パーフェクトワールド

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疑問15 集会出席の要求

2007-05-21 22:57:00 | ●教理への疑問
定期的に集会に出席することはライフライン。

マインドコントロールには定期的な情報操作が理想的だから。ということはもう皆さん承知のうえです。

今日はそれを別にして

「発展途上国の人に集会の要求が果たせるか。果たせないとしたらそれはそもそも神の要求なのか。」

ってことについて。


JWというのはアメリカの宗教だし、よってある程度生活が確立された国でしか通用しない決まりがあると思います。その再たるものが集会。

たとえばこれは中国での話しですが、住むところもたず、ビルの建設現場で寝泊りする夫婦をテレビでみました。建設現場でペイントなどの仕事をしているのですが、ビルの建設が終わると同時に次の職場(であり、宿泊の場である)ビルに移ります。

例えばこういう人がエホバの証人になれるんでしょうか。

旅行しながら仕事をする類の人は、結局その職を辞めて「定期的に集会をとらえることができる仕事」を選ぶよう協会から励まされますが、

全ての人が(特に上のような発展途上国の人)沢山休みをとり、9時から5時の仕事にうつれるのか。というと違うと思う。

アメリカにうつった中国の人は大抵中国に残った家族のために、仕事を2つも3つもかけ持ちしている。中国の人はキリスト教という概念が新しいので、すぐ研究に応じてくれるけど、

集会の段階になってこの教会の要求が不可能であることに気付いてやめてしまう人が多い。

私がJW時代に非常に疑問に思っていたのはこの点で、

定期的ひとつの会衆にとどまり、毎週集会に出るというライフスタイルが確保できない人は

エホバの証人になる、(でいる)資格はないのだろうか。

こういうと周りのエホバの証人は

「それはそういう人たちがエホバのために職を変えたり、見つけたりしてこなかったので、大変な生活をしている。

集会にいきたという正しい願いのもとで、良い職をさがしていなかったから、エホバの助けがなかっただけ。エホバの助けがあれば不可能なことも可能。」

という。

ところが実際香港などでは飲食店で働くJWが多く、夜の集会の支持率がほとんどなくなって、平日に朝から晩まで(奉仕会、神権宣教学校、公開公演、物見の塔、書籍研究の5時間コース)集会をする。

という会衆ができてきている。

アメリカでも中国人のためにこうした集会形式がぼちぼち誕生しているらしい。
(ちなみに、今でもあるのかどうか分かりませんが、日本でも英語会衆はこの形式をとっていたと思います。)

忙しく働き、休みの日は朝から晩まで集会。

こうした生活がいつまで続くのか、ということしかり、、またこういう形式になると、崇拝を楽しむというより、とにかく要求をこなす

という感じになるんじゃないかと思う。

私にとっては、エホバ証人がほんとうに神が用いている組織だと思えない理由のひとつです。ある状況の人にはできて、ある状況の人には難しい。そんな崇拝形式を本当の神が選ぶはずがない、、って。
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怪しい経験その2

2007-05-21 02:15:28 | ●エホバの証人考
経験続きです。

これは今年の年巻に載ってたらしい経験です。


ところで私は年巻をまともに読んだことがありません。


これだけは敬虔なJW時代からの自慢。

周りの圧力にもまけず、本当に一度も読まなかった。


だって、あれって副教材っというか、おまけというか、学研でいうなら別冊読み物みたいな、(学研の別冊は読んでました。)

やつだから、読まなくてもエホバの天罰はあたらないだろうと良心が許したので。


さてさて。

だからこれが今年の年巻に載ってるかどうかは知りません。

が、英語のさだかでない姉妹が熱心に話してくれました。

「ある地域は水道がなく、水の配給が一週間に一度あるのみ。ある時、水の配給がある日に特別集会だか、大会だかがあたった。

この地域のJW家族は王国を第一にしていれば他は与えられるという信仰のもと、その日村をでて、集会に出席した。

その日家をにいなければ水の配給がうけられず、一週間水なしで生活しなくてはいけないのに、である。

夜、帰ってくると家族は
家のまえにいくつもの水の配給ボトルが置いてあるのを発見した。
不思議に思っていると

近所の人があなたたちが留守だったので、運んでおいた

のだと伝え聞いた。

エホバに感謝しています。おわり」


って、隣人の人に感謝した???


最近経験をきいて思うことは

●1 周りの人に迷惑をかけたりすることによって、JWにいいように事が運ぶ

●2 経験談のほとんどが発展途上国で起こっている


ということです。

この、「2」ですが、

もの見の塔の研究記事で出てくるエピソードのほとんどがやはり発展途上国のものです。気をつけてみてください。

つまり、、、欧米の都会などの先進国ではこういうエピソードは得られなくなった、それから発展途上国の人は周囲の教育体制や女性の地位などがととのっていないので、エホバの証人が喜ぶ種類の経験やコメントがうまくあつまるんでしょう。

大体、、水の配給の話自体、、近所の人に単に迷惑をかけてる話でしかないし、、

水道がない国の人の生活とNYで生活している人に同じスピリチャルな導きが必要でも、経験が当てはまるわけでもないと思う。。。
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怪しい経験談

2007-05-18 19:42:30 | ●海外のJW事情
以前ばうちんさんのブログで大会の経験談の裏、という記事がありました。

大会にいくたび、立派な経験を聞くたび、自分もがんばってるのに神の保護や祝福がないのはどうして?やはり何か至らないところがある?

とかって不安になったり。

はは。ばうちんさんの記事読んで今はそのからくりに「な~んだ」と思えるようになりました。

「ばうちんさんの所がそうでも他の経験全てが同じ裏があるとは限らない」

と言われるかもしれませんが、、私は大抵の経験がばうちんさんの御母さんと同じような経路をたどり”すばらしい話”にできあがっていくと思います。

だって…大会とかの経験って

どこかつじつまが合わなかったりするんですよ。

立派な話にかぎっって。

先回の一日大会でもこんな経験がありました。

難民である研究生の話です。

「ご本人は残念ながら、今回の大会に出席できませんでしたので、変わって私が尾話します。」と司会者。

大会級のりっぱな方なのに大会にきていない。



出だしから超怪しい。

「この進歩的研究生Mさん(男性)は、新聞を配る仕事をしていました。」

これ、新聞配達じゃありませんよ。町角にたって難民救済のビラを配ったりする仕事です。仕事とはいえ、ビラを受け取った人がチップをくれるとか、そういうのはあるけど、実際は難民を支援している政府系組織の活動です。

お給料制なのか、そういう組織の会館から衣食住が出ているので活動をしているのかは一切不明です。

さらに…そういう団体は元を正せばこの世のキリスト教がオーナーだったりするんですが。

ビラ配りをしているMさんは、ある日「女医」さんに出会います。女医さんは

Mさんが他のビラ配りをしている人たちと違うことに気付きました。

そこで女医さんはこのアフリカから来たMさんのことをもっと知りたいと思い、Mさんを食事に誘ったのです。

あやしい。

お医者さんが町角で難民の彼をピックアップ????
怪しい。

(多分このお医者さんである彼女はかなり御年で、Mさんがかなり若かったと思われます。)

数回あううち、この女医さんはMさんを両親に紹介し、そこで結婚を前提にお付き合いしてほしいとMさんに告白するのです。

Mさんはどうしたでしょうか????

会場沈黙


司会者「相手は地位ある女性です。彼女と結婚することは、ヴィザの確保、安定した生活を意味します。あなたならどうするでしょうか。」

司会者 「Mさんはそこで自分はエホバの証人であること、信仰をともにしないものとは結婚できないことを毅然としてつげました!!!こうして世では成功と皆されているものを王国の栄光のために後にしたのです!!!!」




