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視点・論点 「私の提言・自殺対策」

2010年05月09日 | スクラップ

NHKオンラインより 
2010年04月02日 (金) 
理化学研究所 脳科学総合研究センター 加藤忠史



 

我が国では、昨年も自殺者が3万人を超えてしまいました。亡くなる方の40人に1人以上が自殺ということになります。家族を自殺により失った方々は、300万人にも上ると推定されます。
 

2006年に自殺対策基本法ができ、政府が対策を進めていることは、大変心強いことです。しかし、国際比較では、日本の自殺率は、リトアニア、ベラルーシなどに続いて、世界第8位です。いくら不況でも、経済大国のこの国で、世界で8番目に経済状態が悪いとは、とうてい考えられません。国中が活気に満ちていたあのバブル時代ですら、自殺が2万人を下回ったことはないのです。もちろん、派遣切りや多重債務で、死ぬしかないと追い詰められている人たちを助けることも大切ですが、自殺がこんなに多いのは、決して経済問題のせいだけではありません。自殺対策には、こうした社会的対策だけでなく、もっと長期的、根本的な対策が必要です。


最近の自殺実態白書で、自殺者の約半数がうつ状態にあり、うつ状態が自殺の最大の要因であることが明らかにされています。また、どんな職場でも、長期に仕事を休んでいる人といえば、高血圧でも糖尿病でもなく、うつ病です。病気が社会に与える影響として、がんに次いで大きな要因が、うつ病なのです。


うつ病は、生物、心理、社会、の3つの要因により発症する病気です。心理・社会的対策と合わせて、生物学的な研究も進めていかねばなりません。


これまで、我が国では、厚生労働省によって精神障害者の福祉対策が進められてきました。そのおかげで、病気になった方々が福祉の恩恵を受けられるのは、本当にありがたいことで、ぜひこれからも続けて欲しいと思います。しかし、こうした援助に加え、病気を治し、予防するために、その原因を解明する研究も必要です。うつ病の生物学的な研究は、厚生労働省の社会福祉対策と文部科学省の基礎研究の狭間で取り残されているのが現状なのです。うつ状態を引き起こす主な病気は、うつ病だけではありません。


うつ病と双極性障害、すなわち躁うつ病と呼ばれてきた病気、の2つがあります。この2つは、治療も経過も原因も、使う薬も、全く異なるのですが、うつ状態の症状だけでは区別ができません。うつ状態で受診された方の病歴をうかがって、気分が高揚して眠らずに活動し続けるような躁状態になったことがあれば双極性障害、躁状態がなければうつ病、と診断するのです。

しかし、ほとんどの患者さんは躁状態を病気とは自覚していませんので、問診に頼った診断では、どうしても不確実な点が残ります。そして、双極性障害の患者さんが抗うつ薬を処方すると、かえって悪くなり、いらいらして攻撃的になったりするのです。厚生労働省は、双極性障害の方に抗うつ薬を処方するのは慎重にして下さい、と注意しているのですが、初めてのうつ状態の場合は、防ぎようがありません。


内科や外科では、検査で直接病変を調べて診断し、原因にあった治療を選びますが、うつ病や双極性障害では、研究が進んでいないため、今のところ、症状で薬を選ぶしかありません。


脳科学がこれだけ進歩した現代、このままでよい訳がありません。精神疾患も、他のからだの病気と同じように、症状の原因となっている臓器、すなわち脳を検査して、診断できるようにしないといけません。最近、光トポグラフィーという検査のことが話題になっていますが、これは、話の内容や、表情の観察に加えて、考えている時の脳の血液量の変化を調べることで、問診による診断の精度を高めようというものです。この方法では、原因となっている脳の病変を直接調べることはできません。


さて、うつ病や双極性障害の原因がどこまでわかっているか、ご説明したいと思います。うつ病に抗うつ薬が有効であることは、50年以上前に偶然発見されました。抗うつ薬は、セロトニンという神経伝達物質を増やす作用がありますが、原因に合わせて薬を開発した訳ではなくて、逆に、こうした薬が効くなら、うつ病の原因はセロトニンではなかろうか、と考えられたのです。しかし、薬を飲めばセロトニンはすぐ増えるはずなのに、抗うつ薬を飲んでから効果が出始めるのには2週間、すっかり治るには2、3ヶ月という大変長い時間がかかります。治るまでこんなに時間がかかるのは、うつ病が単なるセロトニン欠乏症ではないことを示しています。研究の結果、抗うつ薬を長期にのむと、BDNFという、神経細胞の突起を延ばす物質が増えることが重要である、と考えられるようになりました。おそらく、うつ病では、神経細胞の突起が縮んだりしていて、BDNFを増やす薬を飲むと、神経細胞の突起が回復して治るのだろう、と考えられています。 


