北国の秋の歌ってことで
ギターとアコーディオンで、枯葉
ステージのバックが、ライトで真っ赤になりました
枯葉は、どちらかというと苦手な曲だったのですが、山木さんのコーラスが好きな曲でした。
北の街の秋の夕暮れを、あてもなく歩く人は、あまりいないと思いますよ。だって、寒いモン。ましてや、歩くより立ち止まることの方が多いなんて、うっそーーって突っ込みたくなります。
この歌の詞で好きなところは、「この道は誰とも 歩かないと決めていた」ってとこ
オンナの人の恋は上書きでオトコの人は保存、とか言われますが、私の中に微かに残る女々しさが、二人の思い出の場所とか物とかは、上書きしてほしくないな~って気持ちがあります。あれっ、でも、コレってオンナよりオトコの人っぽいですか?
坪さんのアカペラで始まった木の葉が風に
トゥリルラ・・・・ってとこ、大好きなんですけど、その部分がホール中に響いて、トゥリルラの音符(木の葉)がハラハラと落ちてくるようでした。
ツルさんのヴァイオリンも素敵でしたよ
北海道の秋の風景を歌った2曲ですが、こう葉っぱがカラカラパラパラになって、道端の枯葉がカサコソ、カラコロってなるのが好きみたいなことを、坪さん言っていました。
紅葉したな~と思ったら、あっという間に落葉して、そして雪が降ってくるのが北海道です。
もう息する間もなく秋から冬へ 他より駆け足で季節が変わる分、劇的というかドラマティックな感じもします。恋の思い出と重なったら、そりゃーもー、それだけで丼10杯
ここで、坪さんのチョコット昔話
坪さんは、第1志望の大学に落ちて、滑り止めの大学に入学したそうです。
だから、入学手続きをして、下宿を決めようと思っても、もう通う大学の近くは全部押さえられていて。。。
それで、南郷営業所という所に、ようやく下宿をみつけたそうです。
南郷営業所は、たぶん中央バスのことだと思うのですが、それだと今はもうその営業所はありません。たぶん、地下鉄南郷通り13丁目駅の付近だと思います。
札幌の中でも、やや街中よりだった私にとって、月寒とか白石とかって、地の果てに感じていたんですよ。今は、当時の面影なんて一つもありませんが、違っていたらゴメンニャサイ
そんな僻地といか、街外れにある下宿には7人の下宿人がいたそうな。
おっかない(怖い)大家さんがいて、10時に台所の鍵を掛けられて、使えなくされるそうな。
60W以上の電球は禁止だったけど、入学当初はまだ真面目学生だったので、ちゃんと勉強してたから60wじゃ暗かったそうな。
そこで坪さんは、100wの電球を買ってきて、夜は100wを使い、朝、学校へ行く前に60wに付け替え、100wの電球は押入れの奥の方に隠してから、学校へ行っていたそうな。
ところが、在る~日、大家さんに 呼び止められた~
細坪くーん、100wはダメよ、ダメダメ あの大家、俺が学校へ行ってる間に、俺の部屋に入って押入れ開けてやがんの
それでね。。。(まだ、あんの?)
10時に台所が使えなくなるだろ、でも、遅くまで起きていたら腹が減るわけよ。それで、電熱器を買ったわけよ。それで、ラーメンでも作ろうと思って
そしたら、また大家が、「細坪くーん、電熱器はダメ、だめよ」って
今じゃ、シンジラレナーイ事ですね。
7人の下宿人の中に、一人、坪さんたちより少し年上で顔色が青白ーい体の弱そうな人がおったそーな。
在る~日、バスに乗っていたら、その人が乗っていて、なんと途中下車したそーな。
「なんで下りた もしかして、コレか
(オンナでも、できたか)」なんて思っていたんだけど、なんと、その人、心臓が悪かったらしく、バスを途中で降りた時も、心臓が苦しくなって降りてたそうなの
またまた在るー日、下宿でみんなと酒盛りをしていたら(たぶん、2年生で20歳になってからの話だと思うのですが。。。あれ~、時系列がちょっとー
)、お酒が無くなってね、「誰か、酒ないか?」って言ったら「あるよ」って言うヤツがいて
誰かと思ったら、その心臓が悪い人で、「養命酒なら、あるよ」って。養命酒、酒は酒だけどね。。。
当時、バンド研究会に入っていた坪さん。その心臓が悪い人(野川さん)が、実は詞を書いている人で、成り行きで「オレの詞に曲つけてくんない?」「ああ、いいよ」みたいなことになったそうな。実は、坪さん。まだ詞に曲を書いたことはなかったそうな。
その野川さんも、なんとバンド研究会にいて、何やってんの?って訊いたら、ドラムだだって
坪は何やるの?って聞かれたから「歌」って答えたんだってよ。
当時のバンド研究会は、すでに札幌のクラブ(部活動でも、今風のクラブでもないよ。ナイトクラブっていうか、キャバレーみたいな所かな)に出演していて、坪さんもバンドボーイとして、楽器やマイクのセッティングの手伝いをしていたそうな。
またもや、或る~日、先輩から、「坪、ちょっと歌ってみろ」って言われて、バンド研究会のレパートリーだったまた逢う日まで とかを歌ったそうな
それを聞いていた野川さんが、「坪さー、オマエの歌は、このグループには合わないムリじゃないかなー」っていわれたそうな。
野川さんから引導を渡された感じの坪さんでしたが、バンド研究会での活動に、ちょっと違和感を覚えていた時だったので、アッサリとバンドを辞めて、フォークソング研究会に移ったそうな。
その野川さんに作った曲が、ススキノ慕情って言うんだけど、その
ススキノ慕情のAメロをパクッたのが、この曲だそうです。
静かな夜に
キャイーーン この歌、好きなんですよ~
特に、つないだ手から 流れてくるんだ 暖かい君の心が ってとこがね
それと、こんなにー淋しい夜はー の、こんなにーの所がもう萌え萌えポイントです
大好きな歌なんだけど、オッサンになった坪さんでは、聞かない方がいいのかな?でも、やっぱり聞きたいなって思ってました。
オッサンになっていても、良い物はイイ 間奏の久保田さんのギターも、とっても素敵でしたよ