『ほっととーく 76』より
◆ 3・28デモ行動から校門闘争へ!(2)
◆ 校門闘争
4月6日より,校門に立ち始めました。4月1日,校長が教員に停職処分を告げたそうです。4月3日,職員打ち合わせの前の時間外に私は一言挨拶しました。門前でのビラの受けとりはよく,前回より余程表情が柔わらいでいるとビラまきにきてくれた人は一様に言います。私が5年目になることもさることながら,ことあるごとに校門でビラをまいてきた効果(?)でしょうか。ビラを受けとってもらえることは嬉しいかぎりです。
7日の入学式の日は大きい日の丸が2本,門柱からつき出され.旗の真下に置かれた「入学式」の看板前で写真を取って入る親子が沢山いました。
校門闘争は,月,火,水の週3日,8時から10時まで立つことにしました。それでも4月6日,7日,8日,毎日ビラを替え,印刷し,朝早く門前にもっていき,2時間立ってまき,夕刻には会議に行くとまだ3日目なのにもう疲れ果てました。
毎週水曜日には夕方5時30分から1時聞,西武線練馬駅でビラ情宜します。8日は清掃労組や北部共闘の方たち3人が来てくださいました。トラメガを肩に大声を出したら,のどがバリバリになりまし為美声が……。上記以外の時間には地域の団体をまわろうと考えていますが,この調子ではとても手がまわりません。皆さん,助けてください。
◆ 卒業式のことなど
3月23日(月)は中学部の卒業式でした。(養護学校は殆どの学校で2回,卒業式があります。北養は2年前から自分の所属学部のみ出席すればよいことになり,また45周年行事も,全国研究発表会になったので,助かりました。)
卒業生が入場し,副校長がわざわざ壇上に上がって開会の辞をのべると,ただちに「国歌斉唱」「前奏に続いて御唱和ください」と司会が言いました。
”御唱和ください”など,はじめてきくセリフです。(国旗国歌法制定時の「君が代」が入った時,「国歌」,通達後は「国歌斉唱」,そして今年は「御唱和ください」と進んだ。都立高校では不起立の生徒に再度起立をうながしている。)
坐ると副校長が2人子どもをかきわけ側に寄ってきて「9時43分不起立現認」と言って帰りました。何度きいても気持ちがささくれ立ちます。昨年は式場に入ってないのでわかりませんが,07年の時より「君が代」の声が大きくきこえました。「君が代」の間,側の子どもが手をのばしいつものように髪の毛をひっばって遊びたがり笑いかけてくるのでどんな表情をしていいやら困惑しました。
式後,校長事情聴取は弁護士立ち合いを求めて断られ,26日9時に設定された,都教委事情聴取は弁護士ないし組合の立ち合いを求め断られました。約45分間,理由を明らかにされたい,と求めました。立ち合い問題については,人事部長のレベルまでいき検討し,”必要はない”と判断したと繰り返すばかりでした。途中,石井管理主事補が「ひきのばしているだけだろう」と暴言をはき,怒りがこみ上げました。
3月30日,臨時教育委員会で処分が決定され,同日11時35分頃校長から呼ばれ31日処分を告げられました。
3月31日は水道橋研修センターで中島参事から停職3ヶ月処分発令。でも処分を受けるいわれはありません,いりませんと言って帰りました。研修センター前には沢山の方がきて下さいました。
◆ 全体の処分と運勤
今春は12名(中学校1名,高校7名,特別支援4名)が処分されています。のべ422名にものぼります。最も重いのが根津,河原井さんで停職6ヶ月です。処分後,よくはないが免職でなくてよかったと口々に言ってました。私は正直違和感を感じました。6ヶ月もの重い処分をくらってどうしてよかったというのか。問題を昨年懲戒免職,今年は分限免職阻止に焦点化し運動するからではないか。不起立のみで免職になった事例を私は知りません。たいがいささいなことをあげつらい,肝心な日の丸などの理由はふせるというやり方でした。過去になかったからないとは言えず,危険はごろごろしていますが,石原都政が落ち目になっている今,賢い官僚たちが,騒ぎが大きくなることと,6ヶ月停職にし静かに退職を待つのとどう判断するだろうかと冷静に思います。
