3頭目が猛女の51番、前の2頭は場所を譲ることに
伊那盆地は雲に埋まり、松本平までは手前の山々に遮られ視界は及ばずも、その上空には灰色の空を背景いにした槍や穂高の峰々が雲上に浮かぶように見えている。「嵐の前の静けさ」、何かが襲ってくる前の緊張が生む静けさ、誰が言った言葉だろう。確かに今朝は、いつになくそんな不気味な静けさが空全体、そして眼下の広大な領域を覆っている。
「史上最高クラス」、「これまでに経験のない災害の恐れ」、いろいろな言葉が飛び交い、日本国中の人々の不安はいや増すようだ。
牧守とてその一人、とりあえず雨が降り出すのと競うように第1牧区の和牛の様子を見に行けば、御所平にはそれぞれ50頭くらいの鹿の群がふたつ、計100頭ほどが逃げようか逃げまいかと逡巡しながら待っていた。そして結局は、きれいな弧を描きながら柵を飛び越えて、1頭残らず背後の広く深い落葉松林の中に消えていった。
鹿を追いやるため脅しに警笛を鳴らしたから、その音につられて、今度は目当ての和牛が水でも飲んでいたのだろう渓の中からゾロゾロと現れ、やがてこっちに向かって犬ころのように走ってきた。やはり先頭は5番で、他の牛たちが車に近付くと威嚇して寄せ付けようとさせない。
この牛は徐角されているからいいが、もしこれにそれが付いていたら、牛だけでなく人間も気を付ける必要がある。相手に悪気がないにしても、下手をするとその角で痛い目に合う。
約4,500㍍、ゆっくりと車を走らせ、いつものように塩場まで牛の先導役を果たす。きょうは気温が低い分、彼女らの動きは活発で、車に追いつこうとするのもいる。
しかし、やはり一番先に塩にありつくのは5番で、しかも2個ある鉢を独占しようとする。もうひとつの方に他の牛が近寄ると今度はそっちへ行って追い払う。相当性格の悪いクセのある牛だが、役には立つので大目に見ている。
もちろん、いい気はしない。あれほど露骨ではないにしても、あの雌牛が彷彿させるような恐ろしい女性が人間界にもいた。今は愛想よく笑っているけれど。クク。
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本日はこの辺で。