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「かけがえのない私追求」カルト&オカルト

2010-12-27 20:42:20 | ●脱JW後の悩みとガイド

池田清彦著の「科学とオカルト-際限なきコントロール願望のゆくえ」
という本を読みました。

なかなか興味深かったのでちょっと紹介したいと思います!

内容は....

人間は経済が支配する現代において人は歯車の一つでしかないという事実を認めたくない→自分はかけがえのない存在である事を確認するために以前は人々の関心は宗教に向かったが今はオカルト(科学的アプローチのオカルトを含む)に向かっている。

こうした時代のニーズのため占い、前世体験、神秘体験、オカルトジャンルの自己現実としてのステップバイステップメソッドがビジネスとして成功する。


というものだったと思います。

「カルトとオカルトは(自己現実、自己肯定の上で)同じニーズをもつ」という考えや

以前のカルト、宗教では後利益が「死後」にあったのに対し、今の世の中ではそういうものは、はやらず現在生きているうちに後利益を得られますというものに変わってきている

という指摘も興味深かったです。

JWは典型的な「死後「将来」後利益だったので無理がきいたんですが、今、現在の生活を犠牲にするようなスタイルの思想ははやらないって事ですね。(笑)


カルト、オカルトにはまりやすい人の典型

学校では人生の意味とは何か、幸せってなんだろうといった事を話題にすればばかにされてしまう。

しかしカルトやオカルトではそのような話ができるのでそれを嬉しいと思う人

本書では「元のニーズが同じなのでオカルトもカルトになる(こともある)」


と指摘されています。


人生の意味とはなんだろうというと思う事は悪くないけれど、答えはオカルトより別なところにあるとやんわり書かれているのですがもっと具体的に書いてあればなお読みやし本だったかな~と思いました。


オカルトもお酒のように適量を守って、というところでしょうか。
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★ 賢い人ほど鬱になる?

2010-07-08 22:43:12 | ●脱JW後の悩みとガイド
最近お友達に教えてもらったサイトで

「漫画で分かる心療内科」


という面白いホームページがあります。

漫画がただで読めます。(笑)

いえ、私はちゃんと書籍版で読みましたが、ウェブサイトでも同じものが
読めるようです。


その中で第三回の「あなたがうつか分かっちゃうクイズ」!というのがあって

みなさんにぜひぜひ紹介したいのですが、


その中で

「うつの人ほど現状をより冷静かつ正確に認識する」

「ばかな人ほどうつになりにくい」


「実際、冷静な目で見てしまえば世の中は不幸や悲劇で満ち溢れているかもしれません。

 一般的な人はバカだからこそ、それを忘れたり、気がつかないで生きていられるんすね。。」

と書かれていて


なるほど!!!!


と思ってしまいました。

エホバの証人ないでも心の美しい人ほどうつになり、そうでない人はあの世界の中で
幸せに生きていかれる。

エホバの証人を正しく冷静に見ればみるほど苦しくなりますが、そうでない人には
楽しい社交の場。。。

なるほど。


漫画の中の結論として

「まとめるなら頭がよく、クールに判断する人ほどうつになりやすい、ということ」

「たまには適当に生きたほうがいい。」

と書いてありまして、

またまた納得!



最近、「な~んか考えてみると神もいなさそうだし、前世とか転生とかの存在も残念ながら
望み薄みたいだし人生って救われないな~。」


と希望を失い傾向にあったので


この漫画にあるように「あたまがいい」という分類の人間では決してないですが、あまりにシュールにつきつめて考えると


うつになっちゃう???


と思い、

適当に前世や転生を信じつつ

人間を超えた存在を認める方向にスムーズにシフトして

楽に生きようなかな。。。。


な~んて気持ちになりました。

なんか、「幸せになれるコツ」ってこういう事だったんだな。。。と
ちょっと幻滅ぎみにも納得。

真実っていつもロマンがないですよね~。
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★占いについて思う事

2010-05-12 22:13:14 | ●脱JW後の悩みとガイド
占いについては

やはり信じてはいませんが、

何かに悩んでいて客観的な意見が欲しい時とかは究極的な「客観」意見になるんじゃないかな~

なんて思います。

抽象的な事を自分があてはめればいいんでしょ~?どうぜ自分で決めなきゃいけないんだし。


あと、ほら、やりたい事がある時とかは「上位からの」(笑)声があるとやる気が出るってのもありますね。天の思し召しだから~。みたいな。
どうせ人は自分の信じたい事しか信じないから。自分の隠れた欲望を知るためにいいかもしれない。

もちろん私の経験した占いはウェブの無料占い(笑)やおみくじみたいなものだけでものほん占い師に占ってもらったことはありませんから

そういう人のはこんな簡単な気持ちじゃ受け止められないシリアスなものだったりするのかな??と興味はあります。



占いに関してもうひとつ思う事は、占いって究極のホスト業だということ。

占っている人にその意識は全くないかもしれませんが、お金さえ払えばその人(占い師)は決められた時間自分だけを見てくれるんですよね~。

手相を見るならボディコンタクトもあるでしょうし、


自分だけを見てくれて過去、将来、未来を真剣に考えてくれる。(くれているように見える)、


こういう安心感というのは日常生活の中で特殊な経験ではないでしょうか。


そんなアテンションが一度は経験してみたくて、いつかは占いを受けてみるかもしれない私。あは。

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★催眠療法?前世療法?

2010-05-12 21:14:26 | ●脱JW後の悩みとガイド
脱JWしてから「前世」というのはあるのだろうか??

