
25年3月策定の『東京都教育施策大綱』1頁目は小池百合子氏のサイン入り写真を掲載。教職員や保護者から「選挙の事前運動のようだ」と批判する意見が出ている。
★ 安倍政権が地方公共団体に強制した
教育振興基本計画と教育施策大綱策定(マスコミ市民)
永野厚男(教育ジャーナリスト)
第1次安倍政権が2006年、“我が国を愛する態度”強制を加筆する等、教育基本法を改定した際、第17条で「政府が策定する教育振興基本計画」(1項)を、「地方公共団体は参酌し、その地域の実情に応じ、教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定める」(2項。以下「計画」と略記)よう努力義務化した(以下、傍線は筆者)。
滋賀県大津市立皇子山(おうじやま)中2年男子生徒(当時14歳)が11年10月11日、同級生たちからのいじめを苦にして自宅マンションから飛び降り自殺した事件等を“理由”に、第2次安倍政権は教育委員会の強化策を主張。地方教育行政法を14年に改定し、第1条の三1項で「地方公共団体の長は、教育基本法17条1項に規定する基本的な方針を参酌(さんしゃく)し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体の教育(略)の振興に関する総合的な施策の大綱(以下、「大綱」と略記)を定めるものとする」と規定した。
そして地方教育行政法第1条の三第2項で「地方公共団体の長は、大綱を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、総合教育会議(注、首長・教育長・教育委員で構成)において協議するものとする」と定めた。いずれも義務規定だ。
以上を整理すると、前者の地方公共団体の「計画」は合議体である教育委員会で策定し、後者の「大綱」は首長が定める。だが両者は、ダブり部分が少なくない可能性があるし、分量が多過ぎると(多くの校務を抱えたり、共働き・子育て・介護等で多忙な)教職員や保護者を始め一般市民は読み切れず、“紙だらけ・計画倒れ”になってしまう危険性もある。
知事・教育委員会とも国家主義イデオロギーの政治色が濃い、東京都の動向を中心に「計画」「大綱」の問題点を報じたい。
★ 舛添氏・小池氏とも「礼節を重んじる国民性」を強制
『東京都教育施策大綱』(以下『東京大綱』と略記)は、東京都教育委員会のHPには最新の3月28日時点で、舛添要一(ますぞえよういち)氏策定が1つ、小池百合子氏策定が3つ出ている。
1 舛添氏が15年11月24日策定した『東京大綱』は副題が「『世界一の都市・東京』で活躍する子供たちのために」で、A4判全15頁だ。
5頁の「(2)社会的自立を促す教育の推進」に、「我が国には、礼節を重んじ、他者を思いやり、互いに助け合って生活する国民性があり、こうした日本人の行動規範は、海外からも高く評価されている。その背景には、学校での道徳教育をはじめ、社会性や規範意識、思いやりなどの豊かな心を子供たちに受け継いできたことがある。/今後も、日本人の良き行動規範を子供たちに確実に伝えるとともに、現在の社会状況から必要とされる新たなルールや社会性などを身に付けさせることも重要となる」と、勝手に舛添氏流の“国民性・行動規範”なるものを押し付けている。
だが、都教委の役人や校長らは実際は、卒業式等で”君が代”起立・斉唱を強制しており、「他者=“君が代”等国家主義”教育”が嫌な生徒たち」を「思いや」っていない(街頭では在日外国人にヘイトスピーチする右翼もいる)。
また、続く「(3)世界で活躍できる人材の育成」でも、豊かな国際感覚を醸成するとともに、多様性を受け入れる力を育成する教育を充実させる必要がある」という文言と併記している下りではあるが、「日本人としてのアイデンティティを確立し」と主張している。
更に10頁の「重点事項Ⅱ 社会的自立を促す教育の推進の「方針1」では、「他者を思いやる心や日本人としての良き行動規範を育成するため、道徳教育を推進します。/道徳の教科化を大きな契機に、日本人として、そして国際人として踏まえるべき道徳性や社会性を、全ての子供たちが身に付けられるよう、全国に先駆けた取組を推進します」と国家主義を前面に出す。
11頁の「重点事項Ⅲ 世界で活躍できる人材の育成」でも、「方針2」で「日本人としての自覚と誇りを涵(かん)養する取組を推進します」というスローガンを明記し、「方針4」でも「日本人としての自覚と誇りをもち」と明記している。これら国家主義の記述を繰り返す舛添氏や都教委官僚らは、在日外国人児童・生徒への配慮を欠いている。
2 小池氏が17年1月20日、初めて策定した『東京大綱』は、副題が「東京の輝く未来を創造する教育の実現に向けて」で、(参考資料除き)A4判全17頁だ。
7頁で「(4)社会的自立に必要な力を育む教育の推進」は、「礼節を重んじ、他者を思いやって互いに助け合う国民性や日本人の行動規範は、海外からも高く評価されている。その背景には、学校での道徳教育をはじめ、家庭や地域で社会性や規範意識、思いやりなどの豊かな心を子供たちに引き継いできたことがある。/今後も、日本人のよき行動規範を子供たちに確実に伝え守り続ける(略)」と記載。小池氏は舛添氏と別人格なのに、自民党等、保守系国会議員出身者同士、肝胆(かんたん)相照らす仲なのか、「1」とほぼ同文。ゴーストライターは都教委の役人らか?
