パーフェクトワールド

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★つ○ピーだっておひとり様

2009-04-28 22:53:45 | ●エホバの証人考
す○っぷすま○ぷのつ○ピーが逮捕されたそうですね。

(つ○ぴーで検索したら宗教ブログだったら悲しいから伏せ字

その是非はともかくつ○ぴーはその夜

おひとり様

で飲んでいたらし~ですね。

「知人」「知人」と報道されていたので、どのくらい疎遠な友人と飲んでいたのかしら~と思っていたら、

飲み屋さんの店員さんだったらしく

それはさすがに「知人」だな~。

と納得。


そして「あのス○スマのつ○ピーでさえおひとり様な日もある!」という事実にいたく感動、勇気づけられました。

世の中にはおひとり様がつらいということで結婚してしまう人もいるんですからね。

そんなふうに気持ちが折れそうになったら

「つ○ぴーだっておひとり様」

と唱えてご自分を励まして欲しいです。


かくいうわたくしも最近「おひとり様恐怖」を克服しました。


克服方法は簡単。

おいしそうなレストランにいくつか目をつけ、そこで一人で食べるのを目標にすること。

一度、二度やるとなれてきて「おひとり様ってそんな特別なことでもないな」と思えるようになると

もうこの世に怖いものはなくなりますよ。


JWネタと関係ないじゃん?と思われるかもしれませんが、JWって結構「おひとり様」が厳しい世界なんですよ。

まず結婚してなければセッ○スはできませんし、外国ならカップルで呼ばれるお食事会にはまずよんでもらえません。

大会も「大会バディ」(大会に一緒に行ったり一緒に座ったり、お弁当を食べたりする事を申し合わせた兄弟姉妹)がいなければ

ぽつ~ん

と一人でかなり自分の存在を自分で持て余します。

もちろん毎日の集会でもおひとり様だと一人で来て誰とも話さないで一人で帰る。とか。

奉仕も一人

これはちょっときつかったです。

結局おひとり様に耐えられず結婚してしまいましたが、今あれは間違いだったと気づきました。ほほ。

JW現役のみなさんも同じ間違いをなさらないよう。

JWの外の社会はおひとり様でもすごく楽しいんですから!!!
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★ 回復までの時間

2009-04-13 20:04:18 | ●エホバの証人考
※この記事は2009年1月19日に書いたものです。


気づけば、JWの間違いに気づいた日から二年がたっていました。

感慨深い。

と同時に、

あれ?私今まで一体何してきたんだろう?


と二年というまとまった時間を前にふと考えてみると、

な~んにもしてないような。

っていうか後退したこともあるかも えへへ。


JWの間違いに気づいた2年前のあのころ、前ブログをみないまでも、めちゃくちゃ張り切ってたような気がします。

もう、呪縛が解けて何でも好きなことができるような。


しかし!

現実はそれから2年間、特になにも変わっていません。


もちろんその間、現実は厳しい

やりたいことをやるにもお金も時間もかかる。

とか、

そういう当たり前のことに気づいたのも、また必要な進歩だったのかもしれないのですよね。

とか、言ってみたり。


まあ、30年近くマイコンを受けてきたんだから、そう、ぱっとは転身できないよね~と思ってみたりしています。


さて、(破壊)カルトのマインドコントロールから目がさめた人が本当に社会復帰できるのにどれくらいかかるのか、というと、

前ブログでも一度書きましたが、大体10年くらい、

というのが、専門家の意見のようです。


日本のマインドコントロール研究の第一人者である西田公昭氏も著書の中で、10年かかると書いていました。


人によってそれぞれかもしれませんが、私の場合は脱JWから2年くらいになる頃に、やっと生きるということの「現実」味を感じ始めました。それまではあの辛いマイコンから解けて、そのラッキーさに浸ってましたから。

そしてこれも回復までのステップのうちの一つだと思っています。


一方で、ある権威※は、ある関係から立ち直るのは、ちょうどその「関係」に費やした時間の半分であると言っています。


みなさんにとってはどうでしょうか?


※セックス・アンド・ザ・シティー
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これからは脱JWも楽に進む時代?

2009-03-04 21:02:58 | ●エホバの証人考

ワットタワーさんのところで昔のJWはもっとちゃんとしてたんだけどな~というような記事がありましたね~。

最近はなにより開拓者の要求時間が、ぐっと減り以前の補助開拓レベルになったりしてるのに

いぜんと開拓者づらしてえばっているニュー世代開拓者などを見ると

やはり

むかつきます!


ところで西田 公明氏の「マインドコントロールとはなにか」(紀伊国屋書店)で興味深いところがあったので引用します。

(p132)「破壊カルトにおいて伝道活動、募金、修行、訪問販売など、その生活は非常に厳しいものが多い。

しかし厳しい入会儀式は彼らの組織に対する魅力を損ねるどころかかえっていっそう魅力を高めてしまう効果を持つのである。


(略) ある組織が集団の外部から見ると奇妙で風変わりなことをやっている場合も、集団の結束をはかるためにはかえってそのような奇妙なことが必要であるという側面があるのだ。」

