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ブラックフライデーとクリスマス・レイジ

2010-12-08 20:46:52 | ●海外のJW事情

ブラックフライデーとクリスマスの時期ですね。

北アメリカでは感謝祭の後にくる金曜日をブラックフライデーといって全国一斉にセールをするんです。

今年は私は参加できませんが、この時期に旅行する人はブラックフライデーにあててゆくといろんなセールに参加できますよ~。(笑)来年は試してみてください。


ブラックフライデーにはショッピングモールが朝の3時頃にあいて、お客さんは早起きしたり、夜中から駐車場で待ったりしてセールに参加します。


50%オフとか70%オフとかがあたりまえなビックセールなのでみんな燃えますね。


この後クリスマスセールと続くのですが、ブラックフライデーとかクリスマスセールとかのエホバの証人は行くのか?


行くんですこれが!普通~に。


私も姉妹たちとこの手のセールに朝から並んだ事もありました。(笑)


世の人はこうしたセールをクリスマスギフトを買うために利用しますが、JWはクリスマスギフトを送らないので、全部自分のため(笑)に買います。


この時期は駐車場が混んで、駐車場の場所の取り合いが起きるんですが、それを「クリスマスレイジ(クリスマス時期の怒り?)」といいます。


で、JWはこの現象をかならず奉仕で使ってました。


「クリスマスショッピングにはいかれましたか?この時期には一般で言われているクリスマススピリットとはかけ離れた喧騒があるのではないでしょうか。」とかなんとかいって→クリスマスはいけない

という結論に持っていこうとするパターンです。


一般雑誌でも「クリスマスレイジのトラブル解消法」とか「クリスマスストレスから
身を守る」な~んて特集が組まれるので結構話題にしやすい紹介文だったかな~と思います。


さて、エホバの証人は普段奉仕するのにショッピングモールの駐車場によく車を止めるんですが、年季の入った姉妹たちはこの時期でもちゃんと駐車場スポットを見つけるんですよね。結構割り込みとかするんですよ!(笑)


あとクリスマス関係で驚いたのはおうちにクリスマスツリーを飾っているJWお宅が多かった事。未信者がいるならツリーを飾ってもかまわないという記事がでましたが、

結構そういう姉妹たちはツリーを楽しんで飾ってたな~と思います。



クリスマスが来ると思いだします。
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不法入国、不法滞在

2009-03-26 22:36:55 | ●海外のJW事情
最近インターネットニュースで日本に不法入国、不法滞在していた両親から生まれた子が両親の滞在許可を求める様子が報道されていました。

個人的にこのニュースに関しては、日本人を含めほとんどの「外国人」が世界中で法的に入国し法的に滞在する方法を前提として生きているのでこの人たちだけが例外だとか、かわいそうだとかは思いません。

ビザがなくて行きたい国にいけなかったり、ビザが切れて悲しいお別れをするのは私たち日本人が外国で滞在する場合にもみなに平等に降りかかることだからです。

JWは法を守れというのが建前ですが、以前私がいた会衆のいくつかでビザ問題を持っている人がいました。

JWとしてそういう人を援助するのは問題あるのでしょうが、そういう人たちが研究生だと一生懸命研究生を守ろうとして建前を曲げます。

「この人たちは本国に帰るとエホバを崇拝できなくなる」のでこれは現代の迫害であり、信仰の戦いなので政府に賛同はできない。とかいうのです。

もちろん研究をやめればみな援助も応援もしません。


JWもみんな感情で生きています。
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オバマ~

2009-02-16 21:33:45 | ●海外のJW事情

あまりにバカバカしいので書きたくなかったのですが、

新しい大統領が決まるたび(ブッシュの時はなかったような。。あは

これが新しい動きにつながるとか、平和だ安全だの宣言の始まりになるとか、北の王だとか言い出す人たちがいます。

まあ、北アメリカ以外ではそんなに毎日注目されるニュースではありませんが、
北アメリカでは注目のニュース。エホバの証人も、北アメリカニュースは世界のニュース、という気分になってしまうのでしょうか。。。

今回の大統領はかなりドラマティックな当選だったので、一部のエホバの証人も終わりの日の始まり~!!!って

沸いているみたいですよ。

最近は協会から心躍る(笑)発表がないから。

JWも刺激がほしいんですよね。終わりの日の刺激がないと、JWはやってられないから。その気持ちわかります。


オバマ当選前後に政治論と聖書をごっちゃにしたJWのチェーンメールなんかを数通いただきました。
悲しい~。
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JW内に見られる輸血拒否教理見直しの動き

