先頃、理化学研究所脳科学総合研究センターの利根川進センター長らのグループが、マウスの記憶を操作し、実際の出来事とは違う誤りの記憶を人為的に作り出すことに成功したというニュースが報道されました。
グループはマウスを遺伝子操作し、記憶をつかさどる脳の神経細胞に光をあてると記憶を思い出すようにし、そのマウスを箱に入れて、安全な環境だと記憶させたということです。次に別の箱に入れ、脳の神経細胞に光をあてて安全な環境を思い出させながら電気刺激を与えて不快な気持ちにさせました。再び元の箱に入れると、安全な環境に戻したにもかかわらず、マウスは恐怖を感じる反応を示したそうです。
このことにより、グループは、安全な環境にいた状態と恐怖の体験が結びつき、記憶が実際の出来事とは違う状態で再構成される「過誤記憶」が形作られることを確認したということです。
しかし、人間は記憶をつくり出してしまうこともあるのです。アメリカで実際にあった事例では、19歳の女性が父親に性的虐待を受けたと訴えた事件があります。彼女はこう語っています。「セラピーを受け始めてから2年半たつ頃には、自分が父親に2度妊娠させられたと固く信じるようになっていました。最初の妊娠の時には、父親が中絶処置を施し、2度目は自らの手で中絶したのを思い出しました。」
父親は聖職者だったのです。そのことにより地位を追われましたが、じつはまったく事実無根の出来事で、医療機関が行った検査で彼女は処女であることがわかったのです。他にも、ノースカロライナ州で29人の園児達の証言により、幼稚園の職員7人が性的虐待の罪で告発された事件がありました。しかし、これも後に事実無根であると判明しました。なんと、29人の園児全員が「記憶をつくりだした」のです。
なぜ、このような「ありもしない記憶」がつくられるのでしょうか。冤罪事件では、警察官の誘導に追いつめられた被告が、無理矢理「記憶」を創作させられるといわれていますが、幼い子どもたちや暗示を受けやすい人々は、先生やカウンセラーなど権威ある人達に対して、真実を報告するよりも、その人たちが暗に求めているような答えをしようと迎合するため、「ありもしない記憶」を語ってしまう傾向があるからです。
私たちは、「真実」をありのままに記憶するよりも、自分にとって都合のよい「物語」として記憶する傾向にあります。あえて、自分に嘘をつくつもりがなくても過ぎ去った時間は楽しく美しいものでありたいと願う心が、そうさせるのかもしれません。
グループはマウスを遺伝子操作し、記憶をつかさどる脳の神経細胞に光をあてると記憶を思い出すようにし、そのマウスを箱に入れて、安全な環境だと記憶させたということです。次に別の箱に入れ、脳の神経細胞に光をあてて安全な環境を思い出させながら電気刺激を与えて不快な気持ちにさせました。再び元の箱に入れると、安全な環境に戻したにもかかわらず、マウスは恐怖を感じる反応を示したそうです。
このことにより、グループは、安全な環境にいた状態と恐怖の体験が結びつき、記憶が実際の出来事とは違う状態で再構成される「過誤記憶」が形作られることを確認したということです。
しかし、人間は記憶をつくり出してしまうこともあるのです。アメリカで実際にあった事例では、19歳の女性が父親に性的虐待を受けたと訴えた事件があります。彼女はこう語っています。「セラピーを受け始めてから2年半たつ頃には、自分が父親に2度妊娠させられたと固く信じるようになっていました。最初の妊娠の時には、父親が中絶処置を施し、2度目は自らの手で中絶したのを思い出しました。」
父親は聖職者だったのです。そのことにより地位を追われましたが、じつはまったく事実無根の出来事で、医療機関が行った検査で彼女は処女であることがわかったのです。他にも、ノースカロライナ州で29人の園児達の証言により、幼稚園の職員7人が性的虐待の罪で告発された事件がありました。しかし、これも後に事実無根であると判明しました。なんと、29人の園児全員が「記憶をつくりだした」のです。
なぜ、このような「ありもしない記憶」がつくられるのでしょうか。冤罪事件では、警察官の誘導に追いつめられた被告が、無理矢理「記憶」を創作させられるといわれていますが、幼い子どもたちや暗示を受けやすい人々は、先生やカウンセラーなど権威ある人達に対して、真実を報告するよりも、その人たちが暗に求めているような答えをしようと迎合するため、「ありもしない記憶」を語ってしまう傾向があるからです。
私たちは、「真実」をありのままに記憶するよりも、自分にとって都合のよい「物語」として記憶する傾向にあります。あえて、自分に嘘をつくつもりがなくても過ぎ去った時間は楽しく美しいものでありたいと願う心が、そうさせるのかもしれません。