3 小池氏が21年3月30日、2回目に策定した『東京大綱』は、副題が「誰一人取り残さず、すべての子供が将来への希望を持って自ら伸び、育つ教育を目指して」で、(参考資料除き)A4判全26頁だ。
「チルドレンファーストの社会を実現し」という、小池氏のキャッチフレーズ等を記述後、5頁の【「未来の東京」に生きる子供の姿】の【求められる資質】で、「我が国には、礼節を重んじ、互いに助け合って生活する国民性や美徳があります。/こうした伝統を、道徳教育などを通じて引き継いでいく(略)」と、17年とほぼ同じ記述。
「2」と同様、テニヲハ等を変えただけで、前記・舛添氏と同様、勝手な“礼節を重んじる国民性”なる思想・主義主張を、児童生徒や教職員、保護者等に押し付けている。
★ 東京は「大綱」が国家主義薄めたが、「計画」はタカ派色出す
都教委が前記3月28日公表した、最新の『東京大綱』は、写真多用・スライド形式の全15頁にイメージを一新し、“君が代”起立強制の思想に取り憑(つ)かれた都教委の役人好みの、“我が国を愛する態度”“日本人としての自覚と誇りを涵養”等、国家主義的な文言はなく、「ICT・生成AI」中心だ。
しかし、つい1年前「計画」に当たる、24年3月28日策定(4年間有効)の『第5次東京都教育ビジョン』(参考資料除き全78頁)は、35頁の高校での歴史教育の下りで、「東京都独自の科目『江戸から東京へ』の活用を通して、日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情(略)の大切さについての自覚等を、更に深めていきます」と、在日外国人生徒への配慮を欠き、国家主義を煽る主張をしている。
この『第5次東京都教育ビジョン』35頁で、都教委が「高校生に国家主義を教化(indoctrination)する手段として活用する」旨、宣言している『江戸から東京へ』とは何物か?
文部科学省が「全小中高校等の教育課程編成に、大綱的基準として法的拘束力がある」と主張する学習指導要領(以下、指導要領)の高校版は、18年3月の改訂で、地理歴史科で歴史総合(主に近現代の日本史と世界史の両方を取り扱う)を必修科目にし、22年度から施行している。しかしその前の指導要領下までは、日本史は選択科目だった。このため都教委は、「日本人としての自覚を高めるため」と称し、「12年4月から全都立高校で(選択必修にしていない高校も)日本史を週1単位時間以上必修化する」と決定し、独自に副読本『江戸から東京へ』を作成し、全都立高校生に配布した。
文科省の教科書検定は、特に社会科(高校は地理歴史科・公民科)や道徳では政府・保守政党寄りであり、問題が多いけれど、改憲政治団体・日本会議系のメンバーらが執筆した育鵬(いくほう)社版等の中学社会科“教科書”の暴走記述に、不十分ながら歯止めをかけている側面はある。だが『江戸から東京へ』はその検定すらないので、右翼思想を持つ都教委官僚ら(教育系の指導主事を含む)の書きたい放題なのだ。
★ 『第5次東京都教育ビジョン』が「日本国民の自覚を深めていくのに使う」と言う、日本史副読本の偏向性
少なからぬ人たちが、『江戸から東京へ』を副読本ならぬ服毒本だと指摘する、同書の偏向性が際立つのは、次の2箇所だ(詳細は、月刊『まなぶ』13年5月号と月刊『紙の爆弾』24年1月号、『週刊新社会』24年3月6日号3面の拙稿参照)。
〔1〕「第二次世界大戦と太平洋戦争」の項で、連合国最高司令官・マッカーサーの証言の約2万2千語から僅か9語を部分引用し、「この戦争を日本が安全上の必要に迫られて起こしたととらえる意見もある」と明記。育鵬社”教科書”でさえ、文科省の検定後削除した「第二次世界大戦は自衛戦争だ」という、国際社会に通用しない特異な思想を、生徒に植え付けようとする意図が見え見えだ。
〔2〕東京都墨田区横網町(よこあみちょう)公園にある「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」から、肝心の「朝鮮人虐殺」の事実を隠蔽し引用している(12年度版は、碑は「大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺されたことを悼み、1973年に立てられた」と、「虐殺」を明記していた。だが政治介入があったためか、13年度再改訂版では、都教委指導部高校教育指導課が「虐殺」の文言を削り、朝鮮人の死が自然災害そのものに起因するかのように、生徒に印象付けようとしている)。
都教委は『東京大綱』の案について、3月14日までパブリックコメントに当たる意見募集を実施した。筆者の周辺でも複数人が、
①『東京大綱』案は『自由で多様な学び』や『多様な人々が共に生きる社会の実現』等を明記し、都教委にしては珍しく国家主義の主張はしていない
②ならば「1年前の『第5次東京都教育ビジョン』が、『江戸から東京へ』を活用し高校生に国家主義を教化する旨、宣言している記述」は、①に合わせ削除するべきだ―――等のパブコメを都教委に送信している。
しかし都教委は3月28日、「258件のパブコメ要旨」等をまとめた一覧を公表した際、前記①②のパブコメを、「要旨=自由で多様な学びを推進するという考え方に反するため、『江戸から東京へ』の活用など、推進しないでほしい」と超短縮してしまった(高校生に国家主義を教化するなという論点はスルー)。
その上で、以下の開き直りともいうべき「都教委の考え方」なる“回答”を掲載した。これは前記①②のパブコメに正対し誠実に“回答”したものといえるか、読者に判断頂きたい。
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高校生が、日本の伝統や文化とその価値に対する理解を深めることで、国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と誇りをもち、自分たちの住む東京の歴史や地域に興味・関心をもって主体的に歴史学習に取り組むため、都独自の科目「江戸から東京へ」を設置しています。
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