2008-05-22 03:20:38 | ●海外のJW事情
さてさて、先ほどから参考にさせていただいているHP「エホバの証人の情報センター」で、

「最近は北アメリカやヨーロッパで医療委員をはじめとする一部のエホバの証人の中で輸血拒否教理を見直そうという動きが始まっている」

という一文があります。

個人的にやはりな~と納得できる理由として、医療連絡委員会やってる兄弟は説明していて矛盾に気づくという事と、


最近はブルガリアをはじめとするヨーロッパで輸血をしたための排斥処置が政府によって禁じられはじめた、


という点があります。


1998年ヨーロッパ人権委員会でものみの塔とブルガリア政府との間でブルガリアのJWは輸血を受けることを自由に選択できる、そして協会は制裁を加えてはいけないという調停がされたことは、

エホバの証人に全然知らされていません~!!!

(これはエホバの証人がブルガリアにおいて公的宗教団体と公認される見返りだったと見る人もいる)


ヨーロッパに住むJWの兄弟からの報告(彼はご家族とも現役なので、詳しいことは伏せさせてただきますね。)では、ヨーロッパのある国では輸血拒否カードを製作する際に、弁護士による正式な立会いが必要だそうです。(一枚の輸血拒否カード製作に弁護士代が約3万円ほどかかるそうです。)


成員はその弁護士料を各自独自で払わなくてはならず、それは毎年行われなければならないわけで、経済的圧迫にもなっているようです。
家族全員がJWならえらい出費ですね。。


これによって現金がないという理由で輸血拒否カード製作をしないJWが会衆の大部分をしめるようになったところがあるのだとか。


良い傾向だと思います。


●会衆内での反輸血拒否運動


これはアメリカ、カナダで10年くらい前から起こっている運動です。ネットではなく現場で行われているようです。

アメリカといえども現役エホバの証人が反輸血拒否運動が出来るわけがない!と思われるかもしれませんが、これができるのです。


実際私が交わった会衆に一人いました。


この姉妹は注解や奉仕の特権など一切ペナルティーなしで活動をしていました。


実はこの人たちは輸血拒否によって実際子供や親をなくしたエホバの証人なのです。


この姉妹は息子さんを輸血拒否で亡くされたのですが、長老団としてもヘンにこういう人の口をふさぐわけにはいきません。

しかし同時にあまりエホバの証人内での証言の効果はあまりないように思いました。


会衆の反応は「触らぬ神にたたりなし」みたいなもので、「彼女は子供を亡くしてその悲しみのあまり信仰が弱くなったのでしょうがない」と片付けられてしまうのです。

彼女はパンフレットのようなものを配っていましたが受け取る人はいませんでした。

長老は、というと、こういう人に対して演壇からは注意せず、


個人個人に「あの姉妹ははっきりはいえないが問題を起こしている」というんですよ~。決して輸血拒否教理に疑問を持っているとは言わないのです。

後日この姉妹が近づいて輸血について話すと、、

成員は「あ~なるほど、この姉妹は色々問題があるらしいけど、やっぱりこういう変な事をやっている」と警戒して大体は姉妹の話を自主的に聞かないのです。


この姉妹は輸血拒否がなぜおかしいか説明するプレゼン一式を持っていて、聞いてくれるJWがあれば行って説明するという運動をしていました。

プレゼン一式をもって集会に来るわけです。そしてものみの塔研究で普通に注解もし、集会後何人かの興味をもったJWと連れ立って出てゆくわけです。


そのほか良心的に人工透析を受けている兄弟で「聞かれれば話す」というスタンスで話をすすめている人もいました。

さすが欧米の人、、という感じですね。日本人だったら静かに会衆を去るのでしょうが、向こうの人は疎まれても居つづけますよ!という感じでしょうか。

こういった運動を公にしている人が会衆に残れる傾向があれば、これから5年、10年後この教理は完全に「良心の問題」「排斥対象にならない」教えにシフトチェンジするのではないかと思うのです。

