◎ 東京都の「教育改革」の破綻ぶり(後)
3.前近代的専制君主スタイル統治
こんな有り様なのになぜ自浄作用が働かないかと言えば、意見表明や民主的手続きを「悪」として否定する専制政治型の経営システムが構築されているからだ。校長の恣意がまかり通るから、人材は逃げるし、無意味な「改革」が幅を利かす。専制システムの下で、東京の教育は確実に劣化しつつある。
(1)職員会議採決禁止~民主主義の否定
これが「民主的」でないことは、高校生でも分かる。みんなで決めるのが民主主義、一人の決定にみんなを従わせるのは専制君主。
都教委は「教育に民主主義はいらない」、「教員は校長の従順な下僕であればよい」と言っているに等しい。こんな「会議」は民間にもない。日本将棋連盟の棋士総会でも採決するし、米長会長は採決に従っていた。
民主主義否定(=全体主義)が「職員会議」の場だけでないことは、容易に想像が付くだろう。あらゆる場面で「独創性・主体性・平等性・発言力・批判精神」が軒並み頭ごなしに否定されるのだから、生き生きと活気に満ちた職場の雰囲気になるわけがない。
(2)業績評価~上司の恣意がまかり通る仕組み
この制度は、「絶対評価」をうたいながら「CD2~3割」の「相対評価」を強要する『実施要領』違反の不正行為をやってまで、教員を隷属させる手段に悪用されている。私の場合も「C」の理由は「職員会議で校長の経営方針に反する意見をしばしば発言する」からだと校長が明言した。苦情処理機関も校長の評価に誤りはないとした。ワンマン経営を堂々と肯定して悪びれない。制度の意図が、昇給や異動にリンクさせて「もの言わぬ教員作り」にあることは明白だ。
不公平、不透明、非納得では「能力資質の向上」「学校組織の活性化」には逆効果で、現場のモチベーションは下がりっぱなし。職員会議を「御前会議」に仕立てる機能しか果たしていない。
(3)主任教諭制度~職能に無関係の身分制
2009年から一般教員を「主任教諭」と「教諭」に分けて、教育職の職階が6段階になった。上から、統括校長・校長・副校長・主幹・主任・教諭。
最下層は名称こそ今までと同じ「教諭」だが、42歳で給料頭打ちの給料表を適用される「新設」の底辺階層と言ってよい。待遇面で今までの「教諭」に該当するのが「主任教諭」で、主任なっても今より昇給するわけではない。もちろん校長に気に入られないと「主任教諭」に合格させてもらえない。
「主任教諭」と「教諭」に仕事内容での違いは特にない。担任も、部活動顧問も、日直も、皆同じにやる。同一労働同一賃金に反することが堂々とまかり通る。こうなると職場には、お互いにいやな雰囲気が漂い始める。
(4)6年必異動~伝統や校風よりも校長権限強化
2004年から異動年限が6年に短縮された。校長が職場の同僚性を破壊しやすくするねらいだった。生徒や学校のことは二の次。私の職場も6年で見事に入れ替わった。
学校に、熟達した仕事の蓄積がなくなる。教員も異動先で一からノウハウの蓄積をやり直す。校務分掌編成も2~3年先を見通した人事など望むべくもなく場当たり的になる。担任はひと回りやりっ放しで出ていくしかない。「伝統」「校風」のようなものは数年以内にに廃れてしまうだろう。容易に取り返しの付かない学校の「質の低下」が着実に進行している。一部教育委員の浅はかな素人考えの毒が回ってきた。
(5)日の丸・君が代~自由や権利は禁句
今日まで423名の処分を累積させてきた2003年「10・23通達」こそ、職務命令による「専制経営システム」を確立し、東京の教育から民主主義を排除してきた元凶である。
通達に先立つ7月に横山教育長は、不登校、いじめ、中退、そっちのけで、「国旗国歌の適正な実施」こそ「学校経営上の最大の課題」であると宣言した。「『内心の自由』の説明は、学習指導要領に基づく指導としては不適切である」と、憲法19条を真っ向から否定して恥じない都教委は、既に専制政体になっている。
教育基本法でうたわれた「個性豊かな文化の創造を目指す教育」は空文化され、生徒はしつけの対象としか見なされず、教員は校長の下僕であるように上の命令を強制される。裁判所においてすら法廷で「教育は強制でしょ」とうそぶく裁判官まで現れる始末だ。
憲法で「不可侵」とされるのは「基本的人権」だけである。帝国憲法第3条の「天皇は神聖にして侵す可からず」は否定され、戦後は国民が主権者となり、国民の人権だけが「不可侵」となったはずなのに、まるで「日の丸・君が代は神聖にして侵す可からず」と言わんばかりに、生徒・教員の人権を踏みにじるような状況が、東京の学校と裁判所とに進行しつつある。
4,戦前の教育と戦後の教育の根本的な違いは何か
教育基本法制定の理念とは、「戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があつたことに対する反省によるもの」という、1972年旭川学テ裁判で最高裁大法廷が判示した言葉をいま一度噛み締めるべきである。
東京の教育が痛切な反省を忘れ、「形式的・画一的に流れ…国家主義的な傾向を帯び」ていないか直視してみよう。正気に返って当たり前の民主主義を実現しなければならない。
(完)
『科学的社会主義』(2010年4月号)
若杉倫(都立高教員)
3.前近代的専制君主スタイル統治