以上引用終わり。


これを読んでなるほどなあ~~~と思いました。

20年、30年前の経験を語るブログで現役JWからの「今はそんなことはない」のコメントを見るたびにどうも抑えられない違和感~を感じていたのですが

その違和感の原因はこれかなと。


つまり2,30年前のJW社会は家庭を顧みず、特攻のような精神を要求されていて異常だったわけですけれども、だから団結があった。

それがイコール私(くらいの世代)にとってて「エホバの証人」だったわけです。


外国(特に北アメリカ方面)に行った日本のJWが、向こうのJWはだらしないと憤る気持ちになってしまうのも同じ理由によるものかもしれません。


外国の会衆にいて思うことは規則が緩いところは団結もなかった。


これからのエホバの証人は住みやすくなる一方でJWとしての団結感、一体感、兄弟感が薄れてゆくのではないかなと思います。


同時に「これだけすごい迫害を耐えて、これだけ精力的に活動してきたのだから辞めてしまうのは勿体ない」と考える人が少なくなる傾向になると思います。

昔からJWをやっていた人からこのセリフを聞くことはとっても多いのですが、
自分も現役時代、よくそういう風に思っていました。


投資が少ないなら引き際も早い。
投資した女性とはなかなか別れにくい。

こんな感じ?


だから、今の時代のJWはやめる時もあっさりいけるような気がします。

それから古い時代の人はこれからどんどん組織の在り方に不満を持ってゆくと思います。


この世ばなれしたことを要求されるから「神の組織だ」「こういう基準を保っている自分たちは特別だ」と思っていた人も多いわけですから、組織は成員を引きとめるために要求をゆるくしたことで裏目にでたといえるでしょ~。


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エホバの証人とダブルバインド4「体罰その2」

2008-06-17 23:03:20 | ●エホバの証人考
長くなりましたが、JWとダブルバインドの最終回です。


●エホバの証人の体罰の始まり方


私は体罰には反対ですが、子供が言葉を理解しない場合で、結果が行われる体罰よりも重い(例えば熱いストーブに触ろうとする。触れば手をたたかれる以上に痛いし危険。)なら子供のより大きな益のために仕方がないと思います。

しかしエホバの証人の行っている体罰はこういう体罰ではありません。


子供がなにか危険なことを行おうとしてるから制するのではなく、「親に従わせる」ことを学ばせるための体罰です。


例えば集会中騒いだ子は「騒いだ」ことではなく「静かにしなさい」という親の命令に従わないので体罰を受けます。


また研究生は司会者から「今この年の頃にしつけをしておかないと、ティーンになった時親に反抗して苦労するので、今からしつけを始めましょう」という風に体罰を進められます。


この「しつけ」とは道路から飛び出さないとか、人には挨拶やお礼をしましょうとか、友達をいじめないとか、


そういうより良い人間になるための訓練ではなく、「親に従順な子供」になることを指します。


よく考えればキリストの愛や、神の愛を学んでいる集団が、子供の事となるといきなり>「子供が小さく抵抗できないうちに暴力で誰がボスであるか叩き込んでおけば将来反抗されないですよ」と教えるのですからおかしいですよね。

もちろん、知らずJW組織の犠牲となった親御さんたちは「しつけ」というと、当然子供の益のためのしつけだろうと思っていますからその背後にある意味には気づかないのです。司会者でさえ(どうせその多くは子供さえいない)自分が何を薦めているのか気づかないのでしょう。


(が、子供の人生がかかってるんだから少しは考えて欲しいものです。


この時、司会者は子供にぐずられて集会や生活において研究生の注意が「王国」からそれてはいけないので、子供を他のJWの子供と同じようにロボット化させ、邪魔にならないように早めに取り計らっておこうという気持ちはある程度あるとは思います。


他のJW子供たちがそうなってるんだからこの子供だけ例外ってことはないだろうと。子供にもエホバの証人の広告塔になってもらおうと。「体罰を受けた」子が行儀よく、おとなしくなり、組織に長くとどまるのが体罰には益がある証拠だと。


しかし、だからこそJW体罰で起こった障害を訴える必要があると思うのです。体罰は一時期には益があるようにみえても将来的には子供の人生をも崩壊させる恐れのある(副作用)があるんだと。


輸血でなくなった方は何もいえません。でも、死人に口なしでも、2世には口がある!

ってことで。


●JW体罰が暴走するわけ


先にあげさせていただいたエホバの証人のアメリカでの体罰死や、日本でのJW体罰死の例にあるとおり、そして多くの死には至らなかったものの武器や道具を使ったエホバの証人の体罰を受けた人にとってJW体罰の教えは時に度を越して暴走する

という事実は現実です。


その理由にはまさに、JWしつけが社会での常識を身につけるためでも、より良い社会人になるためでも決してなく、「親に逆らわない従順な子供」ひいては「人格のない人形のような子」を作るための体罰であることにあると思います。


だから積極的にダブルバインドなどの「罰を与える口実をつくる」工作が必要なんでしょう。

親のほうから何か子供のあら捜しをしたり、罰を与える機会がない場合、罠にかけて機会を作ろうとしたりするJW親がいるのは、罰を与えていないと子供が反抗すると不安になるのかもしれません。

「親に絶対服従」を良い子供の条件とするものみの塔。少しでも従わないなら親は「こんなはずではない」と逆上するように組織から「親に不従順な子供はイスラエル時代石打ちにされた」「神の前では死に値する罪」などとマインドコントロールされ、感じるように仕向けられています。