これはまだ仮説に過ぎませんので、動物実験や、亡くなった方の脳を調べて、確認する必要があります。ここ数年で、生きた動物の脳内の神経細胞を顕微鏡で観察する技術が急速に進歩して、理研脳センターにも、こうした技術で研究するチームが増えてきましたので、こうした基礎研究が進めば、いずれは、気分の変化に伴って、神経細胞の形が変化するかどうかを動物で調べられるようになると思います。


一方、私たちは、双極性障害を伴うことのある遺伝病の原因となる遺伝子異常を持つマウスを作って、周期的に活動量が変化して、双極性障害に有効なリチウムという薬でこれがよくなることを観察しました。ただし、今のところ、抗うつ薬を与えない限り、自発的な躁状態は見られていません。私たちは、これが、実験用の大人しいマウスだからかも知れない、と考えました。そこで、30年前に三島で捕獲されて、実験に使えるように、交配を繰り返し、ゲノムを解析した野生由来のマウスを、理研バイオリソースセンターからもらいうけて、これと掛け合わせたら躁状態がでるかどうかを調べているところです。


そして、このマウスの脳に、どのような異常が起きているのかを今調べていますので、何年かすれば、このマウスの脳の病変が明らかにできると思っています。


このように、精神疾患の研究は多くの基礎研究によって支えられています。病気の研究は、研究の氷山の一角です。基礎研究という土台なしには、社会の役に立つ研究はできません。
さて、うつ病や双極性障害の解明はあと一歩、というところまで来たのですが、実は、目の前には、大きな壁が立ちはだかってます。


今盛んに行われている脳科学研究の中心は、動物実験と人の脳画像研究です。一方、患者さんの脳などを、分子、細胞のレベルで調べるような、精神疾患の生物学的な研究は、あまり推進されてこなかったのです。動物実験の結果を実際の患者さんに結びつけようにも、うつ病の生物学的な研究の体制は十分でなく、研究費もがんに比べると、2桁も少ないのが現状です。現在、大学病院では、診療に多くの力をそがれてしまっています。もっと教育と研究に集中できるように、大学病院に多くの研究者を配置したりして、精神疾患の研究を推進する必要があると思います。


今年、Natureの第1号の巻頭を、これからは、「精神疾患研究の10年」だ、という論説が飾りました。世界的にも、精神疾患研究の重要性の認識が高まっているのです。もう一つの大きな問題は、今の日本では、うつ病や双極性障害で亡くなった方の脳を直接調べる研究がほとんど行われていないことです。これでは、原因が解明できるはずはありません。亡くなった患者さんの脳を大切に保存して研究に役立てる、ブレインバンクのシステムが必要です。


これには、患者さんやご家族を始めとして、多くの方のご協力が必要です。ブレインバンクには、大変人手がかかります。患者さんにご説明して生前に登録してもらったり、亡くなった後にご遺族の方に説明したりするコーディネーターが必要ですし、解剖を行う病理学者、面接して正確な臨床診断を行う精神科医や心理士、脳を正確に切り分ける技術者など、本当に多くの人が関わる事業ですから、長期的に安定した経済的サポートが必要です。また、日本には、亡くなった方の臓器を研究に役立てることを定めた法律がないので、バイオバンク法のような法律を制定する必要もあると思います。

 

まとめますと、自殺の長期的・根本的な対策としては、脳科学を始めとする関連基礎科学研究の更なる推進に加えて、

1)
 厚生労働省による精神障害者の福祉対策と、文部科学省による脳科学基礎研究の挟間を埋める、精神疾患の生物学的研究の推進
2)
 そして、ブレインバンクの設立
この2つが必要です。

 

 

 

投稿者:管理人 | 投稿時間:23:34

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