と時々考えます。

以前にも何回か書いているように、私のそれについての私の現在の意見は「あればいいけど、ないんじゃないか?」というものです。

ところで、最近コミックエッセーで催眠療法について書かれたものを偶然読んだのですが、考え方がなかなか興味深かったのでちょっと催眠療法について考え直してみました。


恥ずかしながら肝心のコミックエッセーの作者と題名はうろ覚えで検索してもみつからかなかったので後日また。。。

(tooruさんよりコメントで大田垣晴子さんの「わたしってどんなヒトでしょうか?」
という本だと教えていただきました。ありがとうございます。


私は催眠療法と前世治療といのは同じものだと思っていたのですが、

その本の中では「前世というのは胡散臭い」と思う人は潜在意識のドアを開けてみると考えれば良い。と書かれていて


な~るほど。

と思いました。


エッセーの著者は催眠療法を経験するのですが、

「潜在意識の奥に入ってみましょう」と言われると「そのドアは地下へ続くドアになっていて、なんだか厭な感じがしました。」と書いています。

その中にいる「もう一人の自分」に会ってみましょう。とセラピスト(?催眠術師?)に言われるのですが、

そこには「砂漠のような霧があって誰もいない」です。と答えます。


特に何もなく、彼女は現実の世界に戻ってくるのですが、潜在意識の階段を上がって上の世界に帰ってくると「床がぐにゃぐにゃしている」のを見ます。

で、この上がりの部分をもう一度導入してもらうと「今度は床が正常に見える」と言って

セッションはおしまい。


こういう体験談でした。


今まで催眠療法とか前世治療とかは「自分はインドの女王だった」とかナチスだったみたいなドラマチックな体験をする人の話ばかりが出ていたので、正直

「私が受けてもこ~いう感じに何もないんじゃないか?」と納得できたのです。


その本に出てくるセラピストさんによると人間は意識のある部分が一割、潜在意識が9割。だそうです。

それが本当だとすると、人間は今まで見聞きした事のほとんどを覚えていないというか、認識していない事になりますね。


そうすると前世が「インドの女王」だった自分を催眠術見た人は自分が認識しない脳の部分でそういう設定を見聞きした事があるのかもしれない。

それがリアルな(創造も含む)絵として催眠状態の時に出てきたのかもしれない。

と考えると自分的にはしっくりきます。


今まで前世が「ふんころがし」だったというエピソード類を聞いた事はありません。だいたいみなが見る「前世」が人間の意識限定なのは「潜在意識」のなせる技の証拠かな?

なんて思ってみたりします。


もっと分かりやすい例では

奇妙な夢を見てしまった後、「あの時ああいう光景をみたからそれが残っている」と後で気づいてな~んだ。。。と種明かしされる、みたいな。


 このコミックエッセーではセラピストが著者の女性に

「○○さんはガードが固くてなかなか核心に触れさせてくれない。常識でものを考え、ある意味ではそれが成り立っているので大きな問題はない。

ただ最後に床がぐにゃぐにゃしているのを見て、やり直しの時理性でなかった事に直してしまうのは気になりました。」と言われるのです。


多分!私が催眠セラピーを受けたらほんとこれと同じようになるんじゃないかな=と思いました。


何事も常識の上でしか考えず、こうだったらいいな~という希望も「あるわけないじゃん~。」と自分で否定してしまう感じで。


あと、この著者のように何かおかしくても周囲の常識を読んで気持ちを変えてしまうとかね。あるある。

きっと催眠治療で不思議なものをみても正常なものに変えてしまうとかやってしまいそう。


まあ、きっとふんころがしの記憶は出てこないと思う。。。。
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★プチ不幸希望の理由。

2010-04-08 20:41:14 | ●脱JW後の悩みとガイド

前回に挙げた本があまり気に入らない方におすすめの本があります。

「ザ.シークレット」の明らかに元ネタと思われる本です。


富を引き寄せる科学的法則
ウォルト.ワトルス著

原題は THE SCIENCE OF GETTING RICH

「リッチになる技」みたいなタイトルでしょうか。

もちろんリッチというのは金持ちになるという事を含めて「豊かな人生を送る」という意味だと思います。


100年以上前に書かれた本で「ザ.シークレット」はこの本をかみ砕いて現代的エピソードに置き換えた物です。

(蛇足ですが、ザ.シークレットの内容の酷似は一方で盗作と言われてもしかたがないと思うのですが、「富を引き寄せる科学的法則にインスパイアされたなどいう表現しかされないのはどうなんでしょうね?! 

特に「ザ.シークレット」の本文でこの本に啓発された等という但し書きさえされていないのが気になりました。記事には関係ない蛇足ですがちょっと言いたくなりました!)


やはり私はこの本でも自己犠牲について書かれた部分が気になりました。

いくつか引用したいと思います。以下引用↓


p47 「神は私たちが自分を犠牲にすることによって神の愛を確保できるなどという間違った考えは捨ててください。」

引用終わり。


私がエホバの証人時代に間違っていた事は神(JW組織)の為に自己犠牲をして苦しい生活をすればするほどエホバに喜ばれると思っていた事です。


今でもこの考え方の後遺症が残っていて楽しい事が続いたり、楽しい事を計画しようとすると何か不幸な事が起こるのではないか?と思ってしまう事です。


かといって本当に大きな不幸は嫌なので「小さな不幸.苦労」をしていると逆に落ち着くのです。


問題がある男性を好きになりがちなのはこのせいでしょうか???


