パーフェクトワールド

現在はゆっくりの更新ですがよろしくお願いします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ばうちんさんのオフ会があるそうです。

2008-05-31 17:41:52 | ●お知らせ・その他
先回アクセス数について書きましたが、このブログは一切解析はかけてませんから、現役の方やこういうブログを見てるのが気まずい立場の方、安心してくださいね~。

IDとかどこから来たかとか、全然分からないようになってます。アクセス数も1週間くらいで消えます。そういうGooブログのあっさりさが気に入って使ってます。


ではお知らせ:


ばうちんさんのところでオフ会があるそうです。公のオフ会はこれが最後になりそう、という事なのでこの機会にみなさんどうぞ!

以下日程です。


1) 広島 7/26(土) 決定! (8名以下なら中止します)

一次会・二次会・三次会フル開催
未確定でいいので、7/5までにメールで御連絡下さい。(現地幹事いたらお願い)

2) 名古屋 10/12 (日) 決定!(10名以下なら中止します)

一次会・二次会・三次会フル開催(ただし、現地幹事を募集します)

確定事項

子連れ参加が見込まれます。喫煙者は配慮していただきます(そう、お外でタバコを吸うんです)
ばうちんは、地元ではないので・・・主催者ながら、幹事に丸投げということになります。
参加希望は本日よりメールで募集します。

3) 高松  7/19 (土)決定 (何名であろうが決行します)

メールで本日より受付開始です。(締め切り7/12まで)
一次会・二次会のみ (23:00で完全解散)
翌日のアテンドは多少いたします。

参加連絡方法

1) どのオフ会に参加するか、何次会から何次会まで参加するかを明記。

2) HN(本名必要ありません)、どこから参加するかを明記。

3) 携帯のアドレスを明記してください。

これをばうちんのPCアドレス bautin280@yahoo.co.jp へ送って下さい。


以上転載させていただきました。

参加費など他の詳細はばうちんさんの記事で読めます。こちらです。


楽しいオフ会になるといいですね~
コメント (6)

トラックバックお休み中。そして

2008-05-23 02:50:07 | ●お知らせ・その他
輸血一連記事ちょっとお休み。お知らせ:

このところ、妙にアダルトトラックバックが多くなってきたので、トラックバックを一時ストップしてます。トラックバックしてくださっていた方すみません。


あと~。いつもはアクセス数もランキングも全然見てないのですが、この前ちょっと見てみたらGooブログ中700位台にこのブログがランキングしていました!





宗教ブログとしてこれは喜ぶべきことではないでしょうか!!!

JWと全く関係のない一般の方からコメントが入ることもありました。このように世の中の関心が少しでも「JW問題」に向いてくれることは

すばらしいことではありませんか!!!



エホバからの祝福です!!!


これまで読んでくださった方、そしてリンクなどで紹介してくださった方、コメントで参加してくださった方、メールなどで影で励ましてくださった方々のおかげです!!


これからもよろしくお願いいたします。
コメント (20)

JW内に見られる輸血拒否教理見直しの動き

2008-05-22 03:20:38 | ●海外のJW事情
さてさて、先ほどから参考にさせていただいているHP「エホバの証人の情報センター」で、

「最近は北アメリカやヨーロッパで医療委員をはじめとする一部のエホバの証人の中で輸血拒否教理を見直そうという動きが始まっている」

という一文があります。

個人的にやはりな~と納得できる理由として、医療連絡委員会やってる兄弟は説明していて矛盾に気づくという事と、


最近はブルガリアをはじめとするヨーロッパで輸血をしたための排斥処置が政府によって禁じられはじめた、


という点があります。


1998年ヨーロッパ人権委員会でものみの塔とブルガリア政府との間でブルガリアのJWは輸血を受けることを自由に選択できる、そして協会は制裁を加えてはいけないという調停がされたことは、

エホバの証人に全然知らされていません~!!!

(これはエホバの証人がブルガリアにおいて公的宗教団体と公認される見返りだったと見る人もいる)


ヨーロッパに住むJWの兄弟からの報告(彼はご家族とも現役なので、詳しいことは伏せさせてただきますね。)では、ヨーロッパのある国では輸血拒否カードを製作する際に、弁護士による正式な立会いが必要だそうです。(一枚の輸血拒否カード製作に弁護士代が約3万円ほどかかるそうです。)


成員はその弁護士料を各自独自で払わなくてはならず、それは毎年行われなければならないわけで、経済的圧迫にもなっているようです。
家族全員がJWならえらい出費ですね。。


これによって現金がないという理由で輸血拒否カード製作をしないJWが会衆の大部分をしめるようになったところがあるのだとか。


良い傾向だと思います。


●会衆内での反輸血拒否運動


これはアメリカ、カナダで10年くらい前から起こっている運動です。ネットではなく現場で行われているようです。

アメリカといえども現役エホバの証人が反輸血拒否運動が出来るわけがない!と思われるかもしれませんが、これができるのです。


実際私が交わった会衆に一人いました。


この姉妹は注解や奉仕の特権など一切ペナルティーなしで活動をしていました。


実はこの人たちは輸血拒否によって実際子供や親をなくしたエホバの証人なのです。


この姉妹は息子さんを輸血拒否で亡くされたのですが、長老団としてもヘンにこういう人の口をふさぐわけにはいきません。

しかし同時にあまりエホバの証人内での証言の効果はあまりないように思いました。


会衆の反応は「触らぬ神にたたりなし」みたいなもので、「彼女は子供を亡くしてその悲しみのあまり信仰が弱くなったのでしょうがない」と片付けられてしまうのです。

彼女はパンフレットのようなものを配っていましたが受け取る人はいませんでした。

長老は、というと、こういう人に対して演壇からは注意せず、


個人個人に「あの姉妹ははっきりはいえないが問題を起こしている」というんですよ~。決して輸血拒否教理に疑問を持っているとは言わないのです。

後日この姉妹が近づいて輸血について話すと、、

成員は「あ~なるほど、この姉妹は色々問題があるらしいけど、やっぱりこういう変な事をやっている」と警戒して大体は姉妹の話を自主的に聞かないのです。


この姉妹は輸血拒否がなぜおかしいか説明するプレゼン一式を持っていて、聞いてくれるJWがあれば行って説明するという運動をしていました。

プレゼン一式をもって集会に来るわけです。そしてものみの塔研究で普通に注解もし、集会後何人かの興味をもったJWと連れ立って出てゆくわけです。


そのほか良心的に人工透析を受けている兄弟で「聞かれれば話す」というスタンスで話をすすめている人もいました。

さすが欧米の人、、という感じですね。日本人だったら静かに会衆を去るのでしょうが、向こうの人は疎まれても居つづけますよ!という感じでしょうか。

こういった運動を公にしている人が会衆に残れる傾向があれば、これから5年、10年後この教理は完全に「良心の問題」「排斥対象にならない」教えにシフトチェンジするのではないかと思うのです。

もちろん、建前上輸血は由々しい罪として糾弾し続け、一方で輸血を選択した人にペナルティーはないという方法での「解禁」ですが。


つまりネットなどで情報を得ていないまじめなJWはこれからも損をする、というわけです。

そういうわけで現役輸血拒否反対活動やネットでの抗議がこれからも地道に続けられていかなければならないわけですね。。。
コメント (21)

JW輸血拒否の意外な歴史

2008-05-22 02:22:51 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
意外、、といってもネットを見ている方にはもうすでに知っておられると思いますので、ダイジェスト版として手短にまとめたいと思います。


ホームページ「エホバの証人情報センター」のエホバの証人の血の教えの歴史的発展とその現状というコーナーの中の第一章「エホバの証人の医学・医療に関する教えの歴史」が詳しいのでぜひ読んでみてください。


このHPではエホバの証人が過去主張してきた医学方針を取り上げています。


ここでは「寝る方向」(北に向いて寝ると磁石の流れの恩恵を得られる)とか、「全ての病気は腸から始まる」「アルミ二ウムの食器の危害」(当時のJWはアルミニウム食器を使っているレストランを避けたりしたそうです。)などが、

JWが当時出版していた雑誌「黄金時代」(後の目覚めよ!誌)によってまことしやかに説かれていたようです。


●ものみの塔の医学嫌いの傾向


JWが発行していた雑誌には数々の医学不審に関する記事が載せられていた。

以下「黄金時代」1931年8月5日727ページ引用

「医者たちが使う薬や、血清や、予防接種や、手術などは、時々行われる外科的な処置を除いては、何の価値も無いということを、われわれは肝に銘じておくべきである。

彼らの言う、いわゆる「科学」はエジプトの黒魔術から始まっており、その悪魔的な性質を失っていないのである。


「黄金時代」の読者は僧職者の不愉快な真実を知っている。同じように、読者は、医者についての真実も知るべきである。彼らは「神学博士」と同様に悪魔崇拝をする呪い師(医者祭司)から始まったのである。」


以上引用終わり


医者は悪魔崇拝から始まった?科学は黒魔術から始まった?


と~っても大胆な意見ですね!

そのほか

●狂犬病は存在しない
●高温殺菌の牛乳は危険
●細菌によって起こる病気の否定


などの興味深い記事が並んでいます。(上に挙げたリンクをご覧ください)


同時にものみの塔協会はいろんな怪しげな治療法を推薦していたようです。たとえば、、、

●癌の治療法を発見?

「ものみの塔」1913年7月1日200ページ引用:



「われわれは、最近、体表にできる癌に対する大変効果的で、簡単な治療法を知った。

われわれは、医師がその効能を試してみたのち、その情報を1000ドルで買い取り、癌病院を設立し、治療は順調にいっていると聞いている。

その処方はわれわれの所にただで来ており、われわれはその処方を伝えたいと思う。

しかしこれは体表の癌に悩まされている人で、われわれに直接手紙を書いて、状態を知らせてくれた者に限る。料金は徴収しないが、患者を守るために、その者は処方を他人に売ったり、その使用によって支払いを受けたり、処方を他人に教えたりしないことの約束を必要とする。

誰でも癌の患者であれば、われわれの所から処方箋の得られるこれらの条件について知らせを受けられる」


以上引用終わり:


また医療器具と称して「バイオラ派ラジオ」(ってなに?)、ウィジャ盤のような病気診断機などの販売を誌上で行っていたようです。


●現在の輸血拒否教理につながる流れ


ものみの塔は予防接種なども過去禁じてきました。

「黄金時代」1923年1月3日引用


「予防接種の原理からだけでも、この行為は糾弾するに値する。腐った物質である膿を血液循環の中に注入することなど、どう贔屓目に見ても、吐き気を起こさせる嫌悪すべき行為である。

予防接種に何らかの意味があるとすれば、それは健康人あるいは病人に感染物質を注入して、忌むべき悪質な病気を作ることである


予防接種が稀ならず、死、梅毒、癌、結核、発疹、癩病やその他の病気の原因となっていることは、もはや疑いの余地もなく示されている。

知恵の優れていた子供たちはワクチン接種を受けた後まもなく、鈍くて愚かな子供になってしまった。彼らを健康状態に回復させるのは困難であった。」


以上引用終わり:


現在のものみの塔の妙に断定的、威圧的な口調に似ていますね。「ワクチンを受けた後は子供がおろかになってしまった」って。。。(笑)。すみません、でもちょっと笑ってしまいました。


(予防接種については後に協会は見解を変えて個人的に決定するべきこと柄としました。)


