パーフェクトワールド

現在はゆっくりの更新ですがよろしくお願いします。

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★つ○ピーだっておひとり様

2009-04-28 22:53:45 | ●エホバの証人考
す○っぷすま○ぷのつ○ピーが逮捕されたそうですね。

(つ○ぴーで検索したら宗教ブログだったら悲しいから伏せ字

その是非はともかくつ○ぴーはその夜

おひとり様

で飲んでいたらし~ですね。

「知人」「知人」と報道されていたので、どのくらい疎遠な友人と飲んでいたのかしら~と思っていたら、

飲み屋さんの店員さんだったらしく

それはさすがに「知人」だな~。

と納得。


そして「あのス○スマのつ○ピーでさえおひとり様な日もある!」という事実にいたく感動、勇気づけられました。

世の中にはおひとり様がつらいということで結婚してしまう人もいるんですからね。

そんなふうに気持ちが折れそうになったら

「つ○ぴーだっておひとり様」

と唱えてご自分を励まして欲しいです。


かくいうわたくしも最近「おひとり様恐怖」を克服しました。


克服方法は簡単。

おいしそうなレストランにいくつか目をつけ、そこで一人で食べるのを目標にすること。

一度、二度やるとなれてきて「おひとり様ってそんな特別なことでもないな」と思えるようになると

もうこの世に怖いものはなくなりますよ。


JWネタと関係ないじゃん?と思われるかもしれませんが、JWって結構「おひとり様」が厳しい世界なんですよ。

まず結婚してなければセッ○スはできませんし、外国ならカップルで呼ばれるお食事会にはまずよんでもらえません。

大会も「大会バディ」(大会に一緒に行ったり一緒に座ったり、お弁当を食べたりする事を申し合わせた兄弟姉妹)がいなければ

ぽつ~ん

と一人でかなり自分の存在を自分で持て余します。

もちろん毎日の集会でもおひとり様だと一人で来て誰とも話さないで一人で帰る。とか。

奉仕も一人

これはちょっときつかったです。

結局おひとり様に耐えられず結婚してしまいましたが、今あれは間違いだったと気づきました。ほほ。

JW現役のみなさんも同じ間違いをなさらないよう。

JWの外の社会はおひとり様でもすごく楽しいんですから!!!
コメント (17)

★パーフェクトワールド2から記事の引っ越をしました。

2009-04-13 20:13:02 | ●お知らせ・その他
以前、パスワードをなくしたために「パーフェクトワールド2」として別のブログを設けていましたが、わかりにくいという声もあり、どうも紛らわしいので全部の記事をこちらに引っ越しました。

以下8つの記事がそちらから引っ越してきたものです~。

コメント (4)

★「良心の危機」って電子化されてるの?

2009-04-13 20:10:30 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
2年たってついに、レイモンド・フランツの「良心の危機」を手に入れました。

私はまだエホバの証人のただ中にいて、日々いろんな圧力を受けているのでこういう穏やかな、しかし理性的な(そして良い意味でのエホバの証人的な)文章を読んでいると、心が正気に保たれるような気がします。

読んでいてほっとするとともに、生活の中でものみの塔のナンセンスと時に狂気にあてられる中、力強い力が得られるような本です。


ところで、なぜ今までこの本を読まなかったというと、

それは後ろめたかったからです。

親は近くにいませんが、もし何かの拍子で見つかったら(私が事故って、この本が遺品として親に届けられたら~??とかとか)困るとか、

ポルノでもゲットするような感じがありまして、(著者には大変失礼な話ですが。)


本当に今までためらっていました。

かなり大判で厚い本なので隠すにも隠せない。


さて、実際読んでみて、これは一人でも多くの人に読んでもらいたい本だと、再認識しました。

電子化されて、こっそり()ダウンロード購入できるようになっていればいいのに、と思って、ちょっと調べてみたのですが、ダウンロード購入できるようにはなっていないようです。

どなたか情報知りませんか?


