大下英治著の「日本共産党の深層」(イースト新書920円+税)を読みました。
著者の大下英治氏は元「週刊文春」特派記者、トップ屋。数々のスクープがあるが「三越の女帝・竹久みちの野望と金脈」がある。作家として独立してからは「小説三越・十三人のユダ」「実録田中角栄と鉄の軍団」「美空ひばり時代を歌う」「悲しき歌姫藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾」など多岐にわたる著書がある。
どんな内容なのか。著者が「はじめに」に要領よくまとめているので、長くなりますが、全文引用してみます。
結党九一年、日本共産党は、治安警察法下の大正一一年七月、東京•渋谷で非合法政党として産声をあげた。国内最古参の政党として、戦前•戦後から、時の権力に抗して主権在民と反戦の旗を掲げてきた歴史を持つ日本共産党は現在、「反原発、ブラック企業告発、九条堅持」の砦として活気に満ちている。
平成二五年夏の参議院選挙で、共産党は、なんと、比例代表選挙での「五議席絶対確保」の目標を達成し、三つの選挙区で勝利して、改選前の三議席から八議席へ大躍進を果たした。これで、参議院では、非改選と合わせて一一議席となり、議案提案権を得ることができた。
比例代表選挙の得票では5,154,000票(9.68%)を獲得し、前回参院選の356万票を159万票、ー昨年の衆議院総選挙の369万票を146万票、それぞれ上回った。
久々に共産党が勢いづいている。
東京選挙区での30歳の吉良よし子の選挙戦は、特に眼を見張るものがあった。
吉良の姓キラを取り、「キラキラサボーターズ」なる勝手連が、まるで芸能人の追っかけか、と思わせるほど神出鬼没の大活躍をした。
フェイスブックで、「勝手連キラキラサボーターズを始めます」というぺージが立ち上がり、注目を集めるようになる。キラキラサポーターズという名前も、有志がつけた。
脱原発運動への行動を中心にまとめた写真集『KIRAry☆Diary政治家吉良よし子舂夏秋冬』まで発売した。
キラキラサポーターズは、「どうせやるんだったら、盛り上げよう!」ということで急遽その場で、総理官邸前行動でおこなうコールが考えられた。
「原発なくそう 吉良よし子 憲法守ろう 吉良よし子 増税反対 吉良よし子」
サボーターたちは、吉良の遊説日程ブログをチェックしては現地に足を運び、コIルを実践した。これが、大変盛りあがる。サポーターたちは、ツイッターやフェイスブック、アメーパブログを通して情報を共有し、相談しては応援日を決め、どんどん集合した。
吉良がしゃべっている演説中には、もちろんキラキラコールをすることはできない。そ
のかわり、合いの手のように楽器を鳴らすのだ。
「ブラック企業は、許しません!」
ドコ、ドン。
「原発、反対!」
ドコドン。
このように底抜けに明るい選挙運動を見ていて、共産党がかって「アカ」と呼ばれ、凄まじい弾圧にも屈しないで主張を貫いてきたことを知る人は少なくなってきているのではないか、と思った。
平成20年の一年間だけで、売り上げが各社の文庫版、マンガ版などの総計で220万部を突破した『蟹工船』の作家小林多喜二は、戦前の日本が15年戦争へと向かう軍国化の時代に抗い、平和と国民が主人公の社会の実現を目指して闘った共産党員であった。昭和8年2月20日逮捕。警視庁特高係長の指揮の下に、寒中丸裸にされ、握り太のステッキで打ってかかられた。節を曲げなかった小林は、ついに死亡した。小林の遺体は、全身が拷問によって異常に膨れ上がっていた。特に下半身は内出血によりどす黒く腫れあがっていたという。29歳の若き死であった。
このように治安維持法下の大弾圧で多くの共蹇負が投獄されたが、生きのびるために共産党を離れた党員も多い。いわゆる「転向者」である。
転向者の中には、資本主義の欠点と矛盾を突き、資本家側に転じて、かつての視点も活かし、華やかな活躍を見せた人物もいた。
しかし、戦前の大弾圧時代にも、決してひよることなく戦い抜いたのが、戦後、日本共産党中央委員会議長として、共産党のシンボル的存在であった宮本顕治である。
