二、漢方薬
16.下駄隠し
アパートの本館の西側で子どもたちは集まって、それぞれ話を楽しんでいる。
「あっ、雄二、新品の靴はいっているやん」
「そうや、もっと早く新しいのにしたかったんやけど、雨ふっとたからなあー」
「雨ふってきたら、靴抱いて裸足で歩いたらよかったのに」
「そんなアホなあー。なんのために靴はくかわからへんやん」
「ひさしぶりに、地面濡れてへんから、下駄隠しせえへんか」
幸江がみんなに呼びかけた。
「うん、するする」
幸江が鬼を決めることになる。
参加する者は靴を片方、幸江の前に並べる。
そして、幸江は左端の靴の上に指をおき歌いはじめる。
「♪下駄かくし、ちゅうねんぼう。
はしりの下のねずみは草履をくわえてちゅちゅくちゅう。
ちゅくちゅく饅頭はだれがくた。
だれも食わない、わしがくた。
表の看板、三味線屋うらからまわて三軒目」
歌詞を一文字歌うごとに、指をひとつ動かす。
おしまいの言葉でとまった靴の持ち主には靴が手元に戻される。
最後まで残った靴の持ち主が鬼になる。
鬼を決めるためには、この歌を何回も歌うこととなる。
鉄ちゃんや吉坊は楽しそうに聴いている。そして一緒に歌いだす。
また、普通は一回で鬼を決める。その時は、最初に選ばれた靴の人が鬼になるのである。
雄二らはこの歌が好きで、歌いたいからと、最後まで残った靴の持ち主が鬼となった。
鬼は幸江になった。
ほかの子どもたちは、靴をかくし終わるとけんけんをして幸江を待つ。
池山は靴底の泥を、ぽんぽんと叩いて、ズボンの後ろのポケットにはさんだ。
雄二は、池山はいい隠し場所を見つけたなとうらやましく思った。
「百!」
幸江の声だった。
雄二は、隠せなかったけど、見つかってはたいへんと思い、けんけんをした。
でも、両方の足に靴をはいているのは、やっぱり雄二だけだった。
幸江は、この中で最上級生だけあって、雄二と池山の靴以外はすぐに見つけた。
池山が見つからないのは仕方ないけど、隠すのを忘れたぼくが見つからないのは、吹き出しそうになるほどおかしかった。
恭子が池山の靴の隠し場所を見つけ、吉坊に教えている。
二人も笑いを押し殺している。
「なぁ、二人とも、隠す場所の範囲、ちゃんと守っている? 遠い所は」
「わかっているって、アパートの敷地内だよ」
池山はドングリみたいな顔を揺らした。みんなも笑った。
「雄二も、そうか」
「そんなもんや」
「ものすごく近くよ」
恭子は幸江にヒントを出した。
「いらんこと言うな」
池山はすかさず注意する。
「ほんま。隠せるような所、みんな探したと思うけど」
「すぐ近くだよ」
と他の子どもたちはヒントを出す。
「いらんこと言わなくてもええのに」
池山は迷惑そうな顔をした。
「あー、あー。わからん、わからん」
幸江は何回もおなじ場所を調べる。
「幸江ちゃん、もう降参した方がええで」
「いやよ。なんか、おかしいな。みんな、変に笑うし」
「そうか」
と言いながら、池山は幸江に背中を見られないように、ピョンピョンと跳びはねて方向をかえる。
鬼の幸江に靴を見つけられないようにしているのである。
だいぶ幸江は歩いて、本館の共同炊事場の所まで来た。雄二らも幸江の後ろについて行く。でも、けんけんなので、なかなか追いつかない。
「恭子ちゃん、やっぱり、ここから遠いところ」
幸江は恭子にヒントを求めた。
「近く、ものすごく近く」
「いらんこと言うなよ」
池山はむくれている。
幸江は顎に手をおいて考えこんだ。
「さっきも、近く、今も近く、これは……」
顎から手が離れると、幸江は大きな声で、
「池山! 後ろ、見せてみいー」
と命令した。
「知らんな」
池山は必死に跳びはねる。
「わかった。背中に隠しているな」
そう言うと全速力で池山の背中側に回った。
「池山、見つけた」
幸江の足は、雄二よりも早い。池山は発見されて、悔しそうであるが、これだけ手こずらせたので、満足そうでもあった。
「雄二もそうやろ」
幸江は雄二の後ろに行く。
池田の肩をもち、雄二は右足を前に出した。池田は雄二の顔を見て、表情がくずれた。
「背中にないな」
幸江は不思議そうだ。
みんなが笑った。腕組みをして考える幸江。それから幸江は手を打って、お腹をかかえて笑った。
「ああー、雄二、靴はいたまんまやないの」
「灯台もと暗しや」
池山も大笑いした。
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]