※以下はこの記事へのコメントです。


Unknown (Joel)
2009-02-06 00:57:48
簡単な概略は以下のサイトに載っていますが、全文の電子化されたものはないと思います。。。
http://www.jwic.info/franzbio.htm
なにせ長文ですし・・・

日本語版はない (possible)
2009-02-06 01:20:17
英語版(原本)の本は「PDF」化されて売られています。

しかし,日本語版は,ないでしょうね。
自分でスキャナで読み取り,電子化するしかないのではないでしょうか。

日本語の本に関しては,その本に限らず,著作権が切れてない限り,ほぼすべての本が,電子化されてダウンロードできるという状況にはないと思います。
みんな「紙に印刷」されて販売されていますよね。

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★ 岩窟の母とヨハネ一考

2009-04-13 20:08:12 | ●キリスト教/聖書
※この記事は2009年1月29日に書いたものです。


前回のトリノ聖骸布の続きです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の母」Modonna of the Rocks―という絵があるのですが、

オリジナルと言われている一枚目(写真)はパリのルーブル美術館に、

そして書き直しを命じられて制作された二枚目がロンドンにあるらしいです。

こちらのサイトで、両方の絵が見られます。

疑問に思っていたのはこの一枚目の岩窟の母で、真ん中に「聖母」マリア、マリアの近くにいる赤ん坊が普通イエスだとすると、マリアから向かって右のみ使いウリエルの近くにいるのがバプテスマを施す人ヨハネとみるのが普通。

だとすると、なぜイエスがヨハネに向かってひざまづいて祈っているのか。

(このイエスのひざまづきかたは、映画ブルースブラザーズで、ジョンベルーシが昔捨てた婚約者に復讐される時に思わずとった懇願ポーズを思い起こさせます。Pleeease!)


それからマリアの宙をつかむような不自然な左手のしぐさと、すぐそのしたにあるユリアの指をさしたようなポーズもへん。

なぜ洞窟なのか、とか、後ろの岩がペニスに見えるとか、そういうストレートな違和感もありますが、


マリアの左手はなにか見えない頭をホールドしているように見えるし、ウリァはその首のあたりをカットする「首切り」のような格好にも見えます。そう見るととても気持ちの悪い絵に見えますが、


これはウリエルの横(下あたり)にいて、イエスを祝福しているような格好のヨハネの首が、後に切られることを示唆していると、どこかの解説でよみました。


疑問は、なぜ、この絵のすべてがヨハネに注目しているのか、ということです。


宗教画なら、イエスを高める絵であるはずなのに?


そこで、先回紹介した本の最後の部分で「ヨハネ信仰」というものが存在していたという記述を見つけたのです。
(本のリンクは先日の記事にあります。)


p280 

「実際、新約聖書の中にもヨハネが本来イエスの露払いをするだけの存在ではなかったことを示す証拠がある。「使徒」の書にはパウロが初めてコリントとエフェソスに到着したとき、洗礼者ヨハネの教会があるらしいと知って驚いたと記されている。

そこでパウロは自分が、そのヨハネの後にくると予言されたイエスの代理人であると住民が知れば、住民は喜ぶに違いないと考えた。ところがさにあらず、住民はその予言についてはまったく知らなかったのである。」


A.N ウィルソンは著者「イエス」(1992年)の中でこのエピソードを取り上げ、「仮にパウロが使徒を書かなかったとしたら、今日ヨハネ派の人々はヨハネこそ神だと信じていたかもしれない。」と書いた。


実はヨハネを神、または神に近い役割を持つ古代の祭祀とする思想は古くからあり、今日でもヨハネの書を聖典とするイラクのマンダヤ教、錬金術の秘密結社、切断された首を崇拝するテンプル騎士団、フリーメイソン、そしてもちろんシオン修道会もその一つである。


引用終わり


え~ ヨハネを信仰する集団が、それもイエスの時代からあったなんて知りませんでした。


あとでレオナルド・ダ・ヴィンチ自身、ヨハネ信仰者だったという説も目にしました。


つまり、この絵を描いたレオナルドは、キリストをヨハネにひざまづかせることで
ヨハネこそメシアだったと言いたかったのかもしれません。だとするとこの絵はつじつまが合います。

さらにこの本には以下の記載がありました。


以下また引用

「そしてシオン修道会はマグダラのマリアを崇拝し、女神イシスを崇拝している。一見ユダヤ人がエジプトの地母神とつながっているなどということがあり得るだろうか。

しかし、アメリカの文化人類学者カール・ラッカーなどの最近の研究によってヘブライ人は当初から厳格な一神教を信じていたわけではなく、崇拝の対象を男神だけに断定していたわけではない証拠を示す証拠が提出されている。

(ええ~!)