なにより,日の丸・君が代による免職阻止といった時の運動の質と,わたしたちの処分が意味するものを問い,日の丸・君が代によって,学校の中の教育がどのように変節させられているのかを明らかにする運動の質は異なってしまうように感じます。危機を煽り運動の求心力にするやり方を私は好みません。
又,私は「不起立闘争」のために不起立しているわけではありません。「日の丸・君が代」強制のカが,服従とあきらめが、学校の教育を被いつくさんとする時に,わたし達はどこでこらえて職場の中に芽をつくっていけるのか,みんなが「日の丸・君が代」問題の当事者だという意職はどう形成されるのか,悩みは尽きません。
◆ 前へむかって
処分はなるぺく受けないでおこうと思ってきた自分が,いつもぎりぎりのところで決断していたら,いつの間にかこのように重い処分を受ける同が来てしまい信じられない思いもあります。
情況のなかで,自分は自分のやり方で歩くしかありません。連帯とは違いをごまかさずしかし敵対せず,抜けがけせず利用せず,闘争勝利の目的のために邪心なくまい進する,その中でその人となりに共鳴して信頼を築く,ということなのかもしれません。
担任となる新中1年生や同僚には申しわけなさが先立ちますが,“この学校に理不尽な処分を受けた教員がいる”という事実を,校門で身をさらして伝えていきたいと思います。3ヶ月間私なりに懸命にカを尽くします。どうか校門へ,練馬情宜へ,カをかして下さい。
『ほっととーく 76』より
「良心・表現の自由を!」声をあげる市民の会
〒176-0012 練馬区豊玉北5-17-7-303 サポートねりまねりま全労協気付
郵便振替:00140-6-517545 加入者名:声をあげる市民の会
◆ 3・28デモ行動から校門闘争へ!(2)
◆ 校門闘争
4月6日より,校門に立ち始めました。4月1日,校長が教員に停職処分を告げたそうです。4月3日,職員打ち合わせの前の時間外に私は一言挨拶しました。門前でのビラの受けとりはよく,前回より余程表情が柔わらいでいるとビラまきにきてくれた人は一様に言います。私が5年目になることもさることながら,ことあるごとに校門でビラをまいてきた効果(?)でしょうか。ビラを受けとってもらえることは嬉しいかぎりです。
7日の入学式の日は大きい日の丸が2本,門柱からつき出され.旗の真下に置かれた「入学式」の看板前で写真を取って入る親子が沢山いました。
校門闘争は,月,火,水の週3日,8時から10時まで立つことにしました。それでも4月6日,7日,8日,毎日ビラを替え,印刷し,朝早く門前にもっていき,2時間立ってまき,夕刻には会議に行くとまだ3日目なのにもう疲れ果てました。
毎週水曜日には夕方5時30分から1時聞,西武線練馬駅でビラ情宜します。8日は清掃労組や北部共闘の方たち3人が来てくださいました。トラメガを肩に大声を出したら,のどがバリバリになりまし為美声が……。上記以外の時間には地域の団体をまわろうと考えていますが,この調子ではとても手がまわりません。皆さん,助けてください。
◆ 卒業式のことなど
3月23日(月)は中学部の卒業式でした。(養護学校は殆どの学校で2回,卒業式があります。北養は2年前から自分の所属学部のみ出席すればよいことになり,また45周年行事も,全国研究発表会になったので,助かりました。)
卒業生が入場し,副校長がわざわざ壇上に上がって開会の辞をのべると,ただちに「国歌斉唱」「前奏に続いて御唱和ください」と司会が言いました。
