人生とは美しく刺激的なリッチ。

へんてこでも自分らしい生活。
美に感動、優に感謝、心に感性。

THE TOUR OF MISIA DISCOTHEQUE ASIA

2009-01-31 23:55:08 | ミュージカル・コンサート

THE TOUR OF MISIA
DISCOTHEQUE ASIA


19:00開演。
大阪城ホール

この日を凄く凄く楽しみにしてた。

色々なライヴに行くけども、
やっぱり、やっぱり、やっぱりMISIAのライヴがボクにとっても1番愉しいのさ。“THE TOUR OF MISIA 2008 EIGHTH WORLD 2008”から早1年、待った、待った。
今回はスタンド席。。。
う~ん、と想いながら会場に向かったけどさ-、
なんと今年は中央ステージ会場!
つうことで、スタンド席でもステージに近いし、スタンド席もスタンディングでかなり楽しめる!!全然アリーナ席と盛り上がりは変わらなかったし。それにしても、今回のステージも素晴らしい!!外国人のデザイナーが“日本”をイメージして作成したらしいけど、京都を想わせる素敵なステージとなってたな。

MCが少なくて、少し寂しさもあるけど、その分、MISIAのステキなミュージックを堪能できる!もう…涙が出そうになるほど感動するよね。

3月7日に再び、大阪城ホールでのこのライヴに参加する予定だがら詳細内容は、その日のブログで♪今年は大阪に2度来てくれる、なんて嬉しいんだ♪

アヴァンギャルド・チャイナ展。

2009-01-31 13:19:53 | 美術館・博物館・シネマ。


大阪・国立国際美術館にて。
アヴァンギャルド・チャイナ展”を鑑賞。

現在、当展が開催されていることも知らず、プラプラ美術館に行った。
だいたい、大阪に来て暇が出来たらココに向かっているよーな気がする笑。会場に到着して当展が催されていることを知り、興味を持ったので入場。


中国現代美術は、長きにわたった文化大革命が終了し、それまでの文化的鎖国状態から、海外の新しい美術の動向が少しずつもたらされるようになった1979年、北京のグループ星星画会の作家たちが、表現の自由を求め、声を上げたことに始まるとされています。
その後、中国現代美術は、1989年の天安門事件など政治的な状況の変化や、市場経済体制への移行による著しい経済発展を、きわめて直接的に反映しつつ展開してきました。
今回、本展を「アヴァンギャルド・チャイナ」と題したのは、欧米や日本ではすでに死語になった感のある「前衛(アヴァンギャルド)」が、中国においては実に積極的な意味を帯びてきたからです。文化大革命終了後、改革開放政策の流れの中で、中国の作家たちは、デュシャンやラウシェンバーグ、さらには当時最先端だったジェフ・クーンズまで、20世紀の近現代美術を一気呵成に受容しながら、極めて短期間の内に独自の表現を切り開いてきました。中国の現代美術が過激な実験性と批評性をまといつつ、他の国に類例のない特殊な展開を示してきたのは、こうした背景によるものです。
本展では、中国現代美術の独自性が芽生え始めた1980年代中ごろを出発点に、八五美術運動と総称される先鋭なグループの活動、資本主義を揶揄的に扱う「ポリティカル・ポップ」や民主化運動の敗北と挫折を味わった世代による「シニカル・リアリズム」を経て現在にいたる約20年の軌跡を、各時期を代表する作家たちの作品によりご紹介します。



 
“アヴァンギャルド”って聞くと、すぐに“オノ・ヨーコ”さんをイメージしてしまうボク^^笑。まぁー当展もそのアヴァンギャルド。理解するには苦しむが、なにかしらのインスピレーションと訴えを感じ取れることができる?!非常にグロテスクな映像等もあり、ボクの苦手分野が多々…後味が悪い企画展だったが、鑑賞したことに全く後悔していない。新しい刺激を受けたよーな気がするからね。
鑑賞時間に、2時間半も費やしてしまい、けっこうどっぷり観てたんだなぁ、と想ったり。