読売新聞グルーブ会長•主筆の渡邊恒雄も、意外と思う人もいるであろうが、昭和20年4月、東大文学部哲学科に入学後、戦後間もなく日本共産党に入党した。渡邊はその後、除名されたが、のち、「回想録」で宮本を高く評価している。
「若い頃は、『改造』の懸赏論文で小林秀雄と競ってトップになった「『敗北』の文学」
を書くようなインテリだし、(第二次)共産党壊滅後は獄中で一四年、網走だけでも 12年も耐えられた精神力を持った人だ。戦後、どんどん指導者が党を除名され没落してゆくなかで、最後まで生き残った政治力は、保守政治家も学ぶべきものがあると思う。やはり一流の政治家だよ。宮本顕治は歴史に残る、滅多に出ない人材だと思う」
なお、共産党文昭和30年7月の第6回全国協議会、いわゆる「六全協」で、党の統一
を回復する。
戦前、戦後の戦いから、今日までを、今回の取材で明らかにした。
志位和夫委員長は、参院選の躍進を受け、語っている。
「いよいよ本格的な“自共対決”の時代を迎えている」
反自民党の受け皿となる政党は、共産党しかない。そのことが参院選の結果からも共産党が支持された理由といぅのだ。
平成26年1月15日から4日間、日本共産党は第26回党大会を静岡県熱海市の伊豆学習会館で開いた。志位が大会への報告に立った。
「東京都議選、参院選で開始された党躍進を一過性のものに終わらせず、日本の政治を変える大きな流れへと発展させ、2010年代を党躍進の歴史的時代にしていく。戦争する国づくり、暗黒日本への道を許さない」と訴えた。
昨年の臨時国会で採決された国家安全保障会議、日本版NSC法や秘密保護法、それに続く「国家安全保障戦略」の閣議決定、その延長線上に浮かびあがる自民党政治を安倍内閣の「海外で戦争する国」づくりへの野望と断じ、
1•憲法九条を改変し、自衛隊が米軍とともに戦闘地域で戦争行動ができるようにする。
2,「専守防衛」の建前すら投げ捨て、自衛隊を海外派兵の軍隊に大改造する。
3,「海外での戦争」に国民を動員する仕組みをつくる。
と三つの点から批判した。その上で、
l 憲法九条改変、「戦争する国」づくりに反対し、憲法を守り活かす闘いを発展させる。
l 軍拡計画をやめさせる。
l 秘密保護法の廃止や共謀罪の新設を許さず、「愛国心」押し付けを拒否する。それぞれの論点で、「日本の理性と良識を総結集した大闘争に合流•発展させよう」と訴えた。
また、「戦争する国」つくりに抗して、「北東アジア平和協力構想」が平和と安定をもたらす最も現突的で抜本的な方策だ、と力説した。
さらに、昨年夏の参院選での議席増による「第三の躍進」を本格的な流れにすることが「21世紀の早い時期に民主速合政府を樹立する目標への展望を開く」と強調した。
具体的な数値目標として、三年以内におこなわれる次期衆院選では、比例で650万票、得票率10%以上の獲得、2010年代に党員を現在の30万5千人から50万人に増やす。「しんぶん赤旗」を日刊紙•日曜版を含めて、現在の約124万部から、ほぼ倍の250万部に伸ばす方針を打ち出した。
昭和二23年、東大法学部政治学科在学中に日本共産党に入党の松本善明は、白信に満ちた表情で言い切った。
「国民の曰本共産党に対する印象が大きく変わってきていることを実感している。かつてのようなアレルギーを感じる人は少なくなってきている。特に若い有権者たちは、純粋な眼で日本共産党の政策や考え方に関心を持ってくれている。50年以内には、与党として日本共産党の政策を実現していくのも夢ではないと実感している。世界情勢の変化も追い風になる、と分析している。共産党から総理大臣が出るには時間がかかると思うが、ここ20年から30年の間に、閣僚を出すことは夢ではない」
果たして、その夢が実現されるのか、それともあくまで夢に終わるのか……。
「はじめに」を読まれてお分かりかと思いますが、やさしい文章で読みやすい本です。週刊誌記者らしく、人物のエピソードが多い文章です。もちろん党員ではないのだとは思いますが、宣伝臭さはありません。反対に共産党をよく知っている方には食い足りないところがあるかもしれません。私は週刊誌を読む気分で気楽に読んで、「こんなことがあったのか」という発見もありました。
共産党について知るために読んで損をしない本だと思います。