エジプトとエチオピアには間違いなく異端のユダヤ人がおり、エホバとならんで女神を崇拝していた。」

以上引用終わり。


これを読むと、イエスがメシアではなく、ヨハネがそれだった可能性もあり、そっちの可能性を信じて、今でもヨハネを信仰している集団もあり、


さらに、詳しく読むと、ヨハネの「私の後にくる方は私より偉大」のセリフはイエスをメシアと断定したい「イエス派」の改ざんで付け加えられた一節であるという主張もあるらしいのです。


エホバの証人をやめてから、今まで聖書の中で常識とされていたことは、実はそれらとはまったく逆ということもあり得ると思ってきましたが、最近はヨハネについても、ヨハネがメシアという可能性はなかったんだろうか?とふと思っていたので、

他にもそう考える人がいるんだなあ、、と思った次第です。


ユダヤ人が最初から一神教ではなかったという証拠ですが、それはまた別の機会に調べてみたいと思っています。
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★ トリノ聖骸布

2009-04-13 20:06:33 | ●キリスト教/聖書
※この記事は2009年1月22日に書いたものです。


現役時代、「トリノ聖骸布」という磔刑後のキリストの体を包んだという布について聞いて、恥ずかしながら信仰を強めてしまったことがありました。

(布の画像についてはこちらのサイトが詳しいです。
Shroud of Turin )

この布にはキリストとされる手足に傷のある男性の象が焼き付けられていて、それはイエスが死んだあと、イエスを包んでいた布であったとつたえられているのですが、

どのようにその布にその像が写ったかというと、たしか、「(その人から放出された)爆発的なエネルギー」によるものだ、とかなんとか言われていました。


キリストなんだから、なんとなくさもありなん。(笑)と思い、納得していました。


やはりイエスは実在していて、聖書にあるとおり杭にかけられて死んだんだ。だから聖書は正しいんだ。みたいに思っていました。


ところで、、ものみの塔のこの布についての見解はいつの時代も、ノーコメント的な姿勢でした。(笑)資料を見てみると、この布の信ぴょう性についてあまり断定できなかった頃の記事は「わからないけど、どちらにせよ、とにかく偶像礼拝はいけない。」とありました。


結論から言うと、最近の研究では、この布は西暦後1300年ぐらいのもので、偽物のようです。

ポイントとなる男性の残像(ネガ)はどうのようにして制作されたか、については


トリノ聖骸布の謎 リン・ピクネット という本で著者が実際その手法を使ってネガを作る場面があります。

誰が、なぜ、そんな特殊な方法を開発してはで作ったのかなどなど、なかなか面白かったので、機会があったら読んでみてください。


長年なんとなく(笑)信じていた聖布ですが、また一つなぞが解けたなあ~と私的にはちょっとした事件でした。


さて、この本の中で偶然、もう一つ長年疑問に思っていたことが取り上げられていたので、次回に続く。。。
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★ 回復までの時間

2009-04-13 20:04:18 | ●エホバの証人考
※この記事は2009年1月19日に書いたものです。


気づけば、JWの間違いに気づいた日から二年がたっていました。

感慨深い。

と同時に、

あれ?私今まで一体何してきたんだろう?


と二年というまとまった時間を前にふと考えてみると、

な~んにもしてないような。

っていうか後退したこともあるかも えへへ。


JWの間違いに気づいた2年前のあのころ、前ブログをみないまでも、めちゃくちゃ張り切ってたような気がします。

もう、呪縛が解けて何でも好きなことができるような。


しかし!