親がJW組織に従おうとする時エホバの証人家庭で罰を逃れられる子供はいないのです。


●もうひとつの理由


よく耳にするのは「それでもJW内で起こっている体罰が信じられない」という未信者の方の意見です。


これは一重にハルマゲドンの教えがあり、子供をたたいてでも、子供に「首輪をつけてひっぱってでも」(これは70年、80年頃に実際JW内でよく使われた言葉)エホバの組織にとどまらせ、ハルマゲドンを生き残らせるのが親の愛であるという考え方が関係しいると思います。


体罰を与えると与えない子供と比べてより長く組織にとどまる傾向があるのですが、(暴力により気力がなくなり、組織から出る勇気がなくなるため。)


ハルマゲドンで死ぬより、いけるしかばねでもいい。組織にとどまって欲しい。その後楽園になって癒されるし、永遠に生きるというより大きな益を考えたとき、子供の苦しみは一時的なものになるであろう。


ってことです。


先にあげたストーブに近づく子を見て、子供が泣こうが、親を恨もうがそれでも良いと思ってその手をたたく、その親心と全く同じ。


皮肉ですが。


●習慣化する暴力

「子供はカルト活動に邪魔。だから都合よく暴力で制する」という裏があり体罰をしつけと称して奨励したエホバの証人(ものみの塔)。そしてハルマゲドン教理の切羽詰った非日常感覚から常識では考えられない暴走をしてしまう親。

エホバの証人の体罰にはもうひとつ罠があります。


暴力は習慣化します。


子供が大人になって、JWを離れても、依然と習慣化してしまった暴力を振るう親が居ます。JW内では普通隠し通されますが、習慣化した暴力は子供が巣立った後、弱いほうの配偶者に矛先が向けられるJW家庭が意外に多いのです。


エホバの証人はさらに世の教会が主催するDV対策やシェルター、セラピーなどに参加できないので、問題は深いと思います。



暴力に例外はない!「しつけ」だから「子供」だからといって暴力が許されるわけではない。それから暴力が習慣ついた人間は他の人にも状況が許せば、機会があれば暴力を振るうようになる。暴力で得することは何もないよ!

とものみの塔に言いたいです。
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エホバの証人とダブルバインドその2

2008-06-10 07:20:31 | ●エホバの証人考

先回の記事でどちらを選択しても罰を受ける八方ふさがりの状態とその葛藤から来る害「ダブルバインド」について書きました。


エホバの証人の中では沢山のダブルバインドが存在していて、それが精神的苦痛を生み出し精神疾患の元のひとつになってるのでは、と思います。


●ニーズが先き


キリスト教の概念に薄い日本人がエホバの証人のようなハードコア(?)クリスチャンになれるのはなぜ?と思う方もいらっしゃると思います。

元からキリスト教に関心があってJWになった一部の一世を除き、私の母のように家族生活に役立つと言われて軽い気持ちで研究を始めた主婦層が比較的多いのが日本のJW。「信仰」どころか「あいうえお」も読めない子供2世がどのように「JW的信仰」を得てゆくのか、、


マインドコントロールが解けてから、それこそ一夜にしてJWの頃持っていた信仰がなくなった私は、自分の「信仰」って何だったのかな、、と考えざるを得ませんでした。


マイコンが解ける一夜前はいわゆる「死も辞さない」JW信仰を持ってた(はず)なんです。。


今思うと、私の2世としての信仰は

エホバの証人のダブルバインドの産物だったのでは、と思のです。


脱JWした人たちのブログやHPを見ていると脱JWした2世で新しい信仰(特にキリスト教)に向かう人の少なさを感じます。自分もその一人です。


世の人はよく「自分は信仰の必要性を感じたことがない」とか「何かに頼る人の気が知れない」「宗教は弱い人のものだ」といいますよね。

私はその発言に一部賛成で一部不賛成です。


民族虐殺や不治の病で死んでゆく子供たち、人間に摂取虐待される動物たち、破壊される自然、、、こういう一人ひとりの力が及ばない問題を見るとき、解決策としてやはり人間は超自然的な存在又は神に頼らざるを得ないと思います。

そうでなければやるせないですし、自分には出来ないから関係ないというのはあまりにも非人間的。



では個人レベルでは?


というと、今の私には苦しいときの神頼みの精神(?)はありますが、エホバの証人のような「全てを捨てて」修行のような信仰は、、出来ません。


正直になぜかというと、、需要がないんです。


JWの頃はエホバの証人でいるニーズがあったんですよね。


それは「ダブルバインド」によりどんなに頑張っても挫折失敗するように仕組まれていて日々罪悪感を感じ、その結果どうしても許しが必要で、救いが必要で、「神の組織に身を寄せて」生きる必要が出来たから、


ではないか??と思うのです。。


親も会衆の長老も、ものみの塔も「自責」に比べればゆるいです。上の3つがいくら頑張っても隙間が出来る。でも「自分の良心」なら、24時間休みなしに責めてくるわけですから。。。


自分が一番の敵とはこの事です。自分だから容赦ない。許しがない。時に罪悪感はストップすることを知らない、


そんな感じですね。


神がそれを救ってくれることを願うのみ。



こんな感じ。



私の信仰はニーズ(ものみの塔のダブルバインドによる罪悪感)がなくなったので供給も必要でなくなった。


それだけ、という感じがしてきました。



罰を与えるのが目的の「ダブルバインド」ですもんね。



●ヨーロピアンのキリスト教も同じ原理??


