「増田俊男の感性の言葉」
わが輩は何度も増田俊男さんの話を聞いたり話したりしているが、今回の「感性の言葉」は誠に時代の趨勢を的確に分析している。
物質文明の終焉とこれからの新たなる文明創りを考えてみたい。
以下、要約する。
⇒
エジプト、メソポタミア、インダス、黄河で人類の文明が発祥してから1971年までの世界経済は「本物経済」であった。
取引は「物々交換」であり「現金取引」が基本であった。
アメリカは第一次大戦で日本を含む戦勝国と敗戦国ドイツの双方に資金と武器を供給し、戦後世界最大の債権国となった。一方イギリスは戦禍のため財政危機に陥り、パックス・ブリタニカ(イギリス主導の世界)の座を去ることになった。第二次大戦後アメリカは唯一戦禍なき戦勝国となり経済疲弊したヨーロッパと日本、アジアに資金援助を与え戦後の世界復興を主導した。1オンス35ドルで金とドルの交換を保証することで米ドルは世界の基軸通貨となりアメリカは世界経済の中心的存在となった。正に名実ともにパックス・アメリカーナの時代を築いたのであった。ところが1971年8月15日、ニクソン米大統領は突然「米ドルと金との交換制を廃止」したのである。これが歴史に残る「ニクソン・ショック」である。金と米ドルとの交換制廃止前のアメリカは新たに創造した富の裏付け無しに新たに米ドルを発行することは許されなかった。1971年前の日本は池田勇人首相が「所得倍増計画」(1960年から10年間で所得を倍増する)を発表し、「右肩上がり」の経済成長(最高名目16%)と共に国民所得は増大していた。ニクソン・ショック後のアメリカは日本や西ドイツの供給力(モノ造り)の増大化を見ると一転して消費大国、金融立国を目指し始め、「無駄は美徳なり」をスローガンに国民に借金による生活水準の向上を求めた。
アメリカは「誰でも億万長者になれる」「不動産価格は上がり続け下がることはない」「株価は土地と同様下がることはない」「経済は何時までも成長し続ける」・・・と自信に満ちた「強いアメリカ」を演出したのであった。ニクソン・ショック後の日本では田中角栄首相が「列島改造論」(1972年)を打ちだし日本経済もアメリカ同様「土地神話」の基に不動産ブームになろうとしていた。
ニクソン・ショック後の世界経済はアメリカに習い楽観的経済成長予測の基に国家は国債を乱発、国民は借金を膨らませながら贅沢を求め、1991年と2001年の例に見られるようにバブルとバブル崩壊を繰り返しながらついに2007年末からの大不況に至ったのである。ニクソン・ショック前の真水の経済成長と以後のバブル型経済成長の大きな違いは、ショック前は経済成長と共に国民所得が伸びたがショック後は経済規模は拡大したが所得は伸びず失業率が上昇している。もう一つ大きな違いはショック前は健全な経済成長に必要な安価で豊富なエネルギー源、原材料・資源、それに経済効率を高め、所得増を保証する「イノベーション」(発明、発見、改革、改良)があった。1971年のニクソン・ショックまでにアメリカも世界もこうした健全な経済成長を保証する「果実」を使い果たしていた。以後今日までこれと言ったイノベーションもなく、1974年のオイルショックに見られるようにエネルギー・コスト、原材料費高騰、そのしわ寄せが所得低迷とレイ・オフ等による失業率上昇と高止まりとなった。今後どう見ても、かつての自動車や飛行機に匹敵する発明(イノベーション)は期待できないから、特に先進国の持続的経済成長の望みは無くなった。
今後、先進国は中国などの新興国の経済成長で支えられるとは言え、やがて新興国も先進国の運命に従う。今や世界経済の成長の歴史は終わったと見るべきである。
人は何億円もする高級マンションを目指すことを止め、赤とんぼを肩に夕陽の中で自ら丹精して作った野菜を満足げに眺める自分を夢見るだろう。
人は乱立する高層ビルのない自然の中で農民、モノ造り、商人たちが仲良く暮らす社会を想像し始めるだろう。これから人類は、欲と言う名の重い荷物を背負って数千年かけて登りつめた頂上から今度は身軽になって下り始める。
まだ世界が頂を目指している今、すでに日本は麓を目指して帰り支度をしている。何時の日か世界が「伊勢神宮詣」をする時が来るだろう。
これからの政治、経済、文化、哲学は180度変わらねばならない。
今はまだ人々に新しい世界の流れが見えないから世界の政治も経済も大混乱を起こしている。これから起きること、変わること、成すべき事を一生懸命書いた。
