▲ なぜ、いま練馬区新基本構想なのか
現在、練馬区は2009年をめどに「練馬区新基本構想」の策定をすすめている。
2008年3月末に発表された区民懇談会・教育分野分科会報告書をみると「礼儀作法や道徳心などの教育的効果が期待できることから、柔道・剣術等武道、茶道・華道、邦楽等の伝統文化・芸能などを授業やクラブ活動などに積極的に取り入れる」「神職、僧侶、総代、古老などによる道徳、伝統文化、哲学等を学べる場を地域の中につくっていきます。これによって、子ども達に美的・道徳的・知的・宗教的な心を培っていきます」「道徳教育の充実」「奉仕活動の推進」「小学校からの学校選択制の採用」「幼小連携教育の推進」など、やり方にもよるかもしれないが問題の多い提案を列挙している。19人の分科会委員の半数以上が「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」の信奉者ではないかとすら思える報告書である。
懇談会の報告を受け、懇談会の代表10人と学識経験者6人計16人の審議会が4月に設置され、9月までにすでに6回の審議を終了した。11月8日に中間のまとめを行い、来年3月末の最終答申を目標にしている。この新基本構想は10年後の2018年ごろを将来像の念頭に置いた長期構想であり、今後の区政施行上、重要性はきわめて高い。
9月27日(土)午後、大泉学園の勤労福祉会館で審議会会長の大杉覚・首都大学東京教授(行政学・都市行政論)による「練馬区で新しい基本構想を作るということ」と題する講演会が開催された。なおこの日の講演会は公的なものではなく、主催したのは「練馬区新基本構想を考える区民会議」という純粋な市民団体である。聴衆のなかには何人かの区議の姿もあった。
1 基本構想とは?
基本構想は、行政運営を規律する指針であり、最上位の行政計画と法的に位置づけられる。その下に長期計画、さらにその下に年度ごとの計画を示す中期実施計画があり、ピラミッドの最上位に位置する。策定にあたっては議会の議決を要するので、条例や予算と同じように重みがある。
よくある2つの誤解を紹介する。ひとつは、基本構想は「自治体の憲法」というものだ。最高の規範ということからそう言いたい気持ちはよくわかる。しかし基本構想は議会を拘束するものではない。あくまでも行政運用の指針にすぎない。「自治体の憲法」といえるのは、練馬区にはまだないが、自治基本条例である。この点ははっきり区別して考えたほうがよい。
もうひとつは、公共計画ではないということだ。住民参加・協働の時代になり行政が行政だけで完結できなくなった。行政と区民やボランティア団体が協働して公共をつくる時代になっている。
2 なぜ新たな基本構想なのか
練馬区は、独立30周年にあたる1977年10月、練馬区基本構想を策定した。しかし30年たち状況が変化した。改訂の背景として3つの側面からの要請がある。
まず地方分権からの要請である。2006年末地方分権改革推進法が成立し、07年4月地方分権改革推進委員会が設置された。分権には2つの考え方がある。ひとつは機関委任事務制度の廃止など地方の自由度(裁量)を高めるものだ。機関委任事務制度は、沖縄米軍基地の土地強制使用手続きにみられるよう、本来住民の意向に沿うべき地方自治が国の意向に沿って行われている。もうひとつは地方の仕事(事務、権限)を増やすことだ。たとえば学校の人事権を都から区に移すというものだ。自治体(地方政府)には基礎自治体(区市町村)と広域自治体(都道府県)がある。住民からすればいいサービスをしてくれれば都でも区でもどちらでもよいかもしれない。しかし、より声が届きやすい身近な政府に権限が与えられるということなのだ。まっとうな政府にできるかどうか、まさに住民が問われることになる。その結果全国一律ではなく、地域ごとに差が生まれる。
2つめに自治体経営からの要請がある。自治体の仕事(パブリック・ビジネス)は、企業のように営利目的ではなく、住民の福祉の増進を目的とする点で異なる。しかし共通点もある。最も効果的・効率的な手段を選択することや成果を検証しより適切な経営を行うことだ。
また近年パブリックという概念そのものが広がった。仕事がら、いろんな自治体をみているが、練馬区は地方に比べれば恵まれている。限界集落(65歳以上の高齢者が総人口の過半数を占める集落)では祭りも葬式も出せず、イノシシよけのフェンスを70代、80代の住民が張っているところすらある。行政だけでは、本当によい地域のあり方をつくれない。たとえば正規職員以外に、ボランティアで「勝手に公務員」を名乗り、身分保障なしで「公務」に携わる人も出現している。
