一、出会い
2.十字架のイエズス
幸江は二人が座っている長椅子の前に立っていて、
「このおじさん、引っ越して来はったんや。ここのアパートの人や」
と楽しそうに教えてくれた。
ジョンさんは喜んで、「そうです。私もここの住人です」と胸をはっていた。
ジョンさんは昨日越してきたらしい。外国人がアパートに越してくるなんて、はじめてのことで、とても珍しいことなので、噂になっていたそうだ。
雄二は扁桃腺炎で寝込んでいたので 何も知らなかった。犬と同じ名前だなんて、失礼だからどうしょうかと管理人さんは困っていたらしい。それを聞いた、ジョンさんはそんなことは気にしないと宣言した。
おかげでどうやら、犬のジョンは名前を変えられずにすんだ。
「ジョンさんは、京都大学の大学院の留学生なんよ。日本の文化を研究してはんのんよ」
幸江は、うしろで手を組んで、腰をトントンと叩きながらうれしそうだ。
「京大の大学院って、ジョンさん、頭ええんやな」雄二はジョンさんを見直してしまった。ジョンさんは、プロレスラーみたいに体がすごいだけじゃないんだなあーと思った。
ジョンさんは照れながら、「頭よくない、変な外国人」金髪の頭をかいていた。雄二は熊丸出しだと思った。それだけ、迫力があった。そして、ジョンさんという人はとても謙虚な人であった。
「私の国、アメリカ。大きな国。でも、私、日本好き。京都好き、京都の古い歴史好き」
ジョンさんはまるで夢を見ているようだ。
「せせこましい、京都なんか好きなんか」
雄二はあきれた。二、三年前に終わったテレビ番組の『ローハイド』のファンだったのでそう思った。そのドラマは、広大なアメリカを舞台にしていた。
ジョンさんはがっかりした様子で、「そう、私、変な外国人……」ぼそぼそと話しており、最後は聞き取り辛かった。手はあつあつの焼き芋を半分にしているような動作だった。
雄二はこんなポロ・アパートに住むなんて、何を考えているのだろう? 物好きだなと思った。
幸江はそんなジョンさんを見て質問する。
「ジョンさん、聖護院(しょうごいん)の所に留学生の寮があるやろ、きれいな五階建てのが」
「私もそこにいました。けれど、日本人の中で生活したい。人の中に神様見いだすものだから。文化も同じですし……」
雄二は変なことを言うなぁと思った。人の中に神様なんておるわけないやろに、神様ちゅうもんは、神社におるもんやろになあー。それで、「人の中に神様を見いだす……。外国人には神様おらんのか」と質問した。
ジョンさんは笑顔で自信ありげに、「います。私、カトリック教徒。今度教会へつれてってあげます」と胸を張っている。
珍しい物好きの雄二は興味津々だった。
京都には外国人が多い。観光目的で来る人や、また京都には大学がたくさんあって留学生がいる。しかし、雄二が話した外国人はジョンさんがはじめてだった。
その中で印象に残った言葉は『人の中に神様見いだす』、そんなことを言う人も雄二にとっては、はじめてだった。
雄二はジョンさんに招かれて、ジョンさんの部屋に行った。みかん箱が一つあり、その上に電球のスタンドがあったが、家具は一つもない。しかし、寂しい感じはしなかった。なぜなら、ジョンさんの部屋には絵が貼ってあったのだ。
「これが、私の神様です」
ジョンさんは宝物を見せるように話した。ジョンさんと同様にその男も髭をはやしている。
「この人の名前、イエズス・キリストと言います。私の一番尊敬している人です。愛の人です。神は愛です。だから、日本好きなら日本人の中に住みます。人の中に神様見いだすのです。これ、見てください」
ジョンさんは後ろの絵を振りかえって指さした。木材に張り付けられた男の人が苦しそうだ。
雄二は立ち上がり、なめるように絵をみて、「これ、張り付けにされているのとちゃうんか」とジョンさんにくってかかった。
「そうです」
ジョンさんは微笑んでいた。
雄二は眉間に皺をつくってつぶやいた。
「こんなむごい絵、よく飾って、ご飯たべられるな」
目を細めてジョンさんを見た。雄二の目は、いわゆる疑惑の目というやつであった。
「むごいです。でも、愛を持って生きることは苦しいことです。だから、私に勇気をくださいます」そう言い終わると、また、うっとりしている。
「こんな絵を見て、勇気をだすのか」雄二はあきれている。
幸江がジュースを持ってきた。「これ、ジョンさんにもらったの」幸江は雄二に絵葉書を見せた。
「そうです。この人は聖母マリアという人です」
「ジョンさん、聖書、雄二にも教えてあげてよ」
「そうですね……」ジョンさんは思案顔であった。
「そうしないと、この張り付け獄門にされたおじさんのこと、わからへんしね」
幸江はさも知っているように話した。
「はい、今度、聖書をもらってきます。雄二にもあげます」
ジョンさんは約束してくれた。
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