詳しくはHP「エホバの証人情報センター」の第二章:予防接種に関する教えの歴史で読めます。


●現在の輸血拒否教理はいつできたのか


先回の記事で載せたように創始者ラッセルの時代には輸血拒否の教理はなかったようです。


●1945年7月1日号「血を食べることに関しての罪」-ここでは血を食べる事と輸血をする事は結び付けられていない。

●1951年7月1日号で「輸血禁止」が明確に。しかし罰則はなかった
●1961年1月15日号で「輸血をしたものは排斥になる」と発表。

それ以後、多くの細かい規則が年を追って出てくるようになり、具体的な治療法がやりだまに挙げられては後に解禁になるというパターン。

詳しい内容は同HPの第三章:「血の教え」の成立の歴史で読むことができます。


筆者は医師の方だったと思います。すばらしい資料ですので、まだ読んでおられない方はぜひ一度目を通してみてください。

こういう以前の主張を見てみると、いくら昔の記事で医学的に暗い時代だったとはいえ、、、、

神の導きなど微塵もうけてない組織だ、という印象を受けました。


次回はJW内で起こっている「輸血拒否教理」を見直す運動についてです。
コメント (5)

JWと血について話し合うための基礎知識4 「新訳聖書から」

2008-05-21 03:12:23 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
エホバの証人と血について聖書から話し合うための予備知識シリーズの最終回です。

結構早く終わりましたね。

っていうのも、「輸血を避ける」JW教理を支持してる聖句は断然少ないからです!!


今日は新訳(ギリシャ語聖書、キリスト以後の聖書)からの聖句を見てみましょう~。


JWの主張

論じるの本より:

「クリスチャンは血を避けるようにと命じられています。-使徒15章28節、29節。」



該当聖句使徒15章28節、29節の内容」

「聖霊と私たちは次の必要な事柄のほかは、あなた方に何の重荷も加えないことがよいと考えました。

すなわち、偶像に犠牲としてささげられたものと血と絞め殺されたものと淫行をさけている事です。

これらのものから注意深く身を守っていればあなた方は栄えるでしょう。健やかにお過ごしください。」


この聖句へのものみの塔の脚注
聖句を引用する際、「聖霊とわたしたち」のあとに括弧付けで(クリスチャン会衆の統治体)と付け足している。

さらに「絞め殺されたもの」の後に同じくかっこで(または血が抜かれずに殺されたもの)とつけたしている。


最後に「ここで血を食べることとは、偶像礼拝や淫行など、私たちが行うことをのぞんではならない事柄と同じように扱われています。」という文が加えられています。


「私たちが行うことを望んではならない事柄」って何?この回りくどいいいまわしは?サブリミナル??

エホバの証人の適応の仕方の問題点

●語られた背景、本来何について語っているのかを無視している。


聖句の前後を読んでみるとあっさり分かります。

15章1節 「ある人たちが下ってきてモーセの律法どおり割礼を受けない限り救われないと兄弟たちに教え始めた」

15章5節 信者となっていたパリサイ人たちも同じことを主張しだす。


この当時クリスチャンには従来のイスラエル人とキリストによって新しく信仰に加わった異邦人(イスラエル以外の国民)がいて、

当然昔から古いしかたで信仰を守ってきたイスラエル人にとって新しいキリスト教のやり方について行けない部分もあったらしいです。

そのひとつに割礼(男性の××に××すること)があったのです。

古い律法を廃止したキリスト以後、割礼はもやは神からのご要求ではありませんでしたが、それでも古いメンバーは割礼をしないと救われないと言い出して、人にも薦めだした。


つまりこの聖句は「割礼問題」の一環だったのです。


さらに、ここで新世界訳聖書は普通「Gentileジェンタイル(異邦人)」と訳される語を「Nations(諸国民)」とあえて(?)訳して全体を把握しにくくしています。

新世界訳聖書は血の教理が出来た後にできた聖書なので、血の教理の事を考えて、あえて「イスラエル人と異邦人(イスラエルではない国民)の対立」というクリアな情報が伝わらないように「イスラエル人と諸国民」としたのではないか???


などと勘ぐってしまいました。

異邦人ではなく諸国民と言うと急に言葉の対象が広がりますし、異邦人と書くと時代まで限定されるのに対して、諸国民では今の私たちも対象になる雰囲気があります。


こういう変なトリックが新世界訳は改ざん聖書であると言われてしまうゆえんだと思います。

私の主張


すでに廃止された律法に固執する古いタイプのクリスチャンと、新しい異邦人(ノン・ユダヤ人)との対立を避けるため、ペテロ、バルナバ、パウロ、ヤコブが

「二つのグループに聖霊が与えられてるし、間に何の差別もないし、キリストの親切によってみんな救われるのだから、古いくびきをお互いかけたりするのはやめましょう」

などと言い、古いクリスチャン派をたしなめる一方で、たしなめるだけじゃなんなので、古いクリスチャンのほうの面子も建前は保たないと、という政治的配慮から

古いクリスチャンたちがまだ守っている「食事の決まり」(偶像に捧げられた肉を避ける、イスラエルの律法で清くないとされる方法で殺された肉を避ける、血を食べない)それから誰でも納得すると思われる「淫行を避ける」を付け加えて、

「これだけ守ってればいじゃない?Take it easy!」

と言ったに過ぎない。


しかも食事の決まりのほうは、偶像に捧げられた肉でも気にするな、もうそんなことに躓かない、というさとしも出てくるわけで、やはりこの場で出てくる決まりはユダヤ人の気持ちを大切にする、あくまで建前の決まりごとであったとさえ読める。


●前後を読んで欲しくないものみの塔「なぜ20,21節を使わないのか」


ものみの塔は必ず、輸血拒否の根拠として使徒15章28、29節を出してきます。

ところが、同じ章の20節でも全く同じ事がかかれているのですが、こちらは絶対に引用してきません。


なぜなら、20節のほうは、そのすぐ上の19節、その後の21節で

「ですからわたしの決定は諸国民(注:他の聖書では異邦人)から神に転じてくる人々を煩わさず」


20節「ただ、偶像によって汚されたものと淫行と絞め殺されたものと血を避けるよう彼らに書き送ることです。」

21節「モーセは安息日ごとに諸会堂で朗読されており、彼を述べ伝える者が古来どの都市にもいるからです。」


この聖句の語られた意味が簡単に分かるようになっているからなんですね?