もちろん、建前上輸血は由々しい罪として糾弾し続け、一方で輸血を選択した人にペナルティーはないという方法での「解禁」ですが。


つまりネットなどで情報を得ていないまじめなJWはこれからも損をする、というわけです。

そういうわけで現役輸血拒否反対活動やネットでの抗議がこれからも地道に続けられていかなければならないわけですね。。。
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JWと血について話し合うための基礎知識2 「JW側の主張」

2008-05-18 20:46:02 | ●海外のJW事情

続き記事2回目です。

JWと血にの教理について話し合うとき、未信者の方々がまず欲求不満を感じるところは、多くのJWが「なぜ輸血が出来ないか」(聖書的根拠)ではなく、「なぜ輸血をしたくないか」(当人の感情)にポイントをおいて話すことではないでしょうか。


なぜ出来ないのか(根拠・理由)については話し合う余地がありますが、自分は輸血したくない!という感情を語られると他人の干渉は一切不要で話し合いの余地がありません。


例:聖書翻訳を検証するサイトにはつっこみようがあるが、聖書に関するポエム()をのせてるサイトにつっこむと逆切れされる。


輸血拒否はポエムではないのですが、現実にはロマンティックなポエム感覚でとらえているJWも多いのです。

いわゆる殉教に対するロマンティックな感覚ですね。勇敢に神のご意志を遂行する私。みたいな。


それでかなり多くのJWが輸血という重大なトピックを感覚とかフィーリングでとらえています。中には堂々と「輸血が必要な場面なんて人生で何回あるの~?話し合うだけ無駄」と言い放つJWもいるんですよ?!


そして最近の輸血禁止トピックの複雑さ-許可されるフレグメントとか医療処置用語の難しさ-が拍車をかけて、聞いただけでも面倒くさい。考える前に「あたしには無理」と感じてしまって考えない(輸血はダメだからダメなの!話し合いも考えることも必要なし!)そんなJWが増えています。


(ちなみに私もその一人でしたのでその気持ちがよ~く分かります

ですから、輸血の教理自体あまり説明できないJWもいますので、私たちは個人で学習してその教理をしる必要があります。

エホバの証人が聖書から輸血について述べていること

JW書籍では大抵読者を煙に巻く目的(情報操作)で聖句の前後が故意に説明されていませんから、今回は前後関係も含めて見てみたいと思います。()として前後背景の説明をしました。

参考聖句、ものみの塔の注解は全て「論じる」の本より。

●旧約聖書部分から

「創世記9:3,4」

(ノアが家族と洪水を逃れて箱舟を出たあとのエホバからの祝福の言葉の一貫。)

3節「生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。」
4節「ただしその魂、つまりその血を伴う肉を食べてはならない。」
5節「さらに私はあなた方に魂の血の返済を求める。」
6節「誰でも血を流すものは人によって自分の血を流される。」


ものみの塔の主張:動物の血を食べることは許されていますが、血を食べることは許されていません。」

私の主張:該当聖句は4節ですが、関係のない5と6節(食べる血ではなく人間の命つまり殺人という意味で血という言葉が使われている)も情報操作として利用しています。

エホバの証人は時にこの5節、6節を「血を食べたものはエホバから制裁を受ける」という「ニュアンス」で付け加える場合もあります。実際は目には目を、命には命をという意味で使われている。


結論:ノアの時代に血を含んだ肉を食べることは禁じられた。それ以上の意味合いの記述はない。

つっこみ所: 実はこの祝福の言葉には2回も子を産んで多くなり地に満ちよという命令がされているが、JWは「明らかに箱舟から出てこれから地に人間を増やすという時命令だったから今は関係ない。」「新訳聖書では出てこないのでキリスト以降は廃止された」として守り行う必要がないとしている。

この聖句を話し合う時考えるべき点(JWと共に以下の事実を確認する):

1 ここでJWは一部の律法に関しては常識的に考える事ができている。(子を産んで多くなれの命令は当時の状況を考慮して、その一時だけに必要だったのだという判断)(ある宗教のように避妊を否定したりはしていない)

2 エホバの証人には「新訳聖書にも出てくるならばその律法は今でも当てはまるというルール」があるらしい。(同じく旧約聖書であるレビ記にある命令「血も脂肪も食べてはならない」に関しては新約聖書に脂肪を食べてはならないと書いていないので、解禁されたとして普通に食べてもよい)