自分は幸せです、と言うのも「エホバに十分犠牲をささげていない」という負い目感の癖で

生活の不幸な部分を積極的に探して人にアピールする部分がありました。


そうしないと人から責められると思いこんでいたからです。


この本ではこう続いています。以下引用↓


神が望んでいるのはあなたが自分自身のため、そして他の人のために自分自身を最大限に活用することです。

富に対してあなたが感じる欲求は神からのものです。これは神がピアノを弾いていた少年んを通して表現しようとしていたのと同じようにあなたを通して自らを表現しようとしているのです。

ですから心おきなく多くを望んでいいのです。あなたのするべきことは神の望みに焦点をあて、表現することなのです。



以上引用おわり


幸せになる事に臆病な方、楽しい事をすると罪悪感を感じてしまう方、自分のためになる事に専念しにくい方にはおすすめの本です。

ぜひ一度読んでみてください。




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★「私の父の家には住むところがたくさんあります。」

2010-03-05 17:52:43 | ●脱JW後の悩みとガイド
 先回の記事の続きです。


その記事の中でロンダ.バーンの「ザ.シークレット」という本を紹介しました。

その中でもう一つ、とても納得した考えがありました。


それは「宇宙にはすべての人が満足するだけの十分のものがある」「だからあなたは欲しいものを全部手に入れていいのです。」という考え方です。


「豊かさが全員に用意されているのです。」というと、世の中を見るとそうではないと結論する人もいるかもしれませんが、私は使徒14:1,2の


14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じまたわたしを信じなさい。 」

14:2 「わたしの父の家には住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたにそう言ったでしょう。」


という聖句を思い出しました。


この聖句も現役時代ずっとひっかかっていた聖句です。

今考えるととてもしっくりきます。


 ひっかかっていた点は聖句では「十分にあるから安心しろ」と言っているのに協会の出版物ではいろいろな事を我慢しなければ受け入れてもらえないという出し惜しみ感があった点です。


「ザ.シークレット」によると、不足感は自己犠牲感→何かを得そこなっているという感じを人に与えるとありました。


以下「ザ.シークレット」からの引用です。

「自己犠牲とは絶対的な不足という考えに由来している。この世には全員のものが十分にあるわけではないので自分は我慢します、という考えです。

(中略)そしてその考え方は怒りに変わります。

しかし実は豊かさは全員に用意されているのです。自分が望むものを引き寄せるのは自分の責任です。誰かほかの人のために引き寄せることはできません。

 (中略)

自分が気持ちよくなることを優先するとその素晴らしい波動が光り輝き自分の周りにいるみなの心をうごかすでしょう。」


引用終わり。


全文を読んでいない方や、ものみの塔ちっく又は聖書ちっくなな口調に拒否感がある方は多分否定したくなるような文章だと思いますが(私も最初読んだ時はそうでした。

が、一方で上の使徒の聖句を思い出し、そういえば父の家には十分にものが用意されてるから心配するなみたいな事いってたよな。。と変に納得したのです。


最近こういう本をいくつか読んでみて


聖書に書いてある事と同じだな~と思うことがとみに多くなりました。


以前「聖書はすべてが嘘ではないと思う」と書きましたが、それはこれだけ長い間読まれてきたこと、ほかの宗教の聖典や哲学本にも共通の事がかいてあるなどが理由です。


「ザ.シークレット」には聖句は引用されていませんが、聖書と似たような考え方がたくさん出てきます。


しかし上に書いたようにものみの塔で教えられていたこととはだいたいいつも正反対の意味でつかわれていますが、

私にはこちらのほうがいいなと思いました。


愚痴の繰り返しに聞こえたらもうしわけありませんが、エホバの証人の「自己犠牲」を強調する態度は


今思うと間違っていたどころか聖書に書いてある事と正反対で、「協会に寄付させたり、協会を必要とさせる精神的に不健康な人を作り出すための工作だったのかな」

くらいな酷い事を勘ぐってしまいます。


脱JWしてから精神的に回復するまで、数年かかりました。ナポレオン.ヒルは「(多くの事を制限させられてきた人は)長年体が麻痺していたような人だ。麻痺がなおったとしてもすぐに動くことはできない。

最初は指一本を動かし、次に腕を動かせるようになり少しずつ長い時間をかけて麻痺から回復して行かなければならない」

と書いています。


私が脱JWしてから回復までに一番時間がかかった事はこのエホバの証人の「自己犠牲」精神でした。

自分の欲しいもの、自分のしたい事を口にするのはおろか、具体的に考える事自体が非常に難しいのです。自分は最後に、自分は犠牲にしなければならないという考えがあまりにも深く根をおろしていたためだと思います。


自分が何かを得たらだれかが何かを奪われるという考え方に取りつかれていたのです。


そしてその裏側では自分はいつも損をしているという漠然とした失望がありました。


この本の章を読んでからは「父の家には住むところがたくさんある。そうでなかったらあなたがたにそう告げただろう。」というイエスの言葉を思いだすようにしています。そして、自分が望むものに罪悪感を抱かなくてもよいのだと今は確信しています。


「私たちのほとんどが本当に欲しいものを願望することを自分に許していません」-ジャック.キャンフィールド
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★なんでも祈り求めることはすでにかなえられたと信じなさい

2010-02-19 21:18:48 | ●脱JW後の悩みとガイド
 皆様お久しぶりです。

お正月に記事をアップすると書いたのに全然書いていなくてすみません。

それというのも、最近思っていたことをどう表現したらいいか自分でも分からず思いあぐねていました。


 最近、だいぶ前に不活発になった元JWの友人からメールが来ました。彼女は脱マインドコントロール出来ているわけでなく、会衆になじめずフェードアウトした子です。そしてたまにお母さんの希望で一緒に集会に出たりするそうです。


その子によると、最近集会で「輸血拒否」のプログラムがあったそうで、代用輸血(輸血拒否)を進める協会のDVDを予習として見せられたそうなのですが、

そのDVDの映像がグロイ!


