ひとりの寂しい人が死んだ。
その人が「死にたい」という言葉を洩らすようになってから、
すでに15年ほどの歳月が経っていた。
病院での治療も拒んだ末の
無残な死だったらしいが、
私には、15年かけての緩慢な自死のようにも受けとめられた。
もっと優しくすれば……
もっと親しくすれば……
凡庸な思いを超えた向こう側で
いつも苦しい呼吸をしていた人だった。
生きるにはナイーブすぎた?
生きるには不器用すぎた?
いやいや、今となっては、そんなことはない。
懸命に非望を重ね、
立派に本懐を遂げたというべきではないか。
涙も出ない、寂しい六月の夜の底で
私はせめて、一輪の花を手向けることにした。
***********************************************************
通夜の日も、葬儀の日も
六月にしては冷たい雨が降り続けた。
雨音を聞いているうちに、ふと、私はその人の昔の姿を
──紫陽花の咲くそばで、傘をさして優しく微笑んでいる姿を、
思い出していた。
出棺の正午、
私は私の位置で短い黙祷を捧げた。
もうこれ以上、うなされることもない
至福の眠りにつくことができるようにと。
そして、私は静かに余白の街へと向かった。
その人が「死にたい」という言葉を洩らすようになってから、
すでに15年ほどの歳月が経っていた。
病院での治療も拒んだ末の
無残な死だったらしいが、
私には、15年かけての緩慢な自死のようにも受けとめられた。
もっと優しくすれば……
もっと親しくすれば……
凡庸な思いを超えた向こう側で
いつも苦しい呼吸をしていた人だった。
生きるにはナイーブすぎた?
生きるには不器用すぎた?
いやいや、今となっては、そんなことはない。
懸命に非望を重ね、
立派に本懐を遂げたというべきではないか。
涙も出ない、寂しい六月の夜の底で
私はせめて、一輪の花を手向けることにした。
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通夜の日も、葬儀の日も
六月にしては冷たい雨が降り続けた。
雨音を聞いているうちに、ふと、私はその人の昔の姿を
──紫陽花の咲くそばで、傘をさして優しく微笑んでいる姿を、
思い出していた。
出棺の正午、
私は私の位置で短い黙祷を捧げた。
もうこれ以上、うなされることもない
至福の眠りにつくことができるようにと。
そして、私は静かに余白の街へと向かった。