「レビ17:11、12」

ものみの塔の主張:以下の聖句から血は神聖であることがわかる。神がこれまで是認された血の用い方は犠牲のために用いることだけだった。

レビ17:11 「肉の魂は血にあるからであり、中略、血がそのうちにある魂によって贖罪を行うからである。」

レビ17:12 「それゆえにわたしはイスラエルの子らに言った。あなた方のいずれの魂も血を食べてはならない。あなた方の中に外国人として住んでいる外人居留者も血を食べてはいけない」


私の主張:血が神への犠牲という点で神聖であるという考えはキリストが犠牲にされた後、動物の犠牲に意味がなくなったと同じようになくなったはずである。


結論:血に象徴される命は尊いという意味では常識的に考えて「血は神聖」といえるが、ものみの塔が主張しているように神にささげられる犠牲として神聖さがあるとは言えない。


つっこみ所:同じレビ17章を続けて読んでみると、すぐ後の15節で、エホバの証人によると「絶対的で普遍的」であるはずの法律である「血含んだ肉を食べること」の例外がすでにでてくる。


レビ記17章15節「すでに死体となっていたもの(中略)を食べる魂がいれば、その地で生まれたものであれ外人居留であれ、その者は自分の衣を洗い、水を浴びなければならない。その者は夕方までは汚れた者とされる。

そののち清くなるのである。」


JWによると「絶対的普遍的、殺人と同列に置かれている由々しい罪である」血を食べることは聖書によると、実はめっちゃ簡単な処置(洗濯とシャワー)で清くなれるらしい。そう神が言っているのです。


ならばJWも「輸血は避けなければならない。しかし輸血をしてしまった場合は、衣を洗い水を浴び、夕方までは汚れた者としてとどまり、夕方には清くなって集会などに出席してよい」と言うべきです。


この聖句を話す時JWと確認するべきこと:なぜJWは神の主張を部分的に取り上げ、後の聖句は無視するという作為をするのでしょうか。この二つの聖句は同じ時に同じトピックについて語られた命令であるのは明らかです。

サムエル第一14章31から35節を開き、サウルの民が血のまま肉を食べてた事実があったこと。それでも目立った刑罰はなかったことを読む。

血を含む肉をたべてはいけないという命令は絶対的、普遍的なものではなかったことを同意できればグッド。。。


問題の新訳(ギリシャ語)聖書に出てくる血の禁止例については次回。続く。
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エホバの証人とネットワークビジネス(ついにこの記事。)

2008-05-11 05:33:12 | ●海外のJW事情
スィートセントさんのところの記事

ネットワークビジネス

読んで思い出したので!忘れないうちに書いておきます。


いや~、ほんと古今東西エホバの証人社会はネットワークビジネスの温床。


ところで、ネットワークビジネスというと「ねずみ講???」なんて思う方がいらっしゃるかもしれませんが、違います。ネットワークビジネスは完全合法で、何も悪いことはないですよ。

アメリカではいくつかの出版会社がネットワークビジネス専門誌を月間で出していて、ふつ~に本屋さんの雑誌コーナーで買えます。ミリオネア指南本にはかならずネットワークビジネスも成功の鍵のひとつ、、と大体かかれてますし。


しかし~。

やっぱりなんかうさんくさい。


商品を売るだけじゃいけないのかああ。人を紹介して会員にして、その会員たちも人を勧誘しないといけないなんて


(まるでJW。


っていうか、JWやってなかったらきちんとした商品と会社ならネットワークビジネスも副業程度にいいかもしれませんが、JW現役時代はJW勧誘といういやな本業があったので、勧誘はもう自分の限界を超えてたので、いやでいやで。

しかし!


会衆では勧誘されるんですよ~。

テレホンカード系金権から清浄機などの健康もの、はたまた保険や株という大きいものまでネットワークビジネスやってるJWの多いこと!!!!


会衆のみんながやってるので勧誘もひっきりなしです。


なぜJWはネットワークやってる人が多いのか、、というと、第一に

●時間帯が自分で選べる


つまりセルフエンプロイー(自営)なので集会奉仕、大会の休みなどを気にしなくてもいい、という誘惑でしょう!!