”御唱和ください”など,はじめてきくセリフです。(国旗国歌法制定時の「君が代」が入った時,「国歌」,通達後は「国歌斉唱」,そして今年は「御唱和ください」と進んだ。都立高校では不起立の生徒に再度起立をうながしている。)
坐ると副校長が2人子どもをかきわけ側に寄ってきて「9時43分不起立現認」と言って帰りました。何度きいても気持ちがささくれ立ちます。昨年は式場に入ってないのでわかりませんが,07年の時より「君が代」の声が大きくきこえました。「君が代」の間,側の子どもが手をのばしいつものように髪の毛をひっばって遊びたがり笑いかけてくるのでどんな表情をしていいやら困惑しました。
式後,校長事情聴取は弁護士立ち合いを求めて断られ,26日9時に設定された,都教委事情聴取は弁護士ないし組合の立ち合いを求め断られました。約45分間,理由を明らかにされたい,と求めました。立ち合い問題については,人事部長のレベルまでいき検討し,”必要はない”と判断したと繰り返すばかりでした。途中,石井管理主事補が「ひきのばしているだけだろう」と暴言をはき,怒りがこみ上げました。
3月30日,臨時教育委員会で処分が決定され,同日11時35分頃校長から呼ばれ31日処分を告げられました。
3月31日は水道橋研修センターで中島参事から停職3ヶ月処分発令。でも処分を受けるいわれはありません,いりませんと言って帰りました。研修センター前には沢山の方がきて下さいました。
◆ 全体の処分と運勤
今春は12名(中学校1名,高校7名,特別支援4名)が処分されています。のべ422名にものぼります。最も重いのが根津,河原井さんで停職6ヶ月です。処分後,よくはないが免職でなくてよかったと口々に言ってました。私は正直違和感を感じました。6ヶ月もの重い処分をくらってどうしてよかったというのか。問題を昨年懲戒免職,今年は分限免職阻止に焦点化し運動するからではないか。不起立のみで免職になった事例を私は知りません。たいがいささいなことをあげつらい,肝心な日の丸などの理由はふせるというやり方でした。過去になかったからないとは言えず,危険はごろごろしていますが,石原都政が落ち目になっている今,賢い官僚たちが,騒ぎが大きくなることと,6ヶ月停職にし静かに退職を待つのとどう判断するだろうかと冷静に思います。
なにより,日の丸・君が代による免職阻止といった時の運動の質と,わたしたちの処分が意味するものを問い,日の丸・君が代によって,学校の中の教育がどのように変節させられているのかを明らかにする運動の質は異なってしまうように感じます。危機を煽り運動の求心力にするやり方を私は好みません。
又,私は「不起立闘争」のために不起立しているわけではありません。「日の丸・君が代」強制のカが,服従とあきらめが、学校の教育を被いつくさんとする時に,わたし達はどこでこらえて職場の中に芽をつくっていけるのか,みんなが「日の丸・君が代」問題の当事者だという意職はどう形成されるのか,悩みは尽きません。
◆ 前へむかって
処分はなるぺく受けないでおこうと思ってきた自分が,いつもぎりぎりのところで決断していたら,いつの間にかこのように重い処分を受ける同が来てしまい信じられない思いもあります。
情況のなかで,自分は自分のやり方で歩くしかありません。連帯とは違いをごまかさずしかし敵対せず,抜けがけせず利用せず,闘争勝利の目的のために邪心なくまい進する,その中でその人となりに共鳴して信頼を築く,ということなのかもしれません。
担任となる新中1年生や同僚には申しわけなさが先立ちますが,“この学校に理不尽な処分を受けた教員がいる”という事実を,校門で身をさらして伝えていきたいと思います。3ヶ月間私なりに懸命にカを尽くします。どうか校門へ,練馬情宜へ,カをかして下さい。
『ほっととーく 76』より
「良心・表現の自由を!」声をあげる市民の会
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