罪をクリエイトすることによって罪悪感を感じさせ、いろんなレベルで一般人をコントロールするというやり方は特にヨーロッパのキリスト教歴史で行われていた、というとキリスト教の方に怒られるかもしれませんが、

私はそんな風にも思います。

原罪という考え方ですね。


エホバの証人の場合原罪にはあまり注目しないのですが、その代わり個人責任での罪(例えばマスターベーションなど)が異常に問われます。

自分という人間が恥ずかしい
自分という人間が恥ずかしさで直視できない
存在していることが罪なような気がする


神を利用したダブルバインドは往々にしてこんな感情を生み出すもの。


今でも多くの現役JWがこんな風に自分を思いながら、
日々生活しているのです。
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エホバの証人とダブルバインド

2008-06-07 03:09:16 | ●エホバの証人考
はじめに「ダブルバインド」(double bind theory)という言葉を知ったのは以前紹介させていただいたこちらのブログでした。

「カルト宗教 エホバの証人(ものみの塔)の被害を乗り越えて」の中のこちらの記事-カルト宗教エホバの証人における妄想強化性とダブルバインド性による総合失調症と悪化」


この言葉を知ったとき、

これだあぁぁぁぁ~~~


と思いました。


これだ!これだよ!!


これなんだよ~!!!!






今までパニック症に陥りながらも脱JWして、それからなおもブログを書くという助けが必要で、実際に会衆から逃げた日から1年たって、、そしてコメントなんかで時々「もうJW苦情はやめたら?」みたいなご意見をいただくことも増え、


最近ちょっと考えていました。


たしかに前向きに生きなければいけないかもしれない。

でも!!!



なんかまだ完全にすっきりしてないぞ!!!



という気持ちが強かったのです。


怒涛のようだった脱マインドコントロール前後は別にしてなんとな~くまだもやもやしてる。つまり、、

まだものみの塔を糾弾しきれてない!!!


という気持ちがあったのです。


そこをもってこの「ダブルバインド」という言葉に会い、これでその「もやもや」や「怨念」(笑)が説明できる~!!!と、こころが晴れました!!!


●ダブルバインドとは?

Wiki調べてみたら  以下引用↓

1956年にグレゴリー・ベイトソンによって発表された説。家族内コミュニケーションがダブルバインド・パターンであると、その状況におかれた人が統合失調症に似た症状を示すようになる、と指摘する説。

↑以上引用終わり。


そっ!総合失調症に似た症状!!?


●その理論


1 2人以上の人間の間で
2 最初に否定的な命令=メッセージが出され
3 次にそれとは矛盾する第二の否定的な命令=メタメッセージが、異なる水準で出される
4 そして第三の命令はその矛盾する事態から逃げ出してはならないというものであり
5 ついにこのような矛盾した形世界が成立しているとして全体をみるようになる



つまり、簡単にいうと「本音と建前が理解できない(ように設定されてる)」世界における矛盾からくる苦しみ、というわけですね。

ここまで書くと、もうみなさんは「あ、それJW世界」

ってピンと来ると思うのですが、エホバの証人世界では家庭レベルで、会衆レベルで、そして個人レベルで様々な形のダブルバインド(二重拘束)が行われていたわけです。ダブルバインドの宝庫、オンパレード、っていう感じでしょうか。


●ダブルバインドによって起こること。


なぜ矛盾した二つの命令が与えられるのか?

これは「罰する口実」を作るためだそうです。

二つの矛盾した命令があり、両方を立てることは出来ない。だから必然的に犠牲者はこの決まりを設けた者からどちらに転んでも罰を受けることになる。チェスで例えるなら(またこのたとえ)どこに動いてもゲームオーバーになってしまうシチュエーション「チェックメイト」状態です。


被害者はそうならないために努力するが、与えられた命令が対立するため無理。よって罰は与えられ、心の葛藤の末、無力感を学ぶ。


ダブルバインドを続けられると被害者はロボットのようになってしまうそうです。


ロボット。。。エホバの証人ブログでよく聞く言葉ですよね。


ダブルバインドを仕掛けてくる人は被害者に対して何がしたいのか。


それは無力にさせて、操りやすいロボットにすること。「決まり」「ルール」によって霊的に成長させたり、行儀をしつけたりするのが目的ではなく失敗して失望して自分の下にやってくるのが狙い。


●エホバの証人の家庭でおこるダブルバインドの例:


1 熱心なJWである母親により

2 世俗の教育を避け、世俗の仕事にもつかず(バイト生活)恋愛もしないで開拓奉仕をするよう「励まされる」

3 開拓&仕事はきついのでずっと続けてゆくことは不可能。時期がきて降りようとすると「開拓しないような人は家に置けない。即日出てゆくように」と言われる。あるいは自立するすべを奪っておいて、自立するように要求する。

学歴も職歴も結婚する予定もなく、開拓をやってるので働く時間もないこの2世にとって八方ふさがりになる。さらにエホバの証人は開拓者でない者には援助をしないという強い傾向を持っているので、周りからサポートを受けて一人だちは無理。


4 宗教的マインドコントロール(JWを辞めるなら神から疎外される。ハルマゲドンで滅ぼされる。排斥になれば近親者や友人から絶たれる)により、その場を去ることが許されていない。