第二に


●人を沢山知っている


まあふつ~のJWなら会衆付き合いでも100人くらいは知ってるんですから、ネットワーク勧誘のときに「私たちはJWだから紹介する人に事欠かないわよ。世界的兄弟関係を持っている強みね!」

などといわれるとそうだな~と思って参加する人が多い。


しかし、100人のうちかなりの人数がすでに自分のネットワークビジネス商品を持っていて新しい勧誘には乗ってくれないのと、一度説明会などにゆくと、今度は来てくれた兄弟姉妹のやってるビジネスにも参加しなくてはいけなくなって

泥沼。

共倒れ。


というのが多かったです。


とても仲良くしていた兄弟が生命保険のネットワークビジネスでどうしても話を聞いて欲しいとやってきて、生命保険なんかどうやったっていらないので。。。と断ったことがあります。

やっぱり頼み倒されて3時間くらい説明していったけど、、、テレホンカードなら買ってもいいけど、生命保険はやっぱり買えないから、って最初と同じ理由で断ったら、、、やはり後々ぎすぎすしました。


この兄弟新婚で国(韓国)から奥さんを呼び寄せたばっかりで、集会や奉仕のないときはこうやって夜な夜なJWを回ってるらしい。理由はやはり集会や大会のとき、休みの融通がきく自営(?)だから。

大変だ。。。


ちゃんと働かせてあげてよJW。


ちなみに私もネットワークビジネス集会にいくつか参加したことがあります。会衆でお世話になった兄弟姉妹たちの誘いは断れませんでした。

「集会(ビジネスミーティング)来るだけでいいから。」といわれると、、やっぱり宗教勧誘をやってるものとして、新しい人をたまに連れてくるだけで居心地が良くなるもんね、、、などと配慮して行ったのです。

ま~外国人なので全然戦力にもなりませんから、ほんとに説明会に顔だす程度ですが、


アメリカ人ビジネスマンのノリというのはすごくって、その人の演説を聞いてるだけで何か出来そうな気分になるので少しは面白かったです。


ただ、、ビジネス集会に来ないと注意されます。集会や商法やセールストークはもう全部聞いたから集会に行かなくとも、、というと、士気が下がるのです!!集会に出ないと売り上げもなくなる!といわれました。


そして一ヶ月に全く活動(電話勧誘、電話で商品を売ったりアポイントを取ったりすること)がない場合、販売権はなくなり、お友達に(例えば化粧品)を売ったとしてもコミッションはもらえません。


い わ ゆ る


不活発



という扱いになるとか、そういうところが


JWと激似!!!



(ネットワークビジネスでめちゃくちゃ成功しているミリオネアもいますから、ネットワークビジネスを批判する記事ではありません。気弱な私には難しい空間でした。)
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「腐ったみかん」発言。 お前は酒鬼薔薇聖斗かぁ~!!排斥と人権を考える

2008-03-13 06:01:41 | ●海外のJW事情

はい。


ず~っと前排斥処置に関して、ある会衆で


「腐ったみかんは除き去らないとほかが腐るから」というたとえで注解した姉妹がいた、という記事をどこかで読んで、いつも気になっていたんですが、

あららさんが取り上げていたので、

私も便乗して書かせていただきます~。


あららさんの記事「腐ったみかん、腐ったまんじゅう、、、」はこちらです



腐ったみかん、ですぐピンと来たのは

酒鬼薔薇聖斗の「腐った野菜どもに制裁を」の脅迫文ですね。


なお、、腐ったみかんというたとえ自体は教理上、とっても正しいですよ。話の適応がたとえなら良でしょう。

でも、、一応、世間一般で人を腐った果物とか、腐った野菜とか呼ぶと、、少年Aの例のように精神異常扱いされますよね。


腐ったみかん、ですが、これってエホバの証人の排斥者への見方、心理がと~っても良く現れていて、分かりやすいですね。外部の人に説明するとき、ぜひこれを使うといいと思います。



さて、海外で、特にアメリカでは排斥処置に対しての裁判が行われてます。個人相手にしたものは組織も無視するでしょうが、ものみの塔をあいてどった場合、今までの私たちがアクセスできる公式のものは、ものみの塔が勝ってます。


一番最近の例では2007年夏の裁判(排斥された女性がものみの塔聖書冊子協会を相手に心痛とコミュニティー、友人、家族との隔離を理由にたぶん、、一万ドルくらいの損害賠償を求めていた例です。)があります。

