◆ 裁量権の逸脱濫用 弁護士 金井知明
1 原告ら訴訟代理人の金井です。
私からは、本件各処分が、裁量権の逸脱・濫用にあたり違法であることについて述べます。
最初に、全ての懲戒処分に関し、考慮すべき事情を述べます。
その後、再処分に特有の問題について指摘します。
2 全ての懲戒処分について考慮すべき事情です。
裁疑権逸脱濫用の判断においては、これまでの弁論で述べられたことは当然に考慮されなければなりません。私からは、短い時間ですので、主に、本件の裁最権に関する判断をした2012年1月16日最高裁判決以降の事情を3つ話します。
3 1つ目です。
今年の2月13日のことです。ILOがCEART報告書を公表しました。CEARTは、報告書の中で、都教委が行っている国歌起立斉唱の強制に対し、是正勧告を行っています。
2018年に最初の是正勧告が行われてから、3度目の是正勧告です。
都教委は、国旗国歌の指導目的を次のように言います。
子ども達が国際社会において、尊敬され、信頼される日本人として成長するため
そして、そのために必要な手段だとして、教員に対し、国歌の起立斉唱を強制します。
しかし、その手段として都教委が行っている強制は、国連機関からは、国際基準に反する人権侵害行為として、非難の対象となっています。そして、繰返し是正勧告が行われているのです。
本件の判断にあたっては、この事実を考慮する必要があります。
4 2つめの事情です。
戒告処分には重い不利益が付随することです。そして、最高裁判決の後、戒告処分による不利益は重くなっています。
戒告処分は、単に「戒める」ものではありません。経済的な不利益などが付随する、重い処分です。最高裁判決前に、都教委が教員宛に配布した資料です(甲A第333号証)。その資料には、戒告処分を受けると「生涯賃金約90万円(目安)のマイナスになります」と記載されています。
そして、この戒告処分による不利益は、最高裁判決後、加重されました。
戒告処分に伴う、昇給の延伸や勤勉手当の削減は、最高裁判決前の停職処分相当にまで加重されています。1回の戒告処分による不利益は、もはや生涯賃金約9O万円の目安ではすまないということです。
また、定年前5年に戒告処分を受けた場合は、再任用職員の採用を拒否されます。臨時任用教員・時間講師も不採用となります。再任用、臨時任用教員、時間講師は希望さえすれば、採用されるのが通常の取扱ですが、いずれに採用されることもありません。
例えば、原告川村は、年金支給年度に、再任用の申込みをしたところ、本来実施されるべき面接も行われないまま、不合格となりました。
現在は、戒告処分を受けたことを理由に、臨時任用教員としても、時間講師としても採用を拒否されています。
戒告処分を受けたことにより、失職に等しい不利益を被っているのです。
更に、経済的不利益や失職に等しい不利益だけではありません。思想信条の改変を迫られます。
思想信条から起立できない教員は、繰返し指導を受けるからです。服務事故是正の名の下に、同じような研修を何度も受けなければなりません。原告田中は、2013年度には、18回の再発防止研修を受けさせられました。その度に、繰返し、起立斉唱するよう求められています。
不起立は、国際基準に照らせば権利として保障されるのです。しかし、都教委は、不起立に対し、不利益が加重されても、戒告処分を行い続けている。このことを考慮する必要があります。
5 3つめの事情です。
不起立により式典の進行に支障を生じさせた事実はないということです。
この点は、最高裁判決前からもそうでしたが、それ以降も、つまり、2003年に10・23通達が発出されて以降、20年以上にわたり、不起立により式典の進行に支障を生じさせた事実はありません。
CEARTも、繰返し是正勧告を行う理由の1つに、不起立が、式典に混乱を招くような行為ではないことをあげています。この点からも、懲戒処分を行う理由などないことは明らかです。
6 続いて、再処分について述べます。
今回訴訟の対象となっている懲戒処分の内16件は、不起立行為に対する減給処分が判決で取り消された後、再び戒告処分をうけたケースです。
再処分としてなされた戒告処分の不利益は、原処分当時の戒告処分より、不利益が加重されています。原処分時より昇給の延伸や勤勉手当の削減による不利益が加重されているからです。
再処分となった原因は、都教委が違法な減給処分を行ったことが理由です。7~8年前の行為に対し、再度処分を行い、原処分の時の不利益を越える不利益をもたらす処分をすることは、許されないものです。
また、再処分となった原告らは、減給処分を受けた者として、戒告処分より過重な再発防止研修を受けるなど、経済的不利益とは別の重い不利益を被っています。これについては回復されることはありません。
これらのことを考えれば、再処分をすることは許されず、裁量権の逸脱・濫用にあたることは明らかです。
7 2012年1月16日、最高裁は、戒告処分について、「当不当の問題として論ずる余地はあり得るとしても,・・・違法の問題を生ずるとまではいい難い」と判示しました。
しかし、一連の最高裁判決において、2名の裁判官が反対意見を述べたほか、9名の裁判官が補足意見を述べています。補足意見の多くは、本来国旗国歌は強制すべきものではないこと、不利益処分で抑圧しても問題の解決につながらないことを指摘し、都教委に「慎重な配慮」や「謙抑的な対応」を求めるものでした。20年以上にわたり、漫然と懲戒処分を繰り返す都教委の姿を肯定したものではありません。
しかし、都教委は、国連機関からの繰返し是正勧告を受けても、勧告の名宛人は日本政府であるとか、勧告には法的拘束力が無いとして、無視を決め込んでいます。
しかし、強制が続く限り、国連機関の是正勧告もやむことはありません。都教委に自浄能力が無い以上、裁判所がその役割を果たすほかありません。
以上
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