《過労死をなくせ 第4回龍基金表彰式》
◇ 宇都宮弁護士の講演要旨「貧困克服から連帯へ」
70年代後半に入り、サラ金(消費者金融)問題は法規制がなく、ヤミ金と同じように厳しい過酷な取り立てを繰り返していて、罰則のない利息制限法で年100%ぐらいの利息で営業していたので、返済に苦しむ人たちの夜逃げや自殺が多発するようになりました。
そういう相談者が弁護士会に殺到するようになりましたが、大抵多重債務者で弁護士費用が払えるかどうか分からない状態でたらい回しにされていました。そのお鉢が私のところにドンドンくるようになりました。私が代理人としてサラ金との矢面に出るようになると、憔悴しきっていた債務者にも血の気が戻ってきました。
弁護士会にも相談者が増えて処理しきれなくなり、仲間に弁護士費用も相談者から分割でもらうことを提案して賛同を得て扱う弁護士も増えてきました。
事務所に相談に来るのは、200~300万人の債務者の一部です。これを解決するためには当事者自身が立ち上がることが必要で、多重債務者自身で被害者組織を全国につくり、学者、弁護士と車の両輪となり法改正運動を進めてきました。この運動で2006年に画期的な法改正ができました。
多重債務者の問題からホームレスの問題にかかわり、2007年の10月に反貧困ネットワークを結成しました。貧困問題を顕在化して、社会的にアピールしないと解決できないと思いました。
取り組むなかで日本は貧困率が大変高い社会であることが明らかになりました。その大きな理由は社会保障制度の貧困と、非正規労働者が拡大していることです。
それは新自由主義、市場原理主義的政策のなかで生まれ、長時間労働の恒常化、過労死の多発を生み出しています。さらに多重債務者のなかで自殺者が多いこともあり、彼らを救済することは人命を守るということです。
過日、自殺寸前の相談者を生活保護の受給まで援助しましたが、彼はそれでは救われていませんでした。住まいがあり食事ができるだけでは人間は生きていることになりません。帰る家族がいない、話しをする友達がいないのです。独りぼっちなのです。
経済的貧困の克服だけでなく、当事者が人間関係をつくり居場所を見つけることが大事だと思います。
◇ 「過労死企業名公表を」
「全国過労死を考える家族の会」が受賞
2006年、すかいらーくの店長中島富雄さんが過労死で亡くなったことを契機に過労死根絶を目的に結成された「過労死をなくそう!龍基金」は8月1日、第4回中島富雄賞授賞式を東京都内で開いた。
そこで全国過労死を考える家族の会代表・寺西笑子さん(過労死を出した企業名の公表を求めて国之提訴した原告代表)が表彰された。
授賞式の冒頭、龍基金代表の中島晴香さんは「過労死でうちの幸福が壊れた。今では夢の中でのみ3人家族の幸せがある。また、夢の中でも家に帰って、3時間でまた出勤する夫の夢も見る。7年経った今でも忘れることはできない。こんな社会はどうしてできたのか、こんな家族を再びつくらないように、きちんとした労働規制をつくろうと仲間に声をかけてください」とあいさつした。
中島賞の選考委員会を代表して過労死弁護団事務局長の玉木一成弁護士が今年の受賞者である寺西笑子さんを紹介し、授賞の理由について「過労死を出した企業名の公表を求めて国を相手に昨年11月に大阪地裁で裁判を起こしたことが過労死の根絶につながるものと評価した」と説明した。
中島代表から表彰された寺西さんは次のようにあいさつした。「ともに活動している仲間と弁護士の力があって受賞できました。夫を過労自殺で亡くして、労災の認定と会社との裁判で10年半もの長い闘いをやってきました。これからは過労死が起こらない活動をやっていきたい。企業名の公表を求める裁判はそのためにあります。いくら謝っても過労死した人は帰ってこない。過労死予備軍をなくす仕組みを国あげて、企業あげて取り組むよう求めたい。その先頭に遺族の怒りがある。ともに手をつないで過労死防止を実現しましょう」。
第2部では、日本弁護士連合会会長で反貧困ネットワーク代表の宇都宮健児弁護士が「生きがい、希望のもてる社会をめざして」と題して記念講演した。(講演要旨別項)
宇都宮弁護士は、自ら愛媛県の漁師、後に大分県の開拓農民だった生い立ちから話を始め、自身のライフワークとなるサラ金事件との関わりから、多重債務者を苦しめる高金利などを規制するための立法運動が成功したのは被害者自らが立ち上がり声を上げたからだと指摘し、「過労死問題も遺族が困難の中で声を上げることが根絶に向かっていく」と話した。
『週刊新社会』(2010/8/17)
◇ 宇都宮弁護士の講演要旨「貧困克服から連帯へ」