敗訴の理由は「信教の自由」。

宗教内の取り決めは尊重される、というものでした。


私としては、信教の自由を盾にやりたい放題やってもお咎めなし、というのはどうなんだろう???と疑問に思います。例えば輸血、体罰なんかもそうですね。


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「いいとこ取り」エホバの証人の大きな幻想

2007-12-21 20:33:05 | ●海外のJW事情
さて、「いいとこ取り」という言葉を以前いくつかのブログや掲示板で見かけました。最近リアルでも自分のまわり(JW関係)で「いいとこ取り」という言葉をいろんな人から聞くので、ちょっとこの「いいとこ取り」について考えてみました。


いいとこ取りというのはもちろん批判の時に出てくるのですが、例えば私が自然消滅を望んでいるという事に対し、組織を信じていないのに白黒つけないで、「制裁」も受けないでエホバの証人の良い関係だけは享受したい、いいとこ取りでずるい態度。

という感じに。


また日本人の姉妹からもらった手紙に「最近は組織の要求をはたさないで、エホバの証人の兄弟関係だけ楽しみたいといういいとこ取りの人が多い」

な~んて。

「いいとこ取り」という言葉、JWの中で流行ってる?


なんて思わせる場面が他にもいくつかありました。

ちょっと反撃させてもらうと、自然消滅だとJWとも普通に交われるので制裁にならずずるい、という考えですが、これからも「交わろう」と思ってるのは「エホバの証人」である前に自分の「肉親」であり、エホバの証人である前に「自分の友達」であって、ずるいとか、制裁を受けるべきであるとか、懲らしめにならないとかいわれる筋合いはないと思う。

(もちろん、その肉親なり友達なりが、「私」という人間の前に「組織に不従順な人」というものを重要視して、付き合いをきりたいというのなら、それはそれで。ということで。)


さて、「いいとこ取り」とは何のどこが「良いところ」なのかよく分からなかったのですが、(JWでいていいことってある???)要するに

「世界的な暖かいエクスクルーシブな兄弟関係」であるらしい。


エクスクルーシブ、ってところ傲慢じゃありませんか!??
イエスのたとえに出てくる良きサマリア人はエホバの証人だと言っておきながら
「エクスクルーシブ(排他的な、つまりJW内に限定された)兄弟関係が存在するという矛盾。


ばかみたい。といってしまえばそれまでですが、ちょっと考えてみたら、どうもエホバの証人はこのエクスクルーシブな兄弟関係というのをどうも「エホバの証人であるから得られる特典」のように思っているようなんですよ。


それは国際大会などのイベントになるとハイになるJWを見ると分かります。初めてあった人でも「JW」だから打ち解けて国籍が違っても、言葉が通じなくてもすぐ特別な感情で結びつく、

こんな関係は他にない。

と。


だからエホバの証人は本物だとか、すごい。とか。


水を差すようだけど、こんなイベントでのかかわりなんて友情でもなんでもない、普通に、ちょっと発展途上なかんじの外国にいけば、一般の旅行者でも同じような体験をするし、都会でも起こる。(例えば全く赤の他人の日本人同士が旅先であって助け合うというのはよくある話)

国際大会というイベントを終えると、自分の会衆の成員に対してでさえ助けを渋るようなエホバの証人である、ということを忘れてはいけない。


日本のJWは日本人の国民性しての親切さを「JWだから、、」と勘違いして、それがそのまま外国でも「デフォ」で当たり前に通じると思っているところがある。

それに加え外国崇拝もあって、ジェスチャーがオーバーなアメリカ人あたりを「ハグされたから」といって愛にあふれていると早とちり。


(ところで私の以前いた会衆で、お年寄りの一人暮らしの姉妹が一人でなくなっていたのを誰も気づかず、1週間そのままだったという出来事がありました。発見したのは実の娘。彼女も周りにJWがいるからということで、母親が電話にでなくともそのままにしていたらしい。1週間たってこれはおかしいのでは?と遠くからやってきたらこんなことに。という事だった。こういう事は世によくあるのと同じようにJWでもよくあることなのです。)


そしてその勘違いから、真理から落ちそうになった2世を外国に送り、そこで愛を実感させて組織に戻そうというエホバの証人の親御さんたちがいます。


はははははは。


それは、、普通に考えて、、、、ないだろう、、と思うんだけど、こうやって2世を最後の頼み、と海外に送る人があとを立ちません。


海外に住んでる日本人JWは1度や2度、こういうJWの世話を申し付けられたことがあるはず!赤の他人なのに「JW」だからということで、子供を心配したJW親から電話や手紙攻撃でその子の世話をしなければならなくなる。