これが100%本当の話ならMさんはどうかしてる。
正気に返った時、ものみのとうを訴えるでしょう。

しかし真実は女医さんはかなりの高齢か、女医という地位にありながら今まで普通に結婚されてないところを見ると、、、何か問題があった方と思えますし。

っていうか、、べつに研究生であろうが、JWであろうが淫行さえなければ、べつに世の人と結婚してもOKだし。
必然性のない話なんです。

つっこみどころ満載でなんともいえません。
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宣教学校・奉仕会のなぞ2

2007-05-17 01:33:36 | ●教理への疑問
神権宣教学校と奉仕会について。

神権宣教学校の旧教科書は好きでした。JW時代JW教理本にあきあきしていた時に、教理色の一番薄い本でしたし、そういう意味で読んでいても嫌な気持ちになったり責めれる気持ちになったりしなくてすむので、安全本でしたね。私には。

それに結構実用的なところがあったと思います。新しい本になってまわりはわいたけど、私てきには新しい本は嫌いです。やたらとでかいだけで簡潔さがない。表現も無駄に回りくどいようなきがして、単なる水増しだった印象。


ところで、神権宣教学校ですが、、2世の中にはこれが世で結構役にたったという人がいます。

私もそう思っていたんですが、親の反対を押し切ってアメリカの大学に入った時に(事情があってすぐやめました)最初のセメスターでこれと全く同じようなことをやるんです。ちなみに大学に入らなくても準備コースでこれと全く同じ授業を受けられます。いわば単位に入らない科目ですから。

いわゆる、スタディースキルというやつで、プレゼンのしかた、レポートの書き方、というやつですね。でもこれが神権宣教学校とそっくりなんです。

JW唯一の財産だったプレゼンスキルがたった週数時間、1学期であっさり網羅されてしまうんだなあ。って拍子抜けでした。

しかも

JWの神権宣教学校の割り当てって卒業がないですよね。

私なんか小学生からやってるから、何度クリアしたか分からないけど、まだまだきます。終わりがないんです。

いわゆるスタディースキルだけを永遠に勉強しているようなもので、

無駄です。

エホバの証人で良かったこと、にこの神権宣教学校を挙げてる人はよく考えてください。

考えて見るとエホバの証人で良かったことなんてない。って結論に私はなりました。

奉仕会については先に書いたように戸別訪問ビジネス集会と代わりないんだけど、「組織」会でもありますね。この集会に出てないとJW活動の日程がわからず、久々にいくと浦島太郎です。他の集会は家で出版物読んでるだけでクリアできるんだけど、これだけはちょっと違うと思います。

ものみの塔組織と密接に通じている集会です。組織の見かた、組織のお知らせ…エトセトラ。

そんな点でやっぱりどうしてもこれらの集会が「神を崇拝する」ための集まりとは思えない。
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ホームスクーリングをすすめるエホバの証人

2007-05-15 00:36:00 | ●教理への疑問
集会にいったのでいろんなネタが仕入れられました!(笑)

まだ元群れ司会者の失礼な態度には気持ちが収まらないし、これからのことを考えると憂鬱ですが…パニックになってばかりもいられないので、、記事書くことにしました。

先週訪問講演者が来たらしく、ある姉妹から一部始終その話を聞かされましたが、この人は外国人妻と国際結婚し世界中に旅行しながら奉仕してるそうです。

別に巡回監督とかじゃありません。ただのヒラですが、この夫婦に小学生くらいの子供がいるんです。

なんとホームスクーリングをさせてるんです。

みなさん覚えてますか?かなり前に雑誌にちょくちょく出ましたよね。最近は出ないので問題が起こってたんでしょうか。

でもまだいました、これやってる人が。

ホームスクーリングはつまり、子供を学校に行かせないで家でネットなどを通して学習させる方法です。

いじめにあった子とか僻地に住んでいて交通手段がない子、体に障害があって動けない子のための教育システムですよね。

でも、健常者にはこれ、どうなんでしょうか。

小学生という一番感性が磨かれる時に、家に隔離されてるんですよ。そして会うのは全てJW.