また従来の基本構想は美辞麗句だけで実現しないまま終わることがあった。どのくらい実現したのか、目標指標と比較し測定する検証という発想がなかったからだ。指標を設定し業績測定することと、多様な公共の担い手(ステークホルダー)がいるので共有できる「協働型指標」にすることが必要だ。さらに欲張ると規制影響分析(政策分析)まで視野に入れたい。
3つめに、市民自治からの要請がある。2000年の第一次地方分権では、機関委任事務の廃止など官官分権が主で、住民は分権のメリットを実感しにくかった。今度は住民にもっとも身近な区市町村(基礎自治体)への分権なので、実感できる分権になる。しかし住民が利用しなければ何も変わらない。分権型社会のキーワードは「自己決定・自己責任」だ。また小さな自治、手近な参加を目指すことは重要だが、いきなり練馬のような人口70万の巨大都市の自治に住民が関わるのは難しい点がある。自治会・町会といったエリア型コミュニティやボランティアやNPOなどテーマ型のコミュニティを、民主主義の小学校としてたくさんつくるべきだ。
やや理論的で抽象的な講演だった。講演後の質疑応答では会場から具体的な問題をめぐる質問も飛び出した。なかでも関心が高かったのは、区立保育園の民営化と外郭環状道路(都市高速道路外郭環状線)の問題だった。
保育園民営化については「横浜市は進め方が悪かった。一方、杉並区や三鷹市は、先生を徐々に入れ替えるなどの手法をとり、保護者から公営のときよりよくなったとの評価を得ている。進め方次第だ」との答えがあった。
外郭環状道路については「基本構想では取り扱わない。一般的な仕組みづくりの話のレベルになるだろう」とのことだった。ただ補足質問で出た「クルマ優先か人間中心の道路か、というのは街づくりのあり方の選択の問題」という質問に対しては「その通り」との答えだった。
なお1977年の基本構想をみると「地下鉄網とバス路線を整備」(p5)、「グラント・ハイツ跡地およびキャンプ朝霞跡地は、緑の多い文化的なまちとし、その周辺地域と調和のとれた整備をすすめる」(p8)など、かなり踏み込んだ具体策も書かれている。来年3月の答申には結構具体的な方策が盛り込まれているかもしれない。
基本構想策定に当たり他都市で失敗した教訓という質問には、「一般に住民参加はわりに心がけられる。しかし役所のなかでの参加・協働が不十分だとうまくいかない。職員ですら基本構想を読んだことがある人は100人のうち4-5人というのが実態だ。また議会との調整をきちんとしておくことも重要だ。議決に予想外の時間がかかり半年遅れになった実例がある」とのことだった。
構想の前提になっている数量データ(高齢化の進展、出生率など)の検証が必要ではないかとの質問に対し「将来予測はほとんど当たらない。数値を出す意味はなんだろう。基本構想策定時に当時の人は何に基づいてこういうことを考えたのか、後世になって根拠を探るという程度のものだ。そのときにこういう要素にも目を配ればよかった、という原因分析の役には立つかもしれない」とのことだった。しかし、これはちょっと言いすぎだと思う。シンクタンクへ区の税金で、それなりの対価を支払って将来推計を立てているはずだが、本当に意味がないのなら手近に入手できるデータを使う程度で構想をつくってほしいものだ。
ところで、基本構想ニュースというものが発行されていることをはじめて知った。創刊号は6月、第2号は8月発行である。圧倒的に区民へのPRが不足してると感じた。
審議会は傍聴を受け付けているそうだ(8月の傍聴12人、9月7人)。傍聴した方からほかの審議会に比べると、論客が多く活発に意見が出る審議会との報告があった。
また*中間まとめに対する区民意見募集が11月に予定されている。11月というと衆議院選の慌しい時期ではあるが、ぜひ多くの区民が応募するようになればと願いたい。
大杉教授の話に、新基本構想策定への市民参加は、行政主導に対する(市民の)「権力闘争」という刺激的なことばがあった。リアルに判断すれば、たしかに政治過程のなかの権力闘争かもしれない。
『多面体F』(2008年10月03日)
http://blog.goo.ne.jp/polyhedron-f/e/2f40211b123be6f984123180878f18af