王国宣教にも「グロいシーンがあるので子供とかは気をつけれ」みたいな注意書きがあったみたいですよ。


でも彼女によるとチャプターやマークがあるわけじゃないから、まるっと手術シーンが唐突に挿入される状況で、全部を見せられてしまった。みたいな。

すごく不快だった。と言っていました。



 あのDVDはだいぶ前に発表されたはずですが、自分は全部見た記憶がありません。確かにあの喉に何か詰まったような独特のべテラーによる特徴的な朗読の合間に、修正なしの手術シーンがちりばめられていたのは覚えてます。

なんでああいうシーンが数多く必要なのかはなぞですし作った人たちに文句も言いたいのですが、


久しぶりに輸血拒否の話題と、いまだこのようなDVDを見せられているエホバの証人(-その中には私の肉親も含まれる―)のことを思うと暗澹たる気持ちになりました。


それから自分の親が輸血を拒否して死んだら自分はそれを親の意思として尊重できるだけ強いのだろうか?

とか、そうなったら組織を許せるだろうか。とか


そんな事を考えたらもうその気になって底なしに悲しくなるは、怒りを感じるは、輸血拒否の教理だけはなんとかしなければ、でもどうやってなんとかするのか????とか

おなかをぐるぐるとかき回されたような酷い気持ちになってきたのです。



 そういえば、このブログを始めた頃、時につけて「輸血拒否だけは命にかかわる教理だからなんとかしたい」と書いてきたのにちっとも打倒への良い案が浮かんでいませんよね。


誰かがいいアイディアを思いつくんじゃないかな~と他人本義な甘えた考えもありました。


 輸血拒否反対運動をされている方たちもいますが、エホバの証人家族親戚の手前、こんなブログを書いていることも隠している私です。せっかくのそのような運動にも参加できません。


こんな事を書いている間にもどんどん輸血拒否の犠牲になったり、その教理のせいでただでさえ難しい状況をさらに耐えがたいものにされている家族が増えているのです。

どうしていいかわからないもどかしさばかりを感じていました。


 それに前回の記事でも引用させていただきましたが、(カルト)集団や個人は反対されるといよいよ結束するらしいですし、自分の親などを見ているとそれは本当に真実だと思います。

自分も父親から激しく反対されていた時期が一番信仰が厚かったですもん。


だから親に輸血拒否教理の間違いを説いても、親はますます熱心になるばかりですし、たとえ組織への反対運動をしても組織はより固く結束するでしょう。ね。


だから、本当に自分は何をするべきなのか行くべき道を全く失った気分でした。

今、自分は自由で、人生を謳歌して幸せだけれど、愛する人をこんな組織に残してそんな自分だけの幸せが何になるだろう。とか。


でもそんな自分をいつも暗い気分にさせるのがエホバの証人という組織とそこに残っている親や友人たちの事なのです。


そんな中、元JWのRさんから一冊の本を紹介されていたのでその本を読む機会があったのですが、

読んで日数がたつにつれ、とても自分の気持ちに良い変化をもたらしていることに気づきました。


その本は

「ザ.シークレット」ロンダ.バーン著

という本です。


実は、


 スピリチャル?ニューエイジ?


 などという印象や先入観があってせっかく長い間すすめていただいていたのに手をつけていませんでした。



ところが読んでみるとスピリチャルや自己啓発ビジネス感は全くなく、それどころか思いがけず救われた部分が多かったのです。


アマゾンのサイトを見てみると「引き寄せの法則」というジャンルの紹介されていますが、私はもっと違う印象を受けました。


エホバの証人の家族という爆弾みたいなものを抱えている私にとっては、どうする事もできない「無力感」と何かが起こる前に「敗北感」「後悔」を感じていたのでが、


その中でこの本の

「良い事を願っていれば良い事が起こる」


という考えは「どうする事もできない」という無力感からとりあえず自分をすくってくれそうで、しばらく考えてこのフレーズを信じる事にしました。


信じたいから信じるのではなく、しっくり来たというか、自分の中で無理なく納得がいったので信じることにしたのです。


その理由の一つに「なんであれ良い事を考え続けなさい」という箴言の聖句や


「持っている者はさらに与えられる」

「求め続けなさい。そうすれば与えられます。」


というイエスの言葉や

矢を三回しか放たなかったエリシャに対して神が「5,6回打つべきだった」と言われた聖句(列王第二13:19)

ソドムとゴモラを滅ぼさないようにという願いを聞き入れようとされた聖句など


などの意味がわかったような気がしたのです。


上の聖句たちは私に神はしつこい人が好き??という印象を与えていたのですが、その意味は分かりませんでした。

(JW教理の中にいると積極的に求める事はどちらかというとダメという印象があったのです。それよりも「求めないこと」「あきらめること」自己犠牲を神は良しとされるのだと。)


 結局は(良いことを)「積極的に求める人」が神に好まれるという事だったのではないかと「ザ.シークレット」を読んでいて「そうだったのか~」と一人納得してしまったのです。