現実はそれから2年間、特になにも変わっていません。


もちろんその間、現実は厳しい

やりたいことをやるにもお金も時間もかかる。

とか、

そういう当たり前のことに気づいたのも、また必要な進歩だったのかもしれないのですよね。

とか、言ってみたり。


まあ、30年近くマイコンを受けてきたんだから、そう、ぱっとは転身できないよね~と思ってみたりしています。


さて、(破壊)カルトのマインドコントロールから目がさめた人が本当に社会復帰できるのにどれくらいかかるのか、というと、

前ブログでも一度書きましたが、大体10年くらい、

というのが、専門家の意見のようです。


日本のマインドコントロール研究の第一人者である西田公昭氏も著書の中で、10年かかると書いていました。


人によってそれぞれかもしれませんが、私の場合は脱JWから2年くらいになる頃に、やっと生きるということの「現実」味を感じ始めました。それまではあの辛いマイコンから解けて、そのラッキーさに浸ってましたから。

そしてこれも回復までのステップのうちの一つだと思っています。


一方で、ある権威※は、ある関係から立ち直るのは、ちょうどその「関係」に費やした時間の半分であると言っています。


みなさんにとってはどうでしょうか?


※セックス・アンド・ザ・シティー
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輸血拒否-ものみの塔の最新姿勢

2009-04-13 20:01:40 | ●もの塔記事/ニュース
※この記事は2009年1月6日に書いたものです。

つい最近輸血が必要になる手術をした兄弟がいます。(日本にて。2008年秋から暮にかけて)

今までと協会の対応が違ったので少し書いておきたいと思います。


この兄弟の家族は未信者で彼の輸血を望んで、「医療委員会」の面接を拒否しました。医療委員はわりとあっさりと病院とのコンタクトを絶ったそうです。

以前ならどうにかして本人にコンタクトを取ろうとしたはずですが、今は法律に敏感になっているようで、明らかな家族からの拒否があった場合、医療委員会は手出しをしないように協会から支持されているという噂をききました。(以前は医師が説得しても、すぐ入れ替わり医療委員会がやってきて患者の意思を変えてしまうということが海外でも日本でもよくあったはずです。)

孤立した兄弟は輸血については最後には同意しましたが、後に医療委員会からの援助がなかったからであると申し立てをしたそうです。
(委員会は兄弟のことを祈っていたと言い訳をしたそうですが)



ある程度の信仰の自由は認められるべきだと思います。
でも、輸血がどうしても必要な時は、未信者、脱JW家族が断固とした態度をとれば協会からの接触を断つチャンスが大きいようなのです。

協会からの接触を断たれたJWは協会に裏切られたと感じやすくなるのと、脱マインドコントロールのルールにあるように、物理的な接触が断たれると正しい判断がしやすくなるという要因が重なってJW本人も意思を変えやすくなるかもしれません。

が、

JW本人にとっては病気と信仰の戦いで大変な心痛を受けることになるので、選択できるならば、ここは家族が悪者になり、医療委員会を拒否し、すべてが済んだ後に
JW本人にすべては周りの反対者がやったこととして、気持ちを着地させるような

今は輸血拒否による死亡を避けるために、できる最善なことはそれくらいかも知れません。

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2009年・これからの抱負

2009-04-13 20:00:46 | ●お知らせ・その他
※この記事は2009年1月5日に書いたものです。

2009年になりましたね~。

みなさん今年もよろしくお願いいたします!