結論

21節にあるとおり、安息日ごとに読まれているモーセの律法が有名なので、誰でも知っているその律法から有名なものを4つピックアップして並べてただけ、のものだった。

おもに目的は異邦人とユダヤ人との争いを避けるためだった。


●この聖句は偶像礼拝と淫行と血を食べることは同等の罪とは述べていない。


1:まず、ここで勝手に抜かしている絞め殺されたものを食べないという律法ですが、緊急事態には食べても良いものでした。(申命14:21,28,29)(レビ記17:15,16)


ものみの塔が言うように同じセンテンスに置かれていることが「同等」なら、緊急事態に行ってもよい項目がひとつ入っているので、淫行も血を食べることも緊急事態にはOKという事にもならないのか?

2:「偶像に犠牲として捧げられたもの」を食べることは偶像礼拝ではない。

ものみの塔はこれを知っているのに、あえてここで、「偶像にかかわったものを食べること」を「偶像礼拝」と僭越に意味を置き換えている。

さらに偶像に犠牲として捧げられたものを食べることは良心の問題で許されていた。


パウロはコリント第一8章4節~8節でこう言っています。

4節 さて、偶像にささげられた食物を食べることについてですが、わたしたちは、偶像が世にあって無きに等しいものであること、また、神はただひとりのほかにはいないことを知っています。

7節 しかしながら、すべての人にこの知識があるわけではありません。ある人々にはこれまで偶像に慣れてきたので、偶像に対する犠牲の捧げ物として食物を食べ、こうして彼らの良心は弱いために汚されます。

8節 しかし食物がわたしたちを神に推奨するのではありません。食べなくても後れをとるわけではなく、食べたからといって誉れになるわけでもありません


まだ他にも、肉の処理についてそんなに気にしなくても良いといっている聖句はあります。


コリント第一10章25節

何でも肉市場で売っているものは、あなた方の良心のために、何も尋ねないで今後も食べなさい。

26節「地とそれに満ちるものとはエホバのもの」だからです。


27節 不信者のだれかがあなた方を招き、あなた方が行きたいと思った場合、自分の良心のために、何も尋ねることなく、何でも自分の前に出される物を食べなさい。

28節 しかし、もしもだれかが、「これは犠牲としてささげられたものです」とあなた方に言うなら、そのことを明かした人のために、また良心のために、それを食べてはなりません



ローマ14章1節

信仰に弱いところのある人を迎え入れなさい。しかしそれは、[人の]内心の疑問にっついて決定するためではありません。


2節 ある人は何でも食べてよいとの信仰を持っているのに対し、弱い人は野菜を食べます。食べる者は食べない者を見下げてはならず、食べない者は食べる者を裁いてはなりません。神がその人を迎え入れられたのです。



結論 以上の聖句から、偶像に捧げられたかもしれない肉、律法で清いとされている方法で殺されたかどうか分からない肉(血抜きされていないもの、絞め殺されたもの)

でも食べるか食べないかは良心の問題となった。つまり、血を食べる、食べないはそれほど重要ではなかった。




おまけ

ものみの塔創始者ラッセルはこの使徒15章に関して今のJWとは違い、正しい解釈をしていたようです。(ラッセルの時代には輸血禁止の教理はなかった)


こう述べてます。エホバの証人情報センターよりお借りします。

以下引用


「この答は、四つの項目を除いてその律法を無視するものでした。

そしてこれらの四つのうち最初の三つまでが、それまでユダヤ人であった人たちと、それまで異邦人であった人たちとの共通の交わりの基礎となるように述べられていることは明らかです。

その三つとは、


(1)偶像に犠牲として捧げられた肉から避けること、

(2)ユダヤ人の方法によって殺されていない動物を食べることを避けること、

(3)血を食べることを避けること、


でした。ユダヤ人として育てられた人々にとってこれらの三項目を無視することは不可能に近いことだったでしょう。


そして異邦人の改宗者がこれらを守らなければ、そのことは常に彼らの社会的な障壁となったことでしょう。ここに推奨されている事柄は、ユダヤ人から構成される(統治)「体」と、異なった教育と感情を持つ異邦人とが交わりを続けて行く上で必要だったのです。



同じ考えは血の使用の禁止にもありました。ユダヤ人にとってはこれは禁じられたものであり、彼の契約によればそれは生命の象徴でした。それに与ることは、奪った生命に対する責任を負うことを意味するのでした。


異邦人は律法の契約の元にいなかったために、このような禁令は異邦人には全く当てはまりませんでした。

しかしこの事柄に関する限り、それはユダヤ人の考えに余りにも深く根付いていたために、異邦人がこの事柄を守ることは教会の平和にとって必要なことだったのです。



(「ものみの塔」誌1887年5月15日、復刻版2158頁、英文よりのエホバの証人情報センター筆者訳)


以上引用終わり。


ラッセルの解釈を読んで輸血を拒否しているエホバの証人はどういう態度をとるでしょうか??


次回は血の教理が比較的新しい教理である点についての記事です。
コメント (8)

JWと血について話し合うための基礎知識3「サムエル14章の解釈」

2008-05-20 01:28:37 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
「解釈」ってほどの聖句じゃないです。


KoroさんがJWの出版物「血のブロシュアー」でのサムエル第一14章32節の解説部分をコメントしてくれました。

(Koroさん情報と入力ありがとうございます。)引用させていただきます。以下Koroさんのコメントより「血のブロシュアーP4」引用:

「緊急事態が生じたと言う理由で、血に関する神の律法は無視されるべきものではありません。戦時の危機のさなか、イスラエルの兵士の中には、空腹のあまり動物を殺して、血のまま食べた者たちがいました。緊急事態であることから、彼らが血で自分たちの命を支えても差し支えなかったのでしょうか?そうではありません。彼らの指揮官のサウル王は、兵士の取った行動がやはり大きな間違いであること、指摘しました。{サムエル第一14:31-35}と、引用されていたのです。


このJWブロシュアーによると、この出来事は緊急事態であった。戦時の危機のさなか起こったように書かれています。

加えて緊急事態であることから、彼らが血で自分たちの命を支え(た)と書いてあります。


でたっ!!!

