ここに紹介するのは9月3日付のニューヨークタイムズ紙に掲載された評論です。現在の日本の状況をアメリカからみるとどのように見えるか、ご参考までに拙い翻訳を試みてみました。
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ここ楢葉は福島第一原子力発電所を囲む小さな農村です。マスクとゴム手袋をつけた労働者たちが放射能を帯びた表土をはがす作業をしています。しかし、このような努力をしても、いったん雨が降ると、海岸沿いの森から放射能を帯びた水が滝のように流れ込んできます。
その近くでは数千人の労働者達とクレーンが、環境災害が深刻化するのを避けるために働いています。すなわち、4号炉から使用済み核燃料を取り出す作業です。
8月29日日本政府は原子炉を安定化するために五億ドルをかける計画を発表しました。この中には地下水の進入を防ぐ氷の壁を作る大きな計画が含まれています。政府は除染の管理を東京電力から政府の手に移そうとしています。
2011年の福島の三重のメルトダウン事故はチェルノブイリ以後世界最悪の事故だと考えられています。政府の新しい計画は膨大なお金がかかるだけでなく、技術的にも複雑で危険な作業です。これまでのクリーンアップ作戦に付きまとった計算違いや遅延によって、初期の「更地にして返す」という約束は無理なことが分かりました。そればかりでなく大量の汚染水の流出を招きました。新しい計画はこのような事態にこたえるために立案されたものです。
原発の周囲と周りの海は震災以来2年以上にわたり環境被害が続いているので、人々は東京電力には専門知識や管理能力があるのだろうかと疑い始めています。
これまで東京電力はその場しのぎの対策をとり、日本への信頼をさらに損なってきました。また問題を先延ばしにしてきたとも言われています。今回の政府政府の対策もまた同じことだという人もいます。医師であり、昨年の国会事故調の責任者であった黒川清氏はこう言います。「原発の中では汚染水が増え続け、外では瓦礫が増え続けています」「それなのに日本はこのことを認めようとしません。」「問題を将来に先延ばしにしているだけです」
7月に汚染水が太平洋に流出していることが分かって以来、問題は急速に悪化してきたように見えます。2週間前(8月21日)東京電力は、放射性ストロンチウムで汚染された水300トンが、タンクから漏れだしていると発表しました。放射性ストロンチウムは人間の骨に沈着する可能性がある物質です。
地下水が原子炉建屋に流入するのを止めない限り、汚染水は大量に増え続けます。同時に周辺の農村地帯の除染が遅れたり、後退するようなことがあれば、政府の能力に対する信頼をさらに傷つけ、国民の原子力に対する信頼を下げることになるでしょう。
政府やその支持者は、問題が大きいので困難が起こるのは当然だといいます。一方現在の除染には根本的な欠陥があるので、トラブルが起こるのだーーと考える評論家も次第に増えてきています。彼らは、8月29日の発表が、2020年オリンピック開催地を決めるIOC総会をにらんだものではないかと疑っています。
評論家達が言うのには、これまで行われてきた対策は大げさではあるけれども、よく考えられた計画とは云えません。そればかりか、国民の批判をそらし、排他的で、視野の狭い原子力村を外部の批判から守るために反射的に始められたものです。
最も大きな批判は政府がクリーンアップを東京電力の手に任せていることに対するものです。東京電力は原発を制御することが出来なかったように見えます。東京電力が一つ一つの対策をとるごとに、新たな問題を引き起こしただけのように見えます。今回汚染水漏れが分かった水槽は43万トンの汚染水を貯蔵するためにあわてて作った数百のうちのひとつです。また汚染水の量は毎日400トンの速度で増加しています。8月28日に、他の水槽の近くで放射線レベルが上昇したと発表されました。この事実は、他の水槽でも汚染水漏れがあると疑わせるに十分な結果です。
評論家たちは東京電力を監督する政府の委員会に、原子力産業の人たちが参加し、原子力振興をつかさどる経済産業大臣のもとにおかれていることにも抗議しています。彼らは、日本の原子力産業以外の会社や外国人などの外部の人たちに参加を求めたらもっと良い方向に進めるかもしれないと言っています。
