◇ 戦後最大の人権侵害レッドパージ60周年記念のつどいに250人集う
レッドパージの無法・不当を追及し、今こそ名誉回復・国家賠償を実現し、歴史の誤りをただそう!
ー名誉回復・保証の必要性と意義を問うー

(写真:大橋豊氏 最高裁判事が裁判長として送りこまれた神戸地裁民事6部で「沈黙の50年・絶望の50年」を打ち破って、3人の原告で名誉回復と被害の救済を求め、個人の被害事実の立証を行い、政府に被害を認めさせる損害賠償裁判をたたかっています。)
1949年から50年にかけ、アメリカ占領軍の督励・示唆のもとに日本政府、企業が共産主義者及び同調者とみなしたものを「政府機構の破壊者」「生産疎外者・企業破壊者」「社会の危険分子」「アカ」等の名のもとに民間企業や官公庁等から数万人(推定3~4万人)の公務員・労働者を一斉に追放(罷免・解雇)した不法・不当な反共攻勢であり、「思想・良心の自由」(憲法19条)を蹂躙した戦後最大の思想弾圧事件であるレッドパージの被害者の『名誉回復・保証の必要性と意義を問う』と題して、レッドパージ六〇周年のつどいが都内で開催されました。
開場後すぐに席は満員となり250人を超える参加者で、用意した資料も足りなくなるほどの参加者で熱気につつまれていました。
市田忠義参議員があいさつし、レッドパージ研究の第一人者である明神勲北海道教育大学名誉教授が記念講演を行いました。
1950年当時10代後半から20代ででパージされた全国各地の犠牲者が次々に登壇して被害の実態や規模の大きさ、非道さについて語り、1960年に最高裁で超憲法的判断が示されて以降、裁判に訴える道さえも閉ざされ続けたがゆえに5~60年間沈黙し続けざるを得なかった戦後最大の人権侵害の実態について訴え、名誉回復と補償を求めて発言しました。
電気通信省でパージされ、現在レッドパージ全国連絡会センター代表委員の大橋豊さん(82)は、
「今回初めて『戦後最大の人権侵害』と銘打ってこんなに大きな集会が開いていただいたことは、私たちにとってはノーベル賞をもらったようで本当にうれしい。
今たたかっている仲間は体重が35キロで裁判長に『明日死んだらどうしてくれるんか』と訴えたが、この裁判はプロローグであり出発点で、60年間ほとんど沈黙していたためにきちっと事実を証明していない。被害の事実を立証することがまず大事です。
2002年に、国連自由権規約委員会のアデーダス氏から「個人被害を突き詰め追及し続けることが重要だ」と教えられたが、法廷で実証し公式に国に認めさせる必要がある。
法廷では明神先生が約2時間証言されたが、被害事実の立証が大事。吉田内閣の閣議決定では『共産主義者などの公職からの追放することに関する』と明記されている。しかも、『民主的行政組織を破壊するものだ』とされており、レッドパージされた者自身、自らが、今、自分の名誉回復と被害の救済を求めて行動に立ち上がらないと救済されない!」
とのべ、「正面からたたかってください!よろしく!」と参加者に支援の強化と運動の取り組み方について訴え、参加者は大きな拍手で答えました。
松平晃さんのトランペットで「アメージングレイス」「沖縄を返せ」などの演奏後、今回の実行委員会を構成している団体代表が、被害者の名誉回復と補償を勝ち取る連帯とたたかう決意を込めて発言し、最後に教員を含めた推定4万人の労働者の「名誉回復・国家賠償を実現し、歴史の誤りをただそう」と呼びかけたアピールが大きな拍手で採択されました。
言論・表現の自由を守る会からは事務局長らが参加。明神教授や大橋さん、教員のレッドパージ研究者や参加者に、板橋高校君が代弾圧事件のチラシを手渡して、教員のレッドパージと現代の君が代起立斉唱強制・不起立者処分などについて意見交換し交流しました。
『今 言論・表現の自由があぶない!』(2010/12/11)
http://blogs.yahoo.co.jp/jrfs20040729/18228384.html
レッドパージの無法・不当を追及し、今こそ名誉回復・国家賠償を実現し、歴史の誤りをただそう!