 (本をすすめてくれたRさんも同じような感想を述べておられました。今思えばそういう理由でこの本をすすめてくれたのでしょうか。

 
だから良いことを思いっきり願っていいし、それは願った時にかなえられると読んで、上の聖句たちがそれを後押ししてくれるように次々と浮かんできたのです。


さて、冒頭の話に戻りますが


「ザ.シークレット」ではこんな事も書かれていました。


「なんでも厭だと思ったり強く反対したりするとそれが逆にやってきてしまう。それが実現してしまう」


そして私がエホバの証人に足してやってきた事はまさにそれだったのではないかと思えてきました。


 それで母親が圧力をかけてきたり、組織で行われている良くないことを耳にしてもその事について長く考えを巡らせるのは控えることにしました。


こういう事は確かに練習やコツが必要ですが、努力をしてみました。


結果?は今のところ自分の心が持ちそうもない時にはとても役に立っています。そういえば鬱ぽくなる時期やパターンがあったのですが、それがなくなりました。(今までは女性はサイクル的にそうなって当然なんだと思っていたのですが、そうでもないんですね)


問題が解決したのかといえばもちろんそうではありません。まぎれもなくエホバの証人という組織はまだ存在しています。


でも今の自分にはエホバの証人という組織が精神的に人を苦しめることがない世の中を願ってそのような日がくることを信じるしかありません。

で、そんな願いが実現するかどうかは、自分の気持ちが楽になったのは事実ですが、実は正直信じられません。。


「なんでも祈り求めることはすでにかなえられたと信じなさい


イエスも何か思うことがあってこう言ったのだろうから、一生に一度くらいはイエスという人を信じてみてもいいかな。と思ってはいます。


結局今まで一度もイエスを信じたことがなかったわけだから、一回くらいは?信じてみないと?



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★「脱会のためのカウンセリング」(西田公昭)

2010-01-14 22:01:46 | ●脱JW後の悩みとガイド

 先回の記事「マインドコントロールとはなにか」(西田 公昭)の続きです。

この本の後半に「脱会のためのカウンセリング(の仕方)」が載っています。家族や大切な方が組織に残っているという人には興味深い内容だと思います。

以下引用しててみます。

p 205 脱会カウンセリングの重要なポイント


1 生理的充

 カルトでは厳しい生活をしてきた人が多い。したがってまず重要な静養をとらせる


2 介入する理由(を相手に知らせる)―反社会性の指摘をする

 なぜそのカルトが問題であるか指摘する。

彼らは一見すると反社会的に見えても、もっと別の高度な基準に照らすと善であり、正しい方向に導くためのやむを得ない措置と考えている。

介入者はその高度な基準がいかなる論拠でいったい誰が与えているか理解しておく必要がある


3 動機付けの形成

彼らは自分たちの思想が絶対的に正しいと信じている。

そして組織から指導をうけ、抵抗する作戦を教えられている。

黙秘、まともに取り合わない、逃げる、納得したふりをする(などである)。

こうした状況を打開するには説得も会話も成立しない。このためだけに何ヶ月もかかることがある。


 なぜ介入者が介入しているのか、なぜしなければならないのか、彼ら自身に疑問を抱かせ、考えさせなければならない。


4 敵意と恐怖心の除去

 介入者は(カルト信者から)悪と認知される場合が多い。

それにこれまでに両者の間でおこった感情のもつれやトラブルが原因を深めてしまう場合もある。

(それでこの解決には)元メンバーの協力が有効であるようだ。

 カルトの中には辞めることが不幸の原因になり、悲惨な生活を余技なくされると信じている場合が多い。元メンバーが現在何事もなく暮らしているといううだけでも、彼らが信じていることとは矛盾している事実をつきつけることになる。

5 マインドコントロールの説明

 最近のメンバーはこの言葉(マインドコントロール)についてひとおり教わっているかもしれない。しかしそれを歪曲して取られているとこも多く、少なくとも自分たちだけはそのようなものを受けていると認知しない。

 そのために他の破壊カルトが用いるマインドコントロールの実例を提示するとこが効果的である。


 なぜなら、その実例の中に自集団の勧誘方法や生活と類似するものが必ず存在するのでそれに気づく可能性がある


つまり、自集団を客観的に評価する可能性が高まるのである。


6 思想の矛盾や問題点


 カルトの思想は一見科学的、論理的に見えたりするように作られている

またそれは非常に難解な文章で書かれたりして、理解しがたい部分を含んでいる場合もある。またそれがその思想を深遠なものを惑わせている場合もある。

しかし、精検しながら読めば明らかに事実と矛盾する誤りやトリックによる欺瞞がみいだされる

 また仲介者はそのカルトが行っている活動の全容を出来るだけ客観的な証拠とともに提示し、彼らの知らない活動や思想を示す努力をする。

このような事のために介入者はできるだけカルトの書物や察しを手に入れ、それを中心に用いる。

7 過去の記憶

 カルトメンバーになる前の行動や意思を思い出せることが有効。(脱会カウンセラーのハッサンによる説)


8 元メンバーの体験


 その類似性から共感を生み出すことにつながる。自分だけのことではなく、同じような経験を持つ人がいるというのは心強く辛い現在を乗り越え、新しく再出発するうえでの強い勇気を与えてくれる。

 破壊カルトから脱会を決意しても、彼らはすぐ様社会復帰することはできない。人によっては十数年、様々なハードルをクリアする必要がある。


p210 後遺症とリハビリ

1 情緒的混乱


心理的な空虚感、無気力感、憔悴感が半年ほど続く人が多い。「これから何かしようという気力がなくなった」など


2 情緒不安  

感情の上がり降りが激しく、自我によるコントロール感を失う。半年から5,6年つづいたという人もいる。


3 自責
 
長い人は5年以上続くこともある。


4 後悔 

 学校や仕事をやめ、将来の夢をあきらめたこと、財産や友人を失ったことへの後悔

「10年という長い期間、しかも若い貴重な時期を間違ったこと、犠牲にしたものはあまりにも大きい。悲しいことが多すぎる、、、」など

5 現実逃避 
あまりにも厳しい現実を考えないようにする。数年続く人もいる。

「あのままやっていれば苦しまなくてもすんだのにと思うことがあります」などという発言をする人がいる。

6 自信の喪失 自分で自分を管理することの自信を失う。


7 孤独感 

カルトから脱会して、全く孤立した状態で社会へと入っていかなければならないゆえの孤独感(を訴える)

8 拒否感 
 
カルトでの生活をイメージさせる物事へ反射的な嫌悪感


9 今後の生活への不安 

 人生の具体的な展望、仕事、結婚といった具体的な展望について悩む。

 「ちゃんと生活できるのか、仕事が出来るのか、まともに結婚できるのか不安」など


次の2 思考的混乱
の章では気分だけでなく「考え方」も脱会前のものに(意図せず)こだわる傾向が脱会後もしばらく続く事が指摘されています。

その具体的内容は、、、、



1 意思決定の困難 依存心が強まっていて自分で決定することが難しい


2 柔軟性の欠如 常に白黒はっきりした習慣が尾を引くことが多い。

3 言葉のトラブル 

カルトの言葉を用いてきたため、習慣的に漬かってしまう。「特殊な用語ばかりつかっていたので、一時的に言葉を忘れることがある」など

4 残余思考 
 カルトに与えられた考え方が偶発的に作動して当時と同じような行動をしてしまう。これはフローティングと呼ばれる。

5 条件反射 思想が誤りであると理解していても体が反射的に反応してしまう。

「異性と一緒に座る時は握手するときに拒否感がある」など。



以上で本からの引用を終わります。

こうやってざっと見てみるとここに書いてあることのほとんどが自分の身に起こりました。

(JWでない方はブログを最初から読んでいただけると具体例で理解していただけるかもしれまんせん。


自分の身に起こったことはこんな風にブログに逐一記録していてもうろ覚えだったり記憶違いだったりするものだし、人に話そうとするとどこから説明するべきか??なんてごちゃごちゃになってしまうので、

こうやって箇条書きであげられると「なるほどな~。」と理解しやすかったです。


他のカルトも同じことをしている事を知らせるというやり方はJWには効かないような感じもしますが、

自分の場合は特にオウム事件の時に少しの共通性を感じ、その先にある結論を見る前に怖くなって思考を停止しました。(その共通点について考えるのをやめました)


オウムの場合は犯罪性があり、特に共通点を否定したい頑固なJWの場合には好都合な点もたくさんあって決定的な脱マインドコントロールにはつながりませんでした。


逆に比較的「良い人となりの宗教」者たちとJWとの共通点をみて心は揺さぶられました。


伝道をするのはJWだけだと教えられていましたが、キリスト教圏の国では多くの宗教がJWのように(イエスのように)家から家の伝道をしていました。

彼らはJWのように集まり合い、公の集まりのほかに書籍研究のような事もしていました。


実際めったに他の宗教者を見ることがない日本のJWにはこのブログでもあげたドキュメンタリーや映画をさりげなく見てもらうのもいいかもしれません。


一つ言えることは、共通点を考え始めてから実際の脱マインドコントロールまでにはかなりの時間がかかってしまいました。その疑念を消そうという思いが強かったようです。


条件反射などはいまだなおっていないような気がします。

これはマインドコントロールの後遺症というよりも三つ子の魂百まで、みたいな感覚ですね。2世はマインドコントロールと教育が同時に行われるので、リカバリーまで時間がかかるか、リカバリーってったて、ちゃんとした元がないんだから戻りようがない?

そうすると二世は「後遺症から元に戻る」というより「新しい自分を作ってゆく」作業をしなければいけないのかもしれません。?

それから、以前の生活を思い出させ脱マインドコントロールさせるるというのは。。。以前の生活がない2世にとっては辛いですね。。。こんなところでも2世は苦労するよ。。。

コメント (7)

★マインドコントロールとはなにか 西田 公昭

2009-12-24 22:07:31 | ●脱JW後の悩みとガイド
 もう読んだ方も多いと思うのですが、今まで読んだ「マインドコントロール」を説明した本の中で一番良かったので紹介しておきたいと思います。

マインドコントロールや宗教問題を扱った本は意外に俗っぽいものが多く、脱JW直後はそういう本を読んでとても嫌な気持ちになりました。

もし脱JW直後の人やこれからしようとしてる方はこの本をおすすめします。

この本で一番良い部分はp205の 「脱会カウンセリングの重要なポイント」なのですが、長いので二回に分けて抜粋したいと思います。

前半は人がなぜカルト宗教にだまされてしまうのかが分析されています。

青い部分が本書からの引用です。

p132 破壊カルトにおいて、伝道活動、募金、修行、訪問販売などその生活は非常に厳しいものが多い。しかし、厳しい入会儀式は彼らの組織に対する魅力を損ねるどころか、かえっていっそう魅力を高めてしまう効果を持つのである。


自動的にエホバの証人になった2世にはわかりにくいところですが、あれだけ要求の多い宗教に自分の親たちがなぜあえてはまってしまったのかな、、と考えることがありますが、

要求が多いから逆にはまってしまうというのはなるほどと思いました。要求が難しく多いのでそれをクリアしたからには何か特別な事がありそうだとか、自分がひとかどの人間だと思えるのかもしれません。

(実際あの要求をこなしてきた人は偉いと思いますが


だからある組織が集団の外部から見ると奇妙で風変わりなことをやっている場合も、集団の結束をはかるためには、かえってそのような奇妙なことが必要であるという側面があるのだ。


