過日、予備校の小論文で「最も感銘を受けた言葉」という課題を出した。医学部志望のある多浪生は
「十の退屈な事実よりも、一つの素敵なうそを」
という言葉を書き付けてきた。
どうやら彼は道を間違えたようだ。いやいや、古今東西、文才に恵まれた医者も多いから、将来は、十の退屈な診察のあいまに、一つの素敵な虚構を練ることになるのかもしれない。
話は変わるが、ある夜、妙齢の女性クライアントから、完成間近の仕事に急な変更を加えてほしいとの電話が入った。
「ご迷惑かもしれませんが、一生のお願いですから」
という彼女の声には、こちらに身を委ねてくるような無鉄砲さとひたむきさがあった。もとより、それほど難しい作業ではない。となれば、二つ返事で引き受けるのが、熟年男の心意気というものだろう。
変更を加えるうち、かすかな違和感は覚えたものの、なにせ、お客様の「一生のお願い」である。最後まで仕上げて、送り届けることにした。
すると、意外や意外、彼女はあっさり自分の提案を引っ込めてしまったのである。
ここですっかり行き場を失ってしまったのは、例の「心意気」の方である。「一生のお願い」という切り札はどこへ消えてしまったのかと、あたふたして、あたりを探しまわるばかり。
それは「一時の気の迷い」とか「ちょっとした思いつき」に翻訳すべきものだったと気がついたのは、しばらく経ってからである。
たしか、柳田国男(写真)は、「うそ」や「ごまかし」は罪だが、「ほら」や「でたらめ」の類は愛すべきものだということを書いていたと思う。
彼女の「一生のお願い」がその後者に属するのはいうまでもあるまい。いわんや、それが「素敵なうそ」になるまでには、「一生」どころか「幾千年」の熟成が必要なのである。
「十の退屈な事実よりも、一つの素敵なうそを」
という言葉を書き付けてきた。
どうやら彼は道を間違えたようだ。いやいや、古今東西、文才に恵まれた医者も多いから、将来は、十の退屈な診察のあいまに、一つの素敵な虚構を練ることになるのかもしれない。
話は変わるが、ある夜、妙齢の女性クライアントから、完成間近の仕事に急な変更を加えてほしいとの電話が入った。
「ご迷惑かもしれませんが、一生のお願いですから」
という彼女の声には、こちらに身を委ねてくるような無鉄砲さとひたむきさがあった。もとより、それほど難しい作業ではない。となれば、二つ返事で引き受けるのが、熟年男の心意気というものだろう。
変更を加えるうち、かすかな違和感は覚えたものの、なにせ、お客様の「一生のお願い」である。最後まで仕上げて、送り届けることにした。
すると、意外や意外、彼女はあっさり自分の提案を引っ込めてしまったのである。
ここですっかり行き場を失ってしまったのは、例の「心意気」の方である。「一生のお願い」という切り札はどこへ消えてしまったのかと、あたふたして、あたりを探しまわるばかり。
それは「一時の気の迷い」とか「ちょっとした思いつき」に翻訳すべきものだったと気がついたのは、しばらく経ってからである。
たしか、柳田国男(写真)は、「うそ」や「ごまかし」は罪だが、「ほら」や「でたらめ」の類は愛すべきものだということを書いていたと思う。
彼女の「一生のお願い」がその後者に属するのはいうまでもあるまい。いわんや、それが「素敵なうそ」になるまでには、「一生」どころか「幾千年」の熟成が必要なのである。
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