JW造語「命をささえる血」

JWはこのように「血を食べてはいけない」と書いてある聖句を説明する時、なぜか「命をささえる」という語を添えるんですよね。輸血=神が禁止された事柄というぜんていで物を考える2世だった私にとって「命を支える血」という表現は当たり前で全然気にならなかったのですが、

今考えてみると暗に「血を食べること」=「輸血」と連想させるための

サブリミナルだったんだな~。と分かりました。


話がずれましたが、実際のサムエル第一14章32節とは一体どんな聖句なのでしょうか。

ここに聖書を開いてみてみましょう。


サムエル第一14章31節後半「それで民は非常に疲れた。


サムエル第一14章32節

「そこで民は貪欲にも分捕り物に飛びかかって、羊や牛や子牛をとり、それを地の上にほふりはじめ、民は血のままで食べ始めた」


前後を見ると

22節「フィリスティア人が逃げ去ったことを危機、彼らもまたその跡に追い迫って戦いに加わった」などという記述からみると勝ち戦だったように思います。「戦時の危機の中」というものみの塔の表現は、

血をたべちゃった状況がいかに「異常な状況」で、「輸血しないと死ぬ」というシチュエーションに重ねて考えられるようにしたい、というくるしい画策が伺われますね。

さらに、前のほうの節を読んでみると、民が疲れていたのはサウルが「その日」にたてた「夕方になる前に、敵に復讐する前に物を食べてはいけない」という請願が主な理由だったようです。


つまり、お腹がすいていた。しかもその断食は40日にわたるものとかじゃなくって、その日、同日にかけられたものだったので、食べないと死ぬという緊急事態でもなかったようです。





●しかもこのエピソードにはおまけがあり、


夕方、戦に勝つ前にものを食べてはいけないという父の願掛けを知らず、ヨナタンが蜜を食べちゃったという記述があります。


サウルが夜のうちにフィリスティア人を一掃しましょうか、と神にお伺いを立てたとき、37節「ところがその日は彼にお答えにならなかった。」とある。


エホバ怒ってる?!


JWなら普通「やっぱり民が血を食べたからだ~」と当然思うのですが、実は
何も食べないと誓約したのにヨナタンが蜜を味見していたからだった!という事実が明らかになります。↓

43節「そこでサウルはヨナタンに言った。何をしたのか告げなさい。それでヨナタンは言った。私は少しばかりの蜜を確かに味見しました。私を死なせてください!」


民が大規模に血を食べたって事実なんかはあっさり忘れられているようです。

なぜでしょうか。



つまり、血を食べるというのは旧約聖書においてさえそれほど重要な位置づけさえされていなかった。

という事ではないでしょうか~。



ちなみに誓約を破って蜜を食べたヨナタンですが、民がヨナタンを殺すのはいやだ~と言ったためお咎めなし。


ここでも誓約破り→必ず死!

ではなく、状況におおじて罰があったり全然なかったりしたという臨機応変さが見られます。


とにかくこの聖句の存在はものみの塔にとって目の上のたんこぶみたいな物なんでしょうね。災い転じて福にしようと、こじつけて参照聖句にしてみたものの、前後を読んでみるとぼろが出てしまう、

そんな程度のトリックなんですが、、
私は現役時代、すっかりものみの塔のトリックにひっかかってしまっていました。脱JW前に事故や大病をしてたら、明らかに輸血拒否で死んでるところでした。

なぜなら、、

一重に


聖書読んでなかったから!


みなさん、聖書は読みましょう~。
コメント (9)

JWと血について話し合うための基礎知識2 「JW側の主張」

2008-05-18 20:46:02 | ●海外のJW事情

続き記事2回目です。

JWと血にの教理について話し合うとき、未信者の方々がまず欲求不満を感じるところは、多くのJWが「なぜ輸血が出来ないか」(聖書的根拠)ではなく、「なぜ輸血をしたくないか」(当人の感情)にポイントをおいて話すことではないでしょうか。


なぜ出来ないのか(根拠・理由)については話し合う余地がありますが、自分は輸血したくない!という感情を語られると他人の干渉は一切不要で話し合いの余地がありません。


例:聖書翻訳を検証するサイトにはつっこみようがあるが、聖書に関するポエム()をのせてるサイトにつっこむと逆切れされる。


輸血拒否はポエムではないのですが、現実にはロマンティックなポエム感覚でとらえているJWも多いのです。

いわゆる殉教に対するロマンティックな感覚ですね。勇敢に神のご意志を遂行する私。みたいな。


それでかなり多くのJWが輸血という重大なトピックを感覚とかフィーリングでとらえています。中には堂々と「輸血が必要な場面なんて人生で何回あるの~?話し合うだけ無駄」と言い放つJWもいるんですよ?!


そして最近の輸血禁止トピックの複雑さ-許可されるフレグメントとか医療処置用語の難しさ-が拍車をかけて、聞いただけでも面倒くさい。考える前に「あたしには無理」と感じてしまって考えない(輸血はダメだからダメなの!話し合いも考えることも必要なし!)そんなJWが増えています。


(ちなみに私もその一人でしたのでその気持ちがよ~く分かります

ですから、輸血の教理自体あまり説明できないJWもいますので、私たちは個人で学習してその教理をしる必要があります。

エホバの証人が聖書から輸血について述べていること

JW書籍では大抵読者を煙に巻く目的(情報操作)で聖句の前後が故意に説明されていませんから、今回は前後関係も含めて見てみたいと思います。()として前後背景の説明をしました。

参考聖句、ものみの塔の注解は全て「論じる」の本より。

●旧約聖書部分から

「創世記9:3,4」

(ノアが家族と洪水を逃れて箱舟を出たあとのエホバからの祝福の言葉の一貫。)

3節「生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。」
4節「ただしその魂、つまりその血を伴う肉を食べてはならない。」
5節「さらに私はあなた方に魂の血の返済を求める。」
6節「誰でも血を流すものは人によって自分の血を流される。」