現在、練馬区は2009年をめどに「練馬区新基本構想」の策定をすすめている。
2008年3月末に発表された区民懇談会・教育分野分科会報告書をみると「礼儀作法や道徳心などの教育的効果が期待できることから、柔道・剣術等武道、茶道・華道、邦楽等の伝統文化・芸能などを授業やクラブ活動などに積極的に取り入れる」「神職、僧侶、総代、古老などによる道徳、伝統文化、哲学等を学べる場を地域の中につくっていきます。これによって、子ども達に美的・道徳的・知的・宗教的な心を培っていきます」「道徳教育の充実」「奉仕活動の推進」「小学校からの学校選択制の採用」「幼小連携教育の推進」など、やり方にもよるかもしれないが問題の多い提案を列挙している。19人の分科会委員の半数以上が「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」の信奉者ではないかとすら思える報告書である。
懇談会の報告を受け、懇談会の代表10人と学識経験者6人計16人の審議会が4月に設置され、9月までにすでに6回の審議を終了した。11月8日に中間のまとめを行い、来年3月末の最終答申を目標にしている。この新基本構想は10年後の2018年ごろを将来像の念頭に置いた長期構想であり、今後の区政施行上、重要性はきわめて高い。
9月27日(土)午後、大泉学園の勤労福祉会館で審議会会長の大杉覚・首都大学東京教授(行政学・都市行政論)による「練馬区で新しい基本構想を作るということ」と題する講演会が開催された。なおこの日の講演会は公的なものではなく、主催したのは「練馬区新基本構想を考える区民会議」という純粋な市民団体である。聴衆のなかには何人かの区議の姿もあった。
1 基本構想とは?
基本構想は、行政運営を規律する指針であり、最上位の行政計画と法的に位置づけられる。その下に長期計画、さらにその下に年度ごとの計画を示す中期実施計画があり、ピラミッドの最上位に位置する。策定にあたっては議会の議決を要するので、条例や予算と同じように重みがある。
よくある2つの誤解を紹介する。ひとつは、基本構想は「自治体の憲法」というものだ。最高の規範ということからそう言いたい気持ちはよくわかる。しかし基本構想は議会を拘束するものではない。あくまでも行政運用の指針にすぎない。「自治体の憲法」といえるのは、練馬区にはまだないが、自治基本条例である。この点ははっきり区別して考えたほうがよい。
もうひとつは、公共計画ではないということだ。住民参加・協働の時代になり行政が行政だけで完結できなくなった。行政と区民やボランティア団体が協働して公共をつくる時代になっている。
2 なぜ新たな基本構想なのか
練馬区は、独立30周年にあたる1977年10月、練馬区基本構想を策定した。しかし30年たち状況が変化した。改訂の背景として3つの側面からの要請がある。
まず地方分権からの要請である。2006年末地方分権改革推進法が成立し、07年4月地方分権改革推進委員会が設置された。分権には2つの考え方がある。ひとつは機関委任事務制度の廃止など地方の自由度(裁量)を高めるものだ。機関委任事務制度は、沖縄米軍基地の土地強制使用手続きにみられるよう、本来住民の意向に沿うべき地方自治が国の意向に沿って行われている。もうひとつは地方の仕事(事務、権限)を増やすことだ。たとえば学校の人事権を都から区に移すというものだ。自治体(地方政府)には基礎自治体(区市町村)と広域自治体(都道府県)がある。住民からすればいいサービスをしてくれれば都でも区でもどちらでもよいかもしれない。しかし、より声が届きやすい身近な政府に権限が与えられるということなのだ。まっとうな政府にできるかどうか、まさに住民が問われることになる。その結果全国一律ではなく、地域ごとに差が生まれる。
2つめに自治体経営からの要請がある。自治体の仕事(パブリック・ビジネス)は、企業のように営利目的ではなく、住民の福祉の増進を目的とする点で異なる。しかし共通点もある。最も効果的・効率的な手段を選択することや成果を検証しより適切な経営を行うことだ。
また近年パブリックという概念そのものが広がった。仕事がら、いろんな自治体をみているが、練馬区は地方に比べれば恵まれている。限界集落(65歳以上の高齢者が総人口の過半数を占める集落)では祭りも葬式も出せず、イノシシよけのフェンスを70代、80代の住民が張っているところすらある。行政だけでは、本当によい地域のあり方をつくれない。たとえば正規職員以外に、ボランティアで「勝手に公務員」を名乗り、身分保障なしで「公務」に携わる人も出現している。