困っている人の世話はいいですよ。自分も以前は助けられてきたんだから。

でも、問題は「信仰の番人」になることを迫られることですよね。親は子供の「信仰」や悪い交わりに染まらないか心配で、そういう事がないようにしてほしい。という。


いや~~~@@一体何様でいらっしゃるんでしょうか。

中にはそれだけで飽き足らず、30にもなる娘さんについてきて、会衆の人に挨拶しまくり、長老に「うちの娘をどうかよろしく」とわらにもすがるようにお願いにくる日本人JW親御さんもいらっしゃいます。


JWだから、信仰の仲間だから信仰を守ってくれる、という考え、メンタル的にも愛をもってサポートしてくれる、というのはもう、幻想中の幻想。そんなこと頼まれたって「どうしろと?」と長老だって思っています。


世界的な愛ある兄弟関係というのはJWだから自動的に得られるものではない。もし得られるものだとしたら、それはまた、架空のものに基づいた愛であって、あなた本人を見ての愛ではない、という事を踏まえて欲しい。


エホバの証人が得る国際的な兄弟関係というのはまがいものの愛。だからそんなものをもらっても「良いとこ取り」とかって思わないから!!!


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エホバの証人老人ホーム事情

2007-11-02 07:37:13 | ●海外のJW事情
ちょっと更新あいてしまったので、新記事だけあげておきます。コメントのお返事は明日させてください。


では。


ノースアメリカ地方では個人によるエホバの証人のための老人ホーム建設があります。

こう聞くと、やはりエホバは忠実な僕を世話しておられるとか、思われるかもしれませんが、違います。

これも手の込んだお金儲けなのです。


私がかかわったのはいくつかあった同じような建設計画のうち、「特別開拓者」または宣教者限定の老人ホームでした。


全く個人というより、幾人か(このときは3人)の不動産関係のJWが集まっての計画が多いと思います。


最寄の会衆から「自発奉仕者」を集いますが、これがみそ!


つまり労働力はただなわけです。施設が整えば実際に老人ホームをスタートさせなくとも、誰とも契約してるわけでないので、それはそれでいい、という事になります。


が、ただの労働力でたった建物は老人ホームを計画した不動産関係、または元金を出資したJWの物となるわけです。めでたしめでたし。






こういう裏のからくりを知ってる兄弟は「協会からのプロジェクトでなければ、ただの労働力目当ての悪徳ビジネスでない、という保障はないよ」と教えてくれたのですが、

協会から出てない計画は全部悪霊の表現っていうって言う態度はどうなの?(別にそんな事言ってない?)などと思い、ついつい、建設奉仕のつもりで、このJW老人ホーム建設に参加してしまいました。


かねてからJWの老人問題には気になっていたのと、出資者の一人が自分の会衆の人だったこともあってなんとなく疑いを持たなかったのです。


この老人ホームはなんと、小型ホールもついていて、ここで集会が出来る予定になっているというんです。老齢の兄弟姉妹たちは外にでなくても、老人ホームないで集会にいけるわけですね!すばらしい。

ラウンジもあり、そこで日々の聖句(小型べテルを想定・?)や、食事が一緒におこなわれる。集会は近隣の会衆の人からの参加も予定されていて、老人ホームと地元会衆が一緒に活動できる、週に一度はjWミュージシャンによる音楽会が予定。。

と、なんかいいことづくめの計画です。


お人よしの私は、老齢の兄弟姉妹たちが残された日々をこういうところですごせればいいな、などと思っていましたが、実際建設中施設にいってみると、、


夫婦べやにバスルーム(シャワー室)が二つもある超豪華仕様。いまどき4スターホテルでもバスルーム2室別室は珍しいというのに。。。

後々良く考えたら、採算の合わない、ほとんどボランティアに頼った計画である老人ホームなんかは挫折するのは時間の問題。その後は晴れて高級コンドミニアム分譲アパートなどとして売り出す計画まできちんと考えられていたんでしょうね。


そこは一応老人ホームを一通り経営してから「やっぱりダメだった」といえば「良心」にも悩まされないし。


ちなみに老人ホーム経営資金はうやむやでした。特開、宣教者がお金持ってるわけでなし。一応最低家賃ほどは徴収するようでしたが、それでここまで豪華な施設がまかなわれるわけではないでしょう。