ものみの塔の主張:動物の血を食べることは許されていますが、血を食べることは許されていません。」

私の主張:該当聖句は4節ですが、関係のない5と6節(食べる血ではなく人間の命つまり殺人という意味で血という言葉が使われている)も情報操作として利用しています。

エホバの証人は時にこの5節、6節を「血を食べたものはエホバから制裁を受ける」という「ニュアンス」で付け加える場合もあります。実際は目には目を、命には命をという意味で使われている。


結論:ノアの時代に血を含んだ肉を食べることは禁じられた。それ以上の意味合いの記述はない。

つっこみ所: 実はこの祝福の言葉には2回も子を産んで多くなり地に満ちよという命令がされているが、JWは「明らかに箱舟から出てこれから地に人間を増やすという時命令だったから今は関係ない。」「新訳聖書では出てこないのでキリスト以降は廃止された」として守り行う必要がないとしている。

この聖句を話し合う時考えるべき点(JWと共に以下の事実を確認する):

1 ここでJWは一部の律法に関しては常識的に考える事ができている。(子を産んで多くなれの命令は当時の状況を考慮して、その一時だけに必要だったのだという判断)(ある宗教のように避妊を否定したりはしていない)

2 エホバの証人には「新訳聖書にも出てくるならばその律法は今でも当てはまるというルール」があるらしい。(同じく旧約聖書であるレビ記にある命令「血も脂肪も食べてはならない」に関しては新約聖書に脂肪を食べてはならないと書いていないので、解禁されたとして普通に食べてもよい)


「レビ17:11、12」

ものみの塔の主張:以下の聖句から血は神聖であることがわかる。神がこれまで是認された血の用い方は犠牲のために用いることだけだった。

レビ17:11 「肉の魂は血にあるからであり、中略、血がそのうちにある魂によって贖罪を行うからである。」

レビ17:12 「それゆえにわたしはイスラエルの子らに言った。あなた方のいずれの魂も血を食べてはならない。あなた方の中に外国人として住んでいる外人居留者も血を食べてはいけない」


私の主張:血が神への犠牲という点で神聖であるという考えはキリストが犠牲にされた後、動物の犠牲に意味がなくなったと同じようになくなったはずである。


結論:血に象徴される命は尊いという意味では常識的に考えて「血は神聖」といえるが、ものみの塔が主張しているように神にささげられる犠牲として神聖さがあるとは言えない。


つっこみ所:同じレビ17章を続けて読んでみると、すぐ後の15節で、エホバの証人によると「絶対的で普遍的」であるはずの法律である「血含んだ肉を食べること」の例外がすでにでてくる。


レビ記17章15節「すでに死体となっていたもの(中略)を食べる魂がいれば、その地で生まれたものであれ外人居留であれ、その者は自分の衣を洗い、水を浴びなければならない。その者は夕方までは汚れた者とされる。

そののち清くなるのである。」


JWによると「絶対的普遍的、殺人と同列に置かれている由々しい罪である」血を食べることは聖書によると、実はめっちゃ簡単な処置(洗濯とシャワー)で清くなれるらしい。そう神が言っているのです。


ならばJWも「輸血は避けなければならない。しかし輸血をしてしまった場合は、衣を洗い水を浴び、夕方までは汚れた者としてとどまり、夕方には清くなって集会などに出席してよい」と言うべきです。


この聖句を話す時JWと確認するべきこと:なぜJWは神の主張を部分的に取り上げ、後の聖句は無視するという作為をするのでしょうか。この二つの聖句は同じ時に同じトピックについて語られた命令であるのは明らかです。

サムエル第一14章31から35節を開き、サウルの民が血のまま肉を食べてた事実があったこと。それでも目立った刑罰はなかったことを読む。

血を含む肉をたべてはいけないという命令は絶対的、普遍的なものではなかったことを同意できればグッド。。。


問題の新訳(ギリシャ語)聖書に出てくる血の禁止例については次回。続く。
コメント (9)

エホバの証人と輸血について話し合うための基礎知識

2008-05-16 22:26:00 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
JWの輸血拒についてはいろんなHPで詳しく述べられていますが、なんか難しいと思っている方のためにざっと全体を見てみたいと思います。

輸血についてオープンに話し合うJWは少なく、矛盾を指摘しても結局は「信仰の問題だから」とシャットアウトされてしまうと思いますが、

輸血をしないと危険なのに拒否しているJW親族や、お子さんが事故にあった場合輸血を拒否しそうなJW配偶者がいらっしゃる場合は「しょうがない」では済まされないですよね。


また、医療的な事が「よく理解できない」「調べるのが面倒」だから「ダメなものはダメ。信仰の問題。」と体よく片付けているJWもいますから、順を追って説明すれば信仰は捨てないけれど輸血することに関しては考え直してもいい。

と思ってくれるJWもこれからは出てくると思います。(これからは協会も限りなく輸血解禁にちかいルールにシフトチェンジしてゆくはずです。)

聖書は血を食べることを禁じているのか


エホバの証人の特色はイエス時代以降をあつかったギリシャ語聖書部分よりも、イエス以前の古いヘブライ語聖書からよく語ることです。厳しい決まり、ルールなんかは大体ヘブライ語聖書のほうによく出てくるからでしょう。

禁止事項よりも愛を語るイエスの言葉はエホバの証人にとって優先順位が低いということですね。


しかし実際にはイエスはJWたちがいまだよく引き合いに出す「古い律法」を廃止して、それよりも勝った律法(決まりではなく愛によって物事を決める、より高度な律法)に返るために来たはずなんです。


だからキリスト以後はヘブライ語聖書部分はあくまで参考、補助として読むべきだと思います。しかしJWはまるでイエスの犠牲がなく、律法は何も変わらなかったようにヘブライ語聖書のおきてを守り行ってます。


●JWが輸血拒否の根拠として出してくる聖句にイエスの言葉はありません。

●ギリシャ語聖書から引用してくる場合は使徒15章を出してくると思いますが、これはユダヤ人の古い慣行から抜けきれていなかったオールドタイプのクリスチャンの気持ちを「フォロー」するための「よいしょ発言」でした。

(次の記事で詳しく書きます)


ゆずって血をどんな形でも体に取り入れないことが神のご意志だとすると、


なぜはっきり分かるように書いていないのか

という疑問がおこります。実際は、


●モーセの十戒の中に血を食べることについて言及はない
●モーセが書いたレビ記では外人居留者は血抜きしてない動物を食べてもお咎め無しだった。

後には血抜きしてあるかどうか分からないものは外人に売れば~。という聖句もでてきます。

(この事は、JWが輸血問題でよく出してくる「血が危険なのをエホバはよく知っておられて愛ある気遣いから警告しておられるのだ」という説がおかしいと示しています。)

●サウルの兵士が戦闘後お腹がすいて血抜きしてない肉を食べた時も実刑なし。
(あまりおすすめできる行為ではないが、刑を下すほどの悪行ではない)

ものみの塔はこの聖句の言い訳として「非常時だったからエホバは考慮された」って言ってますが、失血死などは空腹と比べて非常時ではない???と??