こんな有り様なのになぜ自浄作用が働かないかと言えば、意見表明や民主的手続きを「悪」として否定する専制政治型の経営システムが構築されているからだ。校長の恣意がまかり通るから、人材は逃げるし、無意味な「改革」が幅を利かす。専制システムの下で、東京の教育は確実に劣化しつつある。
(1)職員会議採決禁止~民主主義の否定
これが「民主的」でないことは、高校生でも分かる。みんなで決めるのが民主主義、一人の決定にみんなを従わせるのは専制君主。
都教委は「教育に民主主義はいらない」、「教員は校長の従順な下僕であればよい」と言っているに等しい。こんな「会議」は民間にもない。日本将棋連盟の棋士総会でも採決するし、米長会長は採決に従っていた。
民主主義否定(=全体主義)が「職員会議」の場だけでないことは、容易に想像が付くだろう。あらゆる場面で「独創性・主体性・平等性・発言力・批判精神」が軒並み頭ごなしに否定されるのだから、生き生きと活気に満ちた職場の雰囲気になるわけがない。
(2)業績評価~上司の恣意がまかり通る仕組み
この制度は、「絶対評価」をうたいながら「CD2~3割」の「相対評価」を強要する『実施要領』違反の不正行為をやってまで、教員を隷属させる手段に悪用されている。私の場合も「C」の理由は「職員会議で校長の経営方針に反する意見をしばしば発言する」からだと校長が明言した。苦情処理機関も校長の評価に誤りはないとした。ワンマン経営を堂々と肯定して悪びれない。制度の意図が、昇給や異動にリンクさせて「もの言わぬ教員作り」にあることは明白だ。
不公平、不透明、非納得では「能力資質の向上」「学校組織の活性化」には逆効果で、現場のモチベーションは下がりっぱなし。職員会議を「御前会議」に仕立てる機能しか果たしていない。
(3)主任教諭制度~職能に無関係の身分制
2009年から一般教員を「主任教諭」と「教諭」に分けて、教育職の職階が6段階になった。上から、統括校長・校長・副校長・主幹・主任・教諭。
最下層は名称こそ今までと同じ「教諭」だが、42歳で給料頭打ちの給料表を適用される「新設」の底辺階層と言ってよい。待遇面で今までの「教諭」に該当するのが「主任教諭」で、主任なっても今より昇給するわけではない。もちろん校長に気に入られないと「主任教諭」に合格させてもらえない。
「主任教諭」と「教諭」に仕事内容での違いは特にない。担任も、部活動顧問も、日直も、皆同じにやる。同一労働同一賃金に反することが堂々とまかり通る。こうなると職場には、お互いにいやな雰囲気が漂い始める。
(4)6年必異動~伝統や校風よりも校長権限強化
2004年から異動年限が6年に短縮された。校長が職場の同僚性を破壊しやすくするねらいだった。生徒や学校のことは二の次。私の職場も6年で見事に入れ替わった。
学校に、熟達した仕事の蓄積がなくなる。教員も異動先で一からノウハウの蓄積をやり直す。校務分掌編成も2~3年先を見通した人事など望むべくもなく場当たり的になる。担任はひと回りやりっ放しで出ていくしかない。「伝統」「校風」のようなものは数年以内にに廃れてしまうだろう。容易に取り返しの付かない学校の「質の低下」が着実に進行している。一部教育委員の浅はかな素人考えの毒が回ってきた。
(5)日の丸・君が代~自由や権利は禁句
今日まで423名の処分を累積させてきた2003年「10・23通達」こそ、職務命令による「専制経営システム」を確立し、東京の教育から民主主義を排除してきた元凶である。
通達に先立つ7月に横山教育長は、不登校、いじめ、中退、そっちのけで、「国旗国歌の適正な実施」こそ「学校経営上の最大の課題」であると宣言した。「『内心の自由』の説明は、学習指導要領に基づく指導としては不適切である」と、憲法19条を真っ向から否定して恥じない都教委は、既に専制政体になっている。
教育基本法でうたわれた「個性豊かな文化の創造を目指す教育」は空文化され、生徒はしつけの対象としか見なされず、教員は校長の下僕であるように上の命令を強制される。裁判所においてすら法廷で「教育は強制でしょ」とうそぶく裁判官まで現れる始末だ。
憲法で「不可侵」とされるのは「基本的人権」だけである。帝国憲法第3条の「天皇は神聖にして侵す可からず」は否定され、戦後は国民が主権者となり、国民の人権だけが「不可侵」となったはずなのに、まるで「日の丸・君が代は神聖にして侵す可からず」と言わんばかりに、生徒・教員の人権を踏みにじるような状況が、東京の学校と裁判所とに進行しつつある。
4,戦前の教育と戦後の教育の根本的な違いは何か
教育基本法制定の理念とは、「戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があつたことに対する反省によるもの」という、1972年旭川学テ裁判で最高裁大法廷が判示した言葉をいま一度噛み締めるべきである。
東京の教育が痛切な反省を忘れ、「形式的・画一的に流れ…国家主義的な傾向を帯び」ていないか直視してみよう。正気に返って当たり前の民主主義を実現しなければならない。
(完)
『科学的社会主義』(2010年4月号)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます