=社会権規約・拷問禁止条約審査=
◎ 二つの人権審査を傍聴して -ひとつの感想-
社会権規約と拷問等禁止条約と云う二つの異なる国際人権条約について、日本政府報告の審査を傍聴しました。わが国際人権活動日本委員会からも大勢が審査の成り行きを熱心に見守りました。参加者それぞれにとって貴重な体験となったと思います。私もそのひとりですが、傍聴の感想を述べたいと思います。
● 人権努力の不足際立つ日本
無償教育の漸進的導入を定めた社会権規約13条は同条約の批准以来、この部分の批准が留保されていました。昨年2月、政府はこの留保を撤回したのです。今回の審査ではこのことが評価されました。
人権条約の前進が見られない中で、これは良いニュースでした。社会権規約をすでに批准した国で、この条項を留保していたのは日本とマダガスカルだけでした。今年の正月、たまたまこのマダガスカルを訪問しましたが、敗戦直後の日本の焼け跡闇市よりひどい状態でした。日本はこんな国と肩を並べて中高等教育の無償化を拒否し続けてきたと思うとびっくりでした。
この一事をもってしても日本の人権努力の不足は際立ちます。
教育問題では先進30力国で構成するOECDの中で、下位や最下位にランクされるものが多いのです。島国である日本にいるとその低レベルぶりが分かりにくいと思います。
例えば、自殺対策基本法、障害者差別解消法、いじめ防止対策推進法などは、それなりの必要性があって成立したものです。
人権状況を改善しようとの意図は窺えますが、いじめ、差別、自殺と云った人権侵害は、問題の底に横たわる原因に対するきちっとした洞察が必要です。そして救済策が示され、活用されてこそ生きたものになると思うのです。成立したこれらの法律を見てもそんな思いに至りません。
例えばいじめ防止対策推進法にしても、いじめを加害者と被害者の対立と捉えるステレオタイプの解決図式で、問題の病根にメスを入れていません。
いじめ防止は子どもの権利条約において、そして、障害者差別の解消は障害者権利条約において、いずれもパリ原則に則った独立した監視機関の設置を求められているのですが、法律はそんなことを全く視野に入れていません。
救済策が欠如しているのです。
話は変わりますが、人権監視機関で幾度も間題とされた、「ダイヨーカンゴク」「カローシ」は日本語が国際化するほど、日本特異の人権問題ですが、日本政府には、これは正すべきものだといった切迫感がまるでありません。
また従軍慰安婦問題については社会権規約と拷問等禁止の両委員会から、改めて強い勧告がなされましたが、これを受けた安倍内閣はいち早くこの勧告に「従わない」と閣議決定しました。
憲法は国民を縛るものであって、権力が縛られるものではないとする自民改憲草案を地で行くような話ですが、安倍首相にとって、国際人権も邪魔者と映るのでしょう。
私はこのように国際的な風をひとつも受けずに、いわば、歪んで育つ我が国の人権風土を「人権のガラパゴス化」と呼んでいます。まさに隔絶された離島で「進化」する人権の固有種のようなものなのです。
結局、不都合なことに出遭えば、居丈高に声を荒げたり、挙句の果てに「シャラップ」と叫んで対話を遮断したりの日本の人権外交となるのです。これでいいとはだれも思わないはずです。
● 「懸念と勧告」が日本政府の前に山積み
拷問禁止委員会では、日本は「拷問」の定義を理解できていないと指摘されました。
社会権規約委員会では、社会権規約には「即時性」も「規範性」もないとする目本政府の解釈の誤りが手厳しく指摘されました。
両条約を通じて数十に及ぶ人権上の「懸念と勧告」が日本政府の前に山積みとなったのです。
私たちは人権審査の傍聴の度に、こうした指摘を受け入れず「日本は世界で最も人権の進んだ国のひとつ」だと胸を張る日本政府のこうした態度には違和感を覚えてきました。
ではどうしたらよいでしょうか。引き続き、人権条約における個人通報制度の実現とパリ原則に基づく国内人権機関の設置を要求してゆくことは不可欠でしょう。そして私たちと関わりのある人権条約の政府報告審査を重視し、適切な勧告を引き出すことも大切です。
しかし、人権条約の国内定着のために「総括所見」や「ー般的意見」を普及し、活用することはもっと重要です。
国連自由権規約委員会は「報告制度におけるNGOの役割」を発表し、人権の国別審査の「会期前」、「会期中」、「会期後」についてNGOはどうしたら有効な人権のフォ・ローアップができるかを詳細に説いています。是非実践してゆきたいものです。
私たちは第5回審査で、自由権規約委員会と連携して、すばらしい勧告を得ました。そしてそれをテコにして堀越言論弾圧事件で公務員の政治活動はいかなる場合にも禁止されるとするあの猿払最高裁判決の全面適用を改めさせました。
保守的な裁判所に国際人権の風を吹き込み、「世界基準」の視点が必要だとの新しい判断を引き出しました。そして、言論弾圧事件では初めてという最高裁での無罪を確定させました。
人権条約監視機関とのキャッチボールの中で生まれたこの貴重な体験を今後の人権条約の定着にどのように生かすか、これがまさに問われていると思いました。
『国際人権活動ニュース』(2013/8/9 第119号)
JAPANESE WORKERS’COMMITTEE FOR HUMAN RIGHTS
NGO in special consultative status with the Economic and Social Council of the United Nations
◎ 二つの人権審査を傍聴して -ひとつの感想-
JWCHR議長 鈴木亜英
社会権規約と拷問等禁止条約と云う二つの異なる国際人権条約について、日本政府報告の審査を傍聴しました。わが国際人権活動日本委員会からも大勢が審査の成り行きを熱心に見守りました。参加者それぞれにとって貴重な体験となったと思います。私もそのひとりですが、傍聴の感想を述べたいと思います。
● 人権努力の不足際立つ日本
無償教育の漸進的導入を定めた社会権規約13条は同条約の批准以来、この部分の批准が留保されていました。昨年2月、政府はこの留保を撤回したのです。今回の審査ではこのことが評価されました。
人権条約の前進が見られない中で、これは良いニュースでした。社会権規約をすでに批准した国で、この条項を留保していたのは日本とマダガスカルだけでした。今年の正月、たまたまこのマダガスカルを訪問しましたが、敗戦直後の日本の焼け跡闇市よりひどい状態でした。日本はこんな国と肩を並べて中高等教育の無償化を拒否し続けてきたと思うとびっくりでした。
この一事をもってしても日本の人権努力の不足は際立ちます。
教育問題では先進30力国で構成するOECDの中で、下位や最下位にランクされるものが多いのです。島国である日本にいるとその低レベルぶりが分かりにくいと思います。
例えば、自殺対策基本法、障害者差別解消法、いじめ防止対策推進法などは、それなりの必要性があって成立したものです。
人権状況を改善しようとの意図は窺えますが、いじめ、差別、自殺と云った人権侵害は、問題の底に横たわる原因に対するきちっとした洞察が必要です。そして救済策が示され、活用されてこそ生きたものになると思うのです。成立したこれらの法律を見てもそんな思いに至りません。
例えばいじめ防止対策推進法にしても、いじめを加害者と被害者の対立と捉えるステレオタイプの解決図式で、問題の病根にメスを入れていません。
いじめ防止は子どもの権利条約において、そして、障害者差別の解消は障害者権利条約において、いずれもパリ原則に則った独立した監視機関の設置を求められているのですが、法律はそんなことを全く視野に入れていません。
救済策が欠如しているのです。
話は変わりますが、人権監視機関で幾度も間題とされた、「ダイヨーカンゴク」「カローシ」は日本語が国際化するほど、日本特異の人権問題ですが、日本政府には、これは正すべきものだといった切迫感がまるでありません。
また従軍慰安婦問題については社会権規約と拷問等禁止の両委員会から、改めて強い勧告がなされましたが、これを受けた安倍内閣はいち早くこの勧告に「従わない」と閣議決定しました。
憲法は国民を縛るものであって、権力が縛られるものではないとする自民改憲草案を地で行くような話ですが、安倍首相にとって、国際人権も邪魔者と映るのでしょう。
私はこのように国際的な風をひとつも受けずに、いわば、歪んで育つ我が国の人権風土を「人権のガラパゴス化」と呼んでいます。まさに隔絶された離島で「進化」する人権の固有種のようなものなのです。
結局、不都合なことに出遭えば、居丈高に声を荒げたり、挙句の果てに「シャラップ」と叫んで対話を遮断したりの日本の人権外交となるのです。これでいいとはだれも思わないはずです。
● 「懸念と勧告」が日本政府の前に山積み
拷問禁止委員会では、日本は「拷問」の定義を理解できていないと指摘されました。
社会権規約委員会では、社会権規約には「即時性」も「規範性」もないとする目本政府の解釈の誤りが手厳しく指摘されました。
両条約を通じて数十に及ぶ人権上の「懸念と勧告」が日本政府の前に山積みとなったのです。
私たちは人権審査の傍聴の度に、こうした指摘を受け入れず「日本は世界で最も人権の進んだ国のひとつ」だと胸を張る日本政府のこうした態度には違和感を覚えてきました。
ではどうしたらよいでしょうか。引き続き、人権条約における個人通報制度の実現とパリ原則に基づく国内人権機関の設置を要求してゆくことは不可欠でしょう。そして私たちと関わりのある人権条約の政府報告審査を重視し、適切な勧告を引き出すことも大切です。
しかし、人権条約の国内定着のために「総括所見」や「ー般的意見」を普及し、活用することはもっと重要です。
国連自由権規約委員会は「報告制度におけるNGOの役割」を発表し、人権の国別審査の「会期前」、「会期中」、「会期後」についてNGOはどうしたら有効な人権のフォ・ローアップができるかを詳細に説いています。是非実践してゆきたいものです。
私たちは第5回審査で、自由権規約委員会と連携して、すばらしい勧告を得ました。そしてそれをテコにして堀越言論弾圧事件で公務員の政治活動はいかなる場合にも禁止されるとするあの猿払最高裁判決の全面適用を改めさせました。
保守的な裁判所に国際人権の風を吹き込み、「世界基準」の視点が必要だとの新しい判断を引き出しました。そして、言論弾圧事件では初めてという最高裁での無罪を確定させました。
人権条約監視機関とのキャッチボールの中で生まれたこの貴重な体験を今後の人権条約の定着にどのように生かすか、これがまさに問われていると思いました。
『国際人権活動ニュース』(2013/8/9 第119号)
JAPANESE WORKERS’COMMITTEE FOR HUMAN RIGHTS
NGO in special consultative status with the Economic and Social Council of the United Nations
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