健康診断。

2009-01-19 21:47:15 | さーね日記
いよいよ…苦手な健康診断…。
  すっごく苦手な健康診断…。

健康診断… 健康診断…
  健康診断…   健康診断…

健康診断…  

けっこう大げさに書いてみたけど、
まぁーホントに苦手です。
案の定、脂肪値的な数値等が少ないけども、“健康”判定。
色盲や、やや異常な数値が毎年出る、それらを見る度に、個性的だなぁー、と自覚。そんなこんなで1時間ほどの検診は終了。

結果に対してホッとするのではなく、
診断が終わったってことにホッとするよ笑。

母校大学のOB会。

2009-01-17 22:38:57 | さーね日記
母校大学の地区OB会に参加させて頂いた。
初めての参加ということで、かなりドキドキ。
高級そうな割烹料理店が会場で、“こんな店、食べに来たことない…”。

若年層で参加者はボクのみ。
一つ上の世代が40歳代…。
地方田舎のOB会も高齢化してるようで…、それにしても、社会地位として凄すぎる先輩ばかり…。途轍もない人脈、、、やはり素晴らしい母校だと改めて思った。社会人としての心得や構え、頑張りや取組み…、色々なことを指導して頂いた。緊張したが、なんか…この上ない歓びを覚えた会だった。

ご祈願参拝。

2009-01-14 21:30:40 | さーね日記
今年も1年素晴らしい年となりますよう、
某神社に参拝した。

神社・寺院には、遠出して、歩いて、山登って、苦労して、やっと出会えるモノってのが染み付いてしまってるから、近隣の神社で祈願してもらっても・・・^^汗、なんて言うかな、シックリこない感じです。

まぁー、
本年も充実した一年となりますよう、
時間を見付けては、参拝巡りしたいと想ってます。
西国三十三カ所も、5つは行きたいな。

直島【人工と自然の調和こそ】。

2009-01-03 23:59:59 | 九州・中四国旅行。

16:00ごろ、帰路へ。
直島の美しさは、“人工と自然の調和”にあると想う。
旧い民家たち。それに“時間の経過”という自然の現象を加えることで花咲く深い輝き。“時間の経過”が創り出す表現は決して人工では作り出せない。だが、ただ自然に任せっきりにしてしまえば唯の風化-。人の手入れと管理があってこその“時間の経過”による輝き。
海。山。森。花。鳥。。。。
神社。民家。田園。バス。。。。
“利便性”とはかけ離れた旧の時間が流れる島。
しかし、そこにこそ、この島の美しさがあり、
心奪われるものが存在しているように想えた。
また、何かに迷ったとき、訪れたい、何かを気付きにー。

はいしゃ【新鮮な瓦礫のスクラップ】。

2009-01-03 23:59:39 | 美術館・博物館・シネマ。
直島・家プロジェクトの『はいしゃ』について。


かつて歯科医院兼住居であった建物を、その面影を全く失うまでアート改築されている。それを手掛けたのが大竹伸朗!ガラクタや巨大なゴミを媒介にしての作品を特徴とする彼らしい建物となっている。床には、雑誌や新聞、手紙、写真、旧札…等々がギッシリ敷き詰められている。それは一見、“美しい”とは程遠い世界であるが-、何故か懐かしく、そして同時に真新しい空間のように感じられる。壁は“船”をテーマとしているようで、船底などを想像する不思議な作品。狭き建物であるが、“巨大な”のイメージをもつモノが室内に点在するために妙な広さを感じてしまう。あ、そうそう。これは当スポットの案内人のガイドしてもらって気付いたことなのだが、所々に“鹿(シカ)”さんが隠れてる。これを探すのも遊び心があって結構楽しい。まぁーそんなこんなで何よりも、大竹氏の好きなよーに創造したってのが全面に出た“はいしゃ”であった。

南寺【深き暗闇の静寂】。

2009-01-03 23:58:59 | 美術館・博物館・シネマ。
直島・家プロジェクトの『南寺』について。

南寺は、その設計を手掛けたのが安藤忠雄氏であるが『安藤忠雄=コンクリート』の公式に反した木造建築で、外見は炭色の木造倉庫のようである。ココは1度に入場できる人数が少なく、しかも鑑賞に時間を要するために人数制限が激しい。入場可能時間が記載された整理券が配られる。今日の早朝においては鑑賞客が少なく、待ち時間無く入場出来た!