これ…って将来障害が出ないと思うのがおかしい。

JWはホームスクーリングについて「世からの影響を受けることがない。」とか「集会時間が確保される」とかいって奨励してましたが、いろいろな問題点があると思います。

●ネットからの学習の難しさ。


私はパソコンの前で学ぶのは大人にも難しいと思います。
学び取るのも難しいけれど、集中すること、時間の割り振りを自分で決めることなど、

通信大学が費用が安いのに対し、卒業が難しいのはその理由もあるんじゃないかな。しかし通信大学の場合はすでに受講生のほとんどが社会人です。

まだものの「概念」もわからない子供にいきなり、PCやネットから(教材は送られてくるとはいえ)学ばせるのは難しい。いわゆる読み書きの基本からネットなんですよ。

大人にも分からないことをネットできこうと思って、ふと「なんて表現すればいいの???」と途方にくれること、、ってありませんか?

ホームスクーリングでは分からないことを聞けるから、といったって、質問するのってかなり大変なんですよね。学校なら周りの子の発言や間違いを通して理解が助けられるってことが沢山ありました。

 ● 第二に、子供は概念を教えること。簡単な算数なんかも概念がないと子供に理解させるのが難しい。しかもこの子は同じ年代の子と学校で会うこともないわけですから、実際には概念というものを遊びの中から学ぶのに、その機会も極端にない。

 ● 第三に

ホームスクーリングは親の教育指導が大きく関わっているのに、ほとんどのJW
親には教育がありません。

大体ホームスクーリングを選ぶようなJW親は狂信的に決まってますから、ホームスクリーニングをしているからといって、ずっと子供と一緒にいて勉強を毎日たすける、というようなことはしないと思います。

だいたい、障害がないのにホームスクーリングを選ぶ親は、それなりの教育があり、現教育体制に納得がいかない、自分のやり方で子供をより良く指導したい、という親なんです。

つまり、親のほうにもフルタイムの先生の仕事のようなことをする、自己犠牲と
熱意があっての取り決め(笑)のはず。


ほとんどのエホバの証人の親にはそいう気持ちはないと思います。


かわいそうな子供だな。と思いました。

このことを話した時、会衆の姉妹は「遊びたければ会衆の子と遊べるし」なんて気のない返事をしてくれましが、授業中一緒に方を並べて学ぶこと、毎回休み時間の人と話す刺激、学校のイベントやいろんな先生に出会うこと、朝、嫌々ながらでも登校する、こういった貴重な経験は会衆の子と遊ぶのとは違う。

二度書きますが、ホームスクーリングを選ぶJW親のほとんどが

「世の影響をうけさせないように」

という理由で子供を学校に行かせないんですよね。

すごいことです。

私は2世だったけど、学校に行かせてもらえて本当よかったと思います。
親にそれは感謝しなくちゃ。と思いました。
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新しいカテゴリ!最初のエンターは「ヴィレッジ」

2007-05-12 06:09:16 | ●JW的エンタメ
新しいカテゴリを作りました!

JWで悩んでる時に気持ちを代弁してくれるような音楽とか、元気がでる本とか、同じような経験が書かれてる本とか、脱JWか悩むJWが良く共感できる映画とかを紹介していきたいと思います。

最初のエントリーは

「ヴィレッジ」

アフィリエイトじゃないから、リンクをクリックしても大丈夫ですよ。(笑)
単にアマゾンのこのDVD紹介のページに飛びます。写真なんかが見れます。


さて、この映画について書きたいところだけど、何をかいてもネタバレになるので書きません。ただJWだった人は

こ、これは!!

って必ず思うはずですから見てください。


監督はあの「シックスセンス」のMナイト・シャラマンですが、作風的には最近の「サイン」など「なんか雰囲気は怖いけど何も怖いことはおこらない」タイプの作品だから怖いことないですよ。

ただこわそうな雰囲気はあるけど、それが映画のテーマじゃないので、見たあとは全然気にならないはずです。

JW的良心に基づく評価

●不道徳シーン ゼロ
●悪霊的シーン ゼロ
●暴力描写   ある事故で登場人物がナイフでさされるシーンはあるが血は見えない


私は泣きました~。JWじゃなかったらなんでここで泣くの~?と思われるかもしれませんが。。。。

見てください!!!みたら、みんなかならず「こ、、、これは!!!」
って思うんだから。本当。

コメント欄はネタバレ感想歓迎です!コメント欄で「これは!」と語りましょう!!!
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疑問12 神権宣教学校と奉仕会

2007-05-10 21:18:57 | ●教理への疑問
日本とアメリカの王国宣教って同じなのかな、、しっかり見比べたこともないので分かりません。

アメリカでも集会中にガムかむな、とか集会にふさわしい服装とかの記事が周期的に出ます。

これ、反発を感じる人とそうでない人といますが、私はどちらのいい分も正しいと思います。

と、いうのは、世の教会ではノースリーブなどは不敬ってことで禁止ですが、エホバの証人は結構着てる。ジーンズ生地の服も労働用の服ってことでだめだけれど、ジャケットならならJWは着てる、

世の教会が観光客でもこういう格好をしている場合お断りなのに、エホバの証人はノースリーブやスリット、ひざ上のいわゆるビジネススーツとスカートのような格好もOKです。

と、いうのも、、、、

JWの集会って崇拝なんですか?


すごい義にがちがちなJWですが、こういうところ抜けてるのは多分、JWの集会が崇拝の場って感じがしないから手落ちになっちゃうじゃないかなと思います。

たとえば、黒人の方に多いけれど、JWを他のキリスト教と同じだと思って集会に来てくれる人がいます。こういう人はJWの他のキリスト教との差別化なんて知ったこっちゃないって感じで、ある意味正統はなんですが、

集会に来ているのにJWになる気配がない人たち(笑)がいるんですけど、

こういう人たちは、日曜日にはきちんとした服を着てきますが、

神権学校と書籍研究にはジーンズで来たりします。

つまり、神経宣教学校奉仕会と書籍研究は崇拝行為ではない


ってはっきり思ってるわけなんです。


それって正しい。

だって、神権宣教学校なんてただのスピーチクラスです。奉仕会なんて個別訪問セールスの集会とかわんないし、書籍研究って、その存在理由自体、、、これまた個別訪問セールス奉仕会の延長だし。(定期的に出版物読み返すと、研究司会の時役立ちますよね。)

神権宣教学校が崇拝の場である、というなら、どうして心からお話をつくって、エホバに感謝してる、、人の話を割り当ての適応にそってないから努力、ってことにするのは変。

これを崇拝とごっちゃにするのはやはり変です。やりたいなら、集会後に学校としてどっかの会館ででもすればいい。


こんな風にスピーチ学校とセールスミーティングを崇拝だと言ってるから、参加してる人も混乱するんですよ。ガム噛むな、とか、敬意を表す服装をしろっていっても、大体何に敬意を払わないといけないのか。敬意を払わないといけないような、世の教会のように神聖な気持ちになるような集会じゃないんですもん。

だから、ばりばりJWでもたまに服装とかガムとか指摘されないと、忘れてしまうんですね。

(ところで、めまいするくらい眠い内容できちんと意識を失わずおきてるためには、、ガム必需品。)

大会だとあんな長い時間崇拝してろっていうのが、そもそもハードな要求だと思う。世の教会のミサなんか短いですから。それくらいだったら、私も敬意を表してガムとかかまないから。


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断絶のすすめ

2007-05-08 21:38:02 | ●エホバの証人考
最近、スモークさんのブログで自然消滅中だったスモークさんに審理委員会の招集がかかったって記事がありました。

うちは兄が10年以上前から自然消滅中です。今考えてみると仕事が忙しい、就職した地元の会衆でうまくいかなくて疲れた、という理由以外の理由があったのかもしれないです。

自分の兄弟なのにお互い一切そのことは話していません。母にはいつか組織に帰るといっているらしいですが、今の私としては兄がきっぱり組織から離れていることを願ってます。

ところで、10年以上自然消滅の兄ですが、その間にガールフレンドの一人や二人、できるわけです。

でもそのたびに不品行が周りの世間(って誰だろう、兄の宗教なんて同じ職場の人でも知らないだろうし。)にも悪い証言になるので、PW兄兄弟には近々白黒つけてほしい。と長老が話し合っている。

