『都政新報』から =君が代不起立訴訟=
★ 加重処分に一定の歯止め
最高裁は16日、君が代不起立を理由とした都教委の懲戒処分に対し、「戒告は裁量の範囲内」とする一方で、戒告を超える減給や停職などには慎重な考慮を求め、加重処分に一定の歯止めをかける初めての判断基準を示した。東京高裁では戒告・減給処分の取り消しを命じる判決と、量定の重い停職処分の2人について処分取り消し請求を棄却する判決があったことから、ねじれを解消し、量定の軽重を整理する内容となった。
★ 「戒告は裁量の範囲内」
都教委では、同様の非違行為を繰り返し行った場合には、懲戒処分の量定を加重するという方針を採っている。そのため、卒業式や入学式での不起立を繰り返した場合に、戒告、減給、停職と進む加重処分が行われてきた。
判決は、このうち最も軽い戒告処分について、「学校の規律や秩序の保持などの見地からその相当性が基礎付けられるもので、法律上、教職員の法的地位に直接の職務上、給与上の不利益を及ぼすものではない。将来の昇給への影響などを勘案しても、基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内」とした。
ただ、戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては、「事案の性質などを踏まえた慎重な考慮が必要」との初判断を示した。
具体的には、停職処分は、教職員の法的地位に一定期間の職務の停止、給与の全額不支給という直接の職務上、給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶことから、「(国歌斉唱時の起立を義務付けた都教委の)通達を踏まえて、毎年度2回以上の卒業式や入学式などの式典のたびに、懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」と指摘。
過去の処分歴や、不起立前後の態度、学校の規律や秩序の保持などの必要性と処分による不利益の内容との均衡の観点から「処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合」に限って、減給を超えて停職処分を選択することが許されるとした。
この考え方に基づき、減給と停職一ヶ月の2人は「特に処分の加重となる根拠はうかがわれず、社会通念上、著しく妥当性を欠き、重きに失する」と処分取り消しを命じた。
停職3カ月の1人については、過去に「国旗の掲揚の妨害と引き降ろし、服務事故再発防止研修におけるゼッケン着用を巡る抗議によって、積極的に式典や研修の進行を妨害した」との行為を受けて、「停職処分を選択する具体的な事情があった」とした。
5人の裁判官のうち、櫻井龍子裁判官は補足意見で加重処分への懸念を表明。停職処分は大きな給与上の不利益に加え、教師の場合は停職期聞中、教壇に立てず、職務上の不利益も大きいことから、生徒への教育上の影響なども無視できないことを指摘した。さらに「一律の加重処分の定め方、実際の機械的な適用は、そのこと自体が問題である」との見解を述べた。
そのほか宮川光治裁判官は反対意見で、「仮に戒告処分でも履歴に残り、勤勉手当も減額され、昇給延伸や退職金、年金への影響もあり得る」と述べ、「再雇用の機会を事実上失い、合格通知を受けていた者も合格は取り消されるのが通例で、相当に重い不利益処分。不起立は口頭または文書による注意や訓告が適切」とした。
停職一ヶ月が取り消された河原井純子さん(61)は、同処分以前に過去3回の不起立による加重処分。「停職に一定の歯止めをかけたということで、現職の人の背中を少しでも押せることになったのでは」と語った。
最高裁としての減給取り消しの判断がなされた渡辺厚子さん(61)は、同処分の前は入学式の際の服装やその後の事実確認に関する校長の職務命令違反での1回の戒告。「戒告が取り消されず憤りを感じるが、減給一ヶ月という処分の累積を許さないという判断が最高裁から示されたことは大きな勝利」と話した。
停職3ヶ月の根津公子さん(61)は、同処分の前に5回の懲戒処分と2回の訓告を受けていた。判決後の記者会見で、「心配はあったが処分取り消しの訴えが棄却された」と話す一方、停職処分に対して慎重な考えが示された点は「良かったと思う」と述べた。
都庁内では判決は冷静に受け止められている。
都教委の人事担当者は「職務命令違反であることは最高裁も認めている。量定についてはいろいろ言われたが、事案を考慮しつつ判断していく」と話す。
教育庁を経験した都庁幹部は、「石原知事の就任以降、政治的に選ばれた首長の下、一線を超える処分が続いてきたが、最高裁で今回のような判決が出ることは予想されていた。都教委もそれを半ば承知で、相当、慎重にやっていた。事由と処分の程度のバランスを取っていないと処分自体の妥当性も問われる。『全くあり得ない判決』と言うならば、役人としてのバランスを疑われる」と話す。
「これまでは過去の判例の積み重ねを相場観として処分がなされてきたが、逆に言えば『ここまではやっていい』という判例が示されたとも言える」との声もある。
★ 西原博史早稲田大学社会科学部教授(憲法学・教育法学)の話
判決は、職務命令自体が適法だからといって、命令を順守させるために何でもできるわけではない点を明らかにした。すなわち、秩序の積極的妨害になることなく、真摯な信念に起因して、単に消極的に不起立を行っているだけならば、それは停職処分の理由にはならない。懲戒処分を用いて意識の一元性を権力的に作り上げることは許されないとするもので、学校が一人ひとりの信念を大切にできるようになるために重要な規範設定である。判決には、懲瓶処分は問題の性質にそぐわないとする反対意見や、信念の問題に関する加重処分は不適切と断ずる補足意見も付されており、今後、処分のあり方を考える上で重要である。
『都政新報』(2012/1/20)
★ 加重処分に一定の歯止め