70年代後半に入り、サラ金(消費者金融)問題は法規制がなく、ヤミ金と同じように厳しい過酷な取り立てを繰り返していて、罰則のない利息制限法で年100%ぐらいの利息で営業していたので、返済に苦しむ人たちの夜逃げや自殺が多発するようになりました。
そういう相談者が弁護士会に殺到するようになりましたが、大抵多重債務者で弁護士費用が払えるかどうか分からない状態でたらい回しにされていました。そのお鉢が私のところにドンドンくるようになりました。私が代理人としてサラ金との矢面に出るようになると、憔悴しきっていた債務者にも血の気が戻ってきました。
弁護士会にも相談者が増えて処理しきれなくなり、仲間に弁護士費用も相談者から分割でもらうことを提案して賛同を得て扱う弁護士も増えてきました。
事務所に相談に来るのは、200~300万人の債務者の一部です。これを解決するためには当事者自身が立ち上がることが必要で、多重債務者自身で被害者組織を全国につくり、学者、弁護士と車の両輪となり法改正運動を進めてきました。この運動で2006年に画期的な法改正ができました。
多重債務者の問題からホームレスの問題にかかわり、2007年の10月に反貧困ネットワークを結成しました。貧困問題を顕在化して、社会的にアピールしないと解決できないと思いました。
取り組むなかで日本は貧困率が大変高い社会であることが明らかになりました。その大きな理由は社会保障制度の貧困と、非正規労働者が拡大していることです。
それは新自由主義、市場原理主義的政策のなかで生まれ、長時間労働の恒常化、過労死の多発を生み出しています。さらに多重債務者のなかで自殺者が多いこともあり、彼らを救済することは人命を守るということです。
過日、自殺寸前の相談者を生活保護の受給まで援助しましたが、彼はそれでは救われていませんでした。住まいがあり食事ができるだけでは人間は生きていることになりません。帰る家族がいない、話しをする友達がいないのです。独りぼっちなのです。
経済的貧困の克服だけでなく、当事者が人間関係をつくり居場所を見つけることが大事だと思います。
◇ 「過労死企業名公表を」
「全国過労死を考える家族の会」が受賞
2006年、すかいらーくの店長中島富雄さんが過労死で亡くなったことを契機に過労死根絶を目的に結成された「過労死をなくそう!龍基金」は8月1日、第4回中島富雄賞授賞式を東京都内で開いた。
そこで全国過労死を考える家族の会代表・寺西笑子さん(過労死を出した企業名の公表を求めて国之提訴した原告代表)が表彰された。
授賞式の冒頭、龍基金代表の中島晴香さんは「過労死でうちの幸福が壊れた。今では夢の中でのみ3人家族の幸せがある。また、夢の中でも家に帰って、3時間でまた出勤する夫の夢も見る。7年経った今でも忘れることはできない。こんな社会はどうしてできたのか、こんな家族を再びつくらないように、きちんとした労働規制をつくろうと仲間に声をかけてください」とあいさつした。
中島賞の選考委員会を代表して過労死弁護団事務局長の玉木一成弁護士が今年の受賞者である寺西笑子さんを紹介し、授賞の理由について「過労死を出した企業名の公表を求めて国を相手に昨年11月に大阪地裁で裁判を起こしたことが過労死の根絶につながるものと評価した」と説明した。
中島代表から表彰された寺西さんは次のようにあいさつした。「ともに活動している仲間と弁護士の力があって受賞できました。夫を過労自殺で亡くして、労災の認定と会社との裁判で10年半もの長い闘いをやってきました。これからは過労死が起こらない活動をやっていきたい。企業名の公表を求める裁判はそのためにあります。いくら謝っても過労死した人は帰ってこない。過労死予備軍をなくす仕組みを国あげて、企業あげて取り組むよう求めたい。その先頭に遺族の怒りがある。ともに手をつないで過労死防止を実現しましょう」。
第2部では、日本弁護士連合会会長で反貧困ネットワーク代表の宇都宮健児弁護士が「生きがい、希望のもてる社会をめざして」と題して記念講演した。(講演要旨別項)
宇都宮弁護士は、自ら愛媛県の漁師、後に大分県の開拓農民だった生い立ちから話を始め、自身のライフワークとなるサラ金事件との関わりから、多重債務者を苦しめる高金利などを規制するための立法運動が成功したのは被害者自らが立ち上がり声を上げたからだと指摘し、「過労死問題も遺族が困難の中で声を上げることが根絶に向かっていく」と話した。
『週刊新社会』(2010/8/17)
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