● p152 ニーズ操作とアピール

勧誘者は個人のニーズの違いに対応して適切なメッセージを選んで用いる。

たとえば。。。

1 「あなたはーしなければならない。さもないと」という強制メッセージ
2 「あなたがもし正しい人間ならば変わらなければならない」訓戒的メッセージ
3 「あなたは変わることができる。そして救われる」という治療的メッセージ
4 「あなたは変わることができて、あなたのもつ潜在能力を引き出せる」自己現実メッセージ
このうちどれかもっとも有効な影響力が与えるであろうものをうまく組み合わせて用いる。

このような勧誘メッセージがタイミングよく出されると、有効な影響力の武器となる。



伝道で使われたテクニックですね。なるほどと思った部分は次の部分です↓

そして、ニーズが低い被勧誘者には、扇動してニーズを高める操作をおこなうことがある。

つまり、不安や恐怖感を喚起しやすい社会問題を提示するとか、被勧誘者の弱点をうまく聞き出したり、調べたりしてその点を攻撃する。

例えば戦争、経済危機、環境汚染、いじめや子供の非行など、誰もが頭を悩ますような解決困難な提供し、本人に問題解決を迫り、答えの出せない状況へと追いこみ、依存心を高めるのである。



ニーズが少ない、もしくはニーズがない人というのは健全な精神を持った人とか、不幸な環境にいない人とか、2世とかだと思います。「ニーズがなければニーズを作る」ということでしょうか。


その方法とは。。。。

ニーズとメッセージの組み合わせ


1 自己変革欲求に訴える 罪悪感やコンプレックスを標的にしてもし学んだら悩みが解決できると言う。

2 自己高揚欲求に訴える 人生における有能感を与え、生きがい、社会貢献といった人生の目的、見習うべき価値あるモデルを提供するなど。「人生の目的がわかりますよ」など

3 認知欲求に訴える 自分、世界、歴史、宇宙、霊界などの超自然について理解したい欲求。特に超能力、神秘的なもの、理想的な家庭や世界、歴史の法則や世界の終末などについて正しく認知しようとする動機付けを与える。

「科学では解明されていない驚異の世界がある。」「謎に思っていること全てについて分かる、知りたいとは思いませんか」など


4 親和欲求に訴える 親密な仲間集団を求める動議がみたされていない状態。孤独感を癒し、真に心を開いて語り合う場所と人を提供する。

「同じような仲間がいるから、一緒に考えましょう」「唯一、真面目に真剣に人生を生きているすばらしい人たちがあなたの友達になってくれますし、その仲間は親よりもすばらしい」など

こうして被勧誘者は彼らの主張を聞いてみるくらいはいいのではないか、と思うようになる。だれもが気づく通り、ここに取り上げたことに関して多くの人が悩んでいたり、あるいは関心を寄せている。



こんな風にしてエホバの証人は家庭に入り込むわけです。

自分の母親もこのどれかに当てはまったのではないかなと思います。

もちろん、自分もエホバの証人を知らなかったら、もし話を長く聞いていたら信じてしまったかもしれません。

以上がマインドコントロールの始まり部分です。

次にどのように組織が神聖視されるようになり、結束が固まるのかについての説明です。


p 185 組織の強化と維持


1 外敵回避

 カルトのメンバーは常に被害者意識を煽られ、外部が自分たちを迫害し、攻撃し、組織をつぶそうとしていると考えるようにさせられている。
そして自分たちの親や友人までがその外部に操られて自分たちを拉致し、監禁し、場合によっては薬物を用いて集団からの脱利を強制しようとすると考え警戒している。


2 離脱の恐怖


 カルトは集団の外部にいると何か不幸なことや危険が生じるといった恐怖感、今しか機会がないという切迫感、自分の力ではどうすることもできないという無力感を与えることがある。


これによってメンバーは情緒的な混乱状態に置かれる。
そして同時にその破壊的状態から救う唯一の教祖への依存心や忠誠心を高めるメッセージを提供される。

事実上、行動の選択肢をなくしてしまうのである。

これらの情緒的混乱が信者に教義に背くような思考を生じにくくさせ、もし生じても恐怖ですぐに打ち消させてしまい、信仰の強化、維持に機能してゆく。ハッサン(カウンセラー)はこれを「思考停止の技術」と呼んでいる。


3 カルトのアイデンティティー

 個人はカルトに入ることによって社会的なアイデンティティーを取得する。つまり、個人が非個人化して所属する組織のメンバーとして自己を同一化することにより、自分が所属する集団とそれ以外の外集団との区別が明確化する。


4 迫害感をマゾヒスティックなまでに与える

メンバーだけで助け合うなかで、あたたかさ、思いやり、純粋な人といった対人的魅力やわれらという仲間意識をもった集団の雰囲気が形成される。こうした集団のまとまりの良さを集団擬集性というが、それを高めるものは自己愛(ナルシズム)に満ちた優越感や誇りである。


つまり自分たちだけが特別な指名をもった選ばれたエリートであると考えること、格別のこと(真理)を知った唯一の集団と信じさせるのである。


したがって外部の人を知性が低く、邪悪なものと軽蔑したり、救ってあげなければならないという使命感を感じる。この高い目標をもった自己愛が外集団との区別を先鋭化させ、批判は根拠のない中傷と考えるようになる。



エホバの証人でいてこの中で強く感じたことは

1の「外からの攻撃」を無からつくりだして、それに対しての恐怖を感じさせる点と、3の「アイデンティティー」の部分です。(もちろん他のどれもしっかり使われていましたが)


この中ですごくなるほど!と思った部分は

「こうした集団のまとまりの良さを集団擬集性というが、それを高めるものは自己愛(ナルシズム)に満ちた優越感や誇りである。」

ってところでした!