といううわさを人つたえにきくことがあります。

世界的組織なんで、うわさはいろんなところをたどって実家であるうちの母のところにうまくたどりつくんですね、、、。

でもそのたび、母は食事ものどを通らないくらい心配して、毎日兄に電話攻撃したり、周りのうわさ(心配のあまり兄を信じないでうわさを信じるほう)を聞いてまわったり、大騒ぎなんです。

もちろん、JWから抜けてないころの私も、兄が断絶、絶縁状態になるわけですから、そろそろか、と何度も覚悟を決めて、それでもやっぱり見逃してもらえないんだろうか、、と心配して心配して、、、、

断絶の話がでるたびに母と寿命をすり減らす毎日でした。

JWを信じていない今となっては、母が悲しむということを除けば、(そして兄がJWを信じていれば、彼へのダメージも)私の心は少しも何も感じないけれど、


信じていたころは兄の死刑執行を待つ気持ちだった。


大げさかもしれませんが、JWとして排斥や断絶は神からの疎外、命の見込みのない、信仰上の一時的死刑です。復帰があるといってもその間にハルマゲドンがきたら終わりでしょ、、。

そんな風に思っていました。

母はそれこそがちがちのJWなので、悲しみながらも、やはり組織の評判が落ちるといけないので、女性とデートしているところを近所に見られてはまずい。ここは自分が息子と縁を切ることを我慢して断絶をすすめるべき、、、

なんて思っているようです。

不品行っていえばそれで排斥にもできるので、訴えるのに現場目撃証人が必要な淫行よりずっと使い道がありますね、

兄がアパートにガールフレンドをつれこむ(??表現が変。)現場を地元のJWが奉仕中に何回か目撃してる、(奉仕は区域内での不品行を防ぐのにも有益です。)

姉妹たちが長老にそれを相談。

長老はそれに応じて兄の断絶意思を会衆にあらわすことを本人に促す。

そんな状況が数年ごとにおきます。

兄も後ろ冷たく思っているのか何度か断絶か復帰のどちらかの選択を迫る話会いに同意してるんですが、そのたびに彼女と別れたり、周りに不幸があったりでお流れになっているので断絶にはいたっていません。

でもまた数年すれば同じような話が持ち上がるだろうし、そのたび母はまた寿命をすり減らすくらい悲嘆するんだろうな、、、。


長老は愛よりも、悪(?)を正す正義感に燃えてしまうんだろうか、長老にも、誰にも人を裁く権利はないと書いてあるのに、人を裁く権利があると錯覚してしまうんだろうか。

大体、断絶することを成員にすすめることができるんだろうか。

それって信仰上の自殺のすすめじゃないだろうか。

疑問です。
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模範的兄弟の模範的行動

2007-05-03 18:54:37 | ●日々のJW生活報告
公開講演での最近笑った話。

サタンのわなを避けるとかいう内容で、抵抗するための努力を日々怠ってはならないという話の流れでの「経験」談です。

公演者:「私は最近訪問した会衆でとても励まされた行動をした兄弟に会いました。この若い兄弟と私はタクシーにのって王国会館へ向かっていました。

このまままっすぐ進めば王国会館というところで、この兄弟はタクシーの運転手に右に曲がるよう指示しました。

タクシーの運転手と私はなぜ回り道をするのですか、とその兄弟にたずねました。
するとその若い兄弟は

このまま道を進むと不道徳な看板があるのです。私はそれを見ることを避けたいのです。

と言ったのです。

なんという模範でしょう。私たちも不道徳を犯す危険を軽くみず、このような努力を常に欠かさないようにするのは本当に身の守りになるのではないでしょうか。」


はははははは


っていうか、その兄弟、ちょっとおかしいんじゃないでしょうか。


いちいちセクシーな広告みて「不道徳を犯し」そうになるなんて、、よほど、、、

いえ、なんていうかな、この兄弟どこへもいけないね。
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