先日逝去した小田実の追悼番組がNHKの深夜テレビで流されていた。といっても、2000年に彼がドイツを訪問した折り、多くの政治家にインタビューしたものの再編集版である。
日本と同じく第二次世界大戦の反省から反戦平和の願いの強かったドイツだったが、90年代後半、コソボなどバルカン半島での民族紛争が激化したのを機に、「人道的介入」という美名のもと、自国の憲法の一部を修正して、NATO軍に参加し、悪名高き無差別空爆の一翼を担うことになった。
そうした政治的決断をしたのは、緑の党や社会民主党など、かつては小田たちと同じく反戦平和を提唱した側の人物たちだったのである。そうした彼らの責任を追及する小田の姿勢は容赦なく、往年を偲ばせる迫力があった。抑揚のない言葉が機関銃のように矢継ぎ早に出てきて、懐かしかった。
だが、それと同時に、私は、ドイツの変貌ぶりに日本の近未来の一つの方向を見るような思いもした。それは、日本で、もし憲法改正があるとしたなら、国民の内発的な合意というのではなしに、むしろ外圧的な事情で、しかも「人道的介入」などといった大義名分、美辞麗句のオブラートにくるまれて、隠微な形で遂行されるかもしれないということだ。そして、それは正義派の日本人にとっては、一種のガス抜きにもなるだろう。
ところで、「<戦争>自体が、最大の敵なのだ」とする小田の考えなど、<テロ>を最大の敵とする今日のアメリカ主導の国際協調体制からすれば、色あせてしまったとも思うが、戦争や暴力を好む傾向は、人間にいまだに受け継がれてきている優性DNAである。とすれば、彼は、私を含めた大多数の人類を敵に回して戦ってきたわけで、そうした点では、反戦平和というロマンに徹した人間の一つの典型であったと思う。
「展望」も「試行」も「思想の科学」もすっかり消えた現代ではあるが、敵ながら、改めて追悼の意を表したいと思う。
日本と同じく第二次世界大戦の反省から反戦平和の願いの強かったドイツだったが、90年代後半、コソボなどバルカン半島での民族紛争が激化したのを機に、「人道的介入」という美名のもと、自国の憲法の一部を修正して、NATO軍に参加し、悪名高き無差別空爆の一翼を担うことになった。
そうした政治的決断をしたのは、緑の党や社会民主党など、かつては小田たちと同じく反戦平和を提唱した側の人物たちだったのである。そうした彼らの責任を追及する小田の姿勢は容赦なく、往年を偲ばせる迫力があった。抑揚のない言葉が機関銃のように矢継ぎ早に出てきて、懐かしかった。
だが、それと同時に、私は、ドイツの変貌ぶりに日本の近未来の一つの方向を見るような思いもした。それは、日本で、もし憲法改正があるとしたなら、国民の内発的な合意というのではなしに、むしろ外圧的な事情で、しかも「人道的介入」などといった大義名分、美辞麗句のオブラートにくるまれて、隠微な形で遂行されるかもしれないということだ。そして、それは正義派の日本人にとっては、一種のガス抜きにもなるだろう。
ところで、「<戦争>自体が、最大の敵なのだ」とする小田の考えなど、<テロ>を最大の敵とする今日のアメリカ主導の国際協調体制からすれば、色あせてしまったとも思うが、戦争や暴力を好む傾向は、人間にいまだに受け継がれてきている優性DNAである。とすれば、彼は、私を含めた大多数の人類を敵に回して戦ってきたわけで、そうした点では、反戦平和というロマンに徹した人間の一つの典型であったと思う。
「展望」も「試行」も「思想の科学」もすっかり消えた現代ではあるが、敵ながら、改めて追悼の意を表したいと思う。