入口から…その中は真っ暗で、全く何も見えない。
自分が立ってる場所も理解出来なくなり、一歩踏み出すことさえ恐怖を覚える。この状況で、視覚で確かめることが出来ない“壁”を手で触れながら少しずつ内部へと進んでいく。少しずつ…少しずつ…、すると、ベンチらしきものが脚にカツンッ。脚にあたったベンチに座り、“静寂”の空間を過ごす、これが南寺での鑑賞。全くの静寂と、全くの暗闇。ただ、ただ、ただ“自分”というものの存在だけが感じられる。ボクの両目は真っ黒に塗られた世界で“黒”以外の何かを探そう必死に活動、そして頭も-。
静寂の空間で過ごすこと10分。
遠くの方に長方形をした光のスクリーンを感じられるようになる。目が暗闇に慣れてから出会う“わずかな光”、それは初めから存在していたのに-。このスクリーンが、ジェームズ・タレル氏の作品“バックサイド・オブ・ザ・ムーン”。

“光をモノとして感じてほしい。”という作者、しかし、ボクはむしろ“闇をモノとして感じた”空間であったように想う。何も見えない恐怖感と、妙に落ち着く静寂。この空間におかれた時、ひとは何を考えるのだろう。ボクは-、それは内緒だが、ここでしか出来ない思考の世界へ到達した。“自分を考える”、そんな時間が南寺には存在している。

護王神社【素晴らしき水平線】。

2009-01-03 23:58:58 | 美術館・博物館・シネマ。
香川県ベネッセアートサイト直島。
直島・家プロジェクトの4つめ『護王神社』について。

江戸時代から祀られている護王神社の改築にあわせ、本殿と拝殿の建物、また拝殿の地下の石室の設計を手がけたのが杉本博司氏!杉本氏が撮影した、いや創り出した写真たちを鑑賞したことがある人ならば、“彼が設計した護王神社です”と述べただけで上記の写真を食い入るよーに見るだろうね。ちなみにこれらの写真はボクが撮影したものだけどさ笑、当然か。杉本氏の作品群には“神仏”をテーマにしたものが多々ある。この“護王神社”もその1つであるが、あまりのアート性の強さに「しょせんカミもホトケもないかぁ…苦笑」と思うが、しかし、彼の作品に出会った後の帰り道の清々しさといったら、まさに寺巡りなど神仏の場を訪れた後の爽快感と似たり。杉本氏の作品についてはまた述べたい。さてさて、護王神社だけども-。

“護王神社”は本村(ほんむら)という集落の中で社寺仏閣が集中する城山の山頂にある。家プロジェクトの1つである“角屋”から見える鳥居、そこから石段を登っていくのさ。ハァハァ言いながら登り切ると、左側になんとアーティスティックな神社。本殿に結ばれた硝子の階段が有名なこの場所だが、なによりも少し違和感を感じるこの一体全部が“不思議さ”と“アート”を感じる。誰もいなかったので静寂に包まれたこの場所の本来の良さであろうものを楽しむことが出来た。