●キリスト後は「売ってる肉は気にしないで食べれ」などという、かなり緩和された発言がいくつか載っています。


結論;ふるい記述(レビ記やノアへの記述)では血を食べることを禁じていた。
   後になるほど緩和され、キリスト以後は良心の問題であったことが読み     取れる。


血を食べることを輸血は同じか



私は脱JWしましたが、だからといってすっぽんの血を飲んだり、生き物を血を滴らせたまま食らったりは、、したくありません。

こういう人は一般の世の中でも多いと思います。


だからJWが聖書から血を食べないというなら、普通に尊重します。


が、血を食べる事と輸血をしない事には大きなギャップがあると思うし、関連性はかなり薄いと思います。


●アルコールの例え


JWは「医者がある人にアルコールを取る事を禁じたとしたら、アルコールを飲まないけど、アルコールを直接注入するのはいいというでしょうか。それはアルコールを避けているといえますか」ってたとえをだして、

血を食べない=輸血禁止


と結論付けてくると思いますが、


●アルコールは飲んでも(食べても)静脈に注入しても同じ物質である
●血は飲めば食物として吸収されてしまうが、静脈に注入されれば血のままである


という点で同じではありません。


(余談になりますが、このたとえに出てくる「アルコールを飲むことを禁止された人」例えば妊婦さんだとしますが、アルコールを含んだ化粧品も使ってはいけないんでしょうか。皮膚はちゃんと吸収しますからねっ。

実際は「そんなことはない」

と思います。用途が違うからです。

では、血を食べてはいけないのと医療行為(例えば失血死)という用途が全然違う行為の場合やはり「常識」感覚で考えてOKなんじゃないでしょうか。)


●臓器移植はOK!ならば。。。。


JWは臓器移植してもいいんですよ。

「では、医師に臓物を食べる事を禁じられている人がいます。食べていないからといって臓器移植をするならその人は医師の指示に従ってるといえますか?」


はあぁ~???


従ってるよ!だって食べるのと臓器移植は別もの!なぜなら食べたら食べ物として吸収されるけど、移植したら臓器として働いてくれるんでしょ。

じゃ、血も同じだよね。。。

ものみの塔も「輸血は臓器移植と同じ」と以前言ってましたし。


血は必要物を体に運ぶ臓器。バイパスみたなもの。

食べるのとそれを「使う」のとは違う。輸血は後者だと思います。

血を食べることと輸血とは全く別の行為だと思います。


よってエホバの証人は良心から血を含んだ食べ物は今後同じように避けていけばいいと思います。

ですが、輸血は別件として考えて必要な時にはすればいいと思うのです。



イエスのさらに勝った律法はどこに?


それでもまだ聖書は血を禁じてる、それには輸血が含まれると主張するJWには、こんな問いをしてみると良いかもしれません。


100歩譲って神は人間にいかなる場合でも血、輸血を避けることを要求しておられるとして、


イエスは状況に応じて律法を変えられ、フレキシブルでいることによってより高度な仕方で律法を守った。

これにJWも従うべきではないですか~???


●イエスは安息日に決まりを破って病人を癒された


安息日を守るのはモーセの十戒にも出ていて当時めちゃくちゃ重要な律法でした。(JWは安息日を守ってません。)が、人間の健康というより大切な益のためにそれを変えるのを躊躇しなかった。


実際には安息日をきちんと守っていた人も家畜が井戸に落ちる、など非常事態があればちゃっかりそれは助けていたわけです。


では失血で死に掛けているという事態は家畜が井戸におちる自体と比べても少しも劣ることのない非常事態だと思うんですが、

その場合でも血の法律が優先されるというのはおかしいのではないでしょうか。


エホバの証人は「神の律法を優先して輸血を拒否して死んだとしても、復活させてくださいます。」といいます。


だったら、イエスは「安息日を守って私が奇跡を起こさないで病人が死んだとしても父なる神は復活させてくださいます。」と言うべきだったんでは?


※製作した聖句資料が消えました()ので今回は聖句が載ってません。後でまた載せます。
コメント (31)

エホバの証人への質問-母乳には白血球が含まれる-その時あなたの良心は?!

2008-05-15 06:19:48 | ●エホバの証人と恋愛/未信者の方へ
今、、、ひそかに「朗読カセット生産中止」の記事のコメント欄があつい。。。

あまり反応がないかなと思ってたので結構な反響にちょっとびっくりしてます。

テープなんていらないよ、と思われる方も多いかもしれませんが、外国の車ってCDプレーヤーついてないのが多い(つまり古い車を平気で乗ってる)んですよね~。だからうちもテープ派でした。(笑)

あと、テープだと自分で録音、途中消して取り直したりっていうのが簡単だし、ほんとお年寄りのJWたちは今でも結構活用されてますよね。

なぜCDがダメなのか、というと、、よく分かりませんが、外国で売ってるCDプレーヤーってすぐ壊れちゃうでしょ、、なかなかスキャンされなかったり、、。テープだとその点「がっちゃん」って入れてプレイ、ストップ、早送り~巻き戻し~って目に見えてアナログなので、そういうところがお年寄りの心をぐっとつかんでいるのでは。と。



まあ、、CDならまだしも、お年寄りにダウンロードしろってほうが無茶ですよね。ダウンロード?それなに?って感じでしょうから。



さて今日の本題 「エホバの証人と母乳」問題です。


むか~しものみの塔であった胎児の独白(覚えてますか~)をまねてみました。


JW赤ちゃん:いつもおいしい母乳をありがとう。ママさんの母乳はどうしておいしいの?