わが輩は何度も増田俊男さんの話を聞いたり話したりしているが、今回の「感性の言葉」は誠に時代の趨勢を的確に分析している。
物質文明の終焉とこれからの新たなる文明創りを考えてみたい。
以下、要約する。
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エジプト、メソポタミア、インダス、黄河で人類の文明が発祥してから1971年までの世界経済は「本物経済」であった。
取引は「物々交換」であり「現金取引」が基本であった。
アメリカは第一次大戦で日本を含む戦勝国と敗戦国ドイツの双方に資金と武器を供給し、戦後世界最大の債権国となった。一方イギリスは戦禍のため財政危機に陥り、パックス・ブリタニカ(イギリス主導の世界)の座を去ることになった。第二次大戦後アメリカは唯一戦禍なき戦勝国となり経済疲弊したヨーロッパと日本、アジアに資金援助を与え戦後の世界復興を主導した。1オンス35ドルで金とドルの交換を保証することで米ドルは世界の基軸通貨となりアメリカは世界経済の中心的存在となった。正に名実ともにパックス・アメリカーナの時代を築いたのであった。ところが1971年8月15日、ニクソン米大統領は突然「米ドルと金との交換制を廃止」したのである。これが歴史に残る「ニクソン・ショック」である。金と米ドルとの交換制廃止前のアメリカは新たに創造した富の裏付け無しに新たに米ドルを発行することは許されなかった。1971年前の日本は池田勇人首相が「所得倍増計画」(1960年から10年間で所得を倍増する)を発表し、「右肩上がり」の経済成長(最高名目16%)と共に国民所得は増大していた。ニクソン・ショック後のアメリカは日本や西ドイツの供給力(モノ造り)の増大化を見ると一転して消費大国、金融立国を目指し始め、「無駄は美徳なり」をスローガンに国民に借金による生活水準の向上を求めた。
アメリカは「誰でも億万長者になれる」「不動産価格は上がり続け下がることはない」「株価は土地と同様下がることはない」「経済は何時までも成長し続ける」・・・と自信に満ちた「強いアメリカ」を演出したのであった。ニクソン・ショック後の日本では田中角栄首相が「列島改造論」(1972年)を打ちだし日本経済もアメリカ同様「土地神話」の基に不動産ブームになろうとしていた。
ニクソン・ショック後の世界経済はアメリカに習い楽観的経済成長予測の基に国家は国債を乱発、国民は借金を膨らませながら贅沢を求め、1991年と2001年の例に見られるようにバブルとバブル崩壊を繰り返しながらついに2007年末からの大不況に至ったのである。ニクソン・ショック前の真水の経済成長と以後のバブル型経済成長の大きな違いは、ショック前は経済成長と共に国民所得が伸びたがショック後は経済規模は拡大したが所得は伸びず失業率が上昇している。もう一つ大きな違いはショック前は健全な経済成長に必要な安価で豊富なエネルギー源、原材料・資源、それに経済効率を高め、所得増を保証する「イノベーション」(発明、発見、改革、改良)があった。1971年のニクソン・ショックまでにアメリカも世界もこうした健全な経済成長を保証する「果実」を使い果たしていた。以後今日までこれと言ったイノベーションもなく、1974年のオイルショックに見られるようにエネルギー・コスト、原材料費高騰、そのしわ寄せが所得低迷とレイ・オフ等による失業率上昇と高止まりとなった。今後どう見ても、かつての自動車や飛行機に匹敵する発明(イノベーション)は期待できないから、特に先進国の持続的経済成長の望みは無くなった。
今後、先進国は中国などの新興国の経済成長で支えられるとは言え、やがて新興国も先進国の運命に従う。今や世界経済の成長の歴史は終わったと見るべきである。
人は何億円もする高級マンションを目指すことを止め、赤とんぼを肩に夕陽の中で自ら丹精して作った野菜を満足げに眺める自分を夢見るだろう。
人は乱立する高層ビルのない自然の中で農民、モノ造り、商人たちが仲良く暮らす社会を想像し始めるだろう。これから人類は、欲と言う名の重い荷物を背負って数千年かけて登りつめた頂上から今度は身軽になって下り始める。
まだ世界が頂を目指している今、すでに日本は麓を目指して帰り支度をしている。何時の日か世界が「伊勢神宮詣」をする時が来るだろう。
これからの政治、経済、文化、哲学は180度変わらねばならない。
今はまだ人々に新しい世界の流れが見えないから世界の政治も経済も大混乱を起こしている。これから起きること、変わること、成すべき事を一生懸命書いた。