「死ぬのって、なかなか難しいものなんだ」
これは、我が愛しき甥っ子の実感のこもった言葉だが、折口信夫は「上代葬儀の精神」という講演の中で、
いったい、死ぬということは神道ではどう扱ってきたか、死は現実にはあることだが、神道の扱い方の上では、それはなかったので、つまり死は、生き返るところの手段と考えられていたらしいのです、つまり、日本の古代信仰は、死ぬものは生き返ってこなければならないと考えているから、本当の死ということはないわけです。
と話している。たしかに、古代日本人の死生観は、植物的なものであって、いま流行の言葉で言えば「草食系」の思想だったのだろう。簡単に図式化してしまえば、
1 しなう、しおれる、しぼむ <肉体的な死>
2 かれる(枯れる、離れる) <霊魂の離脱>
3 も(喪=裳)、もがり(仮の喪)
4 ふゆごもり
5 みたまのふゆ、魂ふり <霊魂の復活儀式>
6 春(晴れ) <復活、誕生>
というように、四季の変化を反映した死と再生のドラマとしてイメージされていたらしい。やはり、古来から「死ぬのは難しかった」ようだ。
さらに、折口は、神武天皇(神倭伊波禮毘古=カムヤマトイハレヒコ)が東征の折、熊野の国で突然、熊の来襲によって倒れ伏した様子を伝えた『古事記』の
ここに神倭伊波禮毘古の命 にはかにをえまし、また御軍も皆をえて 伏しき
という記述の「をえ」という言葉に着目して、
「あ」行の「お」を書くと年が寄る「おゆ」になるでしょう。すると、その反対に若くなるということが「わ」行の「を」を使った「をゆ」になるのです。
と指摘している。
事実、その後、高倉下というシャーマンが太刀を奉ったところ、神武天皇は「長寝しつるかも」といって起き上がり(若返り)、荒ぶる神を征伐するのだ。
折口説に従えば、「をゆ」という言葉は、⑴疲弊、衰弱する、という意味の他に、⑵若返る、という矛盾する二重性を帯びていることになる。死と再生、衰弱と再起はコインの裏表のように、何かのきっかけで簡単に反転するものとして想定されていたのではないだろうか。
ちなみに、「おつ」は「落ちる」や「劣る」というマイナスイメージにつながるのに対して、「をつ」は生き返るという意味で、「をとこ」「をとめ」も生命力のあふれた若い男女を示している。また、万葉集には
美濃国の多藝(たぎ)の行宮にして大伴宿禰東人の作る歌一首
古(いにしへ)ゆ 人の言ひける老人(おいびと)の をつと云ふ水ぞ 名に負ふ瀧(たぎ)の瀬
(訳)これが昔から人の言い伝えてきた、老人も若返るという水だ、その水で名高い奔流の浅瀬だ。
という歌も残されている。「お」から「を」へ、これが当時のアンチエイジング対策だったのだろう。
これは、我が愛しき甥っ子の実感のこもった言葉だが、折口信夫は「上代葬儀の精神」という講演の中で、
いったい、死ぬということは神道ではどう扱ってきたか、死は現実にはあることだが、神道の扱い方の上では、それはなかったので、つまり死は、生き返るところの手段と考えられていたらしいのです、つまり、日本の古代信仰は、死ぬものは生き返ってこなければならないと考えているから、本当の死ということはないわけです。
と話している。たしかに、古代日本人の死生観は、植物的なものであって、いま流行の言葉で言えば「草食系」の思想だったのだろう。簡単に図式化してしまえば、
1 しなう、しおれる、しぼむ <肉体的な死>
2 かれる(枯れる、離れる) <霊魂の離脱>
3 も(喪=裳)、もがり(仮の喪)
4 ふゆごもり
5 みたまのふゆ、魂ふり <霊魂の復活儀式>
6 春(晴れ) <復活、誕生>
というように、四季の変化を反映した死と再生のドラマとしてイメージされていたらしい。やはり、古来から「死ぬのは難しかった」ようだ。
さらに、折口は、神武天皇(神倭伊波禮毘古=カムヤマトイハレヒコ)が東征の折、熊野の国で突然、熊の来襲によって倒れ伏した様子を伝えた『古事記』の
ここに神倭伊波禮毘古の命 にはかにをえまし、また御軍も皆をえて 伏しき
という記述の「をえ」という言葉に着目して、
「あ」行の「お」を書くと年が寄る「おゆ」になるでしょう。すると、その反対に若くなるということが「わ」行の「を」を使った「をゆ」になるのです。
と指摘している。
事実、その後、高倉下というシャーマンが太刀を奉ったところ、神武天皇は「長寝しつるかも」といって起き上がり(若返り)、荒ぶる神を征伐するのだ。
折口説に従えば、「をゆ」という言葉は、⑴疲弊、衰弱する、という意味の他に、⑵若返る、という矛盾する二重性を帯びていることになる。死と再生、衰弱と再起はコインの裏表のように、何かのきっかけで簡単に反転するものとして想定されていたのではないだろうか。
ちなみに、「おつ」は「落ちる」や「劣る」というマイナスイメージにつながるのに対して、「をつ」は生き返るという意味で、「をとこ」「をとめ」も生命力のあふれた若い男女を示している。また、万葉集には
美濃国の多藝(たぎ)の行宮にして大伴宿禰東人の作る歌一首
古(いにしへ)ゆ 人の言ひける老人(おいびと)の をつと云ふ水ぞ 名に負ふ瀧(たぎ)の瀬
(訳)これが昔から人の言い伝えてきた、老人も若返るという水だ、その水で名高い奔流の浅瀬だ。
という歌も残されている。「お」から「を」へ、これが当時のアンチエイジング対策だったのだろう。