今回、政府が主導権をとることになったので、茂木経済産業大臣はこれまでの方法が有効でなかったことを認めました。九月2日大臣は記者たちにこう語りました。「汚染水対策は東京電力に任せてきました。まるでモグラたたきのような状態になった」。経済産業省はいまやクリーンアップの責任を持つことになった。その計画には、原子炉建屋への地下水の流入を止めるために氷の壁を作ることも含みます。
「氷の壁」については、お金がかかりすぎるし、冷凍機と同じように電力に依存する計画であること、またこれまで大きな規模で使われた経験がなく、一時的にしか使われたことがないことを指摘して、福島で何十年にもわたって使うことに無理があると考える評論家もいます。
しかし工業専門家によるとこの技術は、ボストンのハイウェイ工事のような大きなプロジェクトで、地盤を安定させるためにしばしば用いられてきたという話もあります。
核の専門家は原子炉から燃料を取り出す計画にも疑問を呈しています。たしかに、もし核燃料をうまく取り出せたら、最大の汚染源をなくすことができます。一方他の人々は、あの爆発とその後のメルトダウンで燃料が壊れているので、技術的に可能かどうか疑いを持っています。
原子炉が無傷だったスリーマイル島の場合でも、遠隔操作による燃料取り出しは至難の業でした。たしかにスリーマイル島以来ロボット工学は大きく進歩しましたが福島では格納容器が破損しているためにスリーマイル島の場合より一層複雑です。
溶融した核燃料はロウソクから流れた蝋のように格納容器の床にたまるだけでなく、割れ目から流れ出し、下にあるパイプや機械に入っていきます。ある専門家は、建屋の下の地面に達しているかもしれないと警告しています。
科学者たちは、海水中の放射能は、これまで震災直後より低い値を示してきましたが、今回の流出によってもわずかに増加しただけであると言って重要視していません。
一方ウッズホール海洋研究所の科学者Buesseler氏は「汚染水漏れはたしかに当初より少ないのは事実だけど、持続して流出していることが重要なのです」と主張しています。
放射性汚染水で一番脅かされているのは多分日本政府でしょう。日本政府は、政府の言明も原子力も信じなくなった国民の面前で無能ぶりをさらけ出すことに耐えられないでしょう。
「現在行われているクリーンアップ作戦は、損害は元に戻せること、従がって今以上の賠償を払ったり、他の原子力発電所を停止させる必要はないのだということを国民に納得させて、現状維持を図るものです」という専門家もいます。
法政大学の社会学者船橋晴俊氏は言う。「今行われている対策は責任を回避しようとする戦術だ」「原子力発電所の近くには一世代にわたり誰も住めないことを政府が認めたら、多くの人から徹底的に追及されるでしょう」
船橋氏らは、旧ソ連が原子炉をコンクリートの覆いをかぶせ、汚染地域を立ち入り禁止にしたように、日本も他の選択肢を考えた方がよいと言っています。
これに対し、日本の当局者は、原子炉の下には大量の地下水が流れているので、コンクリートで覆ってもうまくいかないだろうと言います。また福島県の大部分を放棄することも、人口密度が高く生産物が少ないこの国では選択肢になりえないだろうと言います。
しかし彼らが示唆したところによると、ソ連流のやり方を避ける理由は別にあり、今でも原子力に関して用心深くなっている国民が、原子力産業に決定的に反対の立場をとることになることを恐れているのかもしれない。
内閣府原子力委員会の近藤駿介委員長は言う。「もし原子炉を埋めてしまったら他の原子炉の顔なんか誰も見たくないだろう。
楢葉町のような避難地区の住民に取って状況が悪くなることへの不安は明らかだ。この町の除染は避難地区の他の町よりも速く進んでおり、来年中には終わると言われています。それにもかかわらず、町当局によると、7,600人の町民に町に戻る意思があるかどうか尋ねたところ、多くの人は原発の不安定な状態が続くならば戻らないと答えています。
楢葉町長の松本幸英氏は「ここでは三日ごとに新しい問題が起こります。この状態が長く続けば続くほど、町民は東京電力と日本政府から遠く離れたと感じるでしょう」