JWママ:ママの母乳にはね、沢山の栄養が含まれているからよ。そこらの牛乳とは成分が違うのよ。

JW赤ちゃん:へ~。そうなんだ。白いから牛乳かと思った。

JWママ:母乳が白いのは白血球が血液の何倍も含まれているからよ。


JW赤ちゃん:ぶっ!!マジでですか???ってことは、オレってJWじゃないですか、白血球は禁止だったよね。そしたら母乳飲めないの?母乳禁止?排斥?


JWママ:ほほ。いいのよ。JWは幼児洗礼してないでしょ。バプ受けてないんだったら排斥しようがないじゃないの。

JW赤ちゃん:あ、っそっか~。やっぱりママは頭いいや!バプっていうよりバブだもんな、オレ。。。

JWママ:さ、もっと飲みなさい。健康にいいのよ。

JW赤ちゃんン:健康にいいんだったら、なぜ愛の神が禁止されるのでしょう。

JWママ:ごちゃごちゃ減らず口たたかないの。あなたもパパ(長老)に似てきたのね。イやだゎ。

JW赤ちゃん:じゃ、十分に訓練された良心により遠慮なくいただきます。ママに乾杯!


輸血問題話題。。。続く。

コメント (6)

エホバの証人とネットワークビジネス(ついにこの記事。)

2008-05-11 05:33:12 | ●海外のJW事情
スィートセントさんのところの記事

ネットワークビジネス

読んで思い出したので!忘れないうちに書いておきます。


いや~、ほんと古今東西エホバの証人社会はネットワークビジネスの温床。


ところで、ネットワークビジネスというと「ねずみ講???」なんて思う方がいらっしゃるかもしれませんが、違います。ネットワークビジネスは完全合法で、何も悪いことはないですよ。

アメリカではいくつかの出版会社がネットワークビジネス専門誌を月間で出していて、ふつ~に本屋さんの雑誌コーナーで買えます。ミリオネア指南本にはかならずネットワークビジネスも成功の鍵のひとつ、、と大体かかれてますし。


しかし~。

やっぱりなんかうさんくさい。


商品を売るだけじゃいけないのかああ。人を紹介して会員にして、その会員たちも人を勧誘しないといけないなんて


(まるでJW。


っていうか、JWやってなかったらきちんとした商品と会社ならネットワークビジネスも副業程度にいいかもしれませんが、JW現役時代はJW勧誘といういやな本業があったので、勧誘はもう自分の限界を超えてたので、いやでいやで。

しかし!


会衆では勧誘されるんですよ~。

テレホンカード系金権から清浄機などの健康もの、はたまた保険や株という大きいものまでネットワークビジネスやってるJWの多いこと!!!!


会衆のみんながやってるので勧誘もひっきりなしです。


なぜJWはネットワークやってる人が多いのか、、というと、第一に

●時間帯が自分で選べる


つまりセルフエンプロイー(自営)なので集会奉仕、大会の休みなどを気にしなくてもいい、という誘惑でしょう!!


第二に


●人を沢山知っている


まあふつ~のJWなら会衆付き合いでも100人くらいは知ってるんですから、ネットワーク勧誘のときに「私たちはJWだから紹介する人に事欠かないわよ。世界的兄弟関係を持っている強みね!」

などといわれるとそうだな~と思って参加する人が多い。


しかし、100人のうちかなりの人数がすでに自分のネットワークビジネス商品を持っていて新しい勧誘には乗ってくれないのと、一度説明会などにゆくと、今度は来てくれた兄弟姉妹のやってるビジネスにも参加しなくてはいけなくなって

泥沼。

共倒れ。


というのが多かったです。


とても仲良くしていた兄弟が生命保険のネットワークビジネスでどうしても話を聞いて欲しいとやってきて、生命保険なんかどうやったっていらないので。。。と断ったことがあります。

やっぱり頼み倒されて3時間くらい説明していったけど、、、テレホンカードなら買ってもいいけど、生命保険はやっぱり買えないから、って最初と同じ理由で断ったら、、、やはり後々ぎすぎすしました。


この兄弟新婚で国(韓国)から奥さんを呼び寄せたばっかりで、集会や奉仕のないときはこうやって夜な夜なJWを回ってるらしい。理由はやはり集会や大会のとき、休みの融通がきく自営(?)だから。

大変だ。。。


ちゃんと働かせてあげてよJW。


ちなみに私もネットワークビジネス集会にいくつか参加したことがあります。会衆でお世話になった兄弟姉妹たちの誘いは断れませんでした。

「集会(ビジネスミーティング)来るだけでいいから。」といわれると、、やっぱり宗教勧誘をやってるものとして、新しい人をたまに連れてくるだけで居心地が良くなるもんね、、、などと配慮して行ったのです。

ま~外国人なので全然戦力にもなりませんから、ほんとに説明会に顔だす程度ですが、


アメリカ人ビジネスマンのノリというのはすごくって、その人の演説を聞いてるだけで何か出来そうな気分になるので少しは面白かったです。


ただ、、ビジネス集会に来ないと注意されます。集会や商法やセールストークはもう全部聞いたから集会に行かなくとも、、というと、士気が下がるのです!!集会に出ないと売り上げもなくなる!といわれました。


そして一ヶ月に全く活動(電話勧誘、電話で商品を売ったりアポイントを取ったりすること)がない場合、販売権はなくなり、お友達に(例えば化粧品)を売ったとしてもコミッションはもらえません。


い わ ゆ る


不活発



という扱いになるとか、そういうところが


JWと激似!!!



(ネットワークビジネスでめちゃくちゃ成功しているミリオネアもいますから、ネットワークビジネスを批判する記事ではありません。気弱な私には難しい空間でした。)
コメント (19)