どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

食わず女房

2024年08月30日 | 昔話(日本)

 テキストも多く、絵本にも紙芝居にもなっており、端午の節句とよもぎと菖蒲が魔よけとなったいわれが盛り込まれているので、5月に語られることが多い。しかし前半部からは、こうした展開を予測することは難しい。

 「食わない女」をよめにしたいというのは、どうにも男の身勝手。「食わない女」、男と一緒にいるときは何も口にしないが、男が仕事にいくと、にぎりめしや味噌汁を頭の中の口に、ぽんぽんと投げ込むという山姥。怖い怖いと思いながらついつい引き込まれます。

 「食わない女」とは、山姥、鬼、河童、ヘビなどで、各地で異なります。

・食わず女房(日本の昔話29 信濃の昔話/日本放送出版協会/1980年) 

 正月バージョン。松の枝を家のまわりにさしておくと、鬼ばばあは、どうしても男をみつけることができず、あきらめて山に帰っていくという結末。こんな話からは、四季に応じたものもありそうです。

・山んばとショウブ(熊本のむかし話/熊本県小学校教育研究会国語部会編/日本標準/1973年)

 類話では、山姥が頭の口に、にぎりめしを 投げ込みますが、この話では、にぎりめしを子どもがいる裏山へ運んでいきます。頭の口というより違和感がありません。

 けちな男が、そばを通りかかったきれいなむすめをみて、ひとりごとをいうと、むすめは、飯食わんでもいいと、男のよめになります。

 男が米倉の米が、減っているのにきがつき、物陰に隠れてみていると、山姥は、炊いた飯でおにぎりをつくると山道をのぼっていきます。すると山姥の子どもがどこからともなくあらわれ、われさきにとその握り飯を食べはじめました。

 正体がばれると、身を清めてきれいに別れようとお湯をわかし、たがいにゆずりあって、男が風呂に入っていると、山姥は風呂桶をかるがる持ち上げ、山道をのぼっていきます。

 男は松の木の枝にとびつき、運よく難をのがれます。さらに山姥が家までやってくると、草むらに逃げ込みます。逃げ込んだ先にはショウブが、あたり一面においしげっていたので、山姥は男を見つけ出すことができず、あきらめて山に帰っていきます。

 いかにも昔話風なのが、「なぜ、見つからなかった?」と問い、結びに持っていくあたり。

・かえる女房(青森のむかし話/青森県小学校国語研究会・青森児童文学研究会/日本標準/1975年)

 「まま よけいくってもいいから あったり前の人間のよめっこ もらってやるじゃ」と、当たり前?の結末。

 むすこのために ご飯食わねえよめっこほしいと、毎日神さまにおがんでいたばさま。ある雨の日、草履をはいた娘っ子が、一晩とめてくれるようやってきて、ご飯をくわせても、少ししか食わず、もっと食えとすすめても「もう 食われねえ」という。

 むすこのよめにちょうどいいと、よめっこにもらうことにしたばさま。

 三、四日たってから、よめっこは ぼたもちをもって お神楽にでかけます。よめっこどこの村からきたかとおもって、むすこは、よめっこのあとをつけていきます。すると よめっこは 大きな沼のあるところにいって、ぼたもちを、投げ入れます。池から出てきたのはかえるで、よめっこも ぱっとかえるになって ポチャンと池に。むすこは池に木の根っこを投げ入れます。

 夜、お神楽からかえってきたよめっこは あしをひきずっていました。ばさまが しらんぷりをして「その足どうした」ときくと、よめっこは 「木の根っこで けがした」と、こたえます。ばさまが そばにあったうすを なげると よめっこは、大きなかえるになって、ぴょんぴょんとんでいなくなります。

・もっけの化けもの(秋田のむかし話/秋田県国語教育研究会編/日本標準/1974年)

 タイトルとは結びつきませんが、秋田版「食わず女房」です。青森版同様、もっけというのは かえるのこと。

 ニ度目のよめさんとしてでてきます。女が法事に行きたいというので後をつけていくと、もっけの姿に早変わりし、古い堀に飛びこみます。池からは、「ゲグ ゲグ ゲグ」と賑やかな鳴き声。弥助という男が あまりの腹だたしさに、堀の中めがけてどんどん石を投げつけます。

 家に帰った弥助に、女が、「さかんにお経をあげているときに、なんだか知らねども、屋根にドスンドシン、投げつける音がした」と話すと、弥助が、「んだべ、んだんべ。このおらが、大きな石をいっぱいなげただもんだ」というと、女は正体を現して、堀のなかに飛び込んでしまいます。

・食わずのよめ(岡山のむかし話/岡山県小学校国語教育研究会編/日本標準/1976年)

 「食わずのよめ」の正体はクモ。

 おむすびをつくり、背中でぱくっと食べるのですが、どんな食べ方やら。

・食わずの嫁(愛媛のむかし話/愛媛県教育研究協議会国語委員会編/日本標準/1975年)

 おしかけ女房の正体はクモ。化けクモに追いかけられ、男が逃げ込んだのは観音堂。観音堂がクモの糸でぐるぐる巻きにされ、でられなくなってしまうが、五日目に通りかかった村の人に助けられ、男はどうにか干ぼしにならんですむ。

・食わず女ぼう(福島のむかし話/福島県国語教育研究会編/日本標準/1977年)

 おしかけ女房の正体は山うば。自分で女の正体を探る話がほとんどの中で、隣の人が、知らせてくれ、いきなり「何食ってんだ」とどなると、桶に入れられさらわれていく。

・弥そう太と山んば(岐阜のむかし話/岐阜児童文学研究会編/日本標準/1978年

 タイトルからは想像できません。

 よめのしていることを つし(屋根裏の物置)に隠れてみていた弥そう太。よめは子ども衆を連れ込んで、飯を食わせはじめます。正体がばれると、つけ菜おけに、弥そう太を押込み山へ向かいます。よめは、さきに子どもたちをいかせ、湯を沸かしておくように いいつけます。フジヅルにつかまって、桶から出た弥そう太は、怖いもの見たさに、よめの後を つけていきます。「あしたの晩は、クモにばけていって ひっさらってこよう」という、山んばを 何とかしようと、近所の衆に相談します。近所の衆と山んばをまちますが、夜になって、みんながこくりこくり。すると、一ぴきのクモが、つしの上からさがってきて、ねむっている弥そう太の首に、糸をつけてすーっとあがっていきます・・・。

・あれわいさのさ(信濃路の民話を語ってひとり旅/瓜生喬・著/郷土出版社/1986年初版)

 九州肥後の「食わず女房」の再話ですが、最後のほうが楽しい。

 正体がばれた女が、桶の中に男をぽいと投げ込み、あれわいさのさと歌うことを要求し、阿蘇の山めぐりするというのですが・・・・。

 「お金や田地田畑なんぞ、つまらん浮世の通行手形。旅にはいりません」とうそぶく女。この女が、なに者であったのかはでてきません。

・めしくわぬにょうぼう/常光徹・文 飯野和好・絵/童心社/2018年

 

 欲深な男のところへやってきたうつくしい娘が、やまんばにばけ、にぎりめしを 頭の口に 投げ入れるところは迫力満点。
 欲深な男も、ごっつい感じ。まあ、同情できませんが・・・。

 男の家に、米俵、漬物桶がありますが、でっかい太鼓もあるので、気になりました。お祭りのとき、太鼓でもたたいたのでしょうか。なんの説明もなく、ちょこっと鎮座して、あれこれ空想させてくれるのも、絵本ならではです。