最高裁は16日、君が代不起立を理由とした都教委の懲戒処分に対し、「戒告は裁量の範囲内」とする一方で、戒告を超える減給や停職などには慎重な考慮を求め、加重処分に一定の歯止めをかける初めての判断基準を示した。東京高裁では戒告・減給処分の取り消しを命じる判決と、量定の重い停職処分の2人について処分取り消し請求を棄却する判決があったことから、ねじれを解消し、量定の軽重を整理する内容となった。
★ 「戒告は裁量の範囲内」
都教委では、同様の非違行為を繰り返し行った場合には、懲戒処分の量定を加重するという方針を採っている。そのため、卒業式や入学式での不起立を繰り返した場合に、戒告、減給、停職と進む加重処分が行われてきた。
判決は、このうち最も軽い戒告処分について、「学校の規律や秩序の保持などの見地からその相当性が基礎付けられるもので、法律上、教職員の法的地位に直接の職務上、給与上の不利益を及ぼすものではない。将来の昇給への影響などを勘案しても、基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内」とした。
ただ、戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては、「事案の性質などを踏まえた慎重な考慮が必要」との初判断を示した。
具体的には、停職処分は、教職員の法的地位に一定期間の職務の停止、給与の全額不支給という直接の職務上、給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶことから、「(国歌斉唱時の起立を義務付けた都教委の)通達を踏まえて、毎年度2回以上の卒業式や入学式などの式典のたびに、懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」と指摘。
過去の処分歴や、不起立前後の態度、学校の規律や秩序の保持などの必要性と処分による不利益の内容との均衡の観点から「処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合」に限って、減給を超えて停職処分を選択することが許されるとした。
この考え方に基づき、減給と停職一ヶ月の2人は「特に処分の加重となる根拠はうかがわれず、社会通念上、著しく妥当性を欠き、重きに失する」と処分取り消しを命じた。
停職3カ月の1人については、過去に「国旗の掲揚の妨害と引き降ろし、服務事故再発防止研修におけるゼッケン着用を巡る抗議によって、積極的に式典や研修の進行を妨害した」との行為を受けて、「停職処分を選択する具体的な事情があった」とした。
5人の裁判官のうち、櫻井龍子裁判官は補足意見で加重処分への懸念を表明。停職処分は大きな給与上の不利益に加え、教師の場合は停職期聞中、教壇に立てず、職務上の不利益も大きいことから、生徒への教育上の影響なども無視できないことを指摘した。さらに「一律の加重処分の定め方、実際の機械的な適用は、そのこと自体が問題である」との見解を述べた。
そのほか宮川光治裁判官は反対意見で、「仮に戒告処分でも履歴に残り、勤勉手当も減額され、昇給延伸や退職金、年金への影響もあり得る」と述べ、「再雇用の機会を事実上失い、合格通知を受けていた者も合格は取り消されるのが通例で、相当に重い不利益処分。不起立は口頭または文書による注意や訓告が適切」とした。
停職一ヶ月が取り消された河原井純子さん(61)は、同処分以前に過去3回の不起立による加重処分。「停職に一定の歯止めをかけたということで、現職の人の背中を少しでも押せることになったのでは」と語った。
最高裁としての減給取り消しの判断がなされた渡辺厚子さん(61)は、同処分の前は入学式の際の服装やその後の事実確認に関する校長の職務命令違反での1回の戒告。「戒告が取り消されず憤りを感じるが、減給一ヶ月という処分の累積を許さないという判断が最高裁から示されたことは大きな勝利」と話した。
停職3ヶ月の根津公子さん(61)は、同処分の前に5回の懲戒処分と2回の訓告を受けていた。判決後の記者会見で、「心配はあったが処分取り消しの訴えが棄却された」と話す一方、停職処分に対して慎重な考えが示された点は「良かったと思う」と述べた。
都庁内では判決は冷静に受け止められている。
都教委の人事担当者は「職務命令違反であることは最高裁も認めている。量定についてはいろいろ言われたが、事案を考慮しつつ判断していく」と話す。
教育庁を経験した都庁幹部は、「石原知事の就任以降、政治的に選ばれた首長の下、一線を超える処分が続いてきたが、最高裁で今回のような判決が出ることは予想されていた。都教委もそれを半ば承知で、相当、慎重にやっていた。事由と処分の程度のバランスを取っていないと処分自体の妥当性も問われる。『全くあり得ない判決』と言うならば、役人としてのバランスを疑われる」と話す。
「これまでは過去の判例の積み重ねを相場観として処分がなされてきたが、逆に言えば『ここまではやっていい』という判例が示されたとも言える」との声もある。
★ 西原博史早稲田大学社会科学部教授(憲法学・教育法学)の話
判決は、職務命令自体が適法だからといって、命令を順守させるために何でもできるわけではない点を明らかにした。すなわち、秩序の積極的妨害になることなく、真摯な信念に起因して、単に消極的に不起立を行っているだけならば、それは停職処分の理由にはならない。懲戒処分を用いて意識の一元性を権力的に作り上げることは許されないとするもので、学校が一人ひとりの信念を大切にできるようになるために重要な規範設定である。判決には、懲瓶処分は問題の性質にそぐわないとする反対意見や、信念の問題に関する加重処分は不適切と断ずる補足意見も付されており、今後、処分のあり方を考える上で重要である。
『都政新報』(2012/1/20)
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