って今生で刈り取っているだけなんや。
全てはなるべくしてなっているだけなんや。
だからいつも何があっても、あたふたせず、楽しく人生を送りましょう。
それに、この世に偶然なんて無いんや。
人は死ぬことを恐れるけど、実は死んで魂が帰って行くあちらの世界が本当の自分の故郷で、こちらの世界は、ちょっと旅に出てウロウロと物見遊山がてらに過去生のカルマを支払いに来ているようなものなんや。
だから、この生で何が人生に起ころうと、いつも幸せに生きて、ニコニコ顔が似合う人になりましょう。
サイババさんの事を人は大元の神さんと呼ぶ人がいるけれど、この世界を創造される前に、至福に満ちた「私」しかいなかった時に自分で自分を二つに分けて、神さんとそれを慕う帰依者を創造し、神さんを追い求める帰依者と、それを探し出している神さんの二つの役を担って遊んでおられるのがサイババさんなんや。
だから、サイババさんの事を大元の神さんって言うんや。
でも、俺がこんな風にサイババさんの秘密をスノーデンみたいに世の中にバラし過ぎると、「お前はわしの事をペラペラ喋りすぎや。こっちにもうええから早く帰って来い。」と言って以前、宇宙の創造の秘密を暴露した、ベントフさんみたいに命を吸い取られかねないので、ボスの秘密を暴露するのはこの程度にしとくわ。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/1ed8a170fbfb92b0da889fcebc0ca7ae
http://tkajimura.blogspot.jp/2014/06/blog-post_19.html
ポニョ:あんたも、あんまり神さんの秘密をバラしたら、地球に住めるパスポートを剥奪されるで。でも神さんってホンマにパーフェクトな俳優やな。人を騙して喜んでいるやんちゃ坊主みたいや。
演技ばっかりして、この世にいる全ての人を騙してばかりしてたらあかんデミー賞をあげるわ。
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神はあなたの姿をとって演じてさえいるのです。
神は批判する者であり、批判される者です。神は泣く者であり、泣かせる者でもあるのです。
それらが神の本質ならば、一体誰が神について何か断言できるような事を言えるのでしょうか。23/11/87
この世という舞台には、様々な登場人物がいます。
人々は、それぞれの役割をきちんと演じることを学ばねばなりません。
監督である神の指示通りに従った時にのみ、その、演技を完成させることが出来ます。
人生という劇において、登場人物が神の指示に背いてなす行為は何であれ、その人を価値のないものにし、孤独にさせます。
エゴと執着という二つの要因が、人が監督の指示に背かすのです。PD32”
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夜、眠りに着く時は、舞台を降りて自分の演ずる役割の衣装を着たまま楽屋に居ると思いなさい。なぜなら、おそらくあなたの役は未だ終わっていないので、衣装を脱ぐことを許されていないからです。
おそらく、あなたはまた翌朝舞台に立たねばならないでしょう。
何も心配はありません。彼の意思に従いなさい。
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そして、彼は劇がどのように終わるのか、どのように続いて行くのかを知っています。
あなたはただ、与えられた役割を演じて退出すれば良いのです。OCSp12”