私の今年の、というか「これからの抱負」は

「ものみの塔に輸血拒否教理を撤回させること」

です。


このブログを今まで書くにあたって自分で調べたり、みなさんにコメントで教えてもらったりでわかったことはものみの塔を裁判で裁くのは無理があるということでしたが、

同時に裁判で勝つ以外の方法のほうが教団に影響がある、ということもわかりました。

(それに、たとえものみの塔が裁判にいくら負けても「サタンの攻撃」で済まされてしまうわけですしね。)

それでメディアや運動やJWをテーマにした文学創作などを使うほうが効果的ではないかと思うようになりました。



脱JWしてからとみに「人生一度だけなんだな。。」と思うことが多いのです。よく、信者が輸血を拒否するならそれは本人の意思だからしょうがないという意見も聞きますが、自分の親や親族、友達が輸血を拒否することで、死ななくとも良いのに命を落としてしまったとしたら、

その人は復活などなく、二度と帰ってこないのだから、やはり私たちが「無駄」を承知でものみの塔と戦うなり、みっともなくあがくなりしても

それはちっとも無駄でもばからしいことでも、格好悪いことでもないと思うのです。

そう簡単に結果が出るとは思えません。
というか、輸血拒否はものみの塔の最後の砦の一つだから、これが崩せるのかどうか正直いって自信も確信もありませんが、

まあ、努力というものはしても減るもんじゃないしね。。。

と、思うことにします!

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迫害

2009-04-13 19:59:15 | ●私の過去の経験
前ブログで自分がエホバの証人を辞めるにあたって、言いたい事がほぼ全部書けたと思っているのですが、ひとつだけ書けなかった事があります。

自分の父のことなので書くこと自体が気が重いのと、笑える要素がまったくないので救われないな~という気持ちがあったからですが、

私がJWをやっていた頃は今とは比べ物にならないほど未信者からの迫害が激しくて、家族から暴力を振るわれていた姉妹たち、子供たちは多かったと思います。

80年代前半は姉妹たちが顔にあざを作って集会に来ることなんかは全然珍しくありませんでした。これを読んでいる方の中にも激しい迫害を受けけて来た方もたくさんいらっしゃると思います。

私はその頃いろいろな会衆を回っていたのですが「霊的」な会衆ほど迫害が強かったと思います。
JW活動に熱心であるよう会衆全体から圧力がかかるので、集会奉仕に励むゆえに家庭状態が悪化するのでしょう。

姉妹たちが明らかに迫害という暴力を受けていても、会衆は信仰の戦いとしてさらに炊きつけはしてもシェルターにはなってくれません。(というか、協会が原因なんだからシェルターになりえませんが)

あの頃は~

今と違ってすべての集会には絶対参加だったのと、「平行を保って未信者の家族をかえりみる」という考え方がなかったので家族の迫害があったのは仕方がなかったのだと思います。それも家族への積極的な愛の結果だったのかもしれないけれど、


私は、毎日親に殺されるかもと思って恐怖の夜をすごしていました。
たぶん母が最初に殺されて、次には私たちも、と思わざるを得ない激しい迫害でした。

集会から帰ると家にかぎがかかっていて、
外で夜を明かしたことも数え切れないほど。

毎日が恐ろしかったです。

絶対何か起こってしまう、と思っていました。そんなことになったら父の人生も狂ってしまうと思うと同時に父がとてもかわいそうだった。



迫害は長く長く長く続きました。

「迫害が続いていましたが、ついに夫は真理を学びました」という経験を読んだり大会で聞いたりすると、

それよりはるかひどい経験をしている私たちがなぜ、
そんな経験ができないのか

はるかに長い間耐えてきているのに、
迫害がやまないのか

神への怒りとも失望とも、疑問ともつかない思いで

悔しくつらく、不公平だと思った。


JWのマインドコントロールが解けて今の私は幸せです。今はたぶん、ほとんどすべての思いに折り合いがつきました。ただ、

毎日毎日恐怖だった長い迫害の日々のことはまだ時々思い出します。

父にはうらみはありません。
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賛美の歌、盗作疑惑??

2009-04-13 19:55:01 | ●JW的エンタメ
※この記事は2008年12月23日に書いたものです。

クリスマスですね~。

ラジオをつけるとクリスマスソングばかりが流れてくる季節です。

その中で「これはJW賛美の歌にそっくり!」
と思ってしまった曲があります。

Once in royal David's city

ちょっと聞いてみてください。

盗作っていうよりも、、、

そのまんま

な出だし。

ちょっとくらいひねりなさい!
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