それから、
この拝殿の向かって右下に、もう一つのスポット、護王神社“石室”があるのさ。ここへはスタッフのおじちゃんが案内してくれるんだけど、普段は楽しめないんじゃないかな、人が込んでて。なんと恵まれたことでしょう貸し切り状態で、ボクが想う直島で最も感動を覚えるこの場所を心ゆくまで楽しめた!
ノーマル体型の人間がギリギリ入れる横穴(護王神社境内の下に掘られている)を通って奥へ。この洞穴は四方が建築家安藤忠雄風のコンクリートで作られており、全く恐怖感を感じない。懐中電灯を持って奥に進んでいくと岩盤があり、それからまたここにも硝子の階段がある。薄暗い中に透明な階段。それは神秘的な世界でね、美しい。自然と現代アートを上手く調和させた素晴らしき作品、いや景色だと思った。そして、それからそれから、この横穴を出口に向かって歩く…その目の前に広がる光景!!!!
それはまさに“神秘”という名のものだった

自分の横幅しかない真っ暗な横穴、その出口に広がる景色、
それは定規でひかれたかのような真っ直ぐな水平線
この横穴は目の高さに水平線がくるように設計させているとか。
しかし、この景色はね、人間の生の目でしかシャッターを切れない、そんな美しさ。決してカメラでは抑えることが出来ない感動。そこには“誰も”存在しないことが前提だけどね。杉本氏の代表的作品シリーズである“海と空を水平線で二等分割する写真”を想わせる、その景色が目の前に-。
出口から出れば、そこは暗闇からではなく、
光に包まれた場所から観る水平線。

“目の高さに水平線”。
この限りなく神秘的で、美しい景色に心底感動したボクでした。
たぶん、ここが人で賑わっていたら、その感動は少し薄れたものになっていたかもしれないが、静寂の中で出会ったこのアートにボクは心から感謝しまする、“素晴らしかったぁ、一生忘れない”。
最後にもう一度、護王神社の本殿に礼拝。
ココから見る海はほんの少しだけ、水平線がずれてら。。。

挑戦 我がロマン。

2009-01-02 23:42:15 | 書籍。
 ・挑戦 我がロマン  鈴木敏文(日本経済新聞出版社)


 セブン&アイHD代表取締役会長兼CEO。現在、コンビニ、スーパー、百貨店など全世界で店舗総数35000店、総売上9兆円の流通グループを率いる鈴木敏文氏。ボクは鈴木会長が中央大学の理事長であられた時に関心を持ち、自然の如くこの一冊を手に取った。本書では会長が歩んでこられた軌跡を観ていくことで、“挑戦”することの醍醐味、大切さを学ぶことが出来る。会長の仕事スタイルを端的に表していると文章が“…会社にしがみつかず、反対されても言いたいことを言い、やりたいことをに挑戦していった。やるべき価値があると思ったら、反対されてもあきらめずに説得を重ね、実現していく。…”ではないだろうか。現実として、組織に属したその瞬間から放射線状の“関係”が自分を縛り、並はずれたエネルギーを持ち合わせた人物でなければ会長のようなフローは辿れないと思う。そして更に続く一文、“ある程度のポストまで進みたいなどと考えていたら、自分を守ろうとして、会社にしがみついてしまいがちだ。しがみつくものは雇用、地位やポスト、収入、職場での評判や周囲への同調、虚栄や世間体-等々、さまざまだ。しかし、人間は何かにしがみつくと本当の力は出せない。一方で何かにしがみつきながら、もう一方で新しいことに挑戦することなどできない。…”、これがボクが最も印象に残った部分。まだ、これが正しい見解なのか否かもわからず、また真なるこのような体験もしていないだろうボクであるが-、だが、強烈な印象に残った文章だった。会長が挑戦されている事業についてはあまり興味が持てずとも、その各挑戦時における思考とアクションは非常に刺激を受ける。最後に、抜粋から“その人の仕事の価値は、どんな仕事に携わっているかで決まるのではない。大切なのは日常的な意識の持ち方であり、挑戦する意欲を持ち続けることができるかどうかだ。それは何歳になっても変わらない。私の五十年にわたる仕事人生そのものが一つのメッセージとして、挑戦という名のロマンを伝えることができたとすれば、私自身、それを喜びとして、また明日への一歩を踏み出す勇気が湧き上がる。… ”。