老人ホームで働くのは近隣のJW。これもすぐ首にしてもいいような人材だし。


この計画を聞いた時は、他の国の特別開拓や宣教者はこういうところには入れないのは不公平だな、、なんて思ったんですが、、、どこまでも世間知らずの私でした。

自発奉仕をつのうやり方は、協会のプロジェクトの一環だと思っている人にはそう思わせておいたり、ビジネスをしている兄弟には「老人ホーム発足の際には兄弟の売っている商品を導入する」などと口約束をして、そういう兄弟たちの無料の労働力を集めていました。

実際にこの老人ホームは発足しましたが、もちろん格兄弟にほのめかされた備品などは買うつもりもなかったんでしょう。一人も恩恵にあずかることがなかったと聞きました。その後誰かが入居したとか、会衆でお見舞いにいくとか、、そいう話も一切聞くことがありませんでした。

多分みんなが忘れた頃ひっそりと売られてお金にかえられたんでしょう。



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体罰の必要性?その2

2007-09-14 07:20:42 | ●海外のJW事情
体罰の話の続き。


前回はエホバの証人でなければ集会や奉仕がなく、体罰を受ける機会自体が少ないということと、エホバの証人流の体罰を受けない世の子供も立派な大人になる、

ということを書きました。


皆さんも実例をいろいろ見てこられたと思いますが、エホバの証人の子供にはゆがみ、ひずみが出ます。大多数が絵に描いたようにいい子である一方で、

子供のくせに非常に暴力的な子たちがエホバの証人の中にいます。

統計とったわけではないけど、いろんな国でいろんな会衆を見て回ったところ、どの会衆にも一人くらいいるんです。

大体が女の子です。

幼稚園か小学校低学年くらいまでの子で、

大人の手をあざが出来るまでつねったり、時にはバッドなどの道具を使って人をたたいたり、たたこうとしたりする子供です。

女の子に多いのは、やはりエホバの証人が早くから男尊女卑を教えていることで、「女性」の意味も分からない子供は知らず反抗を感じるんでしょう。

こういう暴力的な子は感受性が豊かな子であることが多いので、女の子であり、男の子であり、早くからJW世界に窒息しての結果だと思います。



(興味深いことに、私はこういう極端に暴力的な子を世の子で見たことがありません。)

こういう子は親が努力しても大抵の場合組織が要求する「良い子」にはなれません。活動過多症とか名づけられて周りも多くを求めなくはなりますが、

本当は体罰も心配も要らないのが大体です。


と、いうのも、年頃になればこういう子も自然と暴力を振るわなくなっていきます。大抵趣味とかの関心事で気がまぎれるか、JWの世界も裏表使えばかなり楽にやっていけるという要領もわかってきて落ち着いてくるんです。

別に「むち」が子供を導いたわけではないんです。

むちをされた暴力的な子、むちを全然されず野放しにされていた暴力的な子と比べてみると、どちらも同じ結果になってることが多いんです。(もちろん度を越えた体罰を受けていれば内面ではトラウマを抱えているでしょうが)

時間が経てばこういう子もよいお嬢さん、さわやかな青年になるものです。


ものみの塔の体罰は行儀の良い子供によって自分を良く評価されたいという、誰にでもある親の願望とうまくマッチして容易に加速することが多く、

ものみの塔はそこのところをよく踏まえて、「注意深く」扱わないといけないところです。(でも実際には今でもあまり考慮されてないようですね)


もうひとつ。

子を打ちこらせとかいう聖句を文字通りいつまでも当てはめているJWですが、

最近は子供が暴力的な場合、それが幼児期の一時的でなければ、脳に異常があるための「症状」であるという報告もあり、何事も体罰で収める、あるいは表面上を暴力で制することがいかに端的で単純な考えか分かりますね。

体罰に関しても、やはり聖書を一字一句当てはめるのは間違ってると思いました。


わたし自信はもちろん体罰を受けました。体罰というより家庭内暴力だと思います。今でも暴れるので「だった」といえないところがみそだよね。

弊害としては普通に人と話しをしてるとき、「この人はいきなり怒り出して暴力を振るうのでは?」とまじめに心配になるとか、

やはり人に嫌われるのが病的に怖い(軽い社交でも本気で心配するなど。)

とかがあります。

そういう病的な心配はJWのマイコンが抜けてからはぱったりとなくなりました。
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