入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’22年「秋」(27)

2022年09月06日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 曇り空のせいもあって4時近くともなれば、周囲の雰囲気はもう夕暮れが迫りつつあるようだった。そんな中を、一人の登山者が小黒川林道から牧場内の道に入り、そして通り過ぎていった。遠くからその姿を見て、その人のように一人で秋の山を歩いたころを思い出し・・・、いや、正確に言うなら思い出そうとした。
 しかし、咄嗟に思い浮かべることのできる具体的な山が、山行が甦ってこなかった。谷川はどうか、穂高はどうか、そうやってひとつひとつの山域を限って、絞り出すようにして思い出せば、ゾロゾロと出てくる。それでも、そうやって思い出した記憶の山々は、残念なことにあまり多くを語ってくれなかった。

 なぜだろうか。こうやって今も山の中に暮らし、こんな真夜中に起き出して、さっきからそのことを考えていた。
 きょうも頭数確認を終え、給塩を済ませ、小入笠まで登った。電気牧柵はどこにも支障はなく、最終点で6200ボルトの電圧を確認して、満足して下りてきた。途中、眼下に諏訪湖を久しぶりに見たような気がしたし、北アルプスは雲の中だったが、遠くの塩尻やその先も視界に入った。
 いつもの山歩きで、それを仕事としている。このくらい自然の中を歩いていれば、他の山などへいかなくてもそれで気が済むようだ。まして登攀などということは、まるで他人事のようにしか考えられない。
 言ってしまえば、これで不足していないということか。粗末な食事であっても、腹いっぱい食べれば少なくとも満たされる。さんざん惚れた相手でも、そこそこ不満のない生活を新しい別の相手と続けるようになれば、過去の熱はいつしか平温に落ちつく、と聞くが、ウーン。

 ならばこの入笠も、そして牧の暮らしも、相手は平凡であるけれど悪気はなく素直で、容姿はほどほどの中肉中背、臀部はしっかり者の性格を象徴するかのよう、といったことになるのか。もちろんこっちとて、とても多くを望める身ではないけれど。
 そういうことだろうか、かつての山のことをあまり懐かしむ気がないということは。加えて、記憶力、思考力の衰えも相当のものだ。この場合は、それを「幸い」と言ってもいいのかも知れない。

 先日里へ下りた。少しづつ黄金色に染まりかけた稲田はまだ取入れ前なのに、もう村祭りは終わったと神社総代のTDS君から教えられた。五穀豊穣を神に祈るにはまだ少し早過ぎるだろうにと、その気の早さを控え目に吠えておいた。

 キャンプ場を含む「入笠牧場の宿泊施設のご案内」は下線部をクリックしてご覧ください。
 本日はこの辺で。

 
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