パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

教科書頼みの「道徳」授業に危機感、全国教研のレポート

2020年02月21日 | こども危機
 ◆ 道徳の教科化は形だけ?教科書に透ける“答え”
   「意味はあるのか」疑問の声も
(西日本新聞)


 いじめ問題の深刻化を背景に、2018、19年度から始まった小中学校での道徳の教科化。その目的は、ほかの教科に比べて軽んじられてきた従来の在り方からの質的な転換だが、早くも形だけのものになっている-。
 そんな実態が、広島市で開かれている日教組の教育研究全国集会(24~26日)で報告された。教科化で導入された国の検定教科書頼みの授業に陥っていないか、という問題提起だ。
 友情や信頼をテーマにした小学6年の「コスモスの花」。教科書の冒頭には「友達だから」とあり、ページをめくると「友達とは、どんな存在なのだろう」との質問が記されている。
 「単に信用して大切にすべき人、という意見を言わせる授業に意味はあるのだろうか」。北海道の小学校男性教諭(45)は疑問を投げ掛けた。
 交流のある多くの教員は、想定される「答え」が透けて見える教科書を子どもに読ませ、出版社が示す指導書通りの授業を漫然と進めているという。
 教科化を前に、現場では道徳への関心は高まったが「授業のやり方ではなく評価の話題ばかりだった」。
 通知表に載せることになった道徳の評価は、数値ではなく一人一人の心の成長をプラス面から記述する。その評価の妥当性や信頼性の担保を課題に挙げる小学校教諭は8割近くに上ることが、文部科学省の昨年度調査でも判明している。
 まして多忙な日常で教材研究に充てる時間の確保は難しく、結果的に「教科書や指導書通りにやれば楽。怒られない」となる。
 男性教諭は教科書頼みの授業に危機感を抱いた。
 学年の教員と情報を共有し、教科書の物語部分のみをプリントして子どもに配り、対話しながら読み進めていく授業に転換。
 「みんなならどうするかな」という安易な質問はしないことにした。
 学んだことの振り返りはさせるが、これからどうするかという決意表明はあえてさせない
 「完璧な教員はいない。一緒に悩み、考えることが大事と思う」。男性教諭は、子どもから多様な思いを引き出すことに腐心する。
 道徳の授業を巡っては会場から「一人一人の特性と向き合う」(福岡県の小学教諭)や「複数の学級を専任の教諭が担当する学年道徳の導入」(兵庫県の小学教諭)などといった試行錯誤も紹介された。
 いじめが机上の心掛けでなくなるとは思えない。教科化で求められているのは考え、議論する道徳といえる。
 授業を通じて学校はもとより、社会でも簡単に出せない答えを、子どもは考えていく。子どもが考え抜き、自らの答えを導き出す力を育むため、教員の人間力が問われている。 (編集委員・前田英男)
『西日本新聞 - Yahoo!ニュース』(2020/1/28)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200128-00010004-nishinpc-soci
コメント    この記事についてブログを書く
« 広島県廿日市市へ「自衛隊と... | トップ | 今年は広島市で開かれた、教... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

こども危機」カテゴリの最新記事