こ~んな状況があるのではないでしょうか~。私はこのパターンに悩まされていました。


あと、女性なら

1 JW親により世の人との結婚を破談にさせられる。
2 その上で「○○姉妹に赤ちゃんができた。」などとこれ見よがしに言われる
3 JWマイコンによりJW以外の人と結婚することは出来ない


こういういやらしいモラルハラスメントを受けてきた姉妹たちもいるでしょう~。

家庭でのJWダブルバインドの悪いところは、親が自分のやっていることに気づかないとはいえ、聖書や神、ものみの塔教理などを持ち出して自分のしたいことを子供にさせる、あるいはいじめて鬱憤をはらしているという点ではないでしょうか。


親もエホバの証人ならむしゃくしゃしてるでしょうから(笑)酌量の余地はあるものの、ゆくゆくは精神崩壊を招く要因となりえる、こんなセオリーを知らないとはいえ使っているというのは大変危ない火遊びだと思います。


一番顕著な例はエホバの証人が奨励している「鞭=体罰」でしょう。


1 JWの幼児が集会にいく。そこで騒いだり遊んだり、書籍以外の本を読んだり、泣くことさえも禁じられている。

この場合、ひとつの決まりだけでもうすでに矛盾しています。

幼児が数時間完璧に行儀よくしていられるでしょうか。新生児にもこの決まりは当てはまります。

2 結果鞭という体罰を受ける。集会に行かないという事は許されていない。

3 幼児なのでその状況から立ち去る(親もとを離れる)ことは不可能



これぞ完璧なダブルバインド!!

しかも、失敗するたびに体罰を与えられるというドメスティックバイオレンスまで加わっています。


ここからエホバの証人が主張する「鞭という体罰」が単なるしつけの体罰では決してない
ことが分かりますね。


エホバの証人の体罰は条件付けの体罰です。


組織に都合のよいロボットを作ってゆくための。ダブルバインドと暴力の結果、反抗する気力もない子供をつくるための。

ちょっと精神が壊れて日常生活がまともにできず、エホバを頼らざるをえない「良い」青少年を作ってゆくための。


みなさん!!!だまされちゃいけません!



JW2世に精神を病んでいる人たちが多いのがうなずけますよね。2世はダブルバインドで苦しめられるほか、文字通りの暴力でそれを体験付けられているんすから。

そして悲しいことに、大人なら「家庭内暴力」と世間に抗議できますが、JWの体罰は表向きは躾となっているので抗議を聞いてもらえない場合が多いでしょう。現役JWの発言などからも分かるように、ハラスメント、暴力を受けている本人が「自分のために」「愛によって」行われていると組織の主張どおりマイコンされている場合が多い、っていうか、ほとんど。


私もそうでした。


情けない!今気づいてよかった。ありがとう。



エホバの証人の会衆の中で起こるダブルバインド例:


1 一瞬たりとも性的な事を考えてはいけない。イエスは欲望を抱くものはすでに淫行を犯したと言った。罪!

2 それ守るの無理。夫婦間でも「貪欲」さが見られたら排斥理由にもなりえる。性と貪欲さとはっきり線を引ける人などいない。


3 JW辞めるのは許されない


守ることが不可能な決まりを生活全般で与えられているJWは罪を犯さずには居られない。→罪悪感、告白、審理委員会などの恐怖や屈辱。

無力化。欝。


その図式がはっきりしてますね。


それからもっと複雑なダブルバインドもあります。↓


●自分の心理の中で起こる教理によりダブルバインド


1 神は愛!私たちを気遣っておられる、神の愛を感じなさい!

2 聖書の中で神は残酷なことを沢山している。許すことより罰することのほうが多い。人を滅ぼす計画がある。



1 エホバの証人は愛で満ちている!!!世界一幸福な民である!喜べ!喜びを世の人に宣伝しなさい

2 エホバの証人であるが故に貧困、婚期を逃す人や子供をあきらめる人、家庭の崩壊などで苦しんでいる。会衆内にはいじめや足の引っ張り合い、地位によるへつらい、ひいきなどがある。


1 祈りは私たちに与えられた特権。私たちは自由に神に近づける。それから慰めを得なさい!!

2 少しでも罪を犯せば祈りは聞かれない。


罪を犯すから祈りたい。でも罪を犯したから祈れない。(罪を犯さない人間はいない。)



やはりJWにとって辛いのはこの教理でのダブルバインドではないでしょうか。親に捨てられても神はあなたを捨てないという概念がありますよね。

ものみの塔のマインドコントロールにより、ものみの塔の命令は神の命令と思わされていた私たちにとって、

神からの疎外という罰は一番怖かった、はず。


ものみの塔の目的はどう頑張っても達成できない決まりを作ることにより、私たちは無力でいたらなく、常に許しを必要としている惨めな人間なのだと、だから組織に従ってないと神から是認されないのだと、

そしてその勤めは死ぬまで続く。という。




これがこういう卑劣な手を使ってくる相手が上司とか、親とかなら、もっともっと早く「冗談じゃない!」と見切りをつけられて、精神的ダメージも少なかったと思うのです。でも相手が「神」なら?

精神的ダメージも人間からやられるのと比べると、、強い。


私は親の迫害、DV,モラルハラスメント、もちろんこのダブルバインドを受けながらもそこそこ大丈夫でした。

でも教理のダブルバインドだけは辛かった。



ほんと精神病になるかとまじめに思っていました。今思うとそれにはそれなりの理由があったんだな、と納得です。ケーススタディーにしていただきたいくらい。エホバの証人の中には実例わんさかです。


神は愛。なのに私はそれが分からない。

兄弟たちは愛。でもそれが感じられない。

愛が動機。でもその愛が見えない。



愛がないのが問題じゃない。問題があることが問題じゃない。


例えば私が小学生の頃、エホバの証人だという事で先生たちからいじめられていました。

が!