自分のその一部だったわけですが、エホバの証人というのは時にものすごく傲慢なんですが、もとから自己愛よりの人が惹かれる体質なんですね。。。。そして教理の中でそれがいつも刺激されているので増長してゆくという。。

今もJW現役の人と話し合う際にまいるのはこの強いエゴ部分です。


次にカルトに参加し始めた人がどんなふうにどんなふうにコントロールされてゆくかについて書かれています。

p188 行動の管理


 新しいメンバーは組織によって与えられた役割を一生懸命演じてゆくうちに、自己の態度がその役割にそって変化する。


カルトのメンバーは自集団の思想についてまだ全部を理解していないという認知があり、常により深い理解をしようとする。

そのために一番良いのは、その集団で様々な活動に奔走することであると指示される。

また新参者に対して「今は分からなくともやっているうちに理解してくる」という。



何か付け加えることもないくらいです。エホバの証人の教理は膨大で何十年やっていてもまだ学びきれていない。等と考えます。

実際には神学というのは一生の学問ですし、エホバの証人の場合歴史に沿ってまなんだり、一つのテーマを深く掘り下げる研究をするかわりにあっちからすこし、こっちの歴史からすこしと

あちこちつまみ食い的な学習を(わざと?)するのでさらに難解なイメージを与えるのでしょう。


生理的剥奪を生活の管理

 生理的なストレスを与えることがマインドコントロールを助長するという考え
サーガンと、リフトンをはじめとする洗脳の研究において明らかになっている。

1 単調な生活

 カルトの生活はパターン化され単調である。そんな中でメンバーは常に上のものに相談し、指示を与えられることが多いため、解決方法の未知な問題に遭遇しにくく、意思決定に迷うことがない。


2 異性感情の抑制

 カルトメンバーは異性への性的欲求などを極端に抑制することを求められることが多い。


3 肉体的疲労

 メンバーに激しい活動を強いているとこが多い。あるカルトの例ではメンバーは日々課題目標をたてて、その目標を決死の覚悟で達成すべく行動し、達成しない場合は時間を延長してでもおこなう。


4 切迫感


 どんなに厳しい活動であっても、いまこそ集団で活動に邁進してゆかなければならない状態にあると強調される。あるカルトは聖書の終末論にそって世界の終わりが近づいてきているとされている。

そして今がハルマゲドンのために人間が神に協力する最後の機会であるから、一生懸命活動しなければならない。このような切迫感により常に活発に活動することを余技なくされる。(緊急事態)

そして緊急事態における人間の意思決定では情報を幅広く取り入れる能力が低下することが分かっている。

(カルト団体は)このような操作をして常に「自ら考えたように感じさせる。選択の自由があるがことくに思わせる」


はい。



なにもJWにあてはめたコメントがいらないくらい、そのまま当てはまります。


次回に続く。

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★脱JW後、私の思想がどのように変わったか

2009-11-14 22:27:24 | ●脱JW後の悩みとガイド
 なんか大それたタイトルですが、あまりいいタイトルが見つからなかったのでとりあえず書いてみました。思想ってほどじゃありません。


脱JWした後、私がどんなことに感化されたりされなかったり、また考えなおしたりを繰り返したか

今ももちろんその途中ですが、カテゴリーを設けて書いていきたいと思います。


自分なりに試行錯誤して何かを見つけようとしているのですが、同じような事をしているみなさんのご意見も聞きたいのと、良いものは「こんな考えもある」とてっとり早く紹介してみたいのと、脱JWした皆さんから教わった良いことをきいてもらいたいのと、いろいろ理由はあります。


JWでいたという経験で私が一番大切に思っているのが

「絶対疑いのない真実だと思っていたものにも正反対の裏があることがある。」

という側面です。


具体的に言うと、重力の法則くらい確実だと信じていたエホバの証人の教理が間違っていた、ということですね。


すっかりあっさり、本当に簡単にだまされていました。


もう騙されないぞ!という気持ちと「これだけ痛い経験をしたのだからもうだまされることはないだろう」という

おごりの気持ちもありました。

が、それには当時気づきませんでした。



脱JWした当時は「エホバの証人の言っていることは真赤な嘘」と100%信じていたのですが、

今思うとJW時代と同じ思考回路になってますよね。


100%正しいものがあるのかどうか。あったとしても自分が簡単にそれを見つけられる(ほど頭がいいと)うぬぼれないほうがいい。

と最近はやっと気づきました。


たとえば「聖書も価値のない、ただの本だ」とJW教理を信じなくなった時点で簡単に結論づけていましたが


なんでも100%決めつけるのは危険かなと思うのです。


逆に脱JWしてから別のすぴりちゃるな世界や世界観に、また100%信頼を置くのも、

慎重にしなければ。と思います。


なにせ、以前30年くらいも自分にだまされてましたからね~。


これで偏った結論にかたまると


学習しないひとだな~。


いうことになるので。?


いつでも「別の見方」を持っていたいと思います。

でも実際には一つの見方に凝り固まってしまう傾向がある方です。えへ。


※別に聖書の神聖さを考えなおしているわけではありません。

でも、創世記の記述を「宇宙人が人間を作った時の記述」と考える思想なんかは面白いな~なんて思います。



※カテゴリー名を「脱JW後の悩みと導き」に変えました。導きより悩みが多いので。(笑)
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