また従来の基本構想は美辞麗句だけで実現しないまま終わることがあった。どのくらい実現したのか、目標指標と比較し測定する検証という発想がなかったからだ。指標を設定し業績測定することと、多様な公共の担い手(ステークホルダー)がいるので共有できる「協働型指標」にすることが必要だ。さらに欲張ると規制影響分析(政策分析)まで視野に入れたい。
3つめに、市民自治からの要請がある。2000年の第一次地方分権では、機関委任事務の廃止など官官分権が主で、住民は分権のメリットを実感しにくかった。今度は住民にもっとも身近な区市町村(基礎自治体)への分権なので、実感できる分権になる。しかし住民が利用しなければ何も変わらない。分権型社会のキーワードは「自己決定・自己責任」だ。また小さな自治、手近な参加を目指すことは重要だが、いきなり練馬のような人口70万の巨大都市の自治に住民が関わるのは難しい点がある。自治会・町会といったエリア型コミュニティやボランティアやNPOなどテーマ型のコミュニティを、民主主義の小学校としてたくさんつくるべきだ。
やや理論的で抽象的な講演だった。講演後の質疑応答では会場から具体的な問題をめぐる質問も飛び出した。なかでも関心が高かったのは、区立保育園の民営化と外郭環状道路(都市高速道路外郭環状線)の問題だった。
保育園民営化については「横浜市は進め方が悪かった。一方、杉並区や三鷹市は、先生を徐々に入れ替えるなどの手法をとり、保護者から公営のときよりよくなったとの評価を得ている。進め方次第だ」との答えがあった。
外郭環状道路については「基本構想では取り扱わない。一般的な仕組みづくりの話のレベルになるだろう」とのことだった。ただ補足質問で出た「クルマ優先か人間中心の道路か、というのは街づくりのあり方の選択の問題」という質問に対しては「その通り」との答えだった。
なお1977年の基本構想をみると「地下鉄網とバス路線を整備」(p5)、「グラント・ハイツ跡地およびキャンプ朝霞跡地は、緑の多い文化的なまちとし、その周辺地域と調和のとれた整備をすすめる」(p8)など、かなり踏み込んだ具体策も書かれている。来年3月の答申には結構具体的な方策が盛り込まれているかもしれない。
基本構想策定に当たり他都市で失敗した教訓という質問には、「一般に住民参加はわりに心がけられる。しかし役所のなかでの参加・協働が不十分だとうまくいかない。職員ですら基本構想を読んだことがある人は100人のうち4-5人というのが実態だ。また議会との調整をきちんとしておくことも重要だ。議決に予想外の時間がかかり半年遅れになった実例がある」とのことだった。
構想の前提になっている数量データ(高齢化の進展、出生率など)の検証が必要ではないかとの質問に対し「将来予測はほとんど当たらない。数値を出す意味はなんだろう。基本構想策定時に当時の人は何に基づいてこういうことを考えたのか、後世になって根拠を探るという程度のものだ。そのときにこういう要素にも目を配ればよかった、という原因分析の役には立つかもしれない」とのことだった。しかし、これはちょっと言いすぎだと思う。シンクタンクへ区の税金で、それなりの対価を支払って将来推計を立てているはずだが、本当に意味がないのなら手近に入手できるデータを使う程度で構想をつくってほしいものだ。
ところで、基本構想ニュースというものが発行されていることをはじめて知った。創刊号は6月、第2号は8月発行である。圧倒的に区民へのPRが不足してると感じた。
審議会は傍聴を受け付けているそうだ(8月の傍聴12人、9月7人)。傍聴した方からほかの審議会に比べると、論客が多く活発に意見が出る審議会との報告があった。
また*中間まとめに対する区民意見募集が11月に予定されている。11月というと衆議院選の慌しい時期ではあるが、ぜひ多くの区民が応募するようになればと願いたい。
大杉教授の話に、新基本構想策定への市民参加は、行政主導に対する(市民の)「権力闘争」という刺激的なことばがあった。リアルに判断すれば、たしかに政治過程のなかの権力闘争かもしれない。
『多面体F』(2008年10月03日)
http://blog.goo.ne.jp/polyhedron-f/e/2f40211b123be6f984123180878f18af
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