私は全然辛いとは思わなかったのです。


なぜなら先生というのは怖くて意地悪で生徒をしかるのが仕事な人たちと思っていたから。(つまり「担任」と書いて「鬼」と読む感覚。


一方会衆では些細な仲間はずれや大人姉妹兄弟の言葉にもいちいち躓いていました。


理由は、、、そう、愛があふれること、慰めが得られることを「神」から約束されているのに、それがちっとも行われていなかったからです。


これが、逆に「先生とは生徒をいつくしむ保護者のような、聖職」と認識していたら、先生たちにいじめられるという出来事はどれほど私を傷つけたか?ってことですよね。



問題は「そうであってはいけない」はずなのに、という心が分裂しそうなほどの矛盾なのです。。




よく、「組織には問題がつきもの」とか「人間間の不和とか上層部のネグレクトとかどこの社会にもあること」とか言う人がいます。


今やっと説明できるけど、



違うんだよ!それとは!!



参考にしたブログ、HPです。ありがとうございました。


ブログ「あなたの子供を加害者にしないために」の中のパワハラにおけるダブルバインド(二重拘束)の構造


これ元HPが分からず、、、  §6 ダブルバインド
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内部改革派長老-その2

2008-01-28 08:06:10 | ●エホバの証人考

前回の記事にいろいろ反応がありました。ありがとうございました!(このトピックはず~っと前から書きたいと思っていたのですが、ちょっとセンスティブな内容だったので、伸ばし伸ばしにしてました。)


コメントの中には「いろんな長老がいてもいいと思う」という意見もありました。良い動機だから何も攻撃しなくても、と思った方もいると思います。

が!


私がこんな事をねちねちいうのも、これ、また、ものみの塔教育の賜物なのです。

人はその量りだしているはかりで、はかられる、と聖書にあるとおりです。


はい。

そのはかり、とは、

「コップの中にもし、一滴の毒が入っていたら、あなたは後の水はきれいだからといってそれを飲むでしょうか」

ってやつですよ~


これ、キリスト教を糾弾するものみの塔の決まり文句なんですが、キリスト教は良いことを教えていても三位一体や地獄の教理など「偽り」が入っているから、その全体も悪いものである、

と主張してるわけです。


んじゃ、なに?エホバの証人は~?

血の教理なんて、、ほかから見たら毒どころか文字通り死を意味しちゃってるわけだし、、予言の間違いの数々も、一滴の毒といえないでしょうか~

ほかの幼児虐待とか性犯罪とかは、カトリックに比べたら数は少ないかもしれないけど、カトリックの「規模」とJW規模を比べてみれば比率なんかではそう変わらないんじゃないでしょうかね~

じゃあ不祥事にしても「毒」の論理にしても、JWだって同じじゃない?

って私は思うんです。


私にとってJWとは「一滴の毒の入ったコップの水」ですから、ものみの塔の教えによって育てられた私はその良心に従って、それを、飲めない、(JWをやめる)と判断したわけです。


(改革派長老はそこんとこ、どうなんでしょう?

ねえ、どうなんでしょう???



しかし、ものみの塔は自分たちのコップの毒を知っていながら「何も悪いところはない」といって成員に勧めているわけです。

そして自分たちが「唯一の神からの経路。」といって、成員に絶対服従を求めているわけです。

コメントで指摘していただいたように、これがものみの塔の一番の、そして根本の罪、ですよね。ここからすべての悪いことが発せられている。そのとおりだと思います。

だから、長老は神からの牧者であるべきであって、「自分たちは神からの使い」と物見の塔が主張しているから、それなりの事を期待されるわけです。

だから「いろんな個性があっていい」かもしれませんが、教えることにはそれなりの責任が伴っている事を認識するべきだと、私も思っています。


同じ年の、同じ能力の、すべて同じような二人がいたとして、独りは長老で、一人は普通の兄弟だとして、普通のJWだったらやはり長老ということだけで、長老と名のつく人の意見を尊重する傾向にあるのは、みなさん知っておられますよね。