ー名誉回復・保証の必要性と意義を問うー

(写真:大橋豊氏 最高裁判事が裁判長として送りこまれた神戸地裁民事6部で「沈黙の50年・絶望の50年」を打ち破って、3人の原告で名誉回復と被害の救済を求め、個人の被害事実の立証を行い、政府に被害を認めさせる損害賠償裁判をたたかっています。)
1949年から50年にかけ、アメリカ占領軍の督励・示唆のもとに日本政府、企業が共産主義者及び同調者とみなしたものを「政府機構の破壊者」「生産疎外者・企業破壊者」「社会の危険分子」「アカ」等の名のもとに民間企業や官公庁等から数万人(推定3~4万人)の公務員・労働者を一斉に追放(罷免・解雇)した不法・不当な反共攻勢であり、「思想・良心の自由」(憲法19条)を蹂躙した戦後最大の思想弾圧事件であるレッドパージの被害者の『名誉回復・保証の必要性と意義を問う』と題して、レッドパージ六〇周年のつどいが都内で開催されました。
開場後すぐに席は満員となり250人を超える参加者で、用意した資料も足りなくなるほどの参加者で熱気につつまれていました。
市田忠義参議員があいさつし、レッドパージ研究の第一人者である明神勲北海道教育大学名誉教授が記念講演を行いました。
1950年当時10代後半から20代ででパージされた全国各地の犠牲者が次々に登壇して被害の実態や規模の大きさ、非道さについて語り、1960年に最高裁で超憲法的判断が示されて以降、裁判に訴える道さえも閉ざされ続けたがゆえに5~60年間沈黙し続けざるを得なかった戦後最大の人権侵害の実態について訴え、名誉回復と補償を求めて発言しました。
電気通信省でパージされ、現在レッドパージ全国連絡会センター代表委員の大橋豊さん(82)は、
「今回初めて『戦後最大の人権侵害』と銘打ってこんなに大きな集会が開いていただいたことは、私たちにとってはノーベル賞をもらったようで本当にうれしい。
今たたかっている仲間は体重が35キロで裁判長に『明日死んだらどうしてくれるんか』と訴えたが、この裁判はプロローグであり出発点で、60年間ほとんど沈黙していたためにきちっと事実を証明していない。被害の事実を立証することがまず大事です。
2002年に、国連自由権規約委員会のアデーダス氏から「個人被害を突き詰め追及し続けることが重要だ」と教えられたが、法廷で実証し公式に国に認めさせる必要がある。
法廷では明神先生が約2時間証言されたが、被害事実の立証が大事。吉田内閣の閣議決定では『共産主義者などの公職からの追放することに関する』と明記されている。しかも、『民主的行政組織を破壊するものだ』とされており、レッドパージされた者自身、自らが、今、自分の名誉回復と被害の救済を求めて行動に立ち上がらないと救済されない!」
とのべ、「正面からたたかってください!よろしく!」と参加者に支援の強化と運動の取り組み方について訴え、参加者は大きな拍手で答えました。
松平晃さんのトランペットで「アメージングレイス」「沖縄を返せ」などの演奏後、今回の実行委員会を構成している団体代表が、被害者の名誉回復と補償を勝ち取る連帯とたたかう決意を込めて発言し、最後に教員を含めた推定4万人の労働者の「名誉回復・国家賠償を実現し、歴史の誤りをただそう」と呼びかけたアピールが大きな拍手で採択されました。
言論・表現の自由を守る会からは事務局長らが参加。明神教授や大橋さん、教員のレッドパージ研究者や参加者に、板橋高校君が代弾圧事件のチラシを手渡して、教員のレッドパージと現代の君が代起立斉唱強制・不起立者処分などについて意見交換し交流しました。
『今 言論・表現の自由があぶない!』(2010/12/11)
http://blogs.yahoo.co.jp/jrfs20040729/18228384.html
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