特に若い2世に何か言う時、尊敬される「宗教指導者」としてその人の人生を狂わせてしまう、ということを覚えておいてほしいんです。

今、30代でJWをやめるとき、後10年早かったらどんなに楽だったか、、と思うこともあります。

組織の間違いに気づいている人は、そこをうまく指摘して、その上でうまくフォローすることも簡単だと思います。(そして人気を集めるのも簡単でしょう。)が、

そうされた、何もしらない成員はだからこそ納得して、やはりだましだまし、組織にとどまる、そういう機会がたぶん、これから多くなってゆくんじゃないでしょうか。

組織が「絶対」を主張する以上、その使いである長老にも神聖や完全が暗に求められる。

私はそう思います。
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内部改革派長老

2008-01-22 08:25:03 | ●エホバの証人考

消滅ちょっと前、招待後援者で、「これは内部改革派か??」と思われるような講演をした人がいて、

公演中すごく落ち着かなかったことがありました。

びみょ~


なんです。何の含みもないのかもしれないし、もしかして今話題の内部改革派かもしれないし、、。


その時感じたことは「同士」というより、「ちょっと気味悪い」でした。

やはりJWの集会なんだから、ヘンに含みをつけられると、居心地が悪い。

私が子供の頃、こういう内部改革のさきがけ派のような長老がたまにいました。開拓者じゃなくてもいいじゃない。開拓しなければならないなんて聖書に書いてないでしょ。

なんていってくれる人。

こういう長老は風の頼りに消滅したり、(もちろん体を壊したなどと最もな理由が付けられていて、本当のことは語られない)失踪したり、

やはり現役から退いてゆくようでした。

今は、、

そのまま残られる人も多いようですね。


さて、真意を語らせてもらうと、、、

内部改革長老は、、良くないと思います。

内部改革姉妹とか、長老以外の兄弟だったらいいんです。がんばってほしいです。

が、エホバの証人にとって「長老」とはある意味、神からの(いや、組織の?)使いみたいなもんだから、長老の発言には実質絶対的、とは言わないまでも、権威がある。

長老は24時間長老。アメリカ大統領がプライベートタイムにブログとかつけて、「これはプライベートだから」なんて言えないのと同じく、長老となれば、どんな発言も組織、神からの公のもの、

くらいに思っている成員は多い。

そんな人から(善意からでも)エホバの組織も悪くない、みたいな運動をされると、、、


困るんですよね。


つまり、、脱出が遅れるんですよね。


私は「もうJW嫌だ!」と思った時にこういう長老に助けられ、というか、言いくるめられて、脱出が遅れたものです。その長老はいいかもしれません。もう実年だったりするし、

でも、

あたしゎ~

まだ人生終わってないし

一緒にされちゃたまらない~


だったら、いっそ何で言ってくれなかったのぉ~


と思うんです。なんで、気休め、応急処置。

こちらも2世、JWが全世界だったから、いくらいやでも、ここでがんばらないといけないから、と思っているので、こういう長老の言葉は甘い誘惑で信じたくなるんです。信じやすくなるんです。

例えると、歯が痛くて、でも歯医者怖くて、、でも勇気出していったら、「歯磨きしてれば直る」とか言ってくれる歯医者みたい。

え、それは良かった~。ってその場はなるんだけど、もちろん虫歯は進んで、C1ですむところ、根幹摘出、みたいに悪化して、

やっぱり、こんなことになったら歯医者さんを恨むよね・


思うに、、改革派長老というのは、最初は義憤を感じて、改革しようとするんだけど、そういう話の分かる長老やってるうち、人気が出てきてしまって、気持ちよくなって、

このままでもいいか。成員を慰めてるわけだし、役に立ってるわけだし、

とかってなって、しまうのでしょうか。



私としては、、、ぬるい!

と思うのです。


本当に成員のことを思っている改革派長老だったら、勇気を持って


率先して人の悪口を言い、会衆の雰囲気を悪くし、「あの会衆だったらしょうがない」などと2世が消滅しやすい環境を作り、「開拓者ならずば人にあらずだよ。空気よんでね」。などと常に真実のみを語り、

将来ある若者などは言いがかりをつけて、家族ぐるみで排斥してリリースしてあげるなど、

自分の人気などというみみっちい事などには固守しない、そんな人であるべきだと思う。


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「エホバとの関係」

2008-01-18 06:27:36 | ●エホバの証人考

追記しました。それに沿ってちょっと全体を書き直しました。

エホバの証人に「一番大切」に思っているものは?と聞いたら、10人中10人が

「エホバのとの関係」

と答えると思うんです。


「子供」とか「親」とかと答えない理由は、「エホバとの関係さえ良ければ、そういうものは失っても与えられる。」と考えるからです。


また、この「エホバとの関係」は成員や長老や、組織につまずいている人に、

「大切なのはエホバとの個人関係だから」と励ますためにも良く使われます。これさえ言っておけば当座の問題や不満はカバーされるという、大変便利な台詞です。



でもこの考えは諸刃の剣なんですよね、人間や組織を見ず、ひたすら神に集中させる言葉であり、同時に何でも自分勝手に納得できる利己的な言葉であり、、。

例えば困っている成員を見てみぬふりをしたり、悪口を広めたりする一方で、
「自分とエホバとの関係は良い」と思えば全てOKなんです。

エホバの証人の会衆を見ていると、悪い人が神から罰せられているわけでもなさそうなので、この「エホバとの個人的な良い関係」はまったくの自己申告のみで成り立っている、と断言してもいいと思いますが、

エホバの証人にとって「エホバと良い関係をたもつ」ことを究極の人生の目標にしてしまうと害があると思うんです。

なぜなら、もし神様がいて、神様の喜ばれることをしてゆきたい、と思うのは立派なことだと思います。こういう人の周囲も恩恵を受けるはずです。しかし~JWの場合は違う。


「エホバとの関係とはなんでしょう。どうすれば良い関係を得られるでしょう」とJWに聞いてみてください。


そうすると、これも多分10人中、10人が「エホバの組織である物見の塔の指示に付き従う」という結論に達すると思うんです。


これってまさにものみの塔の引き起こしている悪の元になってるところだと思うのですが、ものみの塔は

1誰が見ても、聖書的にも良いことを言う
2それを上手に組織崇拝(ものみの塔を絶対とする教理)に結びつける。

というトリックが上手。

頭は人間なので安心していたら、実は下半身が蛇、みたいな。
そんなのがものみの塔かもしれません。

エホバとの関係、では
「エホバはあなた個人を見られる。組織が仕打ちしているように思えても、たとえ成員から誤解されても、それはエホバの目には明らかだから、カウントされないから、いいんですよ。」

と正論があって、なるほどこれはこれで、現在悩んでいる人には慰めや解決策になるからいいかもしれない、人知れず善行をしている人は報われた気持ちになってさらに良いことを続けて行きたいと思うかもしれない。

が、同時に、もうちょっと下のほうを見てみると、、、

「そのエホバとの良い関係はものみの塔のいう事をおこなうこと。だから不満があっても組織に従え」

という正反対の結論が出るようになってる。

なんとなく、おみごと~


(ところで、教理の複雑さについて、Mitoyouheiさんのところのブログでとっても納得できる説明がされてました。

こちらです。


なので、JWのいう「神との良い関係を得る」(組織崇拝)を大切にしていると、本当に大切なはずの親、子供、周りの人を失ったり、傷つけたりすることになる、と思うんです。

本質的な「すり替え」にはいつまでも気付かず、頭の部分だけ見ていると、トンでもないところに誘導されてしまう、のがものみの塔のやり方、だと思います。
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一致した言語を話すエホバの証人(笑)

2007-12-10 07:34:30 | ●エホバの証人考
エホバの証人は一致した清い言語を話すようになる。


こういうテーマの地域大会ありましたね。


一致した清い言語とはなにか。まあ、神の言葉を学び、思いを変革させられて清い思いを語るようになるというのが建て前らしいのですが、

要は「神権用語」というJW用語を使って話をするようになることです。


励まされる、励まされない、つまずく、つまずかせる、なんていうのが一例です。


マイコン度が強く、、いや、霊的な人になると、手紙などもこの神権用語だけをつないで書くことが出来るようになります。あれは取りようによっては、新聞の切り抜き文字を張って書いた脅迫状のように異様です。


一致したJW用語は、また、お互いをJWと認識するための合言葉のようなものであったりします。


よく掲示板などでJWを語った教会の人がちょっと違う用語を使ってばれる、っていう事がありますよね。あなたはJWじゃないでしょう、みたいに。
具体的にはJWは組織を教会と呼ばず協会という。とか、そういうの。


英語でも同じです。

JW用語を他意なく、辞書で引いたらこれだったから、と間違ったりすると、「この人は本当にJW?それともスパイ?」というような、一瞬に疑惑の目をむけられるから、、面白い、、というか怖い。


外国人なら英語間違っても大目に見てもらえるでしょう、、と思ってしまうところですが、そこはJW,そう甘くはありません。JW用語はものみの塔や書籍に書いてある。それに精通してないのは勉強してない証拠!

と判断されるからおもしろい、、というか怖い。


勉強してるのに違う用語が出てくるのは背教者。

くらいに思われています。


油断もすきもないっ!



私としてはJW用語を聖句の一部であるかのように、神聖化、特別視するのはすっごく嫌でした。特権をあらわすタイトルもぎょうぎょうしいし。



一般の教会と違うところは伝道者をパブリッシャーと呼ぶところでしょうか、、。いかに「雑誌を配布する人」という役割が強いか、というのが分かるような気がします。いわゆる平教徒を指すときもパブリッシャーといいます。

あと注目したいのが排斥ですよね。エホバの証人の排斥処置がどれだけシリアスで厳しいものか知っていると、このDisfellowship(ディスフェローシップ)という言い方がなんか、、、さらっと「交友を絶つ」だけ、みたいな感じで、、外受けがいいとうか、いやらしい。すごく違和感を感じます。

証言する(ウィットネスする)も嫌いな言葉でした。



一応忘れる前にJW英語覚書、ということで英語のJW用語を載せてみます。英語版JWフォーラムに参加する時や検索をかける時、現役と偽って会衆に入り込む時などに使ってみてください。


●組織

統治体 Governing Body
忠実で思慮深い奴隷級 Discreet Slave
油注がれた者 Anointed One


巡回監督  Circuit Overseer
宣教者  Missionary
主催監督 Presiding Overseer
長老    Elder
奉仕の僕  Ministerial Servant
開拓者  Regular Pioneers
補助開拓者 Auxiliary Pioneers
特別開拓者 Special Pioneers

伝道者 Publisher
バプを受けてない伝道者 Unbaptized Publisher
不活発 Inactive

●奉仕

奉仕  Ministry
伝道 (field)Service
雑誌を配布するPlacing magazine
ビラ tract
時間を入れるCount service time
家の人 Houshold
証言する Witnessing


●集会

公開講演 Publick talk
ものみの塔研究 Watchtower study
書籍研究 book study
神権学校 Theocratic Ministry School
第二学校 B school

神権学校の割り当て Part
プログラムの割り当てtalk
注解 Coment

一日大会 Assembly
地域大会 Convention

●教理

輸血拒否 Refusal of Blood
排斥 Disfellowship 
排斥されたDisfellowshiped
(JW以外の人はJWの排斥についてシャンイングShunning(脇におしよけるの意)を
好んで使っています。伝道やニュースなのでよく聞きました。

背教 Apostasy
断絶 Disassociation (間違いご指摘ありましたので、変えました!)
淫行 Fornication
審理委員会 Judicial Committee (JCs)

●その他

日々の聖句 Daily trac(t)
牧羊訪問 Shepherding Calls


これらの言